65 悪役令嬢、くっころを知る。
いや、今は解釈違いを気にしている場合ではなかった。
「私たちはイグニートとコーネリア様を追ってきたのだけれど、ご存じ?」
目的はあくまでイグニートとコーネリアの行方。
百歩譲ってイグニートの消息は掴めなかったとしても、コーネリアだけは取り戻さなければ後々厄介なことになる。
此処に来てから散々脳内で弄り回した憶測がそう言っている。
もちろん彼女が何故此処でたったひとり(アロイスは乗り込んで捕まったと思われるので除外)捕えられているのかも気になるが、そのあたりは当事者なら知っていて当然だし、後でいくらでも聞く時間はある。
姿を消した半乳たちについても同じ。あれもこれもと手を出したところで達成率が下がるだけだし、何より彼女らはコーネリアに比べて生命力が段違いに高そうだから自力で何とかしてもらいたい。
あと……気になると言えば、生きていることが判明したディナエルが姿を見せないのはこれ如何に?
「(あー、ちょっと出るに出られないと言うか)」
立て続けの疑問にディナエルが申し訳なさげに返事を返してくる。
ただ、すこぶる歯切れが悪い。そして相変わらず姿は見せない。
『ご命令はこのとおり、キッチリ終わらせておきましたよ(ドヤァ!)』とばかりの顔で戻って来てもいいはずなのに何があった?
出るに出られない何か──爆破時に腕か足を一緒に吹っ飛ばして、物理的に動けなくなっているとか!?
「(怪我をしているの?)」
実技演習の時、鍵が腹を貫通したフォルッツが『痛くも何ともないなんてぬいぐるみ最高ですね!』と言っていたことから、そしてトラウラ(仮)が片腕を紛失しながらも暴論を吐き続ける元気があることから推測するに、ぬいには痛覚がないと思われる。
ディナエルが元気そうながらも動けない理由としてこれほどドンピシャに当てはまる理由はない。
しかしフォルッツならまだいいがディナエルは借り物だ。
しかも私が渡した爆破弾で、となればただでさえ低いコンラートの好感度がさらに下がる。
破滅フラグどころか完全に敵認定される。
「(いえ、怪我ではないのですが、リーナに見つかるとマズいのです)」
「(リーナ?)」
だがディナエルが挙げた理由は違った。
本クマの状態を見ないことには『怪我ではない』発言など信じるに値しないがそれよりも。
純朴好青クマ・ディナエルの口から女性名が出て来るとは!
リーナとは半乳たちが言っていた『世界で最も〝くっころ〟が似合う女冒険者・リーナ姉』のことだろうか。
別人の可能性もないわけではないが、アロイスを知っていたディナエルのこと、彼の探し人でもある〝リーナ姉〟と面識があっても不思議ではない。
そのリーナが此処にいる、と──?
私は壁に突き刺さった靴を引き抜き、そのポッカリと開いた穴の隣に座り込んだままの女を見下ろす。
この場で名前が判明していない女は半尻の彼女だけだ。
「……もしかして世界で一番くっころが似合う女冒険者・リーナ姉と言うのは、あなた?」
ディナエルと交信している間、不自然に黙り込んでいた私に何を思っていたのか、突然口を開いた私に彼女はあからさまにホッとした顔をした。
「なんであたしの名前を!? 違う、我が名を当てるとはまさに予知の才を持った救国の乙女!」
そして相変わらずの演技口調で返事を返してくる。
これも『あなたに聞きたいことがあるのよ』『くっ……殺せ』の掛け合いと同じ、〝血塗られた叛逆〟に出て来る台詞回しなのだろう。
が、何故。普通に返せばいいだけなのに。
演技しないと出られない部屋にでも閉じ込められているのか!?
いや。
扉は先ほど爆破した。演技などせずとも出入りは自由にできるだろうし、現に私たちは出入りしているし、もし本当に演技しないと出られない部屋だったとしても出会った当初から延々と続く演技で条件は十分クリアしている。
とすれば?
………………この口調は……ただの趣味?
「申し訳ないのだけれど、普通に話してくれないかしら」
どうもマコレッタに悪い印象は持っていないようだし、だったらマコレッタ風に喋ったほうがいろいろ吐いてくれるだろうと思ったけれど、それ以上にイラついてきた。
オリヴィアたちがことあるごとに女神と崇めてくることにも似た不快感とでも言えばいいのか。女神でもなければマコレッタでもないと知った上で言ってくることに猜疑心が膨れ上がるばかりだと言うか。
本人たちは嫌味で言っているつもりなどない、とわかっているだけに性質が悪い。
「あなたの名前を当てたように見えたのは、そこにいるアロイスが探している知り合いの方がリーナさんと仰る、と思いだしたから聞いてみただけのことよ。決して予知などではないわ」
そして予知は完全否定させて頂く。
まさか『クマに聞きました』と言うわけにはいかない。
『実はそうなのよ』とは口が裂けても言えない。
クリストファーに『未来を予知する力がある』と嘘を吐いた前科持ちとしては、今更嘘を吐く相手がひとり増えたところで大した違いはないだろうけれども、こういう小さな嘘こそ巡り巡って後々倒しきれない破滅フラグに育つのだ。
この場にはオリヴィアとソフィアもいる。絶対に『ここだけの話』でなど済まされない。
少なくともコーネリアには伝わるだろう。
そしてコーネリアに伝わったら最後、あっという間に学園中、いや社交界に顔を出す面々全てに知れ渡ると思っていい。
余計なことは言うべきではない。
「でも〝くっころ〟が似合うだなんて、マコレッタに言われると恥ずかしい……」
私が不幸な将来展望に思いを巡らせている間、リーナは恥ずかしそうにその上からマントを固く巻きつけている。
パンツ一枚の、今や彼女以上に恥ずかしい恰好にされながらも猿ぐつわは外してもらえない不幸なアロイスを横目で見、「もう! アロイスが教えたの!?」と頬を赤らめる様は、冒険者と言うよりもカフェの女給や店の看板娘のような〝普通のお嬢さん〟。
半乳たちから得た情報によれば、リーナは『オークに〝くっころ〟されるか、レズで百合な木の精霊に捕まって触手プレイされる以外は許さない』と理不尽な期待を寄せられているほどの女冒険者なのだが……当人から『リーナです』と肯定されていると言うのにどうにも納得がいかない。
確かにスタイルはいい。
出るところは出、引っ込むところは引っ込んでいる。
あのエロの権化のようなビキニアーマーも、彼女より上手く着こなせる女はそういないだろう。
加えてあの男まさりな口調だ。エロ担当として好き勝手に妄想されても文句など言わない、そんな細かいことをウジウジ言ってくるような懐の狭い女ではない、と勝手に思われているであろう感は否めない。
理不尽なエロは下手をすれば悪役令嬢のざまぁ展開で起きることが多いので(好色な爺のところに嫁がされるとか、それこそエロブブリンに襲われるとか)、担当がいるのは悪役令嬢的には有難いのだが……。
「そんなに見ないでくださいってぇぇ」
リーナはマントを巻きつけたまま、モジモジと私を見上げる。
演技口調を封じられたから素で話すしかないとして、何故、素だとあのなりは恥ずかしいと思うのか。
まるで二重人格者を見ているようだ。
「ビキニアーマー着てるくせに恥ずかしいのか、って思うんでしょう? わかります、あたしだって変だと思うもん」
「あ、いえ、それは」
「でもあたし、好きでビキニ着てるわけじゃないんですよ?
ほら、あたし、マコレッタと行動を共にする女冒険者アザミィのなりきりをしてて」
知らんがな、とは口が裂けても言えない。
彼女には気持ちよく情報を吐いてもらわなければ。そして貴重な情報はたいてい、雑談の中に入り込んでいるものだ。
「ビキニもアザミィの衣装だからで。〝くっころ〟も、似てるって言われていい気になって何度も口にしていたら、何時の間にか二つ名になってて」
どうやら〝くっころ〟、とは『くっ……殺せ』の略のようだ。賭けてもいい。
「アザミィの真似をしてるなんて傍から見れば痛い人なのはわかってるし、何度もやめようと思ったんだけど、でも期待されてると言わなきゃいけないと言うか」
「わかるわ」
他人からの期待というものは結構肌で感じるものだ。
私がコーネリアのお茶会で散々Sっぷりを発揮していたのも、元はと言えばコーネリアから『こう言ってほしい』と言う無言の圧力あってのもの。
しかも一度期待に応えてしまうとその後何度も続くのだ。圧力が。
まぁ私は将来、領地に引っ込む予定だから他の貴族の皆様がたからどう思われようと知ったことではない&親しくしておくならその辺の貴族の皆様がたよりも侯爵令嬢、と損得を考えた上でのことだから何も問題はないのだが、そんな打算もなく圧力に屈しているとすれば微妙だろう。
「でもおかげでマコレッタに出会えるなんて! もう、マコアザ推しとしてはこのシチュは萌えると言うかアザミィやってて良かったと言うか! さっきの足ドンなんてマコアザの出会いそのものでぇ!」
だがしかし。
同情を寄せかけたところで思わぬ反撃にあった。
リーナは目を輝かせ、早口でまくし立てる。
嫌いになりかけた趣味が思わぬところで利益を生んだから有頂天になっている、とでも言えばいいだろうか。この状態は。
ああ。
何故人は趣味を語り出すと熱くなるのか。
もしかして私も自覚がないだけで剣術や研究について喋っている時はこうなのか?
度々コンラートが引いたような顔つきをするのは……いや、それより何と言った?
「何推しって?」
「マコアザです」
マコアザとは何だ?
ブラリ派の亜種か?
「マコレッタ×アザミィの百合です! 〝血塗られた 叛逆 〟のCP要素はリヒト×マコレッタ、つまりリヒマコが最大手でマコアザは数が少ないんですけど」
リヒトと言うのは〝血塗られた 叛逆 〟でラスボスになる数学教師の名だ。
私が読み終えている範囲では、彼はマコレッタにことあるごとに嫌味しか言わない奴でCP要素など皆無だったのだが、以前ディナエルが言っていた『悪役令嬢はラスボスと似合いだ』と言う台詞と言い、〝リヒマコ〟と言うCP名と言い、どうやら後でマコレッタとそれなりの仲になるようだ。
とは言え、私の未来にリヒトに該当するラスボス級イケメンが現れるなんて妄想に至るつもりはない。
アザミィと親密な仲になる気はもっとない!
「って、いえ、決してリアルでもマコレッタと恋仲になりたいと思っているわけではないので、そのあたりは混同しないでください」
「……しないわよ」
素人は首を突っ込まないほうがいい世界だ。
闇が深い。深すぎる。
きっとディナエルが『リーナがいるから出られない』と言ったのも──。
「(リーナは鑑定のスキル持ちなんですよ。クマの俺が俺だってわかっちゃいます)」
違った。
ってそれよりも新情報。
鑑定スキルはクマの正体を暴くことができるのか!?
鑑定の本来の効果のほどを思えばできないこともなさそうだけれども、もしディナエルがリーナと面識があったのなら、愛らしいぬいに身をやつした自分の姿など見られたくないだろう。いや、きっとそうだ。
だとすれば。
「(……そう言えばあなた、アロイスとは旧知の仲だって言っていたわよね? 私、彼の前であなたのことを〝ディナエル〟と呼んでしまったけれどよかったかしら)」
同じく旧知の仲であるらしいアロイスにもぬいに身をやつした自分の姿は見られたくなかったのではないか!?
なのにコンラートから借りる時、私は『ディナエルをかしてちょうだい』と言ってしまった。
聞いていたであろうアロイスは何も反応しなかったけれど……ディナエルもぬいに徹していて何も言わなかったけれど、もしかして私、やらかしてしまったのかしら!!
「(いえ、ディナエルって名前自体は特段珍しい名前でもありませんから)」
ディナエルはそう言うが、絶対気にしている。
だからアロイスのいるこの場に出てこないのだ。
どうしよう。
ディナエルが私を避けるようになったら、コンラートとの溝は深まる一方じゃないですか!
「ああっと! イグニートとコーネリア様? の居場所でしたっけ!」
私の度重なる沈黙をどう取ったのか、それともあまりに切羽詰まった酷い顔をしていたのか、リーナが慌てた声を上げた。
ディナエルと交信していただけなのだが、傍から見れば自分の趣味語りに時間をかけ過ぎて私が怒っていると取ったのかもしれない。
まぁ……確かに怒ってもいい。
私が知りたいのは〝血塗られた叛逆〟に出て来る女冒険者の名前でもなければ、どんなCPがあるかでもない。




