61 悪役令嬢、聖女と呼ばれる。
ともかく、返り討ちにした男たちは全て縛り上げたとは言え、此処に来た目的はこれではない。
何より優先させるのはコーネリアの奪還。
いや、此処まで付いて来た真の目的は〝私の知らないところで立とうとする破滅フラグを防ぐ〟だけれども、表向きの目的を果たせずして何とする。
ついでにイグニートとその取引相手、できれば人身売買に関わる連中を一網打尽にできれば好感度も一気に上げることができるけれど、〝欲張ったせいで何も手に入らない〟と言うのは昔からよく童話や寓話で語られて来たこと。
あの愚かな犬や狐と同じ轍を踏むつもりはない。
「それにしても妙なことを口走っていたわね」
私はつい先ほどまで楽しくお喋りさせて頂いていた、説明役のリーダー格らしき男を見下ろす。
この男は言った。『コーネリアは国外に追い出す必要がある』と。
私が知る限り、コーネリアは他者から追放を望まれる悪人でも、また、存在を疎ましく思われるほどの善人でもない。
ごく一般的な──それこそ『貴族令嬢と言えばこんな感じ』の模範解答のような令嬢だ。
なのにいったい誰の怨みを買ったのやら。
「そんなこと。コーネリア様と結婚される方が王太子になるからですわ」
だが。
私の疑問はオリヴィアたちによってあっさりと片付けられた。
片付けられたけれど、新たな疑問が。
「は?」
「コーネリア様とご結婚なさる方が王太子になるからです」
オリヴィアは親切にも復唱してくれたが、聞きたいのはそこではない。
何故コーネリアがそんな景品のような──『この剣を抜いた者を勇者として認めよう!』の剣みたいな扱いに!?
「どう言うこと? ランドルフ様とアルノート様には既に婚約者がいらしたでしょう?」
しかもジークラムの王位継承権は第一王子ランドルフが一位、第二王子アルノートが二位、第三王子クリストファーが三位、四位以降はその他親戚筋、と決まっていたはずだ。
そして私の記憶が確かならばランドルフもアルノートもマデリーン、ミラルダと言う婚約者がいた。
クリストファー曰く『世間体のために結婚はするが、手は出さないつもりらしい』けれども、世界が乙女ゲーム化する前はごく普通の(普通すぎてストーリーに関わって来ない域の)婚約者同士だったはずで。
なのに『手を出さない』せいで世継ぎが見込めないからクリストファーに子供だけ作れと……子供は貰うが王位は渡さないと、そんな話だったのではなかったか?
1:『そんな兄王子たちにばかり都合のいい要求が飲めるか!』とクリストファーが反論し、
2:子供ができないことが周知の事実となって、
3:兄王子ふたりの王位継承に疑問を投げかける者が増え、
4:件の王位継承順序が白紙に戻り、
5:王位は実力で奪い合え!
となったのならわからなくもないが、少なくともクリストファーから王位を奪うぜ! 的な敵意を感じたことはない。
実技演習で兄王子たちが来た時も、ライバルを視察と言うより完全に保護者参観だったし。
「どうもこうも。マデリーン様は隣国タジャラの公爵家へ、ミラルダ様はお婆様の母国であるサマルフィア公国へお輿入れが決まってしまい、今、ジークラム国内で王族の婚約者に相応しい格をお持ちなのはコーネリア様だけになってしまいましたの」
彼女たちの家は公爵家。
有り体に言えば、格が上の家から順番に王子の婚約者の席を埋めて行ったやっつけ感があるけれど、そのあたりはストーリーに関わらない外野だから、と置いておく。
そして順当にいけば次々点のコーネリアはクリストファーにあてがわれる予定だった。クリストファーの令嬢キラースキルが裏目に出て、その話は侯爵が蹴ってしまったが。
ともかく王子たちの婚約者は貴族中の貴族。下手をすると王族以上に発言権が強かったりする家の令嬢。
ただでさえ貴族の婚約となれば立会人の前でナントカとか証書にサインをとか、乙女ゲームの断罪シーンのように鶴の一声で簡単に破棄できるものではないのに、それがふたりとも破談になって、しかも既に代わりの嫁ぎ先まで決まっていると来た。
「……何てこと」
きっと『十数年来の婚約者(しかもその十数年の間、妃教育を受けている)をカムフラ婚に利用しようだなんて馬鹿にするな』って反発からトントン拍子に決まってしまったに違いない。
しかし元々兄王子ふたりが男色だとか言うアレは、私をクリストファーの婚約者にするための布石。
世界の歪みが立てた予定では、
兄ふたりに世継ぎが望めない。
→そうなった原因であるユリウスの責任を私に取らせよう。
→兄ふたりは女性を受け付けないからクリストファーと。
→これでクリストファーと婚約関係にできるぜ。やったね☆彡
となるはずで、そのために男色設定を盛られた兄王子ふたりの将来は当然語られることもなく、アフターフォローもなく。
そのせいで彼らは婚約者に逃げられてしまったまま、と──。
どうしよう。
兄王子たちの破談は私のせいではない(この乙女ゲーム化はマツリカのせい)けれど、私のせいでもある(悪役令嬢と攻略対象を婚約させるためのもの)わけで。
しかもこの乙女ゲーム化ストーリーがエンディングを迎えたところで元に戻ることもなく……私のせいではないけれど(ここ大事)! 申し訳ないが過ぎる。
「なのでコーネリア様を得た方が次期国王になると噂されておりますの」
「ってことはイグニートが王位を狙っている、と!?」
「……そんなはずないじゃありませんか」
「そ、そうよね」
アロイスが隣国の王子ならイグニートが現国王の隠し子説もあるかもしれないとは思ったが、さすがにそこまでブッ飛んだことにはなっていないようだ。
「いやでもちょっと待って。年齢が釣り合う侯爵令嬢はコーネリア様だけになってしまったかもしれないけれど少々歳の差のあるご令嬢なら残っているし、伯爵家以下の令嬢もいるし、ミランダ様やマデリーン様の逆バージョン的に他国から迎えるって線もあるでしょう!?」
しかしだ。
辺境伯令嬢の私のところに縁談を持って来たくらいなのだから、今更侯爵令嬢だけしか駄目なんて話は矛盾する。
「最初からおかしいとは思っていたのです。コーネリア様はイグニートの顔と境遇に絆されることはあっても、その程度で駆け落ちまでするほど浅はかな女ではございません!」
だがしかし。
オリヴィアとソフィアは私の話を聞いてくれない。
それどころかふたりで勝手にヒートアップしていく。
「ええ。どうして駆け落ちなさったのか、私たちもずっと考えておりましたの。でも先ほどの男の話で合点がいきましたわ。
イグニートはもともとコーネリア様を国外に連れ出すつもりでしたのよ。それが誰の依頼かは知りませんけれど、人身売買を何度も成功させてきたイグニートの手腕があれば女ひとり失踪させることなんて苦でもない。そう思いませんこと!?」
「そうですとも! これは陰謀ですわ! コーネリア様はずっとクリストファー殿下一筋でしたもの。あの三人の王子のうちのどれかを選べ、と言われれば一も二もなくクリストファー殿下を取りますわ。となると今まで継承権などあってないようなクリストファー殿下にも光明が見えてくるのです!」
「そしてそれを不満とする方もっ!」
「ええと……コーネリア様がいなくなってしまえばクリストファー殿下が王位に就く可能性はなくなる、と。だから狙われたと、そうお思いなのね」
「「他に考えられませんわ!!!!」」
他にも女がよりどりみどりで選べるにもかかわらず『コーネリアだけ』とするこの設定はさすがにツッコミ不可避。だがこの強引な設定も世界の歪みのせいなのだろうか。
そしてそのせいで、今までなら王位継承が回って来るはずのなかったクリストファーに王位が回って来る可能性が出て来た、と。
しかしこれはどんな意味があるのだろう。
いや、世継ぎを巡るお家騒動は良くある話だけれども、乙女ゲームとしては。
ヒロインからすれば攻略対象に婚約者などいないほうがいいはずなのに。
悪役令嬢役がコーネリアに移動したから、と言うのならわからなくはないが……ストーリーの途中で悪役令嬢が変更になるなんて、もともとの悪役令嬢が(死亡)退場でもしない限り、ない。
ちょっと待て。
此処で死ぬのか? 私。
「でもクリストファー殿下は過去にコーネリア様との縁談を断られたことがおありでしょう? いくらコーネリア様が希望したところでバルトガー侯爵としてはクリストファー殿下だけはないとお思いなのではなくて?」
いや、そんなことあってたまるか。
この一連は単なるお家騒動だ。
私の命は関係ない。きっとない。
「それでもイグニートのような顔だけ男とどうにかなるくらいなら、金と地位がある殿下のほうが三倍はましですわ!」
「………………そこだけは賛同するけれど」
たった三倍って。
どさくさに紛れて口走られた悪口は聞かなかったことにしよう。
全く。モブはモブらしくフェードアウトしていってくれればいいものを。
いや、歪み的には モブ には モブ をあてがってフェードアウトさせるつもりだったのだろうが、人選が悪すぎる。
コーネリアは言われるままに従うようなお嬢様ではない。
心にクリス様を飼っているのだ。
臨機応変に別人格を降臨させるぬいママ系女子を甘く見てはいけない。
ともかくオリヴィアたちの言い分が正しいとすれば、これは単なる人身売買ではない。
行方不明になった女性は誰ひとり見つかっていないと言う優秀なイグニートの販路を使って邪魔な侯爵令嬢を消してしまおうと企んだ誰かがいると言うことか。
その誰かとはランドルフか、アルノートか。
もしくは彼らを推す派閥の誰かか。
万が一、世界の歪みのせいなら、イグニートを倒したところでコーネリアの危機は去らない。
手を変え品を変え人を変え、何度でも排除しようとしてくるだろう。
クリストファー(&その他攻略対象)と関わらない、と世界の歪みに認めさせるまで、彼女がジークラム国内で安寧を得ることはできない。
言い換えれば、それまで私は何度でも巻き込まれると言うことで。
「逆に考えれば兄殿下のどちらかに嫁がれる分にはもう狙われることはない、と言うことね」
「それは……! それはコーネリア様がおかわいそうすぎますわ! あんな厳つい顔を毎日見なければいけないなんてどんな拷問ですの!?」
「別の考え方をなさって。クリストファー殿下はバルトガー侯爵からの受けが非常に悪く、今のままではコーネリア様がどう足掻いたところで無駄ですのよ?」
私の反撃にオリヴィアとソフィアは口を噤む。
私以上にバルトガー侯爵家に入り浸っている彼女たちのことだ。侯爵によるクリストファーの評価が低いままなのも、覆しようがないことも知っている。
兄王子ふたりの例の性癖を暴露できれば消去法で『それならコーネリアはクリストファー殿下に』と言うかもしれないが、暴露した私がただでは済まないだろう。
申し訳ないが私はそこまで幼馴染みに命は賭けられない。
賭けられないが、私のせいで不幸になられるのは夢見が悪い。
「でもクリストファー殿下の義姉になったのならどうかしら? 推しのオフショット見放題、プライベートでも話しかけ放題。
加えて、ここだけの話にして頂きたいのですけれど、兄殿下おふたりはとある理由で奥方になる方には指一本触れないそうなの」
「とある理由? 宗教上とか?」
「そこまではお教えできなくってよ。でもそれを踏まえて考えればランドルフ様とアルノート様のことはそれほど悪い話ではないと思うわ。特にコーネリア様にとっては」
そりゃあ私だってクリストファーとコーネリアがくっついてくれたほうがいい。
警戒しなければならない攻略対象など少ないに越したことはないのだ。
でもそれが叶わないのなら。
どうせ政略結婚の駒になるのなら。
推しの近くにいられて、しかも結婚相手からは嫁としての義務とか義理とかを一切言われない環境と言うのは案外美味しいのでは?
オリヴィアとソフィアは互いに見つめ合っては考え込んでいる。
今はこれでいい。
彼女たちのようにコーネリアに近しい人々に『兄殿下との話は〝有り〟かもしれない』と思わせる種を植え付けられれば、それでいい。
「さあお喋りはおしまい。先を急ぎましょう」
私は転がっている男たちを一瞥し、それから扉に目を向ける。
今は気絶している彼らもいずれ目を覚ます。覚ませば騒ぎ出すだろうし、お互いに協力しあって縄を解くのも時間の問題。
敵の戦力が復活する前にコーネリア奪還は完了したい。
それにしても兄たちはまだ到着しないのだろうか。
私は男たちの陰に隠れているディナエルに『まだなの?』と念を送る。
ぬいカフェであれだけ思考の先読み発言をしてくれたディナエルはやはり人外な力が備わっているのだろうか。『まだでーす』とばかりに無言で首を振った。
「さすがはマルグリット様! 私たちとは違っていろんな方向から状況をご覧になれるのね」
「私たちが如何に視野が狭いか、思い知らされてしまいますわ!」
そして。
私の撒いた種がもう芽を出したのか、オリヴィアとソフィアは感動した目を向けてくる。
以前から過剰に信用してくる節が見受けられたが、チョロすぎて心配になるレベルだ。
これは私が悪役令嬢だからだろうか。
乙女ゲームあるある──断罪される時になって『私、何も知りませんわ。知り合いですらないですわ』と言わんばかりの面で目を逸らされるか、『私、見ておりましたわ!』と率先して断罪にまわるか──オリヴィアたちはそんな役回りを用意されているのかもしれない。
「私を褒めたところで何も出ませんわよ」
「いいえ! マルグリット様はどんな時も私たちを助けて下さる聖女のような方ですわ!」
「ええ! それに〝マルグリット〟とは〝聖女〟の意味があるそうですわ。マルグリット様がそうやってご謙遜なさる姿さえ聖女のように奥ゆかしいですわ!」
「……」
私が聖女? 冗談でしょう?
そう口から飛び出しかけたが、所詮名前の意味がそうと言うだけ。むきになって反論するものでもない。
そうして褒めたその口で、数ヵ月後には私を糾弾するのだから、と思えば尚更。
「それは光栄だわ。でも私があなたがたを助けるのは打算に基づいてのことでしてよ?」
驕って浮かれたほうが愚かだ。
人々を助け、悪事を働かず、正義の味方に徹する姿は歴代のフラグ回避に奔走する悪役令嬢と同じだが、私はヒロインになるつもりはない。
聖女ばりの信者を得るつもりもない。
「あなたがたにはコーネリア様をしっかり見張っていていただいのですわ。イグニートのような顔だけ男にホイホイ騙されないように。
いいこと? コーネリア様にイエスマンは必要ありませんの。彼女のためにならないと思ったら命がけて止めて下さる方がいるのです」
ともかくオリヴィアとソフィアにはもっとコーネリアの手綱を握っていてもらわなくては。
いい加減、コーネリア絡みで引っ張り出されるのは御免だ。彼女のせいで私の予定はズレにズレまくっている。
しかし私の心の嘆きなど何のその。
オリヴィアとソフィアは食い下がる。
「それは私たちよりもマルグリット様のほうが適任ですわ!」
「学園を卒業すれば私はルブローデに戻ります。コーネリア様にずっとついているわけにはいきませんのよ? でもあなたがたは違う。コーネリア様の護衛として彼女を支えていってほしいのです。それには今のような軟弱なままではいけませんわ。
ひとは失敗するもの。過去の自分を恥じるだけで終わらずに、反省して次回に活かす。何のためにおふたりでいらっしゃるの? ひとりが間違ってももうひとりが正すためではありませんの?」
もしかすると三人でコーネリア様を守り隊を結成したいのかもしれない。
が、私は結成したくない。




