68 悪役令嬢、女冒険者を召喚する。
だがそんなことがあるだろうか。
「……今日のジークラムの安寧をもたらした立役者でもあるエアハルト伯が、このような無体を強いる理由がわかりませんわ」
私は壁際に移動しつつ、さもひとり言のように呟く。
「他人より秀でた能力は持たざる弱者を守るためにあるのだと、私はそう聞いておりましたのに」
老人とは言えエアハルト伯は数年前まで現役(後継者があんなことになって、今でも現役のつもりでいるかもしれない)。腕が鈍るほど年月は経っていない。
だからだろう。隣に並ぶオリヴィアたちが『刺激するな』とばかりの視線を投げかけて来る。
だが私の口は止まらない。
「閣下が今剣を突きつけている娘は私共が守らねばならない弱者ではありませんの?」
〝富める者、力のある者は他者より秀でたその面をより弱い者のために使わねばならない〟とはジークラム貴族の間の一般常識(建前とも言う)。
その常識があるおかげで国内の孤児院や教会は活動でき、街を整備する金が集まり、退屈だからと平民を弄れば罪を問われるわけだ。
まぁ、本心から弱者に手を差し伸べようとする者など聖女(だがマツリカではない)くらいのものだと言うことは暗黙の了解的に皆わかっていることだし、私自身、そんな偽善者たちを嘲笑えるほど清浄な心の持ち主ではないのだが、でも、面と向かって指摘されればいい気はしない。
それが長年、ジークラムを守る役目を負っていた〝正義の味方〟なら尚更。
「残念ですわ。まさか閣下に若い女を買う趣味があっただなんて」
「黙れ!」
「あら、女を買うことを否定はしませんわ。世の中には体を売って生計を立てることを選ぶ者もおりますもの。でもイグニートが連れて来る女は違いましょう? 例え初心な生娘がお好みであろうとも裏ルートに手を出すなんて論外ですわ」
「私が買っているわけではない! こんな下品な娼婦まがいの女どもなど!」
そして本題。
エアハルト伯はアロイスに向かって『客ではない』と言った。
此処に来る〝客〟と言えば、イグニートの客でしかない。
男たちは私たちを『クルバジャットに売る』と言っていたが、それは貴族の(それも家計が火の車と言うわけでもない家の)娘を国内で売ることはリスクが高すぎるからであって、平民の娘ならその限りではない。
ジークラム国内の男が全員、聖人君子なはずもないし、だったら国内にも需要はある。
どうやらエアハルト伯は客ではないようだが、しかし、この流れからして正義の味方とは言い難い。
むしろ、
「人身売買があることは否定しない……やはり閣下はイグニートの協力者ですのね?」
複数の女を国外に連れ出すのはイグニートひとりでできることではない。
国境には検問もある。
一度や二度ならず、何度も女をゾロゾロ連れて通れば疑われるのは必至だし、それは馬車に乗せて通ろうとしたところで同じこと。
まして国内で女が行方不明になる事件が多発している(それが冒険者界隈で限定されたものだとしても)と噂になっていれば尚更、通るのは難しくなる。
だが辺境伯が仲間なら、検問など顔パスで通り抜けられるだろう。
「閣下はむしろそんな輩に制裁を下す立場ではありませんこと? それがどうして」
「黙れ! 男に媚びて経験値のおこぼれを貰う程度の能力しかないくせに、一丁前ぶって意見するな小娘が!」
「マコレッタ様!」
リーナの悲鳴交じりの声と共に、エアハルト伯の剣が私の背に流した髪を掠る。
切れたのが髪だけなのは良かったのか、残念なことか。
キラキラフワフワしたヒロインなら『髪は女の命なのに!』と泣き崩れるところだろう。それが周囲の同情を引いて、好感度アップにもつながるわけだが……。
私はエアハルト伯の腕の中でボロボロと涙を流しているリーナを一瞥する。
すみません、自分が切られたわけでもないのに何故そこまで泣けるのですか〝くっころの似合うアザミィ〟さん?
攻略対象が不在(アロイスとディナエルは暫定でしかないわけだし)の此処で泣いたところで涙の無駄ではあるけれど、でもモブにイベントを持って行かれるのは腑に落ちない。
「リ、リーナ……」
さらに理解不能な行動もうひとつ。
ここへきてアロイスが動揺した声を上げたのだ。
もしもし? あなたの存在意義はリーナに自身の服を与えるだけではないのですか?
その攻略対象っぽい発言は何ですか?
偉そうに作戦を語っていたくせに、あっさり見破られて。イグニートには逃げられ、コーネリアも奪還できず、それどころか半乳たちをも奪われ、縛られて醜態をさらし。さらに服を剥ぎ取られて。
エアハルト伯が現れても何ひとつ活躍しないどころか空気と化していたくせに、今更、攻略対象面するなど一〇〇年早くってよ?
悪役令嬢の冷めきった視線にさらされているとは露知らず、アロイスは上半身素っ裸のまま膝歩きでリーナに寄ろうとする。
ああ、これが攻略対象とヒロインなら背後に花が咲き乱れるところだろうけれど、モブと言うだけでここまでシュールな絵面になるものなのか。
陳腐すぎて臍でお紅茶が沸きましてよ!!!!
いや、もしかして。
この一連のツッコミどころは『乙女ゲーム系ストーリー第四弾(ヒロインはリーナ)が始まりました!』のせいだと………………待て! さらにシナリオを重複させるつもりなら、私は今度こそ監督の息の根を止めに行ってしまいますわ!
「ジークラムには知性のある女だけいればいいのだ! 謙虚で常に男を立てることが女の役割と言うものだろう!? なのに昨今の女どもは。お前たちのようにお遊戯レベルで剣を振り回しているだけのくせに一端であるかのように振る舞う女も、男に媚びるしか能のない女も、全部国外にでも何処へでも捨ててしまえばいいのだ!」
微妙な空気の中、ストーリー進行に忠実なエアハルト伯はそう言いながらリーナを締め上げる。
その姿に私も改めて彼に目を向けた。
そうだ。今どうにかしなければならないのはエアハルト伯のほう。第四弾は後でいい。
「この女も! 裸同然のみっともない姿をさらして歩くアバズレのくせに! その服は何だ!? 彼シャツとでも言うつもりか!?」
老人が『彼シャツ』なんて単語を知っているとは驚きだ、ではなくて。
言い分をそのまま鵜呑みにすれば、彼は男メインだった冒険者と言う職業に女が混じるようになったものの、露出の多い衣装で男冒険者に寄生しているような女ばかりなのが気に入らない。酒場で男冒険者に酌をしつつ媚びる女も気に入らない。
そんな女は視界に入らないようにしたいし、いないほうが国のためにもいい、と……そんな理由でイグニートに加担したようだが。
とするとイグニートがリーナを置いて行ったのは、〝エアハルト伯が彼女を買ったから〟ではないのか?
エロ目的ではなく、見た目の気に入らない女を弄り殺したかったから買ったのか? 昔付き合っていた女(巨乳)の部屋に行ったら見知らぬ男の服を着て現れたとか……それなら『彼シャツ』を知っていても、リーナを選んで買ったとしても納得できるけれど、でも、泣く女に剣を突きつけつつ毒を吐く老人は、どんな過去を背負っているにしろ悪役にしか見えないわけで。
リーナや半乳たちの衣装には私も一家言ある。
それが理由と言われれば、『同志よ!』と手を握りたくもなる。
が、だからと言って(買ったにしろ共犯にしろ、この件に悪い意味で関わっているのなら)伯爵の罪が不問になるわけではないし、不問にする気もない。
私たちが証言すれば『今回の件にエアハルト伯が噛んでいることは小娘の妄想』と一蹴されることはない。悪役令嬢ひとりの証言なら聞いてもらえないかもしれないが、オリヴィアとソフィアも口を揃えて言えば聞いてもらえるはずだ。
だからこそ〝真実を知った者は誰であろうと切る〟的な例の時代劇の小悪党と全く同じ発想に至ってしまうのは仕方がない。
「まぁ、どうせお前らは此処で死ぬのだからな!」
同じ発想で振るわれたであろう剣が、私の背に当たる。
ガチッ! と肉を切ったとは思えない硬い音と手ごたえにエアハルト伯が止まった。
「……惜しいわ」
「何!?」
仕方がないが、黙って切られるつもりはない!
ここだけの話、私は背にも武器を仕込んであるからバッサリやられたところで致命傷を負うことはない。
むしろ隠してあるものがバレずに済んで良かったと、こんな風だから悪役令嬢に抜擢されたのだし、私自身、ヒロインの器ではないのは重々承知だし。
でも。
肩書きや役回りなしの一個人同士で初めて、あの女冒険者の衣装のいかがわしさについて語り合える人材に出会えたと言うのに、こうも簡単に鉄板小悪党パターンを発動してしまうとは。
『尺が足りない。巻いて巻いて』と指示を出している監督の姿が目に浮かぶ。
「手の内を明かし終わって後は相手を葬るだけになってしまった悪党に──」
まぁ、その前に女と語り合う気などエアハルト伯にはないだろうけれど。
「──負ける以外の未来はありませんのよ?」
「マコレッタ様に何をする!」
私の言葉が終わるや否や。
今までおとなしく捕まっていたリーナが鬼の形相でエアハルト伯の腕を振り払った。『全然〝弱者〟じゃない』とツッコまれそうな変わりようだ。
人質の突然の豹変にエアハルト伯は剣を構え直す。
が、それよりもリーナの蹴りのほうが早かった。
剣はあっさりとエアハルト伯の手を離れ、弧を描いてリーナの手におさまる。まるで天井から下がった糸で誘導されたような見事な舞台演出っぷりだが、当然のことながら糸はない。
女の力を『お遊戯程度』と見くびっていたエアハルト伯の油断もあったろうが……これも心に女冒険者アザミィを降臨させた結果だろうか。
私が傷付けられればリーナがキレるであろうことは予想していたが、予想以上だ。
「アザミィ! 殺しては駄目よ?」
「おうよ!」
ニヤリと不敵な笑みを閃かせ、リーナは剣を握った手を捻る。
「ふざけるな! 乳がデカいだけの女が、」
「はっ! 爺さんも子供の頃はその乳のお世話になったんだろうがよ!」
リーナは目にもとまらぬ早業でエアハルト伯の背に刀身を叩き込む。
当たったのは刃ではなく背。
時代劇風に言えば『ふっ、峰打ちだ』と言うところだが、あの速度で叩き込まれれば衝撃だけでもかなりのものだ。
「ぐはっ!」
口から血を吐いてエアハルト伯は膝をついた。
おいおい。血を吐くって、内臓が傷ついたのではないでしょうね?
剣を突きつけられたり売られそうになったり、リーナは私たち以上にエアハルト伯を怨む権利があるけれど、でもそのせいで罪に問われれば本末転倒。
特に平民が貴族に剣を振るったとなれば、感情論で重罪を求める輩もいないわけではない。
そうなると厄介だ。
なんせ、きっかけを作ったのは私。
私が傷つけばリーナは必ず女冒険者アザミィになると思ってわざとエアハルト伯の剣を受けた、と、そんな思惑を知っているのは心が読めるクマだけで、オリヴィアもソフィアもアロイスも気付いていないのだから黙っていれば私が罪に問われることはないだろうけれど──。
「さすがですわマルグリット様! エアハルト伯を挑発し続けたのはリーナがアザミィに覚醒するように仕向けるためでしたのね!」
「〝身を切らせて骨を断つ〟ではございませんけれど、自分を犠牲にして敵を倒そうとお考えになるなんて、私たちでは到底思いつきもしませんでしたわ!」
「「まさしく女神、いえ、戦女神ですわ!!」」
──何故だ。何故バレた。
私はオリヴィアたちの称賛に頭を抱える。
おのれマコレッタ。行く先々で私の真似をするとは! って、私がマコレッタの行動を踏襲しているようにしか見えないのが理不尽極まりない!
そうこうしている間にもリーナはエアハルト伯を床に捻じ伏せている。
乳が背に当たってムギュッと歪んでいる。
普通の男ならむしろご褒美な体勢だ。乳がドータラコータラと言っていた割にまんざらでもないのか、エアハルト伯も動こうとしない。
「閣下にはいろいろと話して頂きたいことがございますけれど、まず。
バルトガー侯爵令嬢コーネリア様は何処へ?」
だがそんな下世話なツッコミもしている暇はない。
乳に気を取られて重要なことをポロッと喋ってくれるかもしれないなら、なおのこと。
私は屈みこむとエアハルト伯の額を指で突く。
彼ならイグニートの行き先を知っている。
いい加減、王都からの救出部隊も到着する頃だろうし、イグニートの国外脱出ルートがエアハルト領のみと言うのなら、馬を飛ばせば国境付近で捕まえることもギリギリ可能。かもしれない。
もし未だに到着していないとしても、エアハルト伯が此処に来るまでに使った馬が何処かにいる。
リーナがあれだけ強いのであれば、此処は彼女に任せて私ひとりで馬を駆ってもいい。オリヴィアやソフィアが立候補するだろうが、こればかりは間違いなく私のほうが適任だ。
「バルトガー? 知らんな」
「喋ってしまったほうが楽になってよ? このまま沈黙を続ければ閣下は人身売買組織の共犯。いえ、身分からして主犯格にあげられますわ。
でも情報を提供して頂けるのなら話は別。私たちも鬼ではございませんもの、此処で閣下から受けた仕打ちと暴言は黙っていてもよろしくってよ?」
前述した『情状酌量するつもりはない』と真逆だが、言った証拠が残らない口約束は反故にしやすいもの。
卑怯ではない。これは駆け引き。
「貴、様、」
「コーネリア嬢は保護した! ここまでだエアハルト伯!」
その時。
エアハルト伯が奥歯を噛んだその微かな音に被るように、声が響いた。
「お兄様! と……ゴビ、じゃなかった、マツリカ、様」
「ああ~らぁ~! エアハルト伯爵様はとぉぉっても顔色が悪いのでするん! ね~えユリウス様ぁ、リカ、助けてあげてもいいでしょうかぁ。どんな過去を持つ方であれ、苦しんでいる方を放っておいては聖女とは言えないのでするぅぅん」
そこには到着を今か今かと待ちわびていた兄と、何処ぞの半乳の如くその腕に絡みついて慈愛の微笑みを浮かべているマツリカの姿があった。




