69 悪役令嬢、言い負かされる。(☆)
何故今来た!?
いや、来てくれたのはありがたいことだし待ってもいたけれど、でも今!?
組み伏せられたエアハルト伯の眼前に屈み込んでその額に指を突きつけていると言う〝どう見てもエアハルト伯に好意的ではない〟体勢のまま、私はギギギ……と軋んだ音が鳴りそうな緩慢さで首だけを兄に向ける。
伯爵からはまだ何の情報も引き出していない。まさにこれからと言うところ。
なのに『コーネリアは保護済』って、私たちの努力は無駄だったと仰いますの!?
私たちは何のために此処まで、ってコーネリアが無事ならそれに越したことはないのだけれど、やはり労力に見合った成功体験は欲しいもの。ぶっちゃけて言えば王都には凱旋したい。
それにそれに。
そのヒルの如く貼りついているゴビルンは何だ!?
何時の間に好感度を上げられたのですかお兄様!?
ゴビルンのいけ好かない薄笑いは、鬼の居ぬ間に攻略対象を射止めたからとか!? いやでも奴の最推しはコンラートだし、お兄様が堕ちても破滅エンド確定ではないですわよね!?!?
そんな諸々が脳内を横切って口が止まった私とは逆に、エアハルト伯はリーナの下で喜色を浮かべた。
「おお! 貴殿はルブローデの! いいところに来てくれた。この女を捕えてくれ! 平民の分際で貴族に手を上げる、いや、床に押し付ける不届き者だ!」
しかし兄は冷ややかな目を向けるのみ。手を差し伸べすらしない。
一般的な貴族なら、エアハルト伯を押さえ込んでいるリーナが悪人で、伯爵は私たちを助けに入ったものの返り討ちにあってしまった、と解釈するだろう。
私の立ち位置がリーナ悪人説を揺るがせたとしても、そこは目を瞑って。
以前、私がカジウラと対峙した時にいた周囲の学生の反応ように──同じ爵位持ちに勝手に身内意識を持つような感覚で、貴族は貴族の肩を持つことが多い。
まして相手が辺境伯ならなおのこと。
防衛を辺境に任せっきりにして王都で平和を享受している貴族はここぞとばかりに 私たち を支持する。まるで普段からその働きを忘れていない、感謝し続けている、と言わんばかりに。
だが今回は相手が悪かった。
兄の辞書にはおべんちゃらなんて言葉は存在しないし、何より、全ての判断基準は妹。
今、兄の目の前で展開されている図は〝私とリーナが結託して伯爵を取り押さえた〟以外には見えない。
つまり。
私の敵である伯爵を、兄は敵としか見なさない。
「その前に。そこにいるのは私の妹とそのご友人がたなのですが、何があったかご教授願えませんでしょうか」
兄の受け答えは私の期待どおり。
声色からも敵認定していることが窺える。
「そんなもの、私を助けてからいくらでも本人に聞けばよかろう!」
「いえ、先に」
大丈夫。いつもの兄だ。
私は勝利を確信する。
だが。
「……ここにいる聖女・マツリカ嬢が、悪いのはあなただと言われるのですよ。エアハルト伯」
「「は?」」
次いで兄の口から出た言葉に、思わず伯爵とハモってしまった。
いや。そんなはずはない。
兄はどんな時でも私が基準。『私の妹は伯爵を味方だと思っていないようですが』とやるのが順当なのに、『マツリカが言った』とは??
兄と腕を絡ませていたマツリカは、その腕を解き、つい、と前に進み出る。
妙に自信満々なその顔は、彼女が神殿に行く前から幾度となく目にしたものだ。
そして自信と自身を否定され、焼き過ぎた薄切り肉にように醜く歪む様も幾度となく目にしている。その場しのぎの嘘を重ねるから、その度に足下をすくわれるのだ。
が、今回は──。
「聖女マツリカにはお見通しでするん。って言うかぁ、女の子が行方不明になってた事件はみぃんなエアハルト伯がやったことでするん! エアハルト伯が女の子を外国に売ってたでするん!」
貴族階級にはあまり知る者がいなかった人身売買のことまでも、マツリカは声高に訴えたのだ。
「何を根拠にそんなでたらめを!」
案の定、エアハルト伯は口角泡を飛ばす勢いで反論する。
リーナが上に乗っていなかったら掴みかかっていただろう。
危害を加えられるおそれがないとわかっているからか、
「でたらめではないでするん。神のお告げでするん」
と受け流すマツリカがふてぶてしくて腹立たしい。
『リーナを背負ったままでいいから掴みかかってほしい。伯爵ならできる!』と思わず心の中で声援を送ってしまったほどだ。
エアハルト伯が人身売買に関わっていたかどうかは私も黒だと思っている。
が、如何せん推測でしかない。
言葉の端々からイグニートの裏稼業を知っているらしいことは窺えたが、彼の口から出て来るのは女性への嫌悪ばかりで、『知っている、関わっている』と確定めいたことは一言も発していない。
リーナに聞けば証言してくれるだろう。
しかし当人が否定すれば、裁定がどちらに有利に傾くかは先ほどの〝一般的な貴族の反応〟を見ても明らかだ。
なのにマツリカは断言した。
私でさえまだ掴んでいない証拠を既に握っていると言うことだ。
これはいつもの思いつきや言い逃れとは違う。
なんせ兄が否定しない。聖女の魅了にあてられて脳内で花園が爆誕したなんてことも兄に限っては『ない』と思いたい。
ああ、情報が欲しい。
私が此処にいる間、兄とマツリカは何をしていたのか。
何処でコーネリアを見つけたのか。
向こうの手の内がわからない今はマツリカのターン。私は動くに動けない。
「待て! 貴殿は〝神のお告げ〟なんていい加減なものを信じるのか!? 第一、その娘が聖女だと言う証拠もないだろうに!」
そんな中、私の気持ちを代弁してくれる伯爵には感謝しかない。
神が名乗りを認めているのだから他の自称聖女よりは聖女だろう。しかしその裏事情を知っているのは人間では私だけだし、私は決して『マツリカは神のお墨付きの聖女です』なんて証言はしない。
それに今までマツリカは奇跡の『き』の字も起こしたことはない。
だから『聖女でするん!』と言われて信じるのは脳内お花畑なクリストファーくらいで、コンラートもテオルクも、思えば同じ転移者であるカジウラですらマツリカのことを聖女と呼んだことはなかった。
乙女ゲーム的鉄板展開でいけば、ヒロインの発言は誰もが無条件に信じるはずなのに、だ。
なのに。
「聖女の証拠ならあるでするん」
マツリカは得意げに右腕をまくり上げ、前腕──手首の下あたりにある赤い痣を、これ見よがしに見せつけた。
「聖女は体の何処かに花の形をした痣が浮かび上がるのでするん。リカはこれ。この赤いバラが聖女である何よりの証拠なのでするん!」
場の空気が揺らぐ。
誰かが「おお!」みたいな声を発したが、それが誰かはわからない。
が、それはともかく!
待て!!
何処から引っ張ってきた、その設定は!? 今の今まで聖女を否定されても出して来なかったのに何故今になって!?
と言うか、その痣は此処に来る途中で何処かでぶつけて、ちょうどいいからって思いついたのではありませんこと!?
ツッコミたい。
ツッコミたいが、彼女の痣が何時からあったか私は知らない。
『聖女とはすっごい女の子のことでするん!』と間の抜けた回答しかできなかったあの日も制服の下には痣があったかもしれないし、『あった』と断言されれば私に否定する術はない。
「ぐぅ……」
頼みの綱のエアハルト伯も喉を詰まらせるばかりで追及しない。
もしかすると一部の貴族にしか知られていない聖女の見分け方に『体の何処かに痣がある』なんて一文があるのかもしれない。が、でも! 頑張りなさいよ伯爵! このままじゃ人身売買の首謀者になってしまいますわよ!?
ほんの少し前にも『首謀者になりかねない』とチラつかせて情報を引き出そうと考えていた私に言う権利などないけれど、そう言わずにはいられない。
「マツリカ嬢の言うことはでたらめなどではありません。粗方のことは向こうの小屋にいた男どもが白状しています。彼らは閣下がお雇いになっていたそうですね」
マツリカの大ボラのほうも、裏付けるように兄が付け加える。
兄がマツリカの肩を持つのは不愉快だが、彼女の大ボラは全くの大ボラと言うわけでもないらしい。
「あと、イグニートと言う男が全ては貴方の指示によるものだと、」
「イグニート!? いえ、違うわお兄様! イグニートは」
兄の到着が遅かったのは、道中でコーネリアを連れたイグニートに遭遇したからなのだろうか。
だからコーネリアは保護済だと。
だがイグニートから聞き出した顛末、と言うのは嘘だ。
アロイスから聞いた過去のイグニートのアレコレ──娘たちを誘い出す話術や、被害者が複数人に及び、その誰もが帰って来ていない成功率の高さ──は、素人の感想ではあるが熟練した手管と言っていいくらいだった。
反してエアハルト伯はと言えば、女性蔑視発言と上から目線、偉そうな態度etc.と女性から嫌われる要素しか持っていない。
加えて、戦ばかりしてきた脳筋だから商売ごとも不得手だろう。
権力をもって実行犯に便宜を図ることはできても、彼自身が実行犯になるには無理がある。
イグニートは手駒のふりをすることでエアハルト伯に全てを押し付けるつもりだ。そうに違いない。
「違う、とは?」
「どちらかと言えばイグニートのほうが主ですわ。エアハルト伯が加担していたとしても、手を貸したに過ぎません」
「何故それを知っているんだい?」
「私だってただ誘拐されていただけではありませんもの!」
伯爵を弁護するような形になったのは遺憾だし、私自身は誰が人身売買の首謀者だろうが一様に罰せられればそれでいい。
女たちのことも、とにかくコーネリアが無事ならどうでもいいのが本音だ。
が、〝伯爵が首謀者〟で終わるのは=マツリカの神のお告げが本物だと認めるようなもの。奴の増長を防ぐためにも間違いは指摘しなければ。
このままでは全面的に彼女の手柄に──。
「あぁら、犯人の肩を持つなんて怪しいでするぅぅん」
だが。
マツリカが笑い声をあげた。
聞く人が聞けば無邪気と受け取られるものなのか、私の耳には嘲笑としか聞こえない笑い声を。
マツリカはクルクルと身を翻し、再び兄に寄りかかる。
腕を絡め、兄の陰に身をひそめるようにして私を見る。
「前々から思ってたんですけどぉ、内輪、っていうの? 貴族の人たちって貴族だけで固まろうとしますよね? まぁそれは平民階級も同じと言えばそうなんだけど、そんな身内感情で庇いだてするのは正しい判断ができないしぃ、良くないと思いまーす!」
「なっ!?」
マツリカが言い出したのは、常々私が他の貴族に対して思っていることと同じ。
だが胸の奥で沸き上がったのは、同志を見つけた喜びよりも、私の意見を我がもののように言いふらして周囲の称賛を集めようとする者への嫌悪でしかなかった。
この考えを私がマツリカに言ったことはない。かつて学生らを前にして言い放ったことが人づてにマツリカの耳に届くことはあったかもしれないけれど。
だから難癖と言われればそれまでだ。でも。
「マツリカ嬢の言うとおりだ。貴族でも、過去に功績を残した偉人だとしても、間違いをしないとは言えない。いやむしろ功績を残し、賞賛を受けたがために驕り高ぶった例はいくらでもある。
マルグリット、同じ貴族だからと言って不都合に目を瞑るのは人の上に立つ者として良いこととは言えないな」
兄は妹に対してとは思えない冷ややかな目を私に向ける。
「そんなことを思って申し上げたのではありませんわ!」
何度も言うがエアハルト伯の罪状の重軽がどうであろうと、罰せられれば、いや、今後一切私の足を引っ張りに現れなければ罰せられなくても構わない。
貴族同士の庇いだてと言われたところでそれは私に限ったことではないし、私が共犯にされないのなら、真相が歪んだまま終わってもいい。
私が食い下がるのはただ……。
「そうだ、アロイス! イグニートがこれまでやってきたことをお兄様に説明して下さらないこと!? 閣下も本当にこのままでは首謀者にされてしまいましてよ!?」
兄が私よりもマツリカを取るのなら。
私はこの場で最もイグニートについて詳しいの男と、動かなければ真実以上の重い罪に問われること確定の男に呼びかける。
前者はともかく後者は黙っているはずがない。〝護国の英雄〟が一冒険者くずれの罪を被るものか。
だが、ふたりは動かなかった。
ただ呆けたようにマツリカを見ている。
それならば、と女たちを見るも。
「コーネリア様が無事で良かったですわ!」
「さすがは聖女様ですわ!」
こちらは少し前に私を絶賛した時と同じ熱量でマツリカを褒め称えている。
何だ?
何があった?
こんな……これではまるでマツリカがヒロインの乙女ゲームみたいじゃないか。
「さて、帰ろう。マツリカ嬢も疲れたでしょう? こんなところまで」
「いいえぇぇぇん♡ 民の幸福を守るのが聖女のつとめでするん」
「その謙虚さをうちのじゃじゃ馬にも見習ってほしいものです」
兄はただマツリカのみを労う。
動かないエアハルト伯に兄の部下らしき人々が縄をかけていく。
これで終わりなのか?
こんな、マツリカの言葉が絶対、みたいな解決でいいのか!?
「いいじゃありませんかマルグリット様。コーネリア様は御無事だって言うし、何に拘っていらっしゃいますの?」
オリヴィアとソフィアはそう言うが……彼女らは確かにそれでいいだろうけれど。
腑に落ちない。
アロイスは、エアハルト伯は何故何も言わない?
クラスレグルスの時のように、後日のマツリカざまぁ展開の伏線なのか? このあっさりした終焉は。
扉(だった穴)から外を見れば、水車小屋に残して来た男たちが一様に縄で縛られ、連れ出されて行くのが見えた。




