75 悪役令嬢、親友を手に入れる(物理で)。
マツリカが私を睨みつけている。
が、反論できない様子見女など相手にするだけ無駄なこと。
私は横からの不躾な視線を無視し、真正面に座る兄王子ふたりに目を向ける。
「心が寂しい時に縋れるものがあれば縋ってしまいたくなるのが女心と言うもの。
この十余年、バルトガー侯爵令嬢はとある方に想いを寄せていらっしゃいました。叶わぬ恋と知りながら。なのにその方はとある女性を『真実の愛だ!』と公言し、仲睦まじい様子を公私問わず見せつけてまわり、」
「いや、だって真実の愛が現れると言ったのはマルグリットじゃないか!」
チラリとクリストファーを見れば咎められたとでも思ったのか、クリストファーが金切声を上げる。
確かに言った。
私はその相手がマツリカだと言うことも知っていた。
だが本音を言えば獲物が通りかかるのを待って木から落ち、出会いを演出する女など、運命の相手どころか詐欺師だろう。『予知のとおりだ!』と信じるなんてお花畑が過ぎるとは思いませんか殿下?
あれはただ単に私が貴方と婚約したくないから、お相手が〝異世界召喚獣ゴビルン〟でも妥協しているに過ぎませんことよ?
が、それもまた、馬鹿正直に教えるつもりは毛頭ない。
「ええ、申し上げました。殿下が真実の愛を見つけられましたこと、ジークラムの忠実な臣下として大変喜ばしく思っておりますわ」
「では何故!」
「ですがそのことでバルトガー侯爵令嬢が傷付いたのも真実ですの。もちろん殿下のせいではありませんわ。ただ、どれだけ想っても振り返ってはもらえない寂しさ、悲しみを癒すため、バルトガー侯爵令嬢が人形をその方の代わりにし、愛情を注いでいらっしゃったのも事実」
突然始まった第三者によるコーネリアの身の上話に、私に向けられるトゲトゲした視線が緩まる。
コーネリアがクリストファーに熱を上げていたものの失恋した、と言う経緯は今ので皆に周知された。
そして彼らは多分、彼女が兄王子ふたりのどちらかと婚約を、と迫られていたことも知っている。
貴族に恋愛結婚は縁遠い話だが、だからと言って誰もがその歳まで恋を知らずに生きて来たわけではない。どちらかと言えば叶わぬ恋を諦めた者のほうが多かろう。
だからこそコーネリアの話は刺さる。
今頃彼らの胸の内では、若かりし頃の甘酸っぱい青春の思い出とコーネリアの悲恋がいい感じに混ざり合っていることだろう。
「殿方のいない環境に身を置いたところで悲しみは癒えません。失恋の悲しみを癒すのは何時だって新たな恋、もしくは仕事ですわ」
と、それはフォルッツの受け売りだけれども、忘れることに関しては間違ってはいないはずだ。
そうでなければああも短期間で告白→失恋→告白~の連続コンボを発動できるはずがない。
夕陽で赤く染まる鍛練所で泣きながら素振りする彼の姿は、気の毒を通り越していい加減学習しろと言いたかったが、それでも忘れるためには別の何かに没頭すればいい、と言うのは理解できた。
その没頭する〝何か〟は人によって違う。
フォルッツは素振りだろうが、コーネリアなら──。
「そこで先ほどの話の続きです。ちょうどいいことに私、腕のいい職人にぬい服の店を持たせようと思っておりまして、お針子を探しているところでしたの。ご存じです? 今若い女性の間で流行りのぬいカフェ」
「ああ、先日のお茶会でバルトガー侯爵令嬢が話題にした、」
「そうですわ」
ナイスだクリストファー!
はっきり言ってこの場のナイスミドルな面々には理解しづらい話題だと思ったが、これで『知らなくて恥ずかしい』から『世代の違う自分たちは知らなくて当然だが、若い世代では流行っている』と認識されたことだろう。
「小さなぬい服を仕上げるにはとてつもない集中力を必要と致します。それはもう、男性など気にならないくらいに。
加えて、店にはバルトガー侯爵令嬢を知るご令嬢も多々訪れましょう。知り合いの目が何処で光っているかわからない場では侯爵令嬢らしからぬだらしのない振る舞いをすることなどできませんし、ましてや今回のことがあったばかりです。誤解される行動も慎まれることでしょう。
ですが目が届かない遠方の修道院ではそうはいきません。心は貴族でいたくとも、環境がそれを許してはくれませんもの。
あ、そうそう。実際にバルトガー侯爵令嬢の作品を見て頂いたほうが納得されるかしら。ブラウン伯爵令嬢、バーミリオン子爵令嬢。例のものを此処へ」
そう言いながら羽根扇子を翻せば、今の今まで背景と化していたオリヴィアとソフィアが慌ててぬい服を取り出し、兄王子たちの前に差し出す。
どれも先ほどコーネリアが私にくれようとし……受け取らなかったせいで持ち帰る羽目になりかけていたものだ。
「これほどの素晴らしい刺繍、もう職人の域ですわ! そうは思いません?」
「しかし刺繍なら修道院でもできるだろう? バザーに出すハンカチとか」
「バルトガー侯爵令嬢の刺繍の腕はジークラムでも一、二を争いますのよ? ハンカチのワンポイント刺繍などより高度な技……彼女にしかできない技術をお願いすることでやりがいも生まれます。それで存在意義を見出していただければ僥倖、なんせ今の彼女は好いた方に選ばれなかったことでご自分の存在意義を失っているのですもの」
「しかしだな……侯爵令嬢を市井で働かせると言うのは……」
兄王子たちは口では異を唱えつつも、ぬい服を物珍しそうに見ている。
需要があることは知ったが、それでも『こんなものが商売になるのか?』と思っているのは間違いない。
そんな兄王子たちとは逆に、自分の娘が幼い頃に人形やその服を買い与えた経験があるであろう年配の男性陣は納得顔だ。ここにきて〝娘は何歳になっても娘〟を実感しているのかもしれない。
コーネリアが兄王子たちとの婚約を嫌がっていたことも、クリストファーを一途に想っていたことも知っているバルトガー侯爵に至っては言うまでもない。
大事なひとり娘への処罰は軽いに越したことはないだろうし、遠方の修道院に入れるよりは王都で働いていてくれたほうが逐次元気な姿を確認できる。
何より、諸悪の原因はクリストファーに会わせるだけ会わせておいて、その交際を禁じた 自分 。娘の処罰が軽ければ己の罪の意識も軽くなると言うものだ。
「そもそもバルトガー侯爵令嬢は被害者。なのに罰したとなれば王室の評価も下がりましょう」
「それは予知なのか?」
「あら、私は予知なんてできませんわ。ねぇクリストファー殿下」
「そ、そうだ。マルグリットは予知なんてしない」
その言い方は私に予知能力があると言っているようなものですけれどね。
私はほくそ笑む。
当人は否定しかしていないのに、勝手に肯定してくれる。今後何かあった時に『私は予知ができるなんて申し上げておりません』とシラを切れるのは貴方のおかげよクリストファー!
嗚呼! なんて(都合の)いい人だろう!
「……ああ……ではバルトガー侯爵令嬢はその地位を剥奪。処遇はルブローデ辺境伯令嬢に一任とする。侯爵令嬢としての自身の立場を今一度見つめ直し、改心の度合いによっては侯爵令嬢に返り咲くことも考慮しよう。異議がある者は?」
地位剥奪と聞いて背景の一部が騒めく。
しかし侯爵令嬢の地位を失うと言うことは、同時にジークラム国内で唯一の未婚侯爵令嬢がいなくなると言うこと。
言い換えれば『コーネリアを射止めた者が王太子』と言うふざけた茶番が白紙に戻ると言うことだ。
『度合いによっては返り咲くことも考慮』と付け加えたのは、多少はコーネリアに未練があったからか。
それとも猶予期間のうちに彼女の好感度を上げ、頃合いを見て茶番を復活させるつもりか。
だがもう遅い。
私の手中に収めたからには、兄王子ふたりの成婚が無事に終わるまでコーネリアを戻すつもりはない。
「ないようだな。では次はエアハルト辺境伯についてだが」
私の思惑など知る由もない兄王子はそこで一旦言葉を止め、ぐるりと室内を見回した。
「……毒を盛られたか、それとも老衰か。事情説明などとてもできない状態なので出席できそうにないと連絡を受けた」
場内に動揺が走る。
そうだろう。本来ならエアハルト伯はこの場で無実であることを釈明する予定だった。
人身売買に関わったかどうかについても物的証拠は見つかっていなかった。
あの場で為された私たちとの会話と水車小屋に転がしておいた男たち──兄曰くエアハルト伯が雇った──とイグニートの証言、そしてマツリカの〝神のお告げ〟と言うひとつも物的証拠がない中で判決が下るなんて、私がエアハルト伯なら老体に鞭打ってでも証言台に立つ。
もし本当に黒だったとしても、口先で誤魔化せる可能性があるのなら立つ。
なのにそれすらできない、と言うのだ。
何故。
昨晩までは普通に喋っていた。策を弄する余裕もあった。
違和があったとすればマツリカに犯人扱いされた以降、反論しなかったことくらいだ。
「生き恥をさらすくらいなら死をも厭わないと?」
「いや、口封じかもしれない」
「だが誰が」
「静まりなさい」
好き勝手なことを言い出す人々を黙らせ、兄王子Aは続ける。
「エアハルト伯の処遇は彼の回復を待って行うこととする。その間、エアハルト領の領主が不在になるわけだが……ユリウス、」
「はい」
「リク・カジウラ・エアハルトの失踪により、彼の家は跡継ぎがいない。養子を迎えるにしてもいきなり国防を任せるには不安が残る。と言うことで、その子が使い物になるまでエアハルト領は同じ辺境伯でもあるルブローデで預かり──」
「それは駄目でするん!」
その時だった。
いきなりマツリカが声を上げたのは。
コーネリアの件では自分の案が退けられたにもかかわらず黙っていたのに、今度は何を言い出すつもりだか。
兄王子Aの話ぶりからはルブローデと言うより兄にエアハルト領を預ける心づもりでいるように聞こえたが、それで兄が自分の周辺からいなくなるのは乙女ゲーム的に困るとか、そんな理由か?
だが。
「さっきのマルグリット様の案で得をするのはマルグリット様だけでするん! コーネリア様のためみたいに言ってますけど、つまるところは自分が新しく立ち上げる店を成功させたいだけじゃないですか! よく考えなくてもわかりまするん!」
「はあ?」
ちょっと待て。
あれか? 黙っていたのは軽い脳味噌を絞りに絞っていたからで、それで今になってやっと難癖を思いついたとか?
でも残念ね。その議題はもう終わったこと。今話しているのはエアハルト伯及びエアハルト領のことですわよ?
まぁ確かにコーネリアのためと言いつつ私も利を得る構造にはなっているけれど、私だって慈善団体ではない。むしろ今まで親友割引で無料だったことに感謝してもらいたいくらいで……ともかく! 気づくのが遅いのよ!
「言いがかりも甚だしいですわ、ヨルム男爵令、」
だがしかし。
私の嘲笑混じりの指摘は最後まで言えなかった。
マツリカがさらにまくし立て始めたのだ。
「それで今度はエアハルト領をルブローデにって、どれだけ力を付けさせるつもりでするん! ひとつの領だけが強くなるのは危険でするん!」
「は? ルブローデが造反するとでも!?」
「ああその喧嘩腰! 殺ル気十分でするん!」
何を言い出すのだこの女は。
確かに領のひとつが力を付けるのは王家や他の貴族からすれば脅威だろう。
それも武力に秀でた国防の要が。
本気で戦いを挑まれれば、王都でぬくぬくと暮らしている貴族どもが為す術なく侵略されるのは時間の問題。
ヨルム領なんて剣より鍬を持つ者のほうが多いくらいだから、警戒するのはわからなくもない。
だが!
勝手に罪をでっち上げるんじゃないわよ!!
「エアハルト領はお隣のよしみでヨルムが預かるべきでするん!」
マツリカは鼻息荒く立ち上がった。
胸の前で腕を組み、偉そうにふんぞり返るそのポーズは聖女の決めポーズなのだろうか。
それにしてもヨルムで預かるとは。
エアハルト領と隣接している箇所もほんの少しだけあるから『お隣』と言えばそうなのだけれども、その前に農業が主体の穀倉地帯が辺境伯領の真似事などできるものか。
アウリ麦の売り上げで傭兵を雇うのだとしても、国境警備はただ力が強ければいいと言うものではない。
エアハルト領を手に入れたい意図は『ルブローデに力を付けさせない』以外にあるのではないか?
例えば……彼の地は順調ならカジウラが跡を継ぐことになっていた。マツリカと同様に別世界から召喚された転移者のカジウラが。
彼らはエアハルト領を拠点にして何か──世界征服か私への嫌がらせか、内容はわからないけれど──始めるつもりだったかもしれない。
果たしてそれはカジウラがぬい化していても為せることなのか、それともカジウラが脱落したことで分け前を独り占めできると踏んだのか。
私としてもエアハルト領を預かるのは予想だにしていなかった事案だ。
攻略対象たる兄を彼の地に封じていいかどうかも判断できない。
だが『ルブローデに力を付けさせるのは危険』と同じように、私はヨルムに力を付けさせたくない。
金があれば選択肢が増える。
マツリカが扱える駒が増える。
だったら──。
「ヨルム男爵に武才があるとは思えませんわ。桶は桶屋と申します。ここはルブローデに、」
「マルグリット様はご自分が修道院送りになる罪を背負ってるのを忘れてるんでするん!」
だが。
マツリカは今度は私の罪がどうとか言い出した。
「罪? 被害者でしかない私に何の罪が?」
「マルグリット様はタジャラ国の王子に不敬を働いたでするん! おかわいそうなアロイス殿下はマルグリット様の手で身ぐるみ剥がされ、公的な場で恥をかかされたのでするん! マルグリット様が無罪放免になったらジークラムとタジャラの国交は断絶間違いなし! 場合によっては戦争勃発でするん!」
「戦争!?」
男たちの間でどよめきが起きる。
聖女の言葉と思って聞けば、心的影響も倍増だろう。
特に青ざめたのはカオリスナ公爵──かつてランドルフ第一王子の婚約者でもあったマデリーン嬢の兄だ。
マデリーン嬢はタジャラの公爵家に輿入れが決まったとオリヴィアが言っていた。そのタジャラと戦になれば、最悪、マデリーン嬢は敵国の女と言うだけで処罰されかねない。
しかしタジャラ国のアロイス殿下とは、やはりあのアロイスのことなのだろうか。
ディナエルと話している時にアロイスが攻略対象だったら隣国の王子ポジションだろう、みたいな話はしたけれど、まさか本当に?
その名を持つ男を身ぐるみ剥いだことは間違いないが、でも。
「……わたくしはアロイス殿下と言う方は存じ上げませんわ」
「まー! 今更シラを切っても無駄でするん! それじゃあアロイス殿下にこの場でマルグリット様にされた仕打ちの数々を暴露してもらうでするん!」
言葉に詰まった私に勝利を確信したのだろう。
マツリカは口角を上げると、パン! パン! と手を叩いた。




