57 悪役令嬢、噂を思い出す。
「ほら、聞いたことない? 最近、女がよく行方不明になるでしょー?」
取っ組み合いの喧嘩が勃発しかかって数分から数十分後。
コンラートとアロイスの手によって物理的に引き離された私たちは、それぞれに 諭され 、どうにか平静を取り戻した。
そして現在。
アロイスに何を言われたのか、罵詈雑言を言い切って勝手にスッキリしたのか、半乳たちはケロッとした顔で冒頭のお喋り、もとい、説明を始めたと言うわけだ。
逆に私は沸点を越えたままなのだけれども、喧嘩腰を(勝手に)解いてしまった相手に吹っ掛けるわけにもいかず、モニョった感情を抱えたまま話を聞かされている。
「……全く、下々と同レベルで喧嘩を始めるなんて義姉上はご自分の立場をもう少しお考えになったら如何ですか」
モニョる感情に唐辛子を塗り込むが如くグチグチと説教を垂れ流しているコンラートを隣に置いて。
「親しみやすさと掴み合いをしてもいい相手は=で繋がりませんよ? 領主として人の上に立つおつもりがあるのなら、それなりの線引きは──」
「……わかってるわよ」
「わかっていないからこんな怪我をするんです」
ヒョイ、と持ち上げられた手の甲にはキャットファイトの前哨戦でできた勲章が付いている。
アロイスが冒険者仲間の間で定評があると言う塗り薬をくれたけれど、回復魔法のように一瞬で元通りになるわけもなく。
ああ、発狂する兄の姿が目に見えるようだ。
そうなったら現場に居合わせた義弟はまたしてもとばっちりを食うだろう。
『今度こそ命がない』は大袈裟だけれども、笑顔で手首を切り離す義兄から理不尽に責められる機会など無いに越したことはない。
が、過ぎてしまったことは仕方がない。
口に出してしまうと『反省していない』と怒られるだけなので言わないが、回復魔法でもなければ短期間で消すことなど不可能な傷痕をそれ以外の方法で消すなど労力の無駄。
兄に見つからないためにも、義弟の好感度をこれ以上下げないためにも、当分の間は手袋をして過ごすことにしよう。
そう結論付けて、私は半乳たちに向く。
「──行方不明と言うけれど、残念ながらそれほど珍しいことではなくってよ?」
冒頭の『女性の行方不明者が多い』と言う話だ。
力が弱く、軽くて運びやすい女子供は誘拐に遭う可能性が高い。
また貧しい女性は家族の生活費を稼ぐために身売りをすることもある。売った先で事件に巻き込まれたり、病気をうつされたりすることもある。
その場合、大した治療もされないまま放置され、死に至る率は非常に高く、反面、訃報が家族の元に届くことは少ない。
運良く身請けが決まったとしても、過去と縁を切るように身請け先を家族に知らせずにいなくなる者もいる。
それ以外――男性同様冒険者として命がけの仕事を請け負い、消息を絶つ者、日常の何処かで失踪する者もいる。
そんな諸々の理由で。
衣食住が安定している貴族で行方不明になることは稀だが、半乳たちのような身分の間では話題に出すほど珍しいことではないはずだ。
「でもさぁ、その最近行方不明になる女のほとんどが失踪前にイグニートと関わりがあったって言ったらどうよ」
半乳たちが言うところによると、イグニートは昔からひとつのパーティに留まらず、点々とすることで有名だったらしい。
そして彼に付いて行くように、同じパーティにいた女性冒険者や利用した宿屋の看板娘、ギルドの受付嬢や薬屋の女性店員などなどが消息を絶つのだと言う。
理由としては今回のコーネリアのようにイグニートと良い仲になってと言うのもあったけれど、冒険者を辞めて実家に帰ることにした、結婚する、良い仕事を斡旋してもらえた、など多岐にわたる。
後ろの三件はイグニートと関係がないように見えるが、そう言って出て行った女の誰ひとりとして言ったとおりの結末を迎えていないらしく……単なる口実か? 理由は別にあるのでは? もしかすると本当は全員、前者だったのではないか!? と疑う者も出ていたらしい。
「別に他の女がどうなろうが知ったことじゃないけどさーあ? でもね、リーナ姉までいなくなったって言うじゃん?」
「リーナ姉?」
「そう! あたしらの憧れ、リーナ姉! 〝世界で一番くっころが似合う〟女冒険者なのよ!」
……『くっころ』って何だ?
初めて聞く単語に口を挟みたくなるも、話の腰を折る隙も与えず、半乳ふたりの話は続く。
「リーナ姉が行方不明になるなら、絶対にエロブブリンの群れに捕まって〝くっころ〟されてるか、レズで百合な木の精霊に捕まって触手プレイ──―この場合は蔓プレイって言ったほうがいいんだろうけど──じゃなきゃ許せないって言うかぁ、とにかくイグニートに騙されて~ってのは無いわー」
行方不明の方法に許すも許さないも。
ってそれより『くっころ』って何だ!?
レズで百合な木の精霊と触手プレイってパワーワード過ぎないか!?
「ええと。と言うことは、あなたたちはリーナさんの消息を掴みたいから私たちに協力する、と……その認識でよろしくて?」
パワーワードを何とか頭の中からはじき出し、私は半乳とアロイスをぐるりと見回す。
彼らにしてみればコーネリアがどうなろうがイグニートが悪事に手を染めようが関係のないことだ。
薄情と言われるかもしれないが、余程の勇者か野次馬でもなければわざわざ面倒ごとに首を突っ込んだりはしない。
先日、追放劇の一部始終を見ていたカフェのお嬢様がたが(コーネリアを除いて)誰ひとりイグニートの力になろうとしなかったように。
なのにアロイスたちは今回の事件に協力すると言っている。
これは勇者だからか、野次馬か。それとも報奨金目当てか。
わざわざ知人女性の話をするに、〝被害者同士結託してイグニートの悪事を日の下にさらしたい〟と言う理由を推したいのだが──。
「そぉだねぇ。だってリーナ姉に限ってイグニートに堕ちるわけないし! どうせ堕ちるならエロブブリンかレズ百合な木の精霊の手に堕ちてほしいって思うのが冒険者のロマン、あ、いや、ともかく納得がいかないわけよ!」
──どうにも緊迫感がないと言うか、真剣味が感じられない。
大事なことだから二回言いました、とはよく言うけれど、冒険者にとってモンスターに『くっころ』されることは、普通に失踪するより期待されることなのか?
「……義姉上」
コンラートが肩で小突く。
「彼女たちの言い分は信用できません」
「そうね」
この違和感はコンラートにも感じるところがあったようだ。
『女子力がない』『常識がない』『天然』とボロッカスに言われている私ひとりが感じる違和感ならただの錯覚かもしれないが、義弟も感じると言うのなら本物だろう。
「ねぇ。リーナさんの情報を掴みたいのならなおのことイグニートは近くで見張るものではないかと思うのだけれど。せっかく朝から晩まで違和感なく見張ることができる”仲間”から外してしまったのはどうして?」
第一、リーナ救出のためにイグニートを探ると言っておきながら、彼らは彼を追放している。
泳がせるつもりなら最初から仲間にせず、尾行するなりなんなりで見張ればいいだけの話。
彼らがぬいカフェの前で賑やかに追放劇なんぞしたせいで、コーネリアはイグニートと出会ってしまったし、ご丁寧に『追放者は追放された後で才能が開花する』などと言い残したせいでイグニートが特別だとも思ってしまった。
だがもし最初から彼らはイグニートの仲間のままで、最初からターゲットはコーネリアだったとしたら。
わざとらしい追放劇も、効果がないどころか悪手でしかない言動の数々も全て”コーネリアを騙すため”に繋がって来る。
「……こいつらも売られそうになったからな。仕方ねぇだろ」
助太刀に入るようにアロイスが口を挟む。
確かにキャットファイトの最初、彼女らは『イグニートに売られるところだった』と言っていた。
頭に血が上った状態で騙すために用意した台詞など吐けないから、あれは本音だろう。
けれど。
「〝冒険者なんかよりずっと安全で稼ぎが良くて楽な仕事がある〟って言って来てね。怪しいと思ってたら案の定よ。変な薬を飲まされて、気がついたら臭い小屋の中に転がされてて。隣の部屋でイグニートと他の男の声がしたわ。でもあたしらはアロイスが助けに来てくれたからよかったんだけどぉ」
「俺が踏み込んだ時にはもう相手の男はいなくて。イグニートもこいつらを探して小屋に辿りついたばかりだってシラを切りやがったんだけどな」
「あり得なくない? テメェ、攫った奴と金額の交渉すんのかよ! って思ったわよね!」
「で、その後も奴が人身売買に関与してるかどうかには気付いていないふりで通してたんだけどさ。でも多分気付かれたんだろうな。俺らの前で尻尾出さねぇんなら仲間でいる理由もなし、」
「つまり、あなたがたに裏稼業のことがバレたとイグニートに知られてしまったから追い出した、と」
あの語彙力が低下しまくった本音に比べると、今の説明は雄弁すぎて逆に疑わしい。
それに自分たちの身を危険にさらしてまで遂行する計画にしてはあまりにも不用心で杜撰さが目立つ。
結局リーナの消息は不明のままだし、半乳たちも売られていたかもしれないし、イグニートの取引相手もわかっていない。
『自分たちにはもう尻尾を掴ませないだろうから追放して縁を絶った』と言っているが、私がイグニートなら破滅フラグは徹底的に排除する。半乳も売らずにこの世から抹殺する。
「……その小屋の場所は?」
念のために聞くも、
「行ってみたんだが、俺らに知られたから使うのを止めたのか、人気がなくてな」
その情報すら掴ませようとしない。
それが余計に、〝そこまで用心深い男が秘密を知ったであろうアロイスたちを見逃している現実〟を嘘いものに感じさせる。
見逃しているのではなく、仲間だから抹殺する必要がないのではないか、と。
だとすれば彼らがオリヴィアたちに接触して来た真の理由は何だ?
わざわざ捕まるリスクを高めて、それでも捕まらなかったことで快感を得るMっ気の多い趣味持ちだから、と言う理由だとしたらあまりにも非常識。
それよりも。
コーネリア以外の獲物をも狙う思惑があるのではないか?
もし酒場の荒くれどもまでがイグニートの仲間だったとすれば、イグニートの魔法であっけなくダウンした茶番にも説明がつく。『イグニートの才能が開花した』と思わせるための演技だったと。
そして奴らが仲間なら、オリヴィアとソフィアがコーネリアのためなら己を顧みない性分であることも、暴力をチラつかせても怯えるどころか却って向かって来る胆力があることも、コーネリアを盾にすれば手が出せなくなることも伝わっているだろう。
彼女らが私に声をかけたことと、さらにコンラートが付いて来たことまでは想定外かもしれないが、反面、商品が増えたと思っているかもしれない。
「理解できたか? なら行くが」
アロイスは急かすように腰を上げる。
釣られるように、慌ててオリヴィアとソフィアが立ち上がる。
これ以上は引き延ばせない。
しかし彼らがイグニートの仲間で私たちを騙していると言う証拠はない。
オリヴィアたちを引き留めることもできそうにない。
どうする?
「やはり危険です。きっと今頃はバルトガー侯爵家からも捜索隊が出ているでしょうし、彼らはそちらに協力してもらえばいいのではありませんか?」
コンラートが耳打ちしてくる。
限りなく黒に近いグレーと一緒に行動するなんてミイラ取りがミイラになるだけだ。
しかし彼らの新たなターゲットがオリヴィアとソフィアであるのなら、半乳たちの悪態どおり私に価値がないのなら、彼女らを返した時点でこの話はなくなる。申し訳ないがイグニートたちをおびき出すための餌役を担ってもらわねば。
「コンラート」
私は義弟を引き寄せ、同じように耳打ちを返す。
「悪役令嬢はこんなところでは死なないから心配は無用。でも攻略対象はその限りではないの。だからあなたはアロイスたちがイグニートと合流することを捜索隊に伝えて」
「伝えたところでどうやって先行した義姉上たちに合流するんです?」
「だからディナエルを貸して頂戴。クマ同士なら情報を伝え合うことができるのでしょう? ディナエルの居場所はフォルッツから聞いて」
「ですが」
「それに私にはチートクラシャーがあるわ。いざとなれば全員クマにするからディナエルを危険な目に合わせたりはしません」
私の提案にコンラートはただ歯噛みする。
納得していない。ディナエルを危険な目に遭わせると思っているのか、私に何かあれば見逃した自分が咎められることを懸念しているのか。
いや。
「それだけですか?」
それだけではない。
私が隠している本音に気付いている。
やれやれ。勘のいい男は嫌いだわ。
「……これは乙女ゲームのイベントなの。私の目の届かないところで私の知らない破滅フラグが立つのは困るのよね」
イベントならマツリカが出て来る。
とすれば、此処に残っている攻略対象──コンラートも兄もクリストファーもテオルクも──が彼女とフラグを立てることはなく、私も彼らの好感度を気にすることなく動けると言う算段だ。
顔を歪めたまましばらく沈黙していたコンラートは、しかし他に策が思いつかなかったのだろう。
諦めたようにひとつ大きなため息を吐くと、ポケットからディナエルを掴み出し、私に押し付けた。
「「きゃあああああああ!」」
その途端。歓声が上がった。
見れば今まで空気と化していたオリヴィアとソフィアが目を爛々と輝かせている。
「コンラート様がマルグリット様にぬいちゃんをお渡しになりましたわ!」
「ルブローデでは戦場に出られる恋人にぬいちゃんを渡すって噂を、まさかこの目で見られるなんて♡♡」
「へ? あー……」
そう言えばカジウラがディナエルをボロボロにした時、そんな大嘘を吐いたことがあった。その場しのぎと、後々私がぬいを持ち歩いていても違和感を持たれないように、との思惑で。
そのせいで兄が王子たちから人形を押し付けられる被害もあったけれど、その後は噂話にのぼることもなく約一ヵ月……。
「ち、違っ!」
「コンラート様、照れちゃってかわいらしいですわ!!」
「やはり婿養子って噂は本当でしたのね!」
……すまぬ、義弟よ。綺麗さっぱり忘却の彼方に吹っ飛ばしていたわ、その〝風習〟。
私は心の中で詫びる。
でも、文句を言うか怒るか嫌味を言うかの義弟がアタフタしている様は、申し訳ないが面白い。
エロブブリンとはこの世界にいるブタ似のモンスターです。
ファンタジーで言うところのゴブリンやオークのようなものだと思ってください。




