71 悪役令嬢、勘違いする。
騒がしい半乳たちの時と場所をわきまえない妄想恋愛トークが勃発するかと思いきや、見張っていたのかと思うほどのタイミングで現れたメイド長によって彼女らは部屋に連行されていった。
『夜更かしは美容に悪いのですよ! 今の不摂生が十年後に皺となって顔に現れるのです。それでもいいのですか!?』なんて女子力の高すぎる叱責も叱責だが、それにあの半乳らが反論もせず従ったことには驚きが隠せない。
拳と拳を突き合わせる以外に相手を従わせる方法があったとは。
と言うか、知識の詰まった(相手が言い返せないほどの)正論で論破する姿こそ貴族令嬢にふさわしいのではないか?
少なくとも口論から掴み合いに発展した過去の私の行動よりも。
そう思ってしまうくらいメイド長は頼もしく、また高貴に見えたものだ。
私はまだまだ鍛練が足りない。
今まで必要ない、と放置していた女子力にこんなにも圧倒されるとは!
……と、それは置いといて。
今まで何かにつけて恋愛路線に脱線させられ、そのたびに否定するまでが一連だったから、拍子抜けたのも嘘ではない。
しかし今回ばかりはよかった。
マツリカに洗脳されている疑いのある義弟との仲を噂されても不快なだけだし、私はその手の感情が顔にも口からも出る。
きっと照れ隠しの域を越えてボロクソに言うだろう。
好感度が下がるだけの行為など、しなくて済むのならそのほうがいい。
「マコレッタ、じゃなかったマルグリット様」
メイド長に連れられて部屋に行ったはずのリーナが戻ってきたのは、それから数分も経たないうちだった。
「あら? 部屋がわからなくなったの?」
「あ、いえ、そうじゃないんです。けど」
「けど?」
何やらモジモジと恥じらう様子のリーナに、私は『お花を摘みに行きたいのなら案内させてよ?』の一言を言……いそうになるのを堪える。
女子力を磨こうと思った端からそんなデリカシーのない発言をするなんて、学習能力がないにもほどがある。
ちなみに『お花を摘む』は人間なら誰もが持っている某生理現象を解放しに行くことの暗喩だ。
ジークラムの貴族令嬢にならほぼ誰にでも通じるほどポピュラーだし、働く女性たちの間でも主に『直な言い方では男性に聞かれると恥ずかしい』と言う理由で使われている。
そんな〝お花摘み〟は、あまりにポピュラーになりすぎて意味を知っている男性も多々いるくらいで……とここまで言えば私が言い留まった理由がおわかりだろうか!
そう! この場にはコンラートとディナエルがいるのだ!
ただの貴族の坊ちゃんと元・冒険者と言う、大勢に揉まれて働いたことなどない彼らなら知らないだろう、と油断はできない。
乙女ゲームには攻略対象に赤面させるイベントが(とり澄ました攻略対象の意外な一面が見られるイベントは一定以上の需要があるらしい)多いとクマッティも言っていたし、彼らは無駄なところで博学だ。
「いえ、そうじゃなくて」
「やっぱりお花を摘みに!?」
しかしだ!
生理現象は我慢するにも限度がある。男性に聞かれて恥ずかしいよりも男性の前で限界を超えるほうが問題だし、となれば察しが悪くて悲劇を招くことになった私まで恨まれることは間違いなし!
それは悪役令嬢ヨイショ係であろうとも。いやヨイショ係だからこそ、自分に不利益を被らせた推しなど簡単に切り捨てられるものだ。
「仕方ないわね。私が案内してよ」
「義姉上。こんな夜遅くに花なんて咲いていませんよ」
案の定、コンラートが訝しげに口を挟んでくる。
また何処ぞに出かけるつもりか? と言いたげだ。
彼にしてみればリーナもアロイス同様冒険者。〝お花摘み〟の真意を知らなければ厄介ごとに巻き込む隠語だと思っても不思議はない。
しかしだ(二回目)! 生理現象なら時間の猶予は──!
「いえ、花はひとりで摘みに行けますのでご安心を」
違ったらしい。
リーナは顔の前で手を振る。
「そうじゃなくて。明日、お城で今回の状況説明をなさるんですよね?」
「え、ええ」
ああ勘違い。
よく考えなくともリーナは一言も『花を摘みに行きたい』と言っていなかったのだから他の理由だってあったはずなのに。自分の視野狭窄が憎い。
女子力が高かったらしない失敗だろうかこれは。
「お城にあたしも連れて行ってもらえないでしょうか。いえ決してお城の中が見てみたいとかそう言う理由じゃなんです。ただ、嫌な予感がすると言うか」
「嫌な予感もなにも、起きたことを報告するだけのことよ?」
「それでも! あの、いるんでしょう? 聖女って人も」
「いるでしょうね」
明日、私は兄と一緒に登城することになっている。
今回の事件の概要をまとめるために、前の実技演習後の事情説明会と似たような集まりが開かれるのだ。
コーネリアとイグニートの足取りと思惑。
エアハルト伯が何処まで関わっていたのか。
兄たちがどうやってイグニートを捕えたのか、民家に辿り着いたのか。
それらはそれぞれの当事者しか知らない。私たちに降りかかったことを私たちしか知らないように。
だから諸々を明日、吐き出させて擦り合わせ、それによって法的判断を下すことになるらしい。
その場にはマツリカも呼ばれると聞いている。
『エアハルト伯が犯人でするん!』と言い切った手前、その根拠を説明するのだろう。
エアハルト伯は私たちの証言だけでも十分黒いが、それだけならまだ共犯。しかしマツリカの〝神のお告げ〟によれば主犯だ。主犯と共犯では罪の重さも違う。
私がアロイスについて出て行った後、コンラートは兄に知らせるため、王城に行った。
だからイグニートという胡散臭い男が暗躍しているらしい、コーネリアの失踪もそれに関係しているらしい、マルグリット、オリヴィア、ソフィアの三人がコーネリア救出のために向かっている、と言うことはあの場にいた誰もが聞いている。
しかしマツリカが現れたのは打ち合わせの終盤も終盤。本来なら知り得ない。
兄もしくは出席していたほかの誰か経由で知ったのか。それとも独自に情報を掴んでいたのか。
兄に無理やり同行したのは出先にエアハルト伯がいると知っていたから──先んじて自分が伯爵を捕え、聖女の功績にするためだったのか。
まさか〝神のお告げ〟だけで言ったのだとしたら……彼女の場合その可能性がとんでもなく高いのだけれども、兄の豹変ぶりを見る限り、今度ばかりは〝マツリカが嘯きました〟→〝何の根拠もありませんでした。マツリカさんは見栄を張って嘘を言うのはやめましょうね〟と言うざまぁ展開は期待できない。
それどころか兄が、兄王子たちが、バルトガー侯爵などの高位貴族の面々が揃ってマツリカ支持にまわり、何の根拠もない〝神のお告げ〟を理由に罪が決定されてしまう可能性がある。
実例ひとつを作ってしまえば今後も〝神のお告げ〟で有罪か無罪かを決めることが可能になる。
そうなればマツリカの独裁を許すようなもの。
深慮の欠片もないマツリカの意のままにさせれば国として終わるだろう。
そんなことはあり得ない?
真っ当な世界ならそうだ。
だが彼女は乙女ゲームのヒロインで、この世界は限りなく彼女が主役の乙女ゲームと化しつつあって。
悪役令嬢が主役を張る乙女ゲーム系ストーリーならヒロイン万歳で進む杜撰さを指摘され、ヒロインと彼女を支持した攻略対象が破滅する。
けれど、此処ではそんなミラクル(と言うより一般常識による是正)は起きない。
私としてはエアハルト伯が主犯だろうが共犯だろうが関係ないし影響もないのだが、マツリカにその権利を与えるのは非常にマズい。
与えたら最後、どれだけ破滅フラグを薙ぎ倒しても。愛されヒロインの座をもぎ取ったとしても。『全ては悪役令嬢が悪いのでするん!』の一言で逆転させられてしまう。
「あの聖女って人、何だか黒いんです。黒いモヤがかかってるって言うか、何か企んでると言うか」
企んでいると言えば企んでいるだろう。
乙女ゲームのエンドは攻略対象とのハッピーエンド。
そしてもうひとつ。『面白いものを見せてあげる』から連想される悪役令嬢のざまぁエンド。
リーナは〝血塗られた 叛逆 〟を履修済だし、私に悪役令嬢マコレッタを重ねて見ているくらいだから『ヒロインが悪役令嬢である私の破滅を望んでいる』と打ち明けても笑い飛ばしはしないだろう。
それどころか親身になって打開策を考えてくれるに違いない。
此度の申し出も親身になって考えてくれた結果だと思えば、リーナの申し出は非常にありがたい。
しかし廊下待機になるであろうリーナを連れて行ったところで何の役に立つと言うのか。
第一、彼女とは今後一切の接点がないつもりで名前すら教えなかったくらいなのに(とは言え、もうバレているけれど)。
「説明だけって言うけど本当にそうでしょうか。罠をしかけていないとは」
「憶測だけでひとを悪く言うものではなくってよ」
この場にはコンラートがいる。
今のところ何も変わっていないように見えるけれど、それは私を欺くためで、本当はすっかり心酔してしまっているかもしれない。
とすればそんな奴の前で迂闊なことは言えない。
手の内も明かせないし、何処まで察しているかも知られないようにしなければ今度足下をすくわれるのは私だ。
「心配してくれるのは嬉しいけれど、王城はあなたが行ける場所ではないわ」
呼ばれているのは私とオリヴィア、ソフィア。そして兄。
リーナも 半乳 も当事者だろうに話を聞く必要がないとされているのは、行動を共にしていた私たちの証言だけで十分だと思っているから以上に、彼女らの身分が平民であることが大きい。
有体に言えば、卑しい身分に足を踏み入れてもらいたくない、だ。
同じ理由でイグニートの証言は牢獄で聞き記したもの──つまりはいくらでも捏造できる──が使用される。
説明会には同席しないがきちんと話を聞いてもらえるであろうエアハルト伯が、罪を全てイグニートに押し付けて無実を訴えても反論することなどできないのだ。
とは言え、こちらに関してはマツリカが『エアハルト伯が犯人』と言い切っているので、訴えが通るとは思えないが。
それにしてもイグニートの被害者はほとんどが平民階級だと言うのに、その彼女たちから話を聞かないなんて情報収集がザルすぎるもいいところ。
兄王子たち率いる王城メンバーにとって重要なのはコーネリアに関してのみで、それ以外の女が何人泣いたところで関係ないと思っていることが十分すぎるくらいによくわかる。
「王城はあなたが思う以上に面倒なところ。相手が貴族ではないと知ったら難癖をつけてくる輩だっていないとは言えないの」
「マコレッタのためなら命のひとつやふたつ、」
「命はひとつしかなくってよ?」
そしてそんな平民を軽んじて見る連中がリーナに何を言い、何をするか。
マツリカが何を仕掛けてくるか。
廊下待機だから安心、とは言えない。むしろ目が届かないからこそ心配だ。
リーナが害されることだけでない。彼女の冒険者の流儀に沿った言動が揚げ足取りに取られないか、破滅フラグのきっかけにされないか、と。
「でもほら、マルグリット様はご自分で悪役令嬢だと言っていたじゃないですか。マコレッタもそうですけど、悪役令嬢は他人を遠ざけて、誰の力も借りないで、ひとりで何でもやろうとして、それで結局は誰もマコレッタが困ってるのを知らないで破滅してしまうんです」
それでもリーナは食い下がる。
しかし私にマコレッタを重ねて見ているから仕方がないとは言え、私もマコレッタと同じように破滅するのではと心配してくれているのは何ともリアクションに困る。
だが、マコレッタの最後はそうなのか。
〝血塗られた 叛逆 〟をまだ半分ほど読んでいない私にはとんでもないネタバレだけれども……その反面、あの分厚い本の内容を要約してくれるのは正直助かると思ってしまったり。
「でもマルグリット様はあの爺さんが襲って来た時に躊躇いなくあたしを呼んだでしょ? マルグリット様とマコレッタは違う。だから」
「私は使える者は王族でも使う主義なだけよ」
「だったらあたしも使って下さいよー!」
「だからね、」
「恩返しですよ恩返し。借りは返さなきゃ!」
「恩を感じるほどのことはしていないわ」
だが。
これは〝マコレッタごっこ〟ではないのだ。
「……義姉上の護衛と言う名目で連れて行けばいかがです? 今回は」
このままでは話が終わらないと思ったのか、またしてもコンラートが口を挟んできた。
「義姉上も名目上は誘拐されかけた身。そして義兄上が、〝義姉上に掴みかかっただけでその相手の手首を切り落とす〟ほど大事になさっているのも周知の事実です。ここで義姉上に腕の立つ護衛が付いたとしても誰も不審には思いませんよ」
「名目上は、って」
これは私を貶めるための裏があっての提案かもしれない。
が、そうだとしてもリーナの実力は対エアハルト伯戦で実証済。私に悪役令嬢マコレッタを見る限り、リーナはアザミィであり続けるわけで。
そして兄が私を〝大事な妹〟と見ているのも間違いではない。
マツリカ派に転じた今、そのクソデカ感情はすっかりマツリカに移動してしまっているかもしれないけれど、でも他者はそれをまだ知らない。
コンラートが言うように『何故今頃?』なんて疑問を持つ者はいないだろう。
「〝血統より実力を重んじるルブローデ〟が選んだ護衛に難癖を付ける命知らずもおりますまい」
正式な護衛騎士でもあるフォルッツが(表向き、山で修行中なので)不在の今、再び狙われる可能性を訴えれば兄もリーナの登用に反対はできないだろう。
今回は。
そう、今回は。
「そうね。お兄様は私が口説き落としてみるわ」
『お花を摘みに行く』は要するにトイレに行くことです。




