56 悪役令嬢、半乳と喧嘩になる。
「コーネリア様が大事な親友だったとしても、素人が首を突っ込んでどうにかなる事件ではありませんよ。相手は人間です。トカゲとは違うんです。第一、そうやってホイホイ出歩いていますけれど、引き籠りじゃなかったんですか!?」
コンラートは一息にそう言い放つ。
出会った当初から遠慮とは無縁だったし、歯に衣着せぬ発言と言えば好意的に聞こえなくもないけれど、正論は耳に痛い。
自分で自覚していれば尚更のこと。
私が引き籠りであることは義弟に言われるまでもない。しかしそれは無理やり連れ出されるからで、私が自発的に出歩いた分は一割にも満たないはずだ。
私が嘘を言っているような表現をされては困る。
今回のことだって正直に言えば行きたくないのだ私は!
いくら悪役令嬢がこんなプチイベントでは死なない、ざまぁ展開も人生に関わりそうなのは〝ヒロインは攻略対象と幸せになりました〟の直前にしか起きないのだから、と言っても、それが本人のやる気と=にはならない。
今現在の状況を冒険者風に言えば、体力と魔力が限界だから宿屋へ帰ろうと思った矢先にボーナスステージが登場したようなもの。
そこで回復薬を飲んででもクリアしようと思うのがコーネリアとソフィアで、疲れたから後で、と撤退するのが私。悪役令嬢に華々しい活躍などいらないのよ!
だから止めてくれるのは素直に助かる。
歴とした捜索隊が出るのならいいが、オリヴィアとソフィアのような素人が出て行ったところで無事に帰れる保証はない。
どうせイベントに関わらざるを得ないのなら攻撃力も防御力もフルに上げて行きたい。美味しいところだけマツリカに掻っ攫われる結末は御免だ。
「あなたがたもあなたがたです。コーネリア様が大事なのはわかりますが、だからと言って義姉を危険にさらしていいことにはならないでしょう!? さっきから聞いていれば〝親友だから、親友だから〟って、親友だったら何だって言うんですか。親友だったら自分が売られる側にされるかもしれない場に乗り込まないといけないんですか? 親友だったら素性もわからない冒険者の言うことを鵜呑みにして、行き先すらわからないまま連れて行かれないといけないんですか!?」
私に対しての鬱憤は晴らし終わったのか、コンラートの怒りは今度はオリヴィアたちに向いている。
身分的にはこちらのほうが上だから文句を言われることはないけれど、そんな頭ごなしに怒らなくても。
第一、ディナエルがコーネリアの立場だったら考えなしに突っ走るくせに、と思わなくもなかったが、聞く耳持たずに突っ走るイノシシそのものだった彼女らにはこれも良い薬だろう。
彼女らの実力のほどは知らないが、もしアロイスが味方のふりをした敵だった場合、ミイラ取りがミイラになる率は非常に上がる。
アロイスが正真正銘の味方だったとしても、イグニート側の戦力が不明な今、ミイラにならないとは決して言えない。
制止する者は何人いてもいい。
「言いたくはありませんが、コーネリア様のそれは自業自得なところもありますよ。少なくとも彼女を救出するために誰かが犠牲になるべきではない。義姉は論外ですが、あなたがたもです」
『義姉は論外』とはどう言う意味だ?
モニョっとする私とは逆に、オリヴィアたちは頬を染める。
コーネリアの護衛として自らを犠牲にしてでもと奮起し、またそう行動することを望まれていた彼女らだ。黒薔薇の貴公子(他称)から『あなたたちは犠牲になるべきではない』なんて言われればその反応は、まぁ、わからなくもない。
わからなくはないが……義弟よ、その『論外』は義姉なら犠牲になってもいいと、そう言う意味じゃないわよね??
「ぎ、犠牲になろうだなんて思ってもいませんわ!」
「そうですわ、私たちはただ、」
オリヴィアとソフィアは口々に否定する。
するが、目が挙動っている。明らかに心が揺れ動いている。
さすがはヒロイン最推しの攻略対象。
第三者立場の女にまで効果があるのか!
コンラートの新たな利用価値を知った。
ただ先ほどの『論外』と、私がいくら止めようとしても効果がなかったのにコンラートが言っただけでどうして? と言うふたつがモニョモニョと……いや、細かいことを言うのはやめよう。
「思わなくてもなる可能性はあります。現に昼間、酒場に突っ込んで何をされました? 助けに行ったあなた方に何かあったら、コーネリア様は、ご家族はどう思うでしょう」
そう。
コーネリアの護衛ではあるけれど、その前に彼女たちは伯爵令嬢と子爵令嬢。
人身売買のおそれがある場に乗り込むなんて知ったら全力で止めに来る誰かは確実にいる。なのに誰も止めに来ないのは、彼女らが〝このことを誰にも知らせずに動いている〟ことの裏返しに他ならない。
「あと、」
「言いたいことはわかったし彼女たちにも届いているわ。もういいでしょう?」
私はなおも言い続けたそうな義弟を制し、オリヴィアたちに向く。
仕切り直し、と言う奴だ。
「私かが確認したいのはひとつ。その方──アロイス様と仰ったかしら? 彼は真に信用できる方ですの?」
今現在、はっきりしているのはコーネリアが行方をくらませたと言うことと、アロイスがイグニートの元・仲間だったと言うことだけだ。
コーネリアがイグニートと駆け落ちしたとか海外に売られそうだとか、それらは憶測の域を……憶測と、そしてアロイスの言を越えない。
「いくら何でも行き先も素性もわからないまま付いてこいと言うのは乱暴が過ぎますわ。急かすのもこちらに考える猶予を与えないためかもしれないし、イグニートに詳しいと言うのも何処までが本当やら。全面的に信用するための免罪符にはなり得なくてよ?」
「でもこの方は先日、イグニートを仲間から追い出していましたわ! イグニートの味方と言うことはありませんわ!」
「それが演技ではないと何故言えて?」
アロイスは先日、イグニートをパーティから追放していた。
私もオリヴィアもソフィアも、その一部始終は確かに見た。
つまりそれまでは同じパーティだったと言うことだから、他の冒険者たちよりは詳しいだろう。
けれど、どう詳しいのか。
私たちが期待する『詳しい』はイグニートが懇意にしている者の名前や顔、出入りする店や地の利がある場所など。好きな食べ物、女の好み、逃げ足の速さや趣味特技……そんなものに詳しかったところで何の意味もない。
コーネリアが侯爵令嬢であることも、ぬいカフェに度々訪れることも、あのあたりの人々にはよく知られていた。
彼女がクリストファーをどう思っているかは〝クリス様〟を見れば一目瞭然だが、もし見る機会がなかったとしても第三王子似の男が目の前で困っていたら放ってはおけまい。この国の貴族令嬢なら。
あの時、私は『イグニートは自分の顔の価値を知っていながら使わない。だから信用できる』と思った。
だが、言い換えれば『自分の顔の価値を知っていて利用したのなら、信用に値しない』。
アロイスもその仲間なら同様に。
オリヴィアとソフィアは眉を寄せてアロイスを振り返る。
私の言い分に彼がつむじを曲げて、
『だったら協力しねぇよ。あばよ!』
と見捨てるのではないかと心配なのだろう。目の前で信用できないなどと言われているのだから、それは普通の反応だ。
私としてもイグニートへの直行ルートを失うのは惜しい。
がその前に、その道に罠が仕掛けられていないかを確認しなければ、結果的に迂回するより時間をロスすることになる。
だが。
「まぁ、そう思いたくもなるわな」
アロイスは自嘲気味に笑うと頭を掻いた。
あら、思ったより素直な好青年、と錯覚しかけるも、その錯覚を打ち破る勢いで彼の両腕から生えた半乳、もといアロイスの腕にしがみついたままの女冒険者ふたりが噛みついて来る。
「何言ってんのよこのツリ目女! アロイスはね、あたしたちをイグニートから守ってくれたのよ!?」
自分の乳を押し付けるほど媚びている男に対して『信用できない』と言ったのだ。
妄信しているのならこれくらいは普通の反応だろう。
これで怒るほど私の心は狭くない。
「そーよ、あたしたちもイグニートに売られるところだったんだから!」
それにせっかくアロイスが素直に説明してくれそうな雰囲気だったのだ。
迂回ロスを防ぐためにも、半乳と同じ土俵に立つのは愚かなことでしかない。
「だからそうならないようにって親切で手を貸してあげようってのに、何なのこのツリ目!! 根性曲がった顔しやがって!」
外見を責めて来るのは内面で勝負しても負けるとわかっているからだ。
学のない、頭の悪そうな煽りに反応していては辺境領主になどなれない。我慢、我慢。
「そっちのおニィさんは需要があるって心配してたけどさ、あんたみたいな性悪女、誰も買いやしないわよ!」
我慢。
「お高くとまったお貴族様をいたぶって、這いつくばって足を舐めさせるくらいの楽しみならあるかもね!」
我慢。
「って言うかー! あんたに舐められるくらいならペルフェンに舐められた方がましってやつー!?」
「はあ!?」
我……ペルフェン!?
よりにもよってペルフェンだと!?
あの馬糞みたいな見た目と臭いで、緑色の長い舌で地中の虫を食べるしか能のない、魔石も取れなければ肉も不味い、骨も毛皮も使い道がない、あの〝存在自体が無駄〟と言われているペルフェン以下だとぉぉぉぉおお!!
「もう一回言ってみるがいいわ! そのペルフェン並に動く舌を引っこ抜いてやるから!」
「えーえー言いますともー! ペェェルゥゥゥ──」
「義姉上!!」
「やめろってお前たち!」
コンラートとアロイスに止められ(物理)なかったら、取っ組み合いの喧嘩になっていたに違いない。




