63 悪役令嬢、第四のクマと語る。
民家まで二十歩くらいの距離まで来た時、突然爆発音が響いた。
「何ですの!?」
オリヴィアかソフィアの驚く声が聞こえたが、理由はわかっている。
ディナエルが私の指示どおりに進入路を作ったからに違いない。
「「コーネリア様は!?」」
「大丈夫よ。……多分」
〝コーネリアが怪我をしなさそうな場所にある扉か窓〟を爆破するよう指示したから、彼女は無事だろう。そう信じたい。
しかしそれをオリヴィアたちに説明することは、生きている ぬい の存在を教えることでもあるわけで。
「「コーネリア様はぁぁぁあああ!?」」
「だ、大丈夫よ」
「「だって爆発しましたわよ!? あんな木切れを張り合わせたような家では爆風を防ぐこともできませんわ!」」
爆破弾まで渡したのは尚早だっただろうか。
ディナエルなら功を急いで無理をするような真似はしないだろう、と思いつつも、あの家が爆破弾の衝撃に耐えられるかどうかまでは考えていなかった自分の浅慮を呪いたい。
なんせあの場にいるのはモブ複数名と攻略対象(仮)約二名。
ストーリーに泣ける場面を添えるためだか知らないが、ただでさえ死にやすい攻略対象が二人も揃っていて何もないはずがない。
その二人ともが攻略対象だと確定しているわけではないけれど、モブに降格したところで死にやすさが改善されるわけでもない。
こんな時にコンラートがいたら爆破弾を渡すところから反対しただろうから、結果としてモブも攻略対象も誰ひとり傷を付けずに済んだかも……いや。
悪い方へと傾いていきそうになる思考を、頭を振って追い払う。
ディナエルとアロイスが攻略対象だったとしても、彼らは未だマツリカとは一切の接点がない。
攻略対象が、ヒロインと顔合わせすらしていないのに退場するはずがない!
モブだった場合は考えない!
「──彼処から突入するわ!」
問題はコーネリアだが、ここはディナエルを信じよう。
オリヴィアたちも、彼女を無事に奪還できれば途中経過なんて綺麗さっぱり忘れてくれるに決まっている!
当人たちには無断で無理やり結論づけ、私は半壊した扉に渾身の蹴りを入れてとどめを刺した。
「くっ……、殺せ!」
屋内に足を踏み入れた途端、聞こえてきたのは若い女の声だった。
コーネリアのものではない。〝クリス様〟のように別人格を作って憑依させているわけでもない、と思う。
が、その前に、今の台詞はあまりにも殺人現場(まだ未遂)の被害者のもの。
つまりは彼女の前には殺傷能力を持った〝誰か〟がいるわけで、と言うことはその〝誰か〟は目撃者である私たちをも殺しにくる可能性があるわけで……『殺されそうなのがコーネリア様じゃなくてよかったわ』と喜んでいる場合ではないわけで!
私たちは慌てて退き、ただの四角い穴と化した出入口の左右の壁に身をひそめる。
先ほど思いっきり扉を蹴破ったから、いることはしっかりバレてしまった。
〝誰か〟が私たちを消しに来るのも時間の問題だ。
私たちはアイコンタクトを交わし、武器を構える。
大丈夫。地の利は私たちにある。出てきたところをグッサリやればいい。……と、少々物騒な思考で待つこと数分。
しかし何も起こらない。
「(出撃許可を!)」
オリヴィアとソフィアはやる気満々だ。囁き声ですら意気込みが感じられる。
闘争心の塊すぎて頼もしい。
本気でルブローデにスカウトしたい。
ちょうどいいことに うち には乙女ゲームの攻略対象並の男がふたりもいるわけだし、コーネリアがどちらかのところに嫁に来てくれたらもれなく二人とも付いて来るのだろうけれど……いやいやいや、そうじゃなくて!
「(お待ちなさい。あなたがたが怪我をしたら悲しむ人がいることを忘れてはいけなくってよ)」
剣を握り締めて今にも突っ込んでいきそうな二人を諫めつつ、私は今しがたの婚活構想を頭の隅に追いやる。
彼女らをルブローデに取り込むのは後からでもできる。
と言うより、乙女ゲーム化している間はストーリー進行も〝マツリカがエンドを迎えること〟が最優先。
マツリカがハーレムエンドを目指していない限り、攻略対象──兄か義弟のどちらかは残るわけだし、ひとり残ればコーネリアを嫁に迎えることはできる。
もしかしたらその頃にはコーネリアは兄王子のどちらかの婚約者になってしまっているかもしれないけれど、彼女らとて何時までも未婚でいるわけではない。優良物件を揃えている うち にはまだチャンスがある。はず!
「(そ、そうでしたわ! コーネリア様を悲しませてしまいますわ!)」
「(さすがはマルグリット様! そこまで考えて下さっているなんて)」
「「(やっぱり女神──!)」」
「(そういうのはいいから)」
息をするように賛辞を送って来る彼女らにも慣れてきた。
これもフラグのひとつなのだろうか。
何時かこれが当然だと思うようになった頃に掌を返されるのだとして、そのダメージは相当なものだろう。
悪役令嬢のざまぁ展開としては美味しいが私が乗ってやる義理はない。
そう言えばディナエルは何処へ行ったのだろう。
任務を成功させたのだから短い尻尾をブンブン振って飛び出してくるかと思っていたけれど、オリヴィアとソフィアがいるから隠れているのだろうか。
彼の身体能力を考えれば吹っ飛ばされたり手足がもげたりすることはないだろうけれど、一応は借り物。姿が見えないのは気になる。
このクマのように腕一本で済めばいいのだけれど。
私は先ほどのトラウラ(仮称)をねじ込んだポケットに手をやる。
と。
「──燃えちまったかもなァ」
突然聞こえた男の声に、私は硬直した。
敵か!?
考えごとをしていて警戒が疎かになっていた。
オリヴィアとソフィアもいるし、〝誰か〟が出て来るのはこの穴一択だから、と油断した。
「(どうなさいまして?)」
しかしオリヴィアとソフィアは不思議そうに私を見ているだけだ。
彼女らに今の声は聞こえていない。〝誰か〟の姿もない。
では、今の声は?
「(……いいえ、きっと空耳だわ)」
空耳、と言うことにしておこう。
私はポケットをひとつ叩き、オリヴィアたちに笑みを返す。
至近距離から聞こえたが、オリヴィアたちには聞こえていない。
言い換えればこの声は『あなたの心に直接語りかけています』系。
だとすれば声の主はその手の力が使える超常な存在。
簡単に言えば神。
神と言えばクマ。
この場にいるクマと言えば。
私はポケットにねじ込んでいた片腕のクマを掴み出す。
力任せに突っ込んでいたせいで首があらぬ方向に曲がっているが、腕が取れてあれだけ喋っているのなら首が真横を向いている程度は大したことではない。
今喋っていたのはコレか?
私はクマに向かって念を送る。
ディナエルもフォルッツもクマッティも勝手に私の思考を読んで返事を返す技能は習得していたから、このクマも同一メーカーならわざわざ念を送らなくとも伝わるだろう。
が、何となく。
「……勘のいい奴は嫌われるぜェ」
「(悪役令嬢は嫌われるための役柄よ? 賛辞と捉えさせて頂くわ)」
どうやら私の勘は当たったようだ。
とすると次に気になるのはこのクマが誰か、と言うところだけれども……。
「(マルグリット様がディナエルちゃんとお話していますわ!)」
「(いいえ、あれはディナエルちゃんを通じてコンラート様に語りかけているのですわ!)」
「(死地に向かうルブローデの兵隊さんたちは、みんなこんなふうにぬいちゃんに愛しい方の面影を……!)」
……私とトラウラ(仮)の 冷戦 は、オリヴィアとソフィアにはそうは映らなかったようだ。
頬を染め、鼻息も荒く、尋常ではないほどに目を輝かせている。
「お待ちなさい」
何故恋愛系に話に持って行こうとするのだ。
乙女ゲームだからか?
それとも妙齢のご令嬢は皆こうなのか?
「んなことより早くしねぇと、マジでオトモダチと再会できなくなるぜぇ」
そしてトラウラ(仮)も素性を明かすつもりはないらしい。
出会った当初のクマッティのように拷問にかけてもいいのだが、そもそもオリヴィアたちの前で ぬい を拷問にかけたとして『ぬいちゃんがかわいそう!』で済めばいい。下手をすれば『ぬいぐるみを拷問にかけて遊ぶ痛い女』と取られかねない。
トラウラ(仮)も口が裂けたって明かしはしないだろう……となれば、拷問にかける時間は無駄だ。
私はトラウラ(仮)を握り締めたまま、中の様子を窺う。
『くっ……殺せ』が聞こえてからかなり時間が経ってしまった。
もしかしたら〝誰か〟は武器を携帯しているかもしれない外の敵(私たち)よりも先に、丸腰であろう『くっ……殺せ』女を始末するほうを選んだかもしれない。
彼女がコーネリアである率は低いけれど、恋バナでキャアキャアやってる間に一人死んでいたなんてことにでもなっていたら、夢見が悪いどころではない。
爆破の際に生じた煙はかなり薄まっている。
人影はない……いや、ひとりいた。
半乳(アロイスの仲間の女冒険者)たちよりも五割増しで露出の多い──お情け程度に胸と腰を隠しているだけの──衣装を身に纏った女が後ろ手に縛られている。
あの悲しすぎる布面積が爆破で吹き飛ばされた残りでなければいいのだが。
『くっ……殺せ』は彼女が発したものと見ていいだろう。
が、言われた相手らしき姿は見えない。
私たちの登場に逃げたのか、壁の反対側で同じように身をひそめているのか。
後者だったら迂闊には入れない。
どうする?
こんなときディナエルがいてくれたら中の様子を探ることもできたのに。
いや。
私は握ったままのトラウラ(仮)を屋内に放り込む。
「なにしやがんだテメェ!」
「きゃっ!」
男の怒声が聞こえたが、オリヴィアたちが動じていないところからしてあの声はトラウラ(仮)のもの。
悲鳴は『くっ……殺せ』女のもの。
そして、それ以外の反応はない。
「大丈夫、危険はないわ!」
何度目かの「大丈夫」を口にし、私は改めて屋内に足を踏み入れた。
「なァにが大丈夫だ! こちとら全然大丈夫じゃねェわ!! いきなり投げやがって! いいか!? こっちは怪我してんだぞ!? ちったぁ大事に扱おうとかそう言う発想は──」
トラウラ(仮)の怒声が響くが、知ったことではない。




