66 悪役令嬢、窮地に陥る。
リーナは私たちが入ってきた、かつて扉があった四角い穴に目を向ける。
「ええっとですね、コーネリア様って人は知りませんけど、イグニートならさっき他の男たちと一緒に出て行きました」
「さっき!? さっきって何時!?」
男たちと言うのは水車小屋で転がっている彼らのことだろうか。
だとすればもう一時間近く経ってしまっている。
彼らが水車小屋に現れた時、私は馬車や蹄の音が聞こえなかったから徒歩圏内から来たのだろう、と推測した。
彼らを倒して外に出た時も、馬車や蹄の音が聞こえなかったからイグニートは水車小屋から近い位置に一軒だけ立っているこの民家にいるに違いない、と推測した。
だがそれだけだ。
男たちの騒がしい足音と声が、イグニートが出ていく音を消し、且つ私たちの注意を外ではなく男たちに向けさせるためだった、なんてどうして予想できただろう。
「……裏をかかれたわ」
イグニートは私たちが此処に来たことを知っている。
金にはなるだろうがそれ以上にリスクが高い私たちは、イグニートにしてみれば置いて行ったところで損でも何でもないどころか、連れて行けば売買の邪魔をしてくる率が高い〝イレギュラー入荷の商品〟。邪魔されるくらいなら男たちにくれてやったところで惜しくない、と考えても不思議はない。
リーダー格のあの男も『道中で数人は駄目になるから此処で三人ばかり減らしたところで許容範囲』みたいなことを言っていたし、何より、
「半乳、いえ、アロイスと一緒に女の子がふたりいたでしょう? 彼女らは?」
「ソラとアウラのことだったらイグニートと一緒に──」
以前手に入れ損ねた〝商品〟はきっちり連れて行ったのがその証。
最も肉感的なリーナを何故残していったかは、私たちを足止めするための餌か、男たちの働きへの代償か。
被害者がひとりでも残っていれば私たちは彼女から情報を引き出そうとするし、残して行った男たちがどのような状態であれ生きていれば、彼女と男たちを置いたまま追って来ることはない。あれだけの人数の男たちへの代償も彼女ひとりならむしろ安い、と……そこまで考えていたとしたらかなりの策士だ。
この説はあくまで推測の域を出ない。
でも『リーナが残っているからイグニートも戻って来るはずだ』と言う結論を蹴散すだけの説得力はあるように思う。
それに女たちを運ぶのはイグニートである必要はない。
水車小屋で転がっているあの男たちが、私たちを始末した後で連れて行く算段になっていたかもしれない。
「裏をかかれた、ってどういうことですの?」
「まさかコーネリア様の救出に失敗したって、そう仰っているわけではありませんわよね!?」
オリヴィアとソフィアが蒼白になって私に詰め寄る。
が、今度ばかりは『大丈夫よ!』とは言えない。
たった一時間だとしても、私たちが持っている移動手段は自身の足のみ。加えてどの方向に向かったのかもわからないのでは追いかけようもない。
「リーナ、イグニートは何処へ行ったの?」
「そこまでは……」
「アロイスは!? 心当たりはない!?」
「むむー!!」
「って、猿ぐつわを外していなかったわね」
頼みの綱はイグニートの〝仲間〟のアロイスだが──
「──ぷは! いや、そこまでは知らな、」
「知らないならいいわ!」
それもまた過去の私が推測していたとおり、イグニートはアロイスなど端から信用してなかった。取引内容も、ヒントになりそうな手がかりのひとつすら残していない。
もしかするとイグニートがアロイスの話を受けたのも半乳、いやソノとアウラと言う”以前手に入れ損ねた商品”を手に入れるためでしかなかったのかもしれない。
「ディナエルは!?」
「(すみません、俺も全く……)」
駄目もとで聞いたディナエルもそこまで万能ではなく。
「あなたは!?」
放り込んだ後、ずっと床に転がったまま忘れ去られていたトラウラ(仮)を掴み上げるも、
「(知らねぇなぁ)」
役に立たない。
ああ、これが乙女ゲームとやらなら、今頃は悲壮感漂う音楽と暗い背景の中で真っ逆さまに突き落とされていく私の絵(クマッティ曰く〝スチル〟と言うらしい)が出ていることだろう。
男たちを倒し、マコレッタとおだて上げられ、いい気になっていたところで叩き落とす。これ以上ないざまぁ展開じゃないか。
「(って、あんた今凄ぇ不審な行動取ってんのわかってんのかぁ? 俺は人形だ・ぜ?)」
そしてざまぁ展開はそれだけではなかった。
小馬鹿にしているようにも取れるトラウラ(仮)の声に我に返った私は、四方から私を凝視する八個の視線に息を呑んだ。
リーナもオリヴィアもソフィアもアロイスも、絶句したと言わんばかりの顔で私を見ている。
私が取り乱したからではない。
私が、ぬいに向かって質問したからだ。返答が来ること前提で。
今更だが普通のぬいは喋らない。
コーネリアの〝クリス様化〟のように心にぬいの魂を降臨させたと言っても、それはただの思い込み。一種のなりきりでしかない。
どうしよう。
『ぬいを通じてコンラートに語りかけていました♡』とやるには無理が過ぎる。
『ぬいママも上級者になるとぬいと対話できるのです♡』では心の病か悪魔憑きを疑われる。
これ以上嘘を重ねるのは限界だ。
『ルブローデの兵士が人形を戦地に持って行く』と言う大嘘は兄と兄王子ふたりの耳にまで届いている。三人とも現地の流行には疎い王都在住組だから誤魔化せているようなものだけれども、領地にいる両親に届けば私が嘘を言ったのだとわかってしまう。
それでもまだあれは『コンラート(とディナエル)を助けるためにやむを得ず吐いた』と言えば納得はしてもらえるだろう。
が、今回のは常軌を逸している。
「ち、違うの。これは」
頭の何処かで〝浮気現場に乗り込まれた女の第一声はきまって『違うの!』だ〟なんてどうでもいい謎知識が踊る。
浮気現場ではないにせよ、切羽詰まった状況で同じ台詞を口走った私は何処まで愚かに見えていることだろう。
だが。
「マルグリット様がクマちゃんに語りかけていますわ!」
「いいえ! あれはクマちゃんを通じてコンラート様に思いを馳せていらっしゃるのですわ!」
恋愛脳の乙女たちにはクマに語りかける=異様なこと、ではなかったらしい。
そしてその発想に至るきっかけはもちろん、〝ルブローデは戦いに行く恋人にクマを預ける〟と言う例のアレ。その場しのぎの嘘ながらここまで私の役に立ってくれるとは!
何にせよ、世間の非常識はこの場での常識。
おかしいと思われていないのならそのまま突っ切らせて頂こう!
と、思った矢先。
何処からともなくポーン、と放物線を描いてディナエルが飛んできた。
私の足下に、いかにも『私は ぬい です』とばかりに転がったディナエルは、当然二本足で華麗に着地するはずもなく、顔面から床に突っ伏した。
「ディナエル!?」
何があった!?
水車小屋の男たち以外の仲間が残っていたのか?
それともまさかのイグニートが戻って来たのか?
警戒しつつ周囲を見回すが、見知った顔しかいない。敵が残っていたわけではない。
何が起きた? 何があった?
ディナエルはリーナに身バレしたくなくて隠れていたはずなのに。
もしかして……皆の関心を私から自身に移すために身を挺して飛び込んできたのか?
私の窮地を救おうとして。
ぬいが飛んで来れば皆、そちらに注目する。理由を考える。
今の私が少し前の失態をすっかり忘れ、飛んできたディナエルのことで頭がいっぱいになったように。
「マコレッタ……様? 今飛んできたのは」
だが!!!!
「き、気にしないで頂戴」
タイミングが悪すぎた。
ディナエルとリーナを会わせれば、彼女のスキルでディナエルの中身がバレてしまう。それを避けるためにディナエルは身を隠していたと言うのに。
人間が呪いでぬいになってしまうことは、剣と魔法の冒険者界隈では珍しいことではないのかもしれない。中身が人間だとわかれば、ぬいが動いたところでそれほど驚かれないかもしれない。
でも!
この場の人間にはそれで通じるかもしれないけれど、その先は? 口留めしたところで『ここだけの話』が発動すればディナエルのことは王都中に知れ渡る。
テオルクあたりの耳に入ったら最後、解剖されるかもしれないし、それ以外にも……物事を悪事に利用しようとする奴は何処にでもいるものだ。
忠誠心が高いのはいいことだけれども無謀すぎる!!!!
「(……私のために犠牲になるつもりだったら許さなくってよ?)」
「(………………いやぁ……〝血塗られた叛逆〟にあるんですよ。神が人形に乗り移ってヒロインに啓示を与えるってシーンが。本当はもっと前なんですけど)」
「(あなたは神ではないし、私は悪役令嬢だし。第一、此処は〝血塗られた 叛逆 〟の世界ではないのよ?)」
そのシーンは知っている。
似たようなことなら私も体験済だ。
そう。そのシーンとは冒頭、あの忌まわしい馬車の中での『パンパカパーン!』。
あのストーリーの流れに酷似しているのだとすれば、私にそれを伝えに来たトラウラが、それより前にマツリカに聖女と告げることこそが合致箇所と言えよう。
「(そうなんですけどね、ははは……)」
この世界は現在進行形で〝乙女ゲーム化〟するよう歪められている。
しかしその元となる原作はマツリカの脳内にあるわけで、この世界で流行った物語とどれだけ似ていようともそのものズバリではないわけで。
内容を台詞まで覚えているディナエルなら〝神の啓示〟とやらも諳んじてみせただろう。けれど、だからと言って同じ結果につながるとは限らない。
私たちを嘘情報で惑わす悪魔の使い、と認定されるかもしれないし、それを理由に燃やされるかもしれない。
そんなぬいを持ち込んだ私もただでは済まない。
ディナエルは手の中から私を見上げた。
黒ビーズの目に照明の灯りが映って、濡れたように光る。
「(……考えが甘かったです。やっぱり俺じゃあマルグリット様のヒーローにはなれなかったなぁ)」
「ん゛ん゛ん゛~~!!」
だーかーらー!!
そこでいきなりヒロインを諦めきれなかった二番手の最後の台詞みたいなことを言うんじゃなーいっ!!
そんな恋愛脳が考え出した砂糖を吐きそうなフレーズが突然飛び出してくるのも、乙女ゲーム化の影響だろうか。そう言う台詞はヒロインに言えばいいのよマツリカだけど! って、いや、ディナエルがマツリカ派になるのは困る。でも!
「──おや、救いを求める子羊はひとりだけだと聞いていたのだが」
どうしようもない展開の中、突然、知らない声が響いた。
見れば、恰幅と身なりが良すぎる老年の男がひとり、其処に立っている。
何時からいたのか。
多分に私の謎行動タイム中だったから気付くのが遅れたのだろうけれど、もし彼が殺人鬼だったりしたら今頃私たちは生きていない。
それを思えば、今の私たちは注意力が散漫どころか霧散している。
そして驚きポイントはそれだけではなかった。
「(……親父!?)」
トラウラ(仮)が驚愕の声を上げる。
トラウラ(仮)の父!?
と言うことは神!? どう見ても人間だけれども!
だがこれだけは言える。
全く動かない展開を打破できて、ついでにディナエルのやらかしをも吹っ飛ばしてくれそうな強力な助っ人が現れた!
ありがとうトラウラ(仮)父!
今後の展開如何によっては全く有難くなかったかもしれないけれど!




