閑話 男たちのクマ三昧・5。(コンラート視点)
……クマほとんど出て来ませんが……。
何故こうなったのだろう。
質素な馬車に揺られながら、コンラートは窓の外に目を向けていた。
義姉に合流すべく、義兄が騎士団の何人かを連れて出立する。そこに自分も同行する。そこまでは想定内だった。
そしてその場合、馬を使うことも。
馬、と言えば集められた精鋭団員から聞いた話だが、義兄はマルグリットと言う名の牝馬を大変可愛がっているらしい。
名前負けすることない暴れっぷりで乗る者を選ぶ馬だが異様に足が速く、他馬の追随を許さないのだとか。協調性のないところが同名の誰かにそっくり……ああ、話が脱線した。
ともかく最速を求めるなら馬だ。
自分も(義兄や騎士団の精鋭たちに付いて行けるかどうかは別問題だし、ルブローデに来てからは全く乗っていないけれども)乗馬は不得手なほうではない。
と言うわけで、マルグリット(馬)を筆頭に精鋭の早馬を集めて行くはずだった。
けれどマツリカが同行することで話は変わった。
彼女は馬に乗れない。
当人は義兄か私の馬に同乗することを希望してきたが、『女を乗せたらマルグリット(馬)が嫉妬する』と『ただでさえ騎士団員たちより遅いのに二人乗りなどしたら足を引っ張るばかりだ』と言う義兄の二大主張によって却下され、急きょ馬車が用意されることになったのだ。
なるべく馬に置いて行かれないよう、外観や乗り心地よりも速さに重点を置いたせいで質素になったのはまだいい。
が、その質素な馬車に騎士団の馬が複数頭連なる陣形のせいで、無駄に〝要人がお忍びでお出かけ中〟感が出てしまった。
これでは野盗が目を付けかねないし、付けられたら最後、中にいるのは非力な女ひとり。
それは危険だ、と言うことで最も馬の扱いが低い私が同乗することになり。
さらには長時間にわたって男女が密室で過ごすのは問題だからとお目付け役で義兄が追加されることになり。
元々遅い馬車に三人も乗るなんて本末転倒もいいところ。何故誰もこの矛盾を指摘しない!? と嫌味が口から出そうになって、ふと、気が付いた。
マツリカの同行に全会一致で賛成した会議室の面々と言い、この馬車のことと言い。
これは〝ヒロイン優位に展開が進んで行く〟例の世界の歪みの影響とやらが出ているのではないか? と。
私は顔を窓に向けたまま、窓に映るマツリカと義兄を窺う。
談笑している。
談笑と言っても笑っているのはマツリカだけだが、あの義兄が嫌な顔もせず相手をしているのだから実質笑っているようなものだ。
「──それでぇ、リカが回復魔法が苦手なのはどうしてだろう、って神官長様がいろいろ考えてくれてぇ。で、回復は回復でも体に入った毒や菌を浄化するほうだってわかったのでするん」
「解毒ですか。それはそれで聖女らしい魔法ですね」
義兄にしてみれば〝馬車で楽しく女の子とお喋りタイム♡〟よりも一刻も早く妹と再会するほうが希望としては上だろう。
なのに、その再会を遅らせる原因を目の前にして何もしない。
それどころか迎合するなんていつもの義兄からは想像もできない。
自分も他人の目があってはフォルッツに方角の確認を取ることもできない。
義姉たちが限りなく一直線に遠ざかってくれているならともかく、何処かで曲がりでもしていれば馬車に乗り込む時に示した方角とは違って来る。
もし義姉との合流が遅れたり、最悪、義姉と再会できずに終われば、今度こそ義兄は私の首を胴体から切り離しかねないのだから、こまめに確認したいのだが。
騎士団の面々もそうだ。
この捜索隊の隊長を務める義兄に指示を仰ぐには馬車に並走する必要がある。
騎士団の馬は馬車慣れしているだろうけれど、本来馬は臆病な動物。ガラガラと騒音を立てて走る無機物と並走などしたいはずがない。
そんな馬を宥めつつ、馬車の騒音越しに義兄の指示を聞かねばならないのだ。
義姉やコーネリア嬢にしても、こちらが遅れれば無事に戻る確率は下がる。
バルトガー侯爵はひとり娘を失うか、もしくは傷物にされることになり。
王城の騎士団を派遣して確固とした成果を上げられなかったとなれば、騎士団、さらには王城、王族への非難の声だって上がるかもしれない。
以前義姉にも言ったことだが、マツリカと義兄に接点はほとんどない。どれだけ親しくなりたくともなれない。
なのに今、現在進行形で好感度を上げている。
その義兄と、そして(自分で言うのもアレだけれども)〝最推し〟の自分と共に同じ空間にいる。邪魔をしてくる義姉を抜きにして。
そう考えると、今回のことで得をしているのはマツリカだけだ。
「──あとはぁ、攻撃補助魔法! リカがね、頑張れ~って祈ると兵隊さんたちの力がグーンと上がるんでするん。こっちのほうが使うかなー」
「そうですね。期待していますよ」
「えへへ~」
救出が成功すれば、今まで自称でしかなかった〝聖女〟の初めての功績になる。
だが彼女は『回復より攻撃補助が得意』だと言った。
嫌味な言い方をすれば、傷を癒すような明確な変化が見えない魔法だからこそ『そう言えばいつもよりやる気があったような』『いつもより剣のキレが良いような』と思わせれば、実際に魔法を使っていなくても他者にはわからない。
つまりは、何もしなくても付いて行っただけで功績になる、と言うことだ。
〝補助魔法が売りなのだから、何もしていないように見えても勝手に発動してくれているだろう〟
信頼十割のこの考えは、何処か冒険者パーティの 後衛 に寄せる期待に似ている。
最近の〝後衛の追放劇が多い〟事例――イグニートの表向きの追放理由(戦わない後衛などいらない。いなくてもいい)を思わせる。
そして。
義姉が負傷するなり、売り飛ばされて口外できない目に遭った後なり、もしくは生死を彷徨うような〝無事に戻れなかった〟ことなればそれで、悪役令嬢のざまぁ展開になる。
「でもぉ、今回のでユリウス様たちに必要なのは怪我を治す魔法でしょお? なのにリカはそれができなくてぇ。ユリウス様たちが怪我するのが心配で付いて来ちゃったですけど、役に立てないんじゃないかな、って」
「確かに傷口を塞ぐことはできないかもしれませんが、より重要なのはその傷口から毒や菌を入り込ませないことです。毒や菌が体内に入れば発熱を引きおこし、体力を奪いますからね。それが防げるのなら聖女マツリカ様は決して役立たずではありませんよ」
考えすぎだろうか。
マツリカを端から疑ってかかる義姉に感化されて目が濁っているだけだろうか。
外は最悪の未来を象徴するかのような曇天。
その暗さがよりくっきりと窓に義兄とマツリカを浮かび上がらせる。
義姉がアロイスに付いて行ったのは、『自分がいない間に取り返しがつかないフラグが立っては困る』と言う理由だった。
『悪役令嬢が絡むイベントならマツリカが出て来る可能性がある』と。
『もしかすると今回はマツリカではなくイグニートのストーリーで、自分も悪役令嬢ではなくヒロインの友人Aかもしれない』とも言っていたが、今こうしてマツリカが現地に向かっているとなると義姉の予想は的中したと言わざるを得ない。
連日のように行われるクマたちの雑談、もとい情報交換によれば、マツリカが目指すエンドは意中の相手と結ばれること。
つまりは〝最推し〟である私とのエンドであるらしい。
そして”乙女ゲーム”と言う世界観では、攻略対象とヒロインが結ばれれば、必然的に悪役令嬢は破滅する。
だから義姉は私とマツリカが近付くのを好まないし、他の攻略対象(と推測される)男性がマツリカと親しくすることも阻止しようとする。
が、本当にそうだろうか。
転移者だからある程度は異性から好かれる能力が身に付いている、と言うことはあるだろう。
移動が馬車に決まったことや、マツリカ自身も被害者になりかねないのに彼女の意を汲んで同行を認めたことは、どうにも不可思議な力が作用したとしか思えない。
しかし今までのマツリカはどう見ても異性から好かれているようには見えなかった。
クリストファーが真っ先に『真実の愛だ』と公言したせいで身を引いた者が多かったにしては、夕食会でひとり取り残されていても誰も見向きもしなかったし、テオルクや義兄に至ってはマツリカよりも義姉だったし。
もし。
もしもだ。
マツリカの望むストーリーが〝乙女ゲーム〟的なものではなかったとしたら?
悪役令嬢がいるからと言うだけの理由でこの世界が乙女ゲーム的に歪んでいると推測したけれど、本当は違っていたとしたら?
だとすれば世の男どもが狂ったようにマツリカ至上主義にならなかったのも頷ける。
「そう言えばユリウス様、クリス様と仲良くしてるってホントでするぅ?」
「仲良く……と言うか、剣を教えているに過ぎません。そんな話を何処で聞いたのです?」
「クリス様からでするん! クリス様はぁ、リカが学校で困らないようにっていっぱいお手紙くれたのでするん」
ではマツリカが望むストーリーとは何だ?
義姉は展開が〝血塗られた叛逆〟に似ていると言っていた。
闇落ちした数学教師が世界を破滅させようとし、それを聖女と呼ばれた女子学生を始めとする学生数人が倒してハッピーエンド。それになぞらえれば、世界を破滅させる数学教師に該当するのは義姉で、倒すのはマツリカを筆頭にして義兄やクリストファーといったところだろうか。
『希望する人生を歩ませてやる』と言われて、女性が恋愛よりも汗と泥にまみれた戦いを望むはずがない、と何故言えよう。
マツリカは見た目はフワフワした砂糖菓子のような娘だが、中身は義姉と大差ない……いや、そう言ってはマツリカに失礼極まりなかった。本来の自分では到底叶えられないストーリーだからこそ、そしてハッピーエンドが確定してるからこそ、汗と泥にまみれた戦いを体感してみたいと思ったかもしれない。
そう考えれば、夕食会の席でクリストファーから『真実の愛ではないのか?』と問われた時に煮え切らなかったことも辻褄が合う。
マツリカはこの世界で恋愛がしたいわけではない。
いや、全くないわけではないだろうが、ともかく現時点でのクリストファーのことは恋人ではなく仲間としか見ていないに違いない。
「クリス様ってばいーっつもユリウス様のことばっかり書いてくるんですよぉ? 〝 いつか私にもユリウスのような背を預けられる側近ができればいいのに〟 って」
「殿下が?」
「そう! クリス様ってば本当にユリウス様のことがお好きなんだなぁ♡ ってぇ♡」
思えば実技演習の時も、マツリカは義兄にクリストファーのことを聞いていた。
クリストファーか義兄が仲間になる条件に、彼ら同士の好感度が上がらなければ仲間にならない縛りがあるのかもしれない。
マツリカへの好感度ばかりが上がるクリストファーと、義妹以外は眼中にない義兄を友人同士にしなければならないのだとしたら、とんでもない難易度だ。自分の恋愛など二の次になるに決まっている。
窓に水滴が当たった、と思ったのも束の間、一気に滝のような雨が降ってきた。
騎士団員のひとりが雨宿りをしたいと言って来た。
これでまた合流が遅れる。
私は図書館で読み込んでおいた〝血塗られた叛逆〟を思い返す。
「義兄上。ここは進むべきです」
「いや、視界も足場も悪い中を強行して馬に何かあれば本末転倒だろう。こんな嵐のような雨は長く続かない。待った方がいい」
「しかし」
間に合わなくて義姉の身に何かあったら、それをきっかけにして義姉は闇落ちする。
だが。
「きみはこんな雨の中で行軍したことなどないだろう? 素人は口を挟まないでくれないか?」
そんな義姉でも、私は味方でいなければならないのか?
もし義姉が世界を滅ぼす存在になるのなら、私が真につくべきは……。




