60 悪役令嬢、反撃に出る。
何故此処にいる?
釈放されたにしては早すぎる。
結果として何もなかったとは言え、貴族令嬢四人に危害を加えようとした当日のうちに牢を出られるはずがない。
捕まった中に脱獄の専門家がいたか、それとも牢番側に仲間がいたか。
後者ならかなり問題だが……それでも、今ここで推測を巡らせたところでこの状況が変わるわけではない。
それよりも何故、此処にいる?
彼らは〝イグニートからコーネリアを奪おうとした悪党〟と言う立ち位置だったはずだ。
何故此処に──イグニートが関わっている人身売買取引の場にいる?
「……昼間のアレは全部演技だったと言うことね」
理由。
最初からイグニートの仲間だったからだ。
イグニートがコーネリアを助け出そうとしてボロボロになったことも、その後覚醒したことも、きっと最初から仕組んであったことなのだろう。
思えばあの時、リカルド(コーネリアの護衛1)たちは立つこともできないほどボコボコにされていたのにイグニートはそうでもなかった。
防御に特化しているからダメージが少なかったか、ボコられる前に早々にダウンしてしまったか、リカルドたちに出番を取られたまま俺のターンが来ていなかっただけかと思っていたけれど、そもそも仲間なら手加減してもらっていてもおかしくない。
そう考えると、コーネリアの前で追放劇をやってみせたアロイスは本当に信用できるのだろうか。
彼はあの追放劇を『一度は疑われた自分をイグニートに信用させるための演技だ』と言っていた。
けれど『そう見せかけて実は~』から始まる裏の作戦も、今のところはイグニートにしかメリットがない。
『私たちを差し出して信用させ、隙を突いてイグニートを倒す』と言ったアロイスは、未だに何の動きも見せない。
「迫真の演技だったろう? 自分で洗濯なんかしねぇお貴族様には馴染みがねぇだろうけど、洗浄石五個で騙されるんだもんな。笑えるわ」
イグニートが能力を覚醒させたと見せかけたあの時、私たちは頬を叩かれたオリヴィアのほうを向いていた。
彼の声に私たちが視線を向けた時にはもう、彼の掌からは奔流が溢れ出していた。
ちなみに洗浄石とはその名の通り洗濯用の水を出す石で、一回きりの使い切り。
もともと飲用水として売られているものではないのだが、ダンジョンに籠っている間も比較的きれいな水が手に入る(泥水をすすることに比べたらずっとまし)と、冒険者の間では人気なアイテムのひとつだったりする。
水を出すだけだから、彼らが流されて壁に叩きつけられてノビることも本来ならあり得ない。
水の勢いで壊れたように見えたテーブルや椅子も、最初から壊れやすく細工してあったに違いない。
小窓から差し込む月明かりが陰影を強調しているせいか、男たちは酒場で会った時以上に悪そうな顔をしている。
まぁ確かに悪いことは考えているのだろう。そうでなくて、手を縛られている女のところになど来るものか。
彼らはニヤニヤと下卑た薄笑いを浮かべ、私たちを吟味するように見下ろした。
「暇そうだなぁ。俺らがちょーっと遊んでやるよ」
ああ、それって女を手籠めにする前に悪党が言う台詞じゃありませんか。
鉄板すぎて次の展開が想像できてしまう。
できればもう少し捻りが欲しかった。
「お喋りは終わりだ。お前らは奴隷として売られる。けどどうせ男なんか知らねぇだろ? だから売る前に商品価値を上げてやろうってわけよ。感謝しろよな」
さらに今後の展開まで説明してくれる。典型的な説明要員だ。
「親切……!」
「何か言ったか?」
「いいえ何も。で、私たちを何処に売ろうって言うのかしら。ジークラム国内はおろか、我が国と国交のある国なら貴族の娘を性奴隷として買うことのデメリットの大きさは知っていてよ?」
コンラートは『気位の高い暴走女にも需要はある。売れる』と言っていたが、それは肩書きや後ろ盾のない〝ただの女〟としての時だ。
伯爵令嬢だの子爵令嬢だのを攫って来て奴隷扱いしようものなら国レベルの問題に発展する。
知らなかったなんて理由は通用しない。
「安心しな。あんたらは薬漬けにして自分が何処の誰かもわかんねぇようにしてやるし、服だって売る時にゃ素っ裸だ。あんたらが何処のお貴族様かなんてわかりゃしねぇよ」
「……あら、初心で気位の高い女を無理やりってほうが需要があるのではなくて?」
ついでに言えば処女のほうが、と付け加えたかったが、私もその手の情報には疎い。
娼館などでは店に出す前に客を喜ばせるテクニックと言うか、ありとあらゆる手ほどきを受けさせるらしいし、先ほど男が『商品価値を上げる』と言ったのもそれに由来しているのだろうが……知り得ないことを知ったかぶりで言うものではない。
「泣き叫んで懇願するような女ならそうだけどさぁ」
「わっ、私たちに指一本でも触れてごらんなさい! 舌を噛んで死んでやりますわ!」
「そうですとも! 商品どころか燃えないゴミになってやりますわ!」
オリヴィアとソフィアが怒りに声を震わせながら反論する。
うん、確かに泣き叫びそうにない。敵ながらよく見抜いていらっしゃる。
男はオリヴィアたちを一瞥したものの、再び私を見下ろす。
彼女たちよりも私との対話を選んだのなら光栄の至り、と言いたいところだが、ただ単に早く説明を切り上げたいだけだろう。
「しかも連れて行くのはクルバジャットだ」
クルバジャットは山を五つ、川を七つほど越えた先にある。
遠方すぎてジークラムとは国交もないし、近隣諸国にも彼の国と交流のある国などない。
情報も入って来ないので未開の地とか蛮族の地などと言われ、文化の程度も知られていない。
何百年か後に移動手段が発展すれば縁が出てくるかもしれないけれど、現状では『名前は聞いたことがあるけれど全く縁のない、これからもない国』だ。
「随分と遠くに連れて行くのね。移送費もままならないのではなくて?」
貴族の娘は国交問題になりやすいと言ったばかりだが、人身売買の相手はそのデメリットも知っているらしい。随分な念の入れようだ。
しかしそこまですると移送費のほうが高くつく。
しかも肝心の売り物は薬漬けにして自分が何処の誰かもわからないような状態にすると言う。
はっきり言おう。
そんな取引、全く儲けにならないどころか百害あって一利なし。私ならしない。
本当に売る気があるのか?
むしろそれぞれの家に身代金を請求したほうが手っ取り早いのではないか?
「さぁね。そこまで連れて行くのは俺じゃねぇし」
男の受け答えが面倒くさそうな口調に変わって来る。
説明要員ではあるけれど、いい加減、私との問答にも飽きて来たようだ。
「それにまぁ、道中、怪我だの病気だので売り物にならなくなる女は今までにも何人かいたし。あの侯爵令嬢は絶対国外に追い出さねぇといけねぇって言ってたけど、ぶっちゃけあんたらみたいな煩い女はアロイスと一緒にぶっ殺しちゃってもいいわけよ?」
「イグニートに怒られるのではなくて?」
「はっ! あいつが俺らに何を言えるって?」
薬漬けにして素っ裸にして売ってやると言っているのに、怯えもしないどころか平然と問い返してくるのだから興ざめしている部分はあるだろう。
それに彼らは私たちを手籠めにするつもりで此処にいるのだ。
説明だけして帰る役ではない。さっさとお楽しみに移りたいに決まっている。
「でもあんたらだってせっかく女に生まれたんだ、男を知らねぇで死ぬのは後悔するだろ? だから遊んでやろうってわざわざ来てやったってわけよ」
男はそう言うと私の胸倉を掴んだ。
説明は終わったらしい。
「そうね、楽しませて貰いましょうか」
笑みを浮かべた私に釣られるように、男も口角を上げる。
が、それも束の間。
「いっ、いたたたたたたた!」
私はその腕を掴んで捻り上げた。
この程度は護身術。大の男が悲鳴を上げるようなものではないが、油断していたと見える。
そう。
コーネリアのような終始護衛に囲まれているお嬢様は習っていないかもしれないが、此処にいる三人はそうではない。
「オリヴィア様! ソフィア様! 懲らしめてやりなさい!!」
「わかりましたわ!」
私の声を合図にオリヴィアとソフィアが男たちに向けて 火球 を放つ。
初期も初期に分類される魔法だが至近距離から放たれればそれなり脅威だし、何よりも拘束していると思っていた相手が自由の身でいたことが大きかった。
男たちが怯んだ隙に彼女らは彼らの腰から武器を奪い、情け容赦なく切りかかっていく。
峰打ちにしてくれていればいいのだが……切り捨ててもこの場合は正当防衛だろう。
悪役令嬢の主張だけでは聞いてもらえないかもしれないが、バルトガー侯爵家に文武を認められている伯爵令嬢と子爵令嬢が言えばどうにかなる。
形勢は一気に逆転した。
人数で言えば倍ほども違うが、オリヴィアもソフィアもそんな人数の差など関係なく男たちを薙ぎ払っていく。
コーネリアを守ると言う目的の下、技術を磨いてきたのだろう。
ルブローデでも十分にやっていける。と言うか、是非ともルブローデに欲しいところだ。
「くそう、今の今まで震えあがっていたくせに!」
「迫真の演技だったでしょう?」
悪態を嘲笑い、私は私で仕込み武器2の短剣を繰り出す。
袖の中に隠し持っておいたこれは、刃の部分がバネで飛び出すようにしてあるので袖の中に入れていても刺さることはない。
ないが、ディナエルには無理だ。
『ローブを着れば使えますね!』などと言い出しても阻止しなければ。
「真の実力は隠しておくのものでしてよ?」
『後衛職の方のようにね』とは嫌味すぎるから言わないが。
短剣を繰り出しながら、私は掌サイズの白いクマを探す。
いた。
男たちの足下をチョロチョロと縫うように走りながら、片手で足を触っていく。
触っただけで男たちが呻いて膝をつく。
おおかた、薪を作る要領で骨でも折っているのかもしれない。敵には回したくない。
「い、いいのか!? お前らが抵抗したらあのコーネリアって女がどうなるか、」
「どうなろうと知ったことではありませんわ!」
壁際に追い詰めた男が何か言ったが、鳩尾に短剣の柄を叩きつけて気絶させる。
そして改めて見渡せば、オリヴィアたちとディナエルの活躍もあって、今や男たちは誰ひとりとして意識のある者はいない。
「彼らは後ろ手にして縛って頂戴。縄が足りなければ両の親指だけで構わないわ。それで動きは封じられるから」
私の指示に、オリヴィアとソフィアが手を動かす。
「でもどうしましょう。もしこれでコーネリア様の身に何かあったら」
動かしながらもソフィアは男の最後の言葉が気になったようだ。
が。
「何もありませんわ」
そんなものは効力のないただの脅しでしかない。
「売り物の私たちに手を出そうとしても、そして自分たちの手の内をペラペラ喋っていても誰も止めに来なかったのですわ。と言うことはイグニートもコーネリア様も此処にはいないと言うことよ。私たちが抵抗したことを他の場所にいる彼らがどうやって知ると言うの? 未来視や遠視ができる能力者でもいれば別だけれども」
そう。
そしてこれだけ暴れて、静かになっても誰も来ない。
この小屋はそう広い建物ではないから、イグニートたちが交渉している場は此処ではない別の場所と考えられる。
なんだ。
同じ屋根の下にいないとわかっていれば、もっと早く暴れていたものを。




