73 悪役令嬢、押し付けられる。
翌朝。
食卓に兄の姿はなかった。
早くに出て行ったのではなく、此処に戻って来ていないらしい。
曰く、『当初は戻るつもりだったがクリストファー殿下が寮に帰ると仰ったので』だとか。
今の兄はクリストファーの護衛だから、彼が『寮に帰る』と言えば放り出して自分だけ此処に戻るわけにもいかない。それはわかる。
『妹がいるので失礼しま~す☆彡』と帰る男ではないからこそ兄王子たちの信任が厚いのだと言うことも。
だが。
昨晩のマツリカを伴っての登場を思い出すに、寮に戻ったのはクリストファーではなくマツリカが寮に戻るからではないのか? と思えて仕方がない。
なんせマツリカの実家でもあるヨルム男爵領は王都から遠い。ルブローデほどではないけれど遠い。
つい先日まで行儀見習いと称して押し込められていた神殿も馬車で片道数時間の距離があるし、その前に行儀見習いが終わって王都に戻ってきたのにまた神殿に帰るはずもなし。
つまり、マツリカは寮しか帰る場所がない。
そして彼女と離れがたい兄は──。
「妄想が過ぎるのでは?」
しれっとした顔で肉を切りながら、コンラートが小馬鹿にした目を向ける。
「マツリカ嬢が寮に戻ると言ったところで、殿下が王城に残ると言えば義兄上は寮には戻れませんよ」
「それはそうだけれど」
兄の行動には若干の不自然さもない。
だけれども今までの妹激ラブな兄を思えば、私がいるタウンハウスに、否、私と〝妙に妹との距離が近い義弟〟がいるタウンハウスに戻って来ないなんて考えられないのだ。
なんせ兄は私への執着が高じて、私とコンラートの仲を疑っている。
入寮を決めたのは他でもない、(世界の歪みに歪まされたものではあるけれど)兄の性癖を赤の他人な義弟に勘付かれたくないと言う身内心だが、兄は決してそうは思っていない。
『自分と共に住むのは拒んだくせに、出会って数日の義弟とは一緒に暮らせるのか!? 実はデキているのではないか!?』と考えているであろうことは、実技演習や寮でのコンラートに対する対応からも明らかだ。
その兄が私とコンラートをふたりきりにするはずがない。
タウンハウスは学生寮以上に使用人も多くいるけれど、令嬢と令息が親密に話し込んでいる場に意味もなく乗り込んで行けるはずもないのだからいないも同じ。
だから兄は必ず戻って来ると踏んでいたのに。
ちなみに。
ディナエルとカジウラがいたじゃない、と思われるかもしれないが、使用人の目を通せば彼らはただのぬい。頭数には入らない。
そんなわけで夜遅くまで私たちは一緒にいた。
当然のことながら執事とメイド長には知られている。
不純異性交遊をしていたわけではなのだから知られたところで非難されるいわれはないけれど、テオルクのせいで『養子は養子でも婿養子』の噂がひとり歩きしている今、昨晩の行動はそれを裏付ける証拠になりかねない。
が、百歩譲ってそれはいい。
コンラートも女避けに私を使ったことがあるし、噂のおかげでマツリカがコンラートを諦めてくれれば破滅フラグがひとつ減ると言うものだし。
ただ。
「ああー!! またお兄様にあらぬ誤解を抱かれてしまうわ!」
問題は兄がその噂を認めて、私たちから距離を置こうとするかもしれないと言うことだ。
距離を置いた兄が今まで私に向けていた愛を何処に向けるか。兄王子たちならまだしも(って全然良くはないけれど)、今なら確実にマツリカに向くだろう。
マツリカに向けば私は兄にとって敵と認識される。
彼女の将来設計に邪魔な私を兄は確実に排除しにくる。
例えその将来設計が兄とのものではなかったとしても。
「……私と義姉上の仲を誤解されている、と言うのは甚だ不愉快ですが、まだ挽回できるでしょう?」
コンラートはパンを千切りながら眉をしかめている。
果たしてその眉間の皺はパンのせいか、それとも『甚だ不愉快』な誤解のせいか。
どちらともとれるが、そこを追及したところで変に機嫌を損ねて好感度を下げるだけ。
マツリカの魅了に当てられてようといまいと、私との噂なんて義弟にとっては不快なことだ。わざわざ話題に取り上げるまでもない。
「できると思う? あのお兄様が腕を組むことを許したのよ? 聖女って崇めて、『疲れたのではありませんか?』なんて労わって。その間、妹は眼中にもなかったわ」
なので、あくまで話題は兄のことに絞る。
「しかしクリストファー殿下はマツリカ嬢を『真実の愛』だなんて呼んでおきながら、数日離れていただけで元に戻ったのでしょう? 今はまたよりを戻しているようですが。それに比べれば一晩で上がった程度の好感度などすぐに下がりますよ」
「そうだといいのだけれど」
コンラートの言うことはもっともだ。
マツリカに魅了されているかもしれない彼だからこそ逆に、『義兄と彼女が親しくなったのは一時的なもの』と言う言葉に嘘はないと思える。
一時的だからと放置することで今以上に燃え上がる恐れが少しでもあるのなら、今の助言はコンラートには悪手でしかないのだから。
「それよりもそろそろ出立したほうがよろしいのでは? 先ほどからリーナ嬢が待っていますよ」
コンラートが指し示した先の扉の隙間から、特徴的な赤毛が見えた。
昨夜『一緒に王城に行く』と宣言したとおり、付いて来るつもりなのだろう。
ちなみに昨晩リーナと共にタウンハウスに泊まり込んだ半乳たちは冒険者稼業に戻るそうで、早朝には身支度を整えて出て行ってしまった。
一宿一飯の恩義で何かしていきなさいよ、と思いたくなるほどあっさりした別離だが、それもまた彼女たちらしい。
まぁ冒険者を続けてくれるならルブローデに寄ることもあるだろうし、貸しを作っておけば今後何かあった時に今日のことを理由にこき使うこともできる。
ただ、アロイスの素性について聞く前に逃げられたことだけが不満だけれども。
さりげなくリーナにも聞いてみたが、残念なことに彼女はアロイスの素性など全く知らない様子だった。
同じパーティだったわけでもなし、これはまぁ想定内として。
「……これで本当に隣国の王室と関係があるのだとしたら、守秘義務が徹底していると言えるわね」
何にせよアロイスは王城にいる。
さて彼は王城に招かれる身分の者なのか、それともイグニートの仲間なのか。
知りたいことが全て明らかになると良いのだが。
「隣国の王室?」
「いいえ、何でもないわ」
エロの権化のようなビキニアーマーではなく地味な黒いドレスにつばの広い帽子を手にした彼女は、メイドと呼ぶには背が高すぎる。
けれども、おとなしげな衣装のおかげか、猛将と誉れ高い辺境伯を床に捻じ伏せた女には見えない。
ただの従者と言い張れば入城を拒否されることはないはずだ。
「よく似合っていてよ」
「こういう露出の少ない服もいいですね。いろいろ隠せてっ!」
「…………………………隠せて?」
言われて見れば、腰あたりの微妙なふくらみが目についた。
ドレープで隠しているけれど、絶対に何か仕込んでいる。
ああ、ディナエルといいリーナといい。
服は中に武器を仕込むためのものではないのよ!? と言いたい。
そんなわけで私はリーナを伴って王城に向かったのだが。
……何故か、とある一室でコーネリアと向かい合っている。
「ええと? 今、何と仰って?」
経緯はこうだ。
王城に到着した私たちは、馬車から降りた途端に待ち構えていたオリヴィアとソフィアに連行された。
招集時間にはまだ余裕があるからいいけれど、今になって何の用だろう。「男の甘言に乗せられてご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」と謝罪のひとつでもあるのか、と思いきや。
「ですから私こそが真の悪役令嬢なのです!」
と宣言された、と言うわけだ。
「悪役令嬢、」
「「マルグリット様ならご存じですわよね? 何度もご自分で悪役令嬢だと名乗っていらしたのですもの!」」
オリヴィアとソフィアが詰め寄る。
「それはまぁ、そうだけれど」
確かに私はオリヴィアやソフィアの前で何度も悪役令嬢だと口にしている。一晩あればコーネリアにも伝わっているだろう。
だがしかし。
そう言っている本人の前で本物を名乗るとはどういうことだ? 私が偽物だと言いたいのか?
この世界で悪役令嬢と言えば〝血塗られた叛逆〟の悪役令嬢マコレッタ。実際にはそんな役職も資格もこの世界にはないけれど、大半の国民が悪役令嬢と言えばどんなものかわかっているのは彼女の功績だ。
そしてリーナがアザミィになりきるように、コーネリアがクリス様を降臨させるように、この世界の何処かには行動の指針に『マコレッタならどうするか』と考える者もいる、とは思う。
だが『私こそが悪役令嬢よ!』と名乗り出る者は少ない。と言うかほぼいない。
それは悪役令嬢の結末が処刑だ追放だ毒殺だと悲惨なものばかりだからだ。
みんな大好きマコレッタもその最期は推して知るべし。
誰が好き好んでヒロインの当て馬・引き立て役で終わる女になどなりたいものか! 私のように神から『悪役令嬢に決まったよ』と名指しされでもしなければ回避する役回り。それが悪役令嬢だ。
なのに『真の悪役令嬢』?
クリス様だけでは飽き足らず、今度はマコレッタを降臨させるつもりか? 何のために?
愛の逃避行に失敗したから世界を破滅させたい、とか!?
私はテーブルを挟んだ向かい側から直視してくる幼馴染みの視線を避け、そっと時計に目を向ける。
早めに家を出た弊害か、予定の集合時間にはまだ余裕がある。
と言うわけで、ツッコませていただいてもよろしいでしょうか?
私は目を背けていても視界にチラチラ入り込む黒に辟易しつつ、小さくため息を吐く。
その『いかにも悪です!』と言わんばかりの黒い羽根飾りの付いた扇子は何だ?
両親が若かりし頃は羽根飾りの扇子をヒラヒラさせながら踊るのが流行ったそうだけれども、今となっては黒歴史。クローゼットの奥にしまい込んだまま忘れ去られるのを待つしかないアイテムを何処から引っ張り出して来た!!
マコレッタだってそんな扇子を持っていた描写は……私が読んだ範囲ではなかったはずだけれども!
「思えば私が悪役令嬢たる証拠は幾つもあったのです。私はこのとおりクリス様一筋だし、侯爵家のひとり娘だし、財力も権力もあるし、取り巻きもいるし」
目を背ける私をどう取ったのか、コーネリアは勝手に話し始める。
「ヒロイン……聖女マツリカ様の悪口も言いましたし、その罰が当たったのかクリス様の心は私から離れる一方ですし」
いや悪口を言った回数なら私のほうが多いし、と思いつつ。
列挙されると確かにコーネリアのほうが悪役令嬢としてのポイントは押さえられている。
対して私はと言えばクリストファーに魅力を感じたことなどないし、婚約話は成立前に蹴ってしまったし、財力はほとんどが防衛線の維持に行ってしまって自分が金持ちだと思ったこともないし、権力を行使する前に人前に出るのが嫌いだし、貴族令嬢の取り巻きなんてものはいないし。
唯一コーネリアに勝てるのはヒロインが嫌いなことくらいだ。喜々として嫌がらせの限りを尽くす自信なら誰にも負けはしない。
が苛めれば攻略対象がヒロインを庇うことも、その後マツリカが攻略対象とラブラブになることもわかっているのに、わざわざ敵を手助けする馬鹿などいるものか。
と言うことで実質できないと言っていい。
「これでも出回っている本を参考にしていろいろ試みてみましたのよ? 金にものを言わせて困っている美丈夫を助けたり、その美丈夫と仲良さげにしているところを見せつけてクリス様を焦らせようとしたり、」
「「素晴らしい考察力ですわコーネリア様!」」
盛り上がって来たのか、合いの手を打つようにオリヴィアとソフィアが声を揃える。
「でもクリス様はマツリカマツリカと私には目もくれず」
「「おいたわしやコーネリア様!」」
「そんな時イグニートから『気があると思われているから放っておかれるんだ。自分に気がない、他の男と駆け落ちするほど心が離れかけている、と見せかければ大抵の男は焦るものさ』と」
「「だから甘言に乗ったのですわコーネリア様!!」」
「なのに! 焦るどころかランドルフ殿下かアルノート殿下のどちらかと婚約しろと……あんまりな仕打ちではなくて!?」
「「全くですわコーネリア様!!」」
「今回の件で私は王室とバルトガー侯爵家に泥を塗りました。あのマツリカの計らいで処刑は免れたものの、一生修道院暮らしですわ」
「「計らいだなんて! 策略ですわコーネリア様!!」」
「曰く、『神殿で聖女の力を覚醒させた私のように、コーネリア様も神と対話することで淀んだ魂を浄化させればいいでするん☆彡』ですって! それでみんな『あれだけのことをしたのに命で罪を雪ぐのではなく再生の道を提示するとは!』ってベタ褒めよ」
「「馬鹿にするのもいい加減にしろよテメェ! って言いたいですわコーネリア様!!」」
声がハモって頭が痛い。
何だこれは。何かの拷問か!? ってそれよりも。
今日私が登城したのは王城待機組にも話の全容がわかるよう、説明するためだと思っていたのだが、その前にもうコーネリアの処罰は決まっている、と?
それもマツリカの一声で。
コンラートの話では昨晩、兄たちが出立する時にもマツリカの意見にその場の全員が賛同する異様な雰囲気があったそうだが、その空気は未だ継続されているらしい。
「修道院は国境に近い僻地でぬいカフェなど皆無。なのでマルグリット様には私の推し活グッズを形見分けに差し上げようと思って」
でも修道院って。
乙女ゲームで断罪された悪役令嬢が送られる先としてはポピュラーだけれども、『コーネリアをGETした者が王太子になる』設定は何処に行ったと言うのだ!!
この娘を修道院に送ったら即位できないぞ王子共ーーーー!
「「羨ましいですわマルグリット様!!」」
そして空気を読まない取り巻き娘's!
貴女たちも合いの手を入れるばかりじゃなくて、この矛盾に気付きなさいよ!
第一いきなり大量のグッズを貰っても。
と言うか、使い方がわからないものが多々あるのですけれど!
多分にぬいの部屋にするのであろう、内側に部屋をかたどった箱や、大きめの名札のようなもの、透明な窓の付いた鞄などが有無を言う間もなく山のように積み上げられていく。
修道院行きを阻止してくれとかマツリカに一泡吹かせてくれとか、頭脳や武力を当てにされてのことならともかく、此処に呼んだのはこれを持って帰れ、と、それだけですか!?
そこの合いの手係のお嬢様がたに差し上げたほうが喜ばれるのではなくって!?
しかしこれは予想外の展開だ。
マツリカがヒロインの乙女ゲーム系ストーリーの悪役令嬢はあくまで私。途中チェンジがあったなんて話は聞いていない。
コーネリアが破滅フラグごと悪役令嬢役を持って行ってくれるのなら、それに越したことはないのだけれど……。




