72 悪役令嬢、衝撃を受ける。
「随分な忠臣を捕まえられましたね。彼女なら本当に命でも差し出してしまいそうです」
リーナが退場した後の扉を眺めつつ、コンラートがひとりごちる。
私に味方が増えたことを喜んでいるのか否か。リーナの忠誠心にディナエルを重ねて、『自分よりも義姉なのか』などと怨みを再燃させていなければいいのだが。
コンラートを窺うも、何を考えているかは読めない。
「それでは私もこれで、と言いたいところですが、少しお時間を頂けますか? 義姉上」
早速復讐する気か!? と思うのはさすがに尚早。けれど色っぽい話などではないことは、私に踏み潰されて絨毯の模様と化していたカジウラを掘り起こしたことからも窺える。
ディナエル、そしてカジウラと言う観客を用意して、これでもしこれで告白してこようものなら余程自己顕示欲が強いナルシストと言えよう。
「ええ。私も情報をすり合わせておきたいわ。明日のために」
〝黒薔薇の貴公子〟の異名にはふさわしいけれど、ナルシストな義弟は願い下げたい。
コンラートの話によると、兄たち(+マツリカ)は私たちがいた場所からかなり離れた方角に進んでしまっていたらしい。
彼が馬車に乗る前から懸念していたとおり、マツリカと兄がいる前ではこまめにフォルッツに方角を確認させることもできず、最初に指し示した方角にただ真っ直ぐ進んでしまった結果だ。
当然のことだが道は直線のみでできているわけではない。
向かう方角が東でも、道がなければ南→北東などと迂回して進まねばならない。
王城から見た私たちがいる方角は、運悪く、そんな迂回の途中だったのだろう。コンラートは責められない。
大きく方角が変わらずに済んだのは土砂降りに行く手を塞がれ、止む無く雨宿りをしたから、と言うのは皮肉だ。
なんでもコンラートは先に進むことを進言したらしいのだが、兄に一蹴されたのだとか。
だが一時停止したおかげで兄やマツリカの目を盗んでフォルッツに方角を確認でき、そしてかなりズレていることに気付き。
慌てて兄に言いに行こうとしたところでイグニートから逃れて来た半乳たちに助けを求められ、彼女たちの手引きでイグニートを捕え、一緒にいたコーネリアをも保護した、と言うわけだ。
方角が不安な中、どうして先を急ごうと思ったのか。
尋ねても言葉を濁すばかりではっきり言わないのは、大事な義姉がこのまま攫われるかもしれないと気が急いて? それで今まで塩対応してきた義姉にそんな本心が知られるのが嫌だから言えなくて!?
……まさか。
優秀だが自分への敵意を隠そうともしない義兄の鼻を明かしたいとか、認められたいとか、それを変に拗らせて反発する思春期なお年頃のせいだろう。
私のことを心配しての提案ではないから、理由が言えないに違いない。
そしてもうひとつの疑問。
兄は何故ああもマツリカ推しになって現れたのか、だが。
「と言うことはマツリカは王都を出る時からお兄様や貴方と一緒にいたのね」
兄の変容は長い間、馬車と言う密空間の中でマツリカと共にいたせいのようだ。
以前のマツリカと攻略対象たちの変化を見るに、ヒロインのスキル〝魅了〟は彼女と共にいた時間に比例する。
マツリカのことを『真実の愛』とまで呼んだクリストファーは、彼女としばらく離れていた一時期、令嬢キラーとは思えないほど彼女が何をやっても眼中になかった。
マツリカが顔から床にダイブしても、ひとり取り残されても放置していたし、不躾にも兄に媚びを売った時は迷惑顔でそんなマツリカを止めていた。
なのに実技演習では身を挺して彼女を庇い、その後あっさり元鞘に戻ったのだ。
それを踏まえれば兄の変容も頷ける。
途中で救援隊から外れ、王都に戻されたコンラートが兄よりも先に通常状態に戻っているのも納得がいく。
ただ戻っているとは言え、実技演習時のクリストファーのようにマツリカに再会すれば簡単に好感度が爆上がる可能性は高い。
今後、兄とコンラートは極力マツリカと接触させないようにしなければ。
ちなみにコンラートが途中で救援隊から外れたのはコーネリアや半乳ら、そしてイグニートを王都に連れ帰る部隊に振り分けられたためらしい。
イグニートを捕えた後、兄は救援隊をふたつに分けて片方を王都に帰還させ、残された半分の戦力で私たちを追った。
コンラートを返してしまったのは、『特定できる』と言っておきながら方角を違えたコンラートは信用に足らない(連れて行っても意味を成さない)と見限ったのか、それともマツリカを独り占めしたかったからか。
兄の性格を考えると後者だろう。
が、何にせよマツリカは自身のスキルで最推しの好感度を上げる機会を失ったわけで。そこだけは『GJ兄!』と言える。
「コーネリア様はかなり思い詰めていらっしゃるようでした」
「まぁそうよね。クリストファー殿下みたいなキラキラした美丈夫しか見て来なかったのにあんなオッサン顔……じゃなかった、妙にリアルな子供向け軍人人形みたいな顔の兄王子たちの婚約者になれと言われたら」
「言い直したところで不敬ですよ義姉上」
「コーネリア様のお心を代弁しただけよ? こう見えても長い付き合いですもの」
オリヴィアたちには『毎日間近で推しが見られる美味しい環境』だと言ったけれど、まぁ、コーネリアが逃げ出すのもわからなくはない。
王族から婚約を打診されたら普通は断れない。
私の時はクリストファーも全く乗り気ではなかったし、打診も内々のものだったから何とかなった。
嫁として、妻としての義務は完全免除(あくまで仮面夫婦の妻役が欲しいだけ)なんて美味しい条件も、私はクリストファーから『ここだけの話』として聞いていたから知っていた。
けれど、普通は『兄王子たちは他に好きな男がいるので妻に手を出すつもりはございません』なんて言わない。
知らなくて、ただ拒否不可能な婚約話だけが舞い込んで来たのだ。
心にクリス様を飼っているコーネリアならやけになって窓から脱走をはかっても仕方がない。
彼女に王位継承権が付いて来るなんて設定、もっと早くに知っていれば大ごとにする前にこっそり教えることもできたのに。
と、過ぎたことをあれこれ言ってもしょうがないけれど。
「──俺様は教えるつもりだったぜ?」
ボソリとカジウラが口を挟む。
「でもこのなりじゃ話なんて聞いてもらえねぇだろうし。だからあんたにどうにかしてもらおうと思ったんだけどよ」
「あら、随分と殊勝な心掛けね」
思っても見ない台詞の連発に、私はせせら笑う。
カジウラは自分のためなら他人の力を奪うことも、奪った後の他人が生死の危険にさらされようとも気にしない奴だ。
他人が大事にしているものを奪い、ボロボロにして笑っている奴だ。
問題が起きれば他人のせいにする奴だ。
そんな輩が『コーネリアに教える』?
教えてどうなる。おおかたコーネリアに愛想良くされて勘違いしているのだろうが、あれははただの社交辞令。勇者のモテモテハーレムモードは終わっている。
イグニートの代わりに手に手を取って逃避行なんて未来図を描いているのなら、クマでもカジウラでも無理だ、と言いたい。
「でもそれで貴方にメリットはあるの? 元勇者のリク・カジウラ・エアハルト様?」
「そりゃあ、……いや、美しい女性が不幸になるのを知って見過ごすのは勇者としてできないっつーかぁ」
カジウラはデレる。
ああ、この感じ。実技演習でコーネリアに手を振られてデレていた時と同じだ。
あの時、彼女はカジウラのことを『モテるために勇者になった男』と言い切った。それを知らないのは幸せだと内心思ったものだけれども、未だもってカジウラはコーネリアに夢を持っているらしい。
「ま、最後は俺様ンところに戻って来るわけだしさ」
「その根拠は何処から」
「え?」
「なんでもなくってよ」
まぁ、結末がわかっている恋愛沙汰で他人が踊っている様ほど面白いものはないから、無理に現実に直面させようとは思わないけれど。
「それより。私に助力を乞うつもりだったのなら何故あんな場所にいらしたの?」
何故カジウラが水車小屋などにいたのかも気にかかる。
コーネリアに真実を伝えようと思ったのなら、まず彼女の元に向かうのが筋。
私に助力を乞うつもりなら、私の元に馳せ参じるべき。
ふたりとも居場所は特定できているのだし、何より王都内にいるのだからぬいの短い足でも辿り着くことはできる。
なのにカジウラがいたのはそのどちらでもない、王都から遥か離れた水車小屋だ。
「ああ、もしかしてぬいカフェで聞こえた声は貴方? それからずっと私の後を付いて回っていた?」
『──何だかんだと口実を付けたところで、お前も何番煎じだかのドジョウと変わんねぇよ』
二回目のぬいカフェで、私はフォルッツでもクマッティでもない男の声を聞いた。
あれはもしかしなくてもカジウラだったのではないか?
言葉の端々に棘があるのは自身をクマにした女(私)への憎悪で凝り固まっている頃だから仕方ないかもしれないが……仮にも助けてくれ、手伝ってくれ、と頼む立場で言う台詞ではないのだが?
「そうだよ」
しかしそんな嫌味は伝わらない。
何故だ。クマなら他人の心を読むのは得意だろうに!
「でもこの恰好じゃ表立って動けねぇから、酒場の悶着も助けに入る前に終わってたし」
でも民家にいた時は普通に以心伝心で会話したわよね!?
何故だ!!
「つーか、外出たらあんたらは帰っちまったってぇから必死に寮まで戻って来て、そしたら今度は得体の知れない男と出て行くじゃん? だから慌てて馬車の荷台に貼りついて」
「あー……それは苦労をかけたわね」
別に頼んでいないし!!!!
って、どうどう、落ち着け私。荒ぶったところで何も生まない。
「………………もしかして私も助けてくれようとしたのかしら?」
私はマツリカが媚びる様を思い出しながら軽く握った拳を頬に当て、小首を傾げて見せる。
間違っても私のキャラではないし、ツリ目悪役顔にそんな仕草を向けられたところでかわいいと思う男はいないだろう。
が、プライドの高い男は媚びられれば機嫌がよくなるものだし、格段に御し易くもなる。
「そっ……そりゃあ……」
「私はあなたの力を奪った敵、な・の・に?」
「そう、なんだけど」
私にまでデレるな気色悪い。
コンラートが呆れたと言わんばかりに顔を歪ませる。
だが何も言わないのは、夕食会の時同様、私が企んでのことだ、とわかっているからだ、と信じたい。
カジウラは鼻の下を伸ばしながら(と言ってもクマだから鼻とへの字口の間が微妙に長くなったくらいでほとんど変わらないのだが)片手で頭を掻く。
そして。
「ほら、いいことをしたら人間に戻れるし元の世界にも帰れるって言うじゃん?」
そんなことを言いだした。
「そんな格言は聞いたことないわ」
クマ専用の格言だろうか。
それとも私に恩を着せることで、奪われた力を返してもらう腹積もりだろうか。
カジウラの力? 微々過ぎて、どれがカジウラのだかわからないままディナエルにあげちゃいました♡ と言ったら暴れるかもしれない。本音だけれど。
だが。
「言ったんだよトラウラが」
「誰って?」
「トラウラ」
「トラウラ!? 何処で言われたの!?」
思いがけない名に私は身を乗り出した。
どう言うことだ?
今まで何が起きても現れなかった諸悪の根源が、ここにきてカジウラに接触していたとは。
そうだ。カジウラは転生ではなく転移者(肉体ごとこの世界に来ている)だから、方法があるなら戻ることもできる。
しかも勇者としてのサクセスストーリーは既に完結。
遊び終わった神としては、カジウラはもういらない玩具であり、この世界の異物なわけで。残しておいてこの世界に妙な影響を与えるくらいなら(創造神に目を付けられていることもあるし)返したいに決まっている。
そしてカジウラが戻れるのならマツリカを帰すことも。
クマッティはその可能性をミリも口にしなかったけれど、きっとふたりを召喚したトラウラにしかできないことなのだろう。
ヒロインが消えればこの世界は元に戻る。
クリストファーを王位につけたいがための無理がありすぎる展開(兄王子たちが同性愛に走った、など)も消失するはずだ。
他の相手に輿入れが決まってしまった兄王子たちの元婚約者との関係は戻せないだろうけれど、コーネリアが兄王子のどちらかと、と言うのはまだ避けられるかもしれない。
「何処にいるの!?」
「あんたが連れて歩いてるじゃねぇか」
しかしカジウラの答えは私の期待するものではなかった。
「あのね、よく似ているけれど私が連れているクマはトラウラではなくってよ? 貴方、ご自分の今の顔をご覧になったことがおあり?」
確かに顔は同じだが、うちのクマはトラウラではない。
私でも最近やっと見分けがつくようになってきた。
重ねて言おう! うちのクマはトラウラでは──
「カフェに連れて来てた奴と水車小屋に連れて来てた奴以外にもう一匹いるだろう? そいつだよ」
「あれはクマッティよ」
確かにクマッティは他の二匹に比べたら同じ神だしトラウラに近い。
『赤ん坊プレイが滾りそうじゃ!』だの『お風呂でちょっとエッチな展開』だの、言うことは俗物すぎるけれども、やはり中身が人間と神とではオーラが違うのだろう。
が、あれはクマッティだ。
「だーかーらー! あれがトラウラなんだよ。俺は奴とは長い付き合いだからわかる」
だがカジウラは意見を変えない。
そして『長い付き合いだから間違えない』と言うのは、私がフォルッツたちを見分ける時と同じなので嘘だとも言い切れない。
カジウラにとってのトラウラは、冒険譚のプロローグからエピローグまで関わっていた相棒。間違えるとは思えないのだ。
「コンラート、クマッティは」
「今晩はフォルッツと一緒に寮で留守番をしていますが」
コンラートも困惑している。
彼にとってはトラウラはカジウラと同じ、いや実際にディナエルから力を吸い取った実行犯だろうからカジウラ以上に憎むべき存在だ。
それがクマッティだった、なんて言われて素直に「はいそうですか」と納得はできまい。(他のクマたちもだけれども)同じ部屋で寝泊まりする仲だし。
だが否定する要素がない。
思えばトラウラとクマッティは同時に存在していたことがない。
私に悪役令嬢だと言ってきた時は、トラウラと入れ違いになるようにクマッティが現れた。
フォルッツとクマッティをマツリカの部屋に忍ばせた時は、『トラウラの気配はあるけれどいなかった』と他でもなくクマッティがそう言った。
あれは嘘なのか?
『トラウラのほうが若いから毛艶がいいけれど、自分には年季を召した安心感が』と言っていたのも嘘なのか!?
「っ! ちょっと行って来、」
真相を確かめなくては。
何より、カジウラの言うことが真実なら私はしなくてもいい苦労をしていたわけで。
黙っていたクマッティを一発殴るくらいは許される! どれだけ私を嫌っている人だって今ばかりは賛同してくれる!
「こんな夜更けに何処へ行こうと仰るのです? お嬢様」
だがしかし。
優秀なメイド長によって、真相究明と鉄拳制裁は明日に持ち越されたのだった。




