64 悪役令嬢、足ドンをする。
「あ、あんたたち、誰?」
突然投げ込まれた片腕のクマに続いて入ってきた私たちに、女は心底驚いた様子を見せた。
しかし現れたのが女三人だけだと知ると、見るからに気が抜けた顔になる。やはり先ほど水車小屋に来た男たちを警戒しているのかもしれない。
なんせこのなりだ。未だ無事でいたことのほうが奇跡。
と言うか……目の前に裸同然の女が据え膳よろしく縛られているのに手を出さなかったなんて、あの野獣どもは見た目と口調に反比例した紳士だったとか?
いや、まさか。
「縄を切るわ」
私は女の問いには答えず、背後にまわって手首を戒めている縄を切る。
此処で捕らえられていると言うことは、彼女も人身売買の被害者のひとりだろう。
彼女らの大多数は平民出身。多くの平民にとって知っている貴族など当代国王と王妃、あとは住んでいる土地の領主くらいなものだ。それ以外など存在すらしていないに等しい。
そして、この救出劇を機に私と彼女で末永いお付き合いが始まるわけでもなければ、『助けてくれてありがとう』と後日、謝礼が届くこともない。
つまり、わざわざ名乗る必要などない。
「でも、」
「強いて名乗ればただの通りすがりの悪役令嬢よ」
「悪役令嬢」
そう。今の私は何処で破滅フラグが立つかも知れない女。
うっかり名乗ったばかりに自分の与り知らぬところで勝手に名前を使われるおそれが──例えばこの女が何処かで悪事を働いたとして、罪を逃れるために『マルグリット・ルブローデに指示された』と言ったとする。
数ヵ月前までなら『嘘を言うな』と一蹴されるであろう案件が、今は『指示したかもしれない。いや、指示したに違いない』となる率が──非常に高くなるのだ。
必要がないどころか、名乗らないほうが絶対にいい。
それにしても、『痴漢に遭うのは男を誘うような恰好をしているからだ』なんて発言を耳にするたびに『自分の節操と常識と理性のなさを女のせいにするんじゃないわよ』と思っていたけれども、こんな布面積では速攻で男側に同意してしまいそうだ。
私は半乳ならぬ半尻から目を背ける。
わかっている。これが冒険者界隈で流行りの〝ビキニアーマー〟と言う装備に過ぎないと言うことは。
しかし同性とは言え、いや同性だからこそ見るに耐えない。
物語ならこういう時、さっと自分の上着を脱いで肩にかけたりするものなのだろう。
が、生憎と私は 制服 。オリヴィアたちもドレスよりはラフだとは言え、一枚脱げば自身が猥褻物陳列罪と化すのは明らかだ。
『納得して半裸でいるのだから世話など焼く義務はない。縄を切ってもらえるだけ有難いと思え』と突き放してもいいのだが、見せられる側からすればこれは立派な性的嫌がらせ。
何か隠すものはないだろうか。カーテンでもテーブルクロスでも……と見回して、私は部屋の隅でアロイスがさるぐつわを嚙まされて転がっているのに気がついた。
この状態から察するに〝イグニートと仲間になろう作戦〟は失敗したのだろう。
が、今はそれよりも重要な役目ができた。
いやむしろ彼はこのために此処へ来たに違いない、と言ってもいい!
私はアロイスからマントを剥ぎ取ると女に投げる。
「まずはその見苦しい恰好をお隠しになって」
女が慌ててマントを拾うのを横目で見、今度はアロイスの上着に手をかける。
脱がしやすい前開きの服を着て来るなんて、何処まで自分の役割を理解し尽くした男なのだろう。
貝にしろ木にしろ、ボタンと言う備品が付けばその分、服の値段は高くなる。取れた時の補修の手間も増える。
そんな理由で平民がボタンダウンの服を着る機会は少ない。
戦闘で服の破損率が上がる冒険者なら尚更。なのに。
「むむーむむむむー!!」
「あら、気が付かれましたの?」
上着を剥ぎ取ったところでアロイスが目を覚ました。
世に出回っている、正確に言えば父あたりの年代が好む時代ものの作品には何故か挿入エピソードに凌辱系が多い。攫われ、眠らされている間に全裸に剥かれるのがお約束で(ついでに言えば抵抗したもののヤられてしまい、被害者が入水自殺するまでが一連の胸糞展開も鉄板並に多い)、ご都合主義な物語と化したこの世界ではてっきりアロイスも目を覚まさないと思っていた。
なのに上半身を剥かれただけで目を覚ますとは!
さすが冒険者。いや男だからか? ともかく上下+付属品まで揃っている理由に彼の性別が全く関係していないとは言えないが、目を覚ましてくれたのならそれはそれで好都合。
「気が付かれたのなら早いですわ。さっさと下もお脱ぎになって」
無抵抗とは言え、意識のない相手から服を剥ぐのは体力的にも大変なのだ。しかも女の細腕では。
ああ、彼は何処まで自分の役割を(以下略)。
「むむー!?」
だがアロイスは目を丸くして芋虫のように後退る。
わかる。四人もの若い女に囲まれた中で脱ぐのは羞恥が勝るもの。これで平然と脱ぎだしたら彼の倫理を心配しなければならない。
「女性は体を冷やしてはいけませんの。何なら脱がして差し上げましょうか。伯爵令嬢に手ずから剥いてもらえるのをありがたく思いなさい」
が、脱いでもらわねば。あなたの存在意義のためにも!
私はアロイスのボトムスに手をかける。
逃げようと腰を引いた瞬間を狙って引けば、ボトムスはあっさりと足から抜けた。
素晴らしい。
何だかんだと焦らしつつも自分の役割を知り尽くし最速でこなす男、アロイス。今の行動で彼の仕事に対する責任能力の高さと、倫理に外れた行動すら正当化する機転を見た。
私の中で彼の評価が爆上がりしたのは言うまでもない。
「──悪役令嬢マコレッタ!」
その時だった。
女が感極まった声を上げたのは。
〝マコレッタ〟は〝血塗られた叛逆〟の中に出て来る悪役令嬢。ラスボスと手を組む全身武器女のことだろう。
平民には文字が読めない者も多いが、フォルッツ、コーネリアと言った布教組によると、この話は吟遊詩人が街角で歌うほどの人気作故に内容を知る者は多いらしい。
彼女が知っていても何ら不思議なことではない。
しかしアロイスを身ぐるみ剥ぐ姿を見て『マコレッタ』とは、作中に似たシーンがあるのだろうか。
実際にやった当事者が言うのも何だけれども、貴族令嬢は普通、男を身ぐるみ剥ぐことはしないのだが……。
「凄いわ! マコレッタの追い剥ぎシーンをこの目で見ることができるなんて!」
……あるらしい。
両手で口を押さえ、潤んだ目を向けてくる様は、ディナエルが私の仕込み武器を見た時やオリヴィアやソフィアが私を『女神』と称する時にそっくりで、厄介なものを感じる。
彼女も持論を語り出すと止まらなかったりするのか?
それとも新たな悪役令嬢ヨイショ係──終盤に掌を返して悪役令嬢を地の底に叩き落とす役──の登場なのか!? その手のフラグはいらないのだけれども!!
渡しそびれて掴んだままのボトムスを手に、私はまじまじと女を見る。
「……何を言っているのかさっぱりですわ」
ここは知らないふりをしたほうがいいだろうか。
少なくとも初対面の相手に向かって趣味を熱く語りだしたりはしないだろう。常識があるのなら。
彼女が〝血塗られた叛逆〟を履修済であることも、マコレッタに好意を持っているであろうことにも文句を言うつもりはない。
しかし私は違う。
マコレッタに似ていたかもしれないがそれは偶然の産物であって、決してなりきりを演じているわけではない。勝手にマコレッタを重ねて、勝手に崇拝されても困る。
いい加減誰も彼も忘れているだろうけれど、私はコミュニケーション能力の足りない〝引きこもり〟令嬢。見ず知らずの相手と会話のキャッチボールなど御免だし、好きでもないネタを延々と聞かされるのも苦痛だ。顔に出る。
「それよりもあなたに聞きたいことがあるのよ」
それに私は暇ではない。
この家にイグニートとコーネリアはいない。失踪した女たちもいない。
とすれば何処へ行ったのか。
何故彼女はひとりだけ縛られて此処にいるのか。
失踪してから今まで何処でどうしていたのか。
爆破の際、白いクマの ぬい を見かけなかったか。
聞きたいことは山のようにある。
が。
「え、あ、そうだ! くっ……殺せ!」
「は?」
女は唐突に、此処に来てから何度も聞いたフレーズを口走った。
マコレッタのなりきりだと認めなかったから敵認定されたのか? いや。きっと悪役令嬢マコレッタを前に『くっ……殺せ!』と叫ぶシーンがあるのだろう。多分に『あなたに聞きたいことがあるのよ』の返事として。
そうでなければあまりに脈略がなさすぎる。
けれど!!
どうしよう。
このシーンを私はまだ読んでいないのだけれども、心の中に〝悪役令嬢マコレッタ〟を降臨させたほうがいいのだろうか。
なんだかこの場合、憧れのマコレッタに尋ねられた、と言う シチュ にしたほうが尋問もスムーズにいく気がするのだけれど。
コーネリアがクラスレグルスと戦おうとしたように、そして窓から逃げ出そうとしたように、心の中に別人格を降臨させる〝ぬいママスキル〟を応用すれば、マコレッタになりきることはできる。見た目が似ているのなら多少の誤差(似ていなさ)も誤魔化せる!
けれど……いや待て私。その前に私は台詞を知らないのだが!! 他称どころではなく! 全く!!!!
「(殺す前に聞くことがありますわ、です!)」
黙り込んだまま硬直していると声が聞こえた。
ディナエルだ。姿は見えないが、何処かから私たちの様子を窺っていると見える。
彼女やアロイスの手前、動くわけにいかなくて隠れているのか、爆破の余波で手足を負傷し身動きが取れない状態になっているのか。
仔細はわからないけれど、ともかく今は有難く助言に頼らせて頂こう。
「………………殺す前に聞くことがありますわ」
「何も言うことなど、ひっ!」
踵の刃を起動させ、彼女の顔の真横の壁を蹴る。
ドン! と壁らしからぬ音がして破片が飛んだ。
Q:何故壁を蹴ったのか?
A:そこに壁があるからだ。
ではないけれど、心の中のマコレッタに従ったらこうなった。
コンラートがいたら(コンラートに限らずほぼ九割の貴族が)見苦しいと眉をひそめる行動だろう。
けれど、いない相手に忖度する必要はない。
残り一割の貴族代表は、
「かっこいいですわマルグリット様!」
「足ドンですわ!」
と喜々として飛び跳ねている。
平民代表・一は怯えながらも恍惚とした表情を浮かべ、代表・二は、
「(あああ、そうです! それでこそマコレッタ、いえ、マルグリット様です!)」
と、ガッツポーズでもしていそうな弾んだ声を上げる。
どうやら解釈違いにはならなかったようだ。




