59 悪役令嬢、説得に失敗する。(☆)
だがしかし。
『動く気がない』と『動く準備はしておく』は違う。
靴のベルトを止めている飾りボタンを床に押し付けると、カチリと音がして踵から親指ほどの長さの刃が飛び出した。
その刃を使い、私は手首を戒める縄を切る。
「凄いですねマルグリット様。まるでマコレッタみたいです!」
「ふふ。悪役令嬢たるもの、仕込み系の武器は持っておくものよ?」
ディナエルの素直な賞賛が気持ちいい。
これがコンラートだったら口元を歪めて呆れかえっているところだろう。
靴底の仕込み刀のアイディアは私が唯一読んだ(と言っても半分ほどだけれど)恋愛小説〝血塗られた叛逆〟から拝借した。
作品の冒頭、悪役令嬢マコレッタは彼女を悪役だと言って来た自称・神と戦う際にこの仕込み刀を使うのだ。
脳天に踵落としを決められていたが、あの後、神がどうなったのか私は知らない。ただ中盤を過ぎても出番がないあたりはトラウラにそっくりだ。
この〝血塗られた叛逆〟が世間に出回った頃、
『隠し武器なんて卑怯だ。ご都合主義にもほどがある』
と反論もあったそうだが、武器を隠し持ちたいマコレッタの気持ちはよくわかる。
なんせ令嬢が武器を持ち歩くのは目立つのだ。
私も自分用の長剣を持っているし、そのへんの雑魚どもよりずっと使いこなせると自負しているけれど、日常的にそれを持ち歩く機会は何処にもない。持ち歩けなければ活用もできない。
カジウラに絡まれた時や酒場に突撃した時なんて、剣があったらもっと簡単に形勢逆転できたろう。
しかも悪役令嬢になってから事件に巻き込まれる率が上がった。
マコレッタも悪役令嬢でさえなかったら、あんな全身武器女にはなっていなかったはずだ。
私がマコレッタに自身を重ねて想いを馳せている間も、ディナエルはキラキラした目で私の靴を凝視している。
その姿にふと不安が浮かんだ。
どうしよう。
『自分も足から刃物が出せるようになりたい』なんて言い出したら。
刃物内蔵のぬいなんて持っただけでグッサリ刺さること必至。
いくら本クマにその気がないとしても、そんな危険なブツをローブのフードや鞄の中、ましてやポケットになんて入れられない。
間違いなくコンラートには刺さる。
刺さって恨まれて好感度が下がって……駄目だ、破滅フラグ以外の何ものでもない!
「もしかして他にも仕込んであります!?」
「……手の内は味方にも明かさないものよ?」
すまぬディナエル。
もっと褒めてほしいのはやまやまだけれども、この話題はここで打ち切りにしましょう。
と言うことで。
「マコレッタを知っているってことは、もしかして〝血塗られた叛逆〟も読了済かしら?」
私はさりげなく作中アイテムのひとつから作品全体に話題を移す。
彼の口からマコレッタの名が出てきた時点で読んでいるのは確実だ。大衆向け恋愛小説ではあるけれど人気を博した本だから、図書館にも置いてあるだろう。
読んでいるからどうと言うものでもないが、知っている話題を振られれば会話も弾む。今まで喋っていたことを忘れるくらいに。
「ええ。フォルッツさんから一番に読めとお勧めされましたので!」
そして案の定、布教も終わっているらしい。
しかも。
「素晴らしかったです! 悪役令嬢マコレッタが破滅フラグを回避するために攻略対象外のイケメン数学教師と組んでヒロインの計画を潰していくんですけど、その数学教師が闇堕ちしてラスボスになってしまって。でもマコレッタは言うんですよ。『ラスボスと悪役令嬢なんて最高の組み合わせじゃない!』って」
ディナエルは何かにとりつかれたかのように早口でまくしたてはじめた。
いや何かではない。フォルッツだ。
この口を挟む隙すらない、挟んだところで止まることを知らないマシンガントーク。
フォルッツのマシンガントークと言えば、寮に入る話をした時にやれ男女で同棲がドータラコータラと下世話な推論で暴走したのが記憶に新しいけれど、奴はその前から語り出すと止まらない傾向があった。
「あの数学教師も悪役令嬢も運命に翻弄されながらも立ち向かっていくところがいいですよね。女性は待っていれば助けてくれる王子様系に憧れるんだって聞いたことありますけど違いますよ。それならブラリ派でしたっけ、あんなに流行るはずがないです! わかります。俺も真似したくなりますもん」
「ディナエルが!?」
ブラリ派まで知っている。
どうしよう、ディナエルが全身葡萄酒色に染めたいとか言い出したら。
間違いなくコンラートには恨まれる。恨まれて好感度が下がって(以下略)。
「ああ、ええっと……葡萄酒色に染まりたいなら言ってちょうだい。至高の一本を取り寄せるわ」
けれど否定ばかりするものでもない。ましてこちらから振った話題ならなおさらのこと。
そのへんの安っぽい葡萄酒色ではない、十年もののような深い色合いならいくらコンラートでも文句はないはずだ。だって他でもないディナエルの希望なのだから!
いいじゃない。白いクマばかりなんだから一匹くらい紫がいたって。
少し前にコンラートが『クマイエローにはなりたくない』とか何とか意味不明なことを口走ったことがあったけれど、黄色いクマは嫌いでも紫のクマなら好きかも知れないし、〝黒薔薇の貴公子〟なら紫だって似合うわよ。
と意味不明に己を納得させて。
いくら暇だとは言え、何時までもディナエルと談笑しているわけにはいかない。
「オリヴィア様、ソフィア様、じっとしていて下さいませ」
自由を得た私は、次にオリヴィアとソフィアの拘束を解く。
靴を片手に縄を切る絵面は最悪だけれども、そこは大目に見てほしい。
「マ、マルグリット様。これは、」
「お静かになさって。いいこと? 誰か来たら腕は後ろにして。髪の毛で隠して縛られている風を装わねば駄目よ?」
貴族令嬢は公の場では髪を結い上げるのがこれまでの常識だったが、乙女ゲーム化の影響か、女子学生の間では髪を結い上げずに下ろしておくスタイルが流行っている。
学園ドラマ化はマツリカにしか利がないと思っていたけれど、どうして、役に立つものだ。
「あの扉を開けて入って来たのがアロイスでもね」
「は、はい。もちろんですわ!」
私の忠告にオリヴィアとソフィアは何度も頷く。
縛られて閉じ込められた時点で、彼女たちのアロイスへの信用度は0近くにまで下がっているようだ。
だが今のところはこのままでいい。
アロイスが信用に足ると言うのはディナエルの証言でしかないのだし、下手に『彼は信用できるわ』なんて言ったら最後、『敵っぽく見せているけれど演技なんでしょう? 私たちわかっているのよ、ふふふふん』と態度に出かねない。
アロイスの他に敵がいた場合、もしくはアロイスが本当に敵だった場合。
さらに酷く縛られる可能性もないわけではないし、仕込み靴も取り上げられるかもしれない。それは避けたい。
「……さて、どうしたものかしら」
今が何時なのか、どれだけ経ったのか。
兄たちは近くにまで来ているのか。
此処では何もわからない。
わざと物音を立てて敵を誘い込み、叩きのめすのは、敵の数がわかっていないうちにすることではないし、『アロイスが動かないうちは動かないほうがいい』と言ったばかりの口で言うのは憚られる。
「(──ディナエル)」
「(なんでしょう)」
オリヴィアたちに勘付かれないようにしながら、私は小声でディナエルに話しかける。
状況が掴めない中で唯一、高い勝率を出せるであろう手はディナエルを投入することだ。
しかしぬい形態では心もとない。
移動する歩数も人間の足とは比べ物にならないし、高いところには手が届かない。もし火を使われればあっさり燃えてしまう。
そんな心配をする必要などないくらい強いとは思うけれど、でも、確実さが欲しい。
「(あなた、人間形態には戻れる?)」
もしかしたら思ったより低身長かもしれないが、それでも私と同程度はあるはずだ。
せめて扉を開けたり窓を叩き壊したりと言った日常的な行動(窓を壊すことの何処が日常だと言われるかもしれないが)に支障をきたさない高さは欲しい。
希望を出してもいいのならコンラートや兄あたりの標準身長より頭ひとつくらい高く。上半身が逆三角形で腹筋も割れているような〝(敵を威圧できる)見るからに強そうな男〟が望ましい。
だがしかし。
「(戻れますけど戻りませんよ)」
期待はあっさりと裏切られた。
何だ? 戻れるけれど戻れない、って?
カジウラから奪った力は全部ディナエルに送り込んでおいたから足りないことは無いだろうと思っていたけれど、他に何か問題が?
ああ、もしかして。
空気が読めるディナエルのことだ。ぬいだから学園について来られた、人間に戻ったら追い出される、と心配しての発言かもしれない。
そうなら此処は学園ではないから全く問題ない! と断言するけれど。
ディナエルは真顔(と言ってもいつもの無表情と変わらないけれど)で私を見上げる。
そして。
「(いざって時に人間に戻るのって邪道だと思いません?)」
「(は?)」
邪道?
邪道って何だ?
いや意味は分かるけれど。
「(女性向けの恋愛小説で最近、異種族恋愛って流行ってるじゃないですか。ヒロインは人間の女性なんだけど相手が獣人だったり異形だったり完全に獣だったり。でもそう言うのって何故か話が盛り上がって来ると人間の男に戻るんですよ。邪道だと思いません!? 今まで読者は人間じゃないからこそ読んでたんですよ。人間なら読みませんよ珍しくもないんだし。そりゃあ人間の男のほうが服を脱がせ……いや、ええといろいろと便利でしょうけど、でもあれはないです! フォルッツさんもそう言っていました!)」
「(……………………そ、そう、なの)」
フォルッツ。
あなたはこの純朴好青クマに何を吹き込んでくれたのですか。
しかも今、『服を脱がせる時に便利』って言いかけましたわよ!? このディナエルが!!
恋愛小説一冊目で昨今の流行りなんて全く知らないどころか『相手、人間じゃなくても有りなの!?』な私に言う資格などないだろうけれど、でもこんなに早口で力説するほど許せないことなのですか!?
人間形態に戻るのが多いと言うことは、世間様の需要はそちらに傾いているのではないですか!?
人外の姿のままで、と言うのは単にあなたの趣味ではないのですかーー!?!?
私は脳内でこの場にいない護衛騎士に恨み節を投げつけ、一縷の望みを抱きつつディナエルの説得──と言うよりも洗脳を解く意味合いのほうが強い──を試みる。
「(……でもね、こんな状況だと人間に戻ってくれたほうがいいこともあるじゃない? その時は戻ってくれると嬉しいわ)」
いくら人間の姿になるのが邪道だと言うスタンスだったとしても、時と場合によってほしい。
クマでいることにこだわって脱出の機会を失うことだけはやめてほしいのだ。此処での失敗は全て私の破滅フラグに繋がって来るのだから!
その時だった。
「マルグリット様、どなたかいらっしゃいますわ!」
オリヴィアの声に私は慌てて手を後ろにやり、扉のほうを向く。
向くと同時に扉が開き、男たちが数人入ってきた。
「おう、この間は世話になったな、ネェちゃんたちよう」
酒場にいた、あの荒くれどもだ。
彼らは警備隊に一人残らず縛り上げられたはずなのに、何故こんなところにいるのだろう。
今後少しさかのぼってダブルミニュートと罫線の修正を入れます。
改稿日が更新されますが、文章は変わりません。よろしくお願いします。




