74 悪役令嬢、真の悪役令嬢になる。
いや、待て待て待て。説得されてどうする。
ストーリー途中での悪役令嬢の交代なんて、前任者が死亡か追放でヒロインに関われなくなった時以外にはあり得ない。つまりコーネリアに悪役令嬢を交代する=私の破滅と言うことだ。
正直に言えばこんな称号、熨斗を付けてお譲りしたいところだけれども、命と引き換えなら話は別。絶対に交代するわけにはいかない。
「……随分と侮られたものですわ」
私が発した呪い殺しそうな低音に、コーネリアたちは今の今までの姦しさを忘れ、静まり返った。
同情してもらうつもりが怒りを向けられて困惑している、とでも言いたげな顔だ。
「真の悪役令嬢ですって? 片腹痛いことこの上なくってよ」
確かに諸々の条件だけで見ればコーネリアのほうが悪役令嬢に向いているのかもしれない。男の甘言にあっさり乗せられ、ヒロインの思い通りに踊って破滅するライバル役を面白おかしく演じてくれることだろう。
けれど実際に神から神託を受けたのはこの私。
私を選んで喧嘩を売って来たくせに、予想と違う展開になったからと言って相手を代えようだなんて、そうは問屋が卸さない。
「おおかたオリヴィア様とソフィア様の話を聞いて思い当たったのでしょうけれど、残念ね。コーネリア様のような純粋なお姫様に悪役令嬢は務まりませんわ。そうですわよね?」
最後の一言はオリヴィアとソフィアに向けたものだ。
が、彼女たちばかりでなく、その場にいたメイドたちまでもが首がもげそうなほど激しく首を縦に振ったのには失笑を否めない。
全く。だからコーネリアにイエスマンはいらないと言っておいたのに。
「第一、ミブンガーと仰いますけれどコーネリア様は我がルブローデをド田舎の貧乏貴族だとでもお思い? 辺境伯は国防の要、侯爵位に引けを取らないジークラムを支える柱のひとつ。そしてこの私はルブローデのひとり娘にして時期領主をも期待されている身でしてよ?」
「ど、ド田舎の貧乏貴族だなんて」
「ええ、コーネリア様は優しい方ですもの。そのようなさもしい考えで施しを下さろうとしたのではないことくらい承知しておりますわ。でもコーネリア様もご覧になったでしょう? 私は侯爵令嬢のコーネリア様よりも上質の衣装を私のぬいに着せることができるだけの財力も、またそれを手に入れる人脈も持ち合わせておりますの」
実際にはディナエルの服は優秀なメイドの腕前のおかげで財力も人脈も関係ないけれど、それを正直に言う必要はない。
ぬいカフェに行った時にディナエルが着ていた縮小版制服を思い出したのだろう。
コーネリアは気まずそうに、ぬい小物の山を見る。
クリス様(コーネリア所有のクリストファーに激似の人形)の衣装も凝ってはいたけれど、ところどころ後から手を加えた痕が見受けられた。
ぬい服は小さいから細かい装飾は省かれたり、似たような別物で代用されたりする。そんな〝似ているけれど違う部分〟を直した痕が。
コーネリアは夫人や令嬢が集まって度々サロンで行われている刺繍の集いでも腕前を褒められている。教会のバザーでは自ら刺繍を施したハンカチを提供し、運営資金の足しにさせているとも聞く。その手の修正は朝飯前だろう。
が、やはり〝後から修正が必要な服〟と〝修正なしに着られる服〟の差は大きい。
そして、私に施そうとしていた服のほとんどは前者だ。
「ここだけの話ですがマツリカ様は貴族令嬢の末席にありながら、私のお兄様と義弟に色目を使いましたの。コーネリア様がクリストファー殿下のことで彼女を罵倒したとすれば、私はその倍、罵倒しておりますわ」
わざと吐き捨てるように言った言葉にコーネリアははっとする。
例のひとり歩きしている噂を真に受ければ、義弟は将来を私と約束した仲。そして兄の病的なシスコンは貴族の中でも知らぬ者はいないほど。
恋愛脳のコーネリアなら〝そんなふたりを奪われかけた私の怒り〟を都合よく想像して共感してくれる。
そしてもちろん、自分の安寧のためなら義弟くらいマツリカにくれてやってもいいと思ったことも正直に言う必要はない。
この場にはオリヴィアとソフィアがいる。
今の発言も瞬く間に広まるだろう。
コンラートの周囲から彼狙いの令嬢が消え失せるかもしれないが、私にとっては義弟が寂しい青春を送ることになったってどうでもいい話。
あれだけの顔とルブローデの家名があれば今後一切嫁の来てがなくなるなんてないだろうし、もし女っ気がなくなったとしても奴はディナエルがいればいいはずだ。BL的な意味ではなく。
「悪役令嬢としての適性は私のほうが上」
私は手を伸ばし、コーネリアの手から黒羽根の扇を取り上げる。
「コーネリア様に〝真の悪役令嬢〟の肩書きをお譲りすることはできませんわ」
「しかしだな」
会議室と応接間を足して二で割ったような部屋で、兄王子ふたり──ランドルフとアルノート──は渋面を浮かべている。
「僻地に身柄を置いたところでバルトガー侯爵令嬢は痛くも痒くもありませんわ。むしろ誰も自分を知らない場所で己が犯した罪と恥を忘れ、日々をお過ごしになるでしょう。
そして過去をお忘れになれば新たな出会いにも積極的になります。僻地と言えど前人未踏の地ではないのですもの。院内で働く方、出入りする方々、そして近隣に在住する方の中には男性もいらっしゃるのでしょう?」
説明会とは名ばかりの聴聞会が始まるや否や、私がコーネリアの処遇について切り出したせいだ。
ほぼ本決まりになっていたマツリカの案を生温いと一蹴して。
「イグニートが平民出の根無し草であることを知りつつ手元に置こうとしたバルトガー侯爵令嬢のこと。顔が良ければ身分など関係なく簡単に騙されてイグニートの時の二の舞になるのは想像に難くありません。むしろ侯爵家の格式だの家名がどうだのと煩わしい枷がなくなったからこそ、喜んでその方の手を取るでしょう。
修道女は結婚できないと言いますが抜け道はございます。神の教えの下で生きるのをやめ、俗世に下ればいいのですもの。しかしバルトガー侯爵令嬢の入院に合わせてその抜け道さえ禁じるような規則を作れば、他の修道女の皆様からの反感は如何ほどのことか。また禁じることで他の意図があるのではないかと予測だにしない詮索をされたり、あらぬ噂が流れることにもなりかねませんわ。
バルトガー侯爵令嬢のみを禁じても同じこと。今度はバルトガー侯爵家が王家と対立しているのではないか、などと思われるかもしれません。何と言っても侯爵令嬢はバルトガー侯爵家のひとり娘にして跡継ぎ。一時は王子妃候補にさえ名が挙がった方ですもの。
……まぁこれは世情に疎い私が思いつく程度の浅知恵ですけれど」
兄王子ふたりは私の言葉に無言でクリストファーを見、それから改めて私に向き直った。
「それは予知か?」
「予知?」
私は予知だなんて一言も言っていないのですが、何故その発想に至りました?
予知と言えば私がクリストファーに『ここだけの話』として教えたアレしか思いつかない。
が、それを何故兄王子殿下たちがご存じなのでしょうねぇ? と、クリストファーを見れば。
わかりやすく目を逸らされた。
どうせ何かのはずみで口が滑ったのだろうが、私に予知能力があると言ったあの大嘘は、真実として兄王子たちにまで周知されているようだ。
「……大ごとにしたくはないので内密に、とお願いしましたのに。残念ですわ殿下」
「違う! いや違わないのだが。でも大丈夫だ、マルグリットが予知能力を隠したいと思っていることも兄上たちには言ってあるから!」
いや、言えばいいと言うものではないでしょう!?
それも一番言っちゃいけない相手に!!
だがしかし。
嘘だとバレれば虚偽申告罪で破滅まっしぐらなフラグを『仕方ない』で済ませるわけにはいかないが、この場は予知能力がある前提で話を進めるしかない。
なに、クリストファーに貸しができたと考えればこの失態はむしろ好カード。
有効に使わせてもらうとしよう。
「殿下がたがコーネリア様に温情をかけたいお気持ちはわかります。けれど……誰が考えたのだか存じませんが、こんな穴の多い案が最良だなんて、現状を知らないとはまさにこのことですわ」
そんなことを思いながら笑ったのがマズかったのだろうか。
クリストファーは恐怖に顔を引きつらせて固まった。
「ルブローデ辺境伯令嬢。サルトル修道院は女性ばかりだし、出入りする者は出入時刻までも管理され、修道女と懇意にする時間など取らせない。高い塀で囲んでいるから外から見られて懸想されることもない。だからそのような懸念はする必要すらない」
そして私の黒い笑みを見ていないのか、見ても動じないほど肝が据わっているのか。それともマツリカの案を嘲笑ったのが気に食わなかったのか。
兄王子A──見分けがつかないので便宜的に向かって右側をAとする──の声に苛立ちが混じる。
居丈高に怒鳴りつけて来なかっただけ為政者としては有能と言えるだろう。だが、マツリカに踊らされていれば同じこと。
「あら? 娼館も女性ばかりですわね? 塀もあるし、侵入されないよう、そして逃げ出すことがないよう、用心棒を雇っている店もありますわ。なのに足繁く通う男性はいらっしゃる」
「それはそう言う店だからだ。修道院とは違う」
「先日出向いたカフェは女性客ばかりでしたけれど、店の外には男性も多くおりましたわ。宝飾店やブティックでも。そう言えば、さる女学校では放課になると正門前に彼女らを待つ男性たちが集まるそうですけれどそれは、」
「何が言いたい」
「女性が多い場所には男性が集まってくるものです。その出会いが難しいならなおのこと燃えるもの。勿論逆もありますが、今はそちらは論じません。
ただそうして僅かながらも出会いがあるのなら、私の懸念を過剰な妄想と片付けるのは如何なものか。元・王子妃候補が男との遍歴が絶えないだなんてことになったら、ジークラム王室は人を見る目がないと近隣に思われることでしょう。それに対し何の対策も取れていない案だとわかっているからこそ、こうして処罰覚悟で申し上げておりますのに。私はそれが残念で」
わざとらしく語尾を振るわせれば、部屋に気まずい空気が流れる。
そんな中、
「お、王室と侯爵家は関係ないでするん!」
自分の提案をコケにされたのが悔しかったのだろうか。
マツリカが金切り声を上げた。
「関係ありますわ。たった今そう言いましたのに何を聞いていらしたの?」
冷ややかに見据えればマツリカは黙り込む。
言い負かされても反論する術がないのなら、最初から黙っていればいいものを。
「──ルブローデ侯爵令嬢。聖女マツリカもジークラムを思ってのことだ」
それとも悪役令嬢に言い負かされるかわいそうなヒロインを演出したかっただけか。
一瞬にしてこの場の空気がマツリカに同情するものに変わったのを感じる。あからさまに私を睨みつける者もいる。
表向き、私はコーネリアを罰することには反対していない。
だからマツリカもそれ以上は言わないのかもしれない。
自分の提案を駄策と称され、有能さをアピールできなかったのは悔しいが、それを我慢してでもコーネリアに悪役令嬢の看板を背負わせて追い出すほうが先と考えている、ともとれる。
「とにかく。私が言いたいのは、バルトガー侯爵令嬢は監視の目がある場所にいて頂いたほうが更生の余地がある、と言うことですわ」
だったら様子見してろよ、一生。
悪態をひとつ心の中で吐き、私は兄王子Aに向き直す。
双子コーデと呼べそうな同じ髪型と同じデザインの衣装。使っている宝石やボタンの色が違うだけ、なんて見分けのつかない外見を好むのは嫌がらせだろうか。
名前を呼び間違えたら不敬罪を適用するつもりでいるとか?
そう考えるとはっきりするまでは名前は呼ばない方が無難だろう。しばらくの間は兄王子Aでいい。
「何か良い案があるのかね?」
「ええ。貴族令嬢の中の貴族令嬢と言われたバルトガー侯爵令嬢は、今まで下に見ていたご令嬢がたに頭を下げ、平民の指示で働いて頂くのがよろしいかと存じますわ」
「バルトガー侯爵令嬢に働けと言うのか? しかし平民の指示の下、侯爵令嬢を侯爵令嬢として知っている者がよく出入りし、且つ、異性と接する機会の少ない場所なんて」
「ございますわ」
私はぐるりと面々を見回す。
兄王子ふたりとクリストファー、そして兄を除けば中年~高齢の男性ばかり。
そしてマツリカまでを含めたこの場の全員が、昨今の若い娘の間で流行っているものを知らない。
「『平民の指示の下、侯爵令嬢を侯爵令嬢として知っている者がよく出入りし、且つ、異性と接する機会の少ない』、加えて侯爵令嬢の持つ知識と技術が生かせる場所が」




