58 悪役令嬢、捕縛される。(☆)
アロイスたちと行動を共にして何時間経っただろうか。
空すら見えないのでは時間の経過を知るのも難儀だ。空腹具合で時間がわかるような便利な体を持ち合わせなかったことを今ほど悔やんだことはない。
せめて民家の灯りでも見えれば。
灯りがあれば夕食前か夕食後、消えていれば就寝後の時間帯だろうと推測できるのだが──。
「と、今はそれどころではないのでしょうけれど」
私はアロイスたちが出て行ったドアに目を向ける。
道中のアロイスの説明によると、イグニートは今夜、誘拐して何処かに監禁している女たちを売り渡すらしい。その中には例の〝リーナ姉〟もいると思われる。
売り渡した相手が国外に連れ出し、さらに遠くに売る。多くの売人を経ることで経路を複雑にし、突き止めにくくする策のひとつだ。
今回の場合、その末端にいるのがイグニート。しかし『まだ末端なら』とは言えない。
国外にまではジークラムの法律は及ばない。
ことがことだけに相手国と協力して~と言うことはできるが、その〝協力〟までにどれほどの時間がかかることか。
言い換えればコーネリアを救出できるのは今夜限りと言うことになる。
アロイスの作戦はこうだ。
まず私たちと合流する前、彼はイグニートに対し、
1:半乳たちを取り返したのは人身売買のことを知らなかったからだ。
2:冒険者界隈はもう潮時だ。俺はもっと美味しい話を知っている。
戦う術も持たず、守られてばかりで警戒することも知らない、それでいてスレた平民女より高く売れる貴族の女を狙おう。
3:貴族の女の同情を引くために目の前で追放劇をしよう。
貴族にとって弱者の支援は美徳。必ず声をかけて来る。
4:そこでお前の顔と甘言が重要になって来る。
相手がその顔に弱いことはわかっている。同情を愛情と錯覚させればイチコロだ。
とそそのかしたらしい。
曰く、これもイグニートを油断させるため。
『秘密を知ったアロイスたちを放置しておくはずがない、私なら抹殺する』と思ったのは彼らもイグニートも同様だったようで、だからこそその裏を掻いた……のだそうだ。
しかしその程度で信用するほどイグニートはお人よしではない。
むしろそんなお人よしは他者を騙して売り払うなんてしない。
だから信用させるために、
5:俺がイグニートの味方だと言うことを証明するために、あと数人、貴族の女を捕まえて来よう。
と約束した。
口先だけの作戦参謀よりも共犯──同じ穴の狢──のほうが信用は得られやすい。現にそれなら、とイグニートもアロイスを試すことにしたらしい。
私とオリヴィア、ソフィアの三人はイグニートへの貢ぎ物、と言うわけだ。
その裏で私たちに対し、
6:イグニートの味方のふりをして合流する。
リーナやコーネリア、他の女たちを救出、もしくはイグニートとその仲間を一網打尽にしてから救出する。優先順位はその場の判断で。
私とオリヴィア、ソフィアは俺に騙されて付いて来た風を装っていてくれ。
と言ってのけた。
二枚舌すぎてこうして列挙しないと意味が解らないし、列挙しても意味が解らない。
果たしてアロイスの言うことは何処までが真実なのか、何処からが嘘なのか。
イグニートに言ったことが嘘で、私たちに言ったことが本当なら彼は私たちの味方足り得るのだが、その逆ではないとどうして言える?
こんなアロイスが嘘を言っていたらおしまいな作戦に浮かれて乗ったオリヴィアとソフィアも大概だ。
いくらコーネリアLOVEな猪属性とは言え迂闊すぎる。
私はちらりとオリヴィアとソフィアを窺う。
出発時の元気は何処へやら、意気消沈しているのが見て取れる。
彼女らもアロイスの作戦は一通り聞いているが、実際に縛られ、自由を奪われればアロイスに対する信用が目減りするのは当然のこと。
私自身、アロイスの言うことなど端から信用していなかった。
道中でディナエルが、
『アロイスは信用できる冒険者です』
と言わなければ、縛られて閉じ込めらたこの状況に「ああ、やっぱりね」としか思わなかっただろう。
なんでもディナエルは昔、アロイスとパーティを組んだことがあるらしい。
純朴好青クマなディナエルのこと。他人を悪く疑うことなんてできないからそう言うのでは、とも思ったが……『もしアロイスが予想に反して危害を加えて来たら命に替えても凹る』と主張されればそれを信じて乗るのも一興。
ぬい状態で素手で薪を作れるディナエルが言うのだ。
当初の予定では縛られる前に逃げ出すつもりだったのだが、顔と甘言だけで簡単に騙されるコーネリアや猪突猛進で他が全く見えないオリヴィアやソフィアにお灸を据える意味でも、様子を見るのは悪くない。
私は再度、オリヴィアとソフィアを窺う。
落ち込むのはいいが、敵が何人いるかもわからない現状、もしかするとディナエルが対処しきれない事態が起きるかもしれない。
せめて自衛できるくらいの気力は持っていてもらいたいのだけれども。
「……でもアロイスはどうやってイグニートたちを一網打尽にするつもりなんでしょう」
ディナエルが小さく呟く。
イグニートの恋人気分でいるコーネリアはともかく、リーナを始めとする他の女たちを抑えておくのなら数人の仲間がいるだろう。
アロイスと半乳たちの三人だけで対処できるのかも疑わしい。
希望的観測で言えば、他の女たちも全員イグニートの甘言にメロメロのハーレム状態で誰も逃げ出そうとしない。だから敵はイグニートしかいない、が望ましいのだけれど。
アロイスや半乳たちが実力を隠していた。本当は三人が三人ともディナエル並だった、なら敵地を制圧することも可能だろう。が、そんな奴がそう何人もいてたまるか。
実はリーナが百人力の女傑とか?
いや、それならそもそもおとなしく捕まっているはずがない。
アロイスの話を聞く限り、リーナが行方不明になったのはアロイスがイグニートの裏稼業を知るより前。囮で潜入している線は無いに等しい。
「アロイスには他に仲間がいる、って考えるのが濃厚ね」
アロイスの当初の予定では、イグニートへの貢ぎ物はオリヴィアとソフィアだけで私は入っていなかった。
当然、私(とコンラート)を通じて自分たちの行き先が捜索隊に筒抜けになる予定もなかったし、捜索隊の突入に乗じて作戦を遂行するつもりではなかったろう。
だからその『仲間』は兄たちのことではない。
「例えばの話、実は隣国の王子の仮の姿で、彼の指示ひとつで私軍が突入ことになっているとか、どう?」
作戦決行までに兄と捜索隊が到着するとは思っていないし、作戦に含まれてもいない。
しかしイグニートと取引先(が何人いるか知らないが)相手に彼ら三人では対処できない。
さらにはイグニートを騙すためとは言え貴族を囮に使ったのだ。無事に取り戻しても咎めがないとは言えない。取り戻せなかったらそれこそ命がない。
『必ず成功できる』と確証を持っていなければ、こんな作戦は決行しない。
もし捜索隊が来ることが想定内だったのなら、勝率はもっと簡単に上がるはずだった。
私が連れて行かれたとなれば必ず兄は出て来るだろう。
そして兄は私に掴みかかったカジウラの手首を笑って切り落とす男。
知る限り、ディナエル以外で形勢を逆転する術は兄の介入以外にないくらいで、だからこそそれ以外で勝ちを取りに行けるとすれば、それは私が知らない勢力(アロイスが独自に持っている戦力)と言うことになる。
イグニートは女たちを国外に売り払う。
アロイスがもしその〝国外〟に当たる国の者で、その国でも人身売買に頭を悩ませていて、どうやらジークラムから女たちが流れてきているらしいと知って。
そんな悪の組織を叩くために人知れずやって来た世直し王子……うん、物語が一本書けそうな設定じゃないか。ってそんなこと──
「──あるわけないわよね」
否定した矢先。
「ああ、それでアロイスも攻略対象のひとりだったりするんですね」
「え?」
ディナエルののほほんとした返しが飛んで来て、思わず二度見してしまった。
「違うんですか? 〝乙女ゲーム〟って隣国の王子も攻略対象になりますよね? 留学して来てる、って話が多いみたいですけど」
「え、ええ、まぁそうだけど……詳しいのね乙女ゲームに」
ちょっと待て。
ツッコむところはそこではないのだろうけれど、ツッコまずにはいられない。
だってこんなクマだけれども中身は推定年齢二十五歳。
人間の時は勇者に匹敵する力を持ち、冒険者になる前は鍬を振るっていた男がヒロインと攻略対象のラブラブ女性向け小説を読んでいるなんて思わないじゃない!?
何処で読んだ?
そういう趣味なのか?
フォルッツが詳しいのは私が読ませたせいだけれども、もしかして乙女ゲーム沼にはまったフォルッツに布教されたのか!?
「詳しいってわけじゃないですけど、十五冊くらいは攻略対象の中に〝隣国の王子〟がいたもんですから」
「読んだの? 十五冊も!?」
どうしよう。
ディナエルが変な趣味に目覚めたのは義姉上のせいだ、ってコンラートに呪われるじゃないの私が!
「ええ、図書館で」
コンラートは図書館で農業関係の本を読んでいたはずだが、その横でディナエルは乙女ゲーム系恋愛小説を黙々と読破していたのか。
と言うことはコンラートも知っているわけだ。ディナエルがそれらの本を読んでいたことを。
おのれフォルッツ。
でもフォルッツのせいならフォルッツのせいでしかないはずだ。
いくら災いを背負い込むのが宿業の悪役令嬢でも奴の責任まで負う筋合いはない!
「で、十五冊のうち、留学して来ているのが八冊、断罪パーティに出席しているのが四冊。ヒロインが危機に陥った時に出会うのが三冊で、内二冊が身分を隠していました」
「……そ、そーなの」
読破量も普通ではないが、いちいち覚えているなんてディナエル恐るべし。
最初はどうしてあのクソ生意気なコンラートと純朴好青クマなディナエルが友人なのだろうと思ったけれど、どうでもいいところに詳しいあたり、やはりディナエルはコンラートの 類友 だ。
が、それは今は置いといて。
もし本当にアロイスが隣国の王子なら十分に攻略対象になり得る。
わざわざ悪役令嬢を巻き込みに来たイベントだ。むしろ何故その可能性を考えなかったのだろう。
お忍びでやって来た王子がもしジークラム国内で怪我なり何なりしたら。
その場にいる私はきっととばっちりを受ける。やってもいない罪を捏造される。世界の歪みによって。
「でももしそうなら余計迂闊には動けませんね」
「どうしたものかしらね」
女を攫って売る商売からは銭の匂いがプンプンする。
けれど学園構想(二番煎じ)とは違う。私が手を汚して真似るにはリスクのほうが高すぎる。
それよりも人身売買組織の場所を突き止め、壊滅に導いたほうがいい。
私の評価も上がる。
マツリカが今何をしているのかは知らないが、まさか攫われた女たちの中に混じって(彼女の傍にはトラウラがいるから、クマを使った位置確認もできるだろう)外部と連絡を取り合っているとか、組織の女幹部に成り代わっている、なんてことはないだろう。
つまりこの件で私はマツリカを出し抜くことができる。
アロイスが攻略対象ならなおのこと。
反面、人身売買組織の壊滅に失敗して女たちの身に何かあれば、それは悪役令嬢たる私の責任にされる。
勝手に動いて作戦が駄目になればアロイスは私を怨むだろうし、好感度も下がるし、何より隣国の王子説が本当ならクリストファー並に引導を渡す存在になりかねない。
全くの被害者でしかなくても、何故か悪役令嬢のせいになってしまうのが乙女ゲーム系シナリオ。
〝起きるイベント〟とは、ヒロインが攻略対象の好感度を上げるキャッキャウフフなものばかりではない。悪役令嬢の破滅フラグも、またイベントなのだ。
何にせよ、アロイスはまだ動いていない。
兄たちも到着した様子がない。
手をこまねいているだけのようで私の性分には合わないけれど、まだ動くわけにはいかない。
現在、ストリエ様のほうで並行して作品を上げているので、兼、ワクチン接種諸々で更新が遅くなりました。




