55 悪役令嬢、またしても巻き込まれる。(☆)
オリヴィアたちとは三時間ほど前に別れたばかり。
私が〝クリストファー殿下とラブラブ読書タイム♡〟で終わったその時間、彼女らは状況を説明したり、怪我の治療をしたり、汚れた服を着替えたり、それどころか警備隊詰所やバルトガー侯爵邸に赴き、またそれぞれの家に帰る時間も必要だったであろうのに、いろいろと仕事が早すぎやしないだろうか。
いや、仕事が早いこと自体は美徳だ。
伯爵令嬢、子爵令嬢と言う肩書がなければうちに欲しい、ってまた脱線した。
そんな風で私よりずっと多忙だった彼女らが、もうあとは家で『今日はお疲れさま、私』と自分を労って終わればいいだけの彼女らが、わざわざ再訪するなんて余程の緊急事態と見た。
何が? とは言うまでもない。
「コーネリア様に何かありまして?」
理由はひとつ、コーネリアだろう。
ふたり揃って来ていることでも、どちらか片方の案件などではないと窺える。
「そうですの。ああ、マルグリット様! どうしたらいいのでしょう!」
オリヴィアとソフィアは憔悴しきって、それでいてソワソワと落ち着かなげに私の両腕に縋っている。
傍目から見れば両手に華、イグニートを追放した青年と同じ。
男なら羨ましいと思うシチュエーションじゃないの!? と何気なくコンラートを見れば……羨ましいどころか『これ以上厄介ごとに首を突っ込むな』とばかりに口元を歪めている。
「……どうしようもないわね」
「「ええっ!?」」
「あ、こちらの話ですわ」
つい口をついて出てしまった言葉にオリヴィアとソフィアが崩れ落ちかけ、慌てて訂正する。
芋とカボチャとディナエルしかいない世界で少年期と青年期を過ごしたコンラートに、女とイチャイチャできて羨ましいなんて感情があるはずがなかったのよ。うん。
「まずは落ち着いて。何があったのかご説明なさって」
私はやんわりとオリヴィアとソフィアから腕を取り戻し、ソファへ促す。
「義姉上」
「おふたりはわざわざ私を頼って来て下さったのよ。話くらい聞くのが礼儀と言うものでしょう?」
コンラートには悪いが、これはどう考えてもイベントだ。
今のところは〝イグニートのわくわく玉の輿物語〟でしかないが、こう何度も私を巻き込んでくる時点で何もないとは思えない。
もしやこれは〝クロスオーバー〟というやつか?
私はマツリカのストーリーの悪役令嬢であると同時に、イグニートのストーリーではハッピーエンドの邪魔をするヒロインの幼馴染みAまで割り振られているとか!?
待て!
こうも無断であちこちに引っ張り出すつもりなら、出演交渉くらいしなさいよ、と文句のひとつも言わせて頂きたいのだが!!
と、荒ぶったところで何も変わらない。早急に対策を考えねば。
今回の件がただのクロスオーバーならいい。
しかしこれも乙女ゲームの一部なら、この先の何処かでマツリカが出張って来て好感度を爆上げする可能性、もしくは私が糾弾されるきっかけとなる何かが起きる可能性は非常に高い。
マツリカが事件をおさめて好感度を上げるだけならまだいい。
後者なら──ここで『私は関係ない』とオリヴィアたちを撥ね退ければ、その後、コーネリアの身に惨事が起こり(最悪の場合は死)、それを見捨てた、見過ごした、と槍玉に上げられることだろう。
悪役令嬢に罪を擦り付けるつもりならコーネリアを害した犯人が『主犯はマルグリット・ルブローデだ』と言い出し、皆がそれを鵜呑みにすると言う線もあり得る。
その場に私がいれば、誹謗された時点での対処もできるだろう。
だが、私の与り知らぬところで収拾できないほど広がられたら?
火種なら踏みつけて消せるけれども、森林火災にまで発展したらひとりの力ではどうにもならないのと同じように。
ここで断ったところで、どうせ後で巻き込まれる。
だったら最初から前向きに関わっていったほうがいい。
関わって、とにかく『犯人と私は何も関係がない』、『私は加担していない』、『私は被害者』だとアピールしていかなければ。
「で、何があったの。緊急のようだから端的にお願い」
「コーネリア様がイグニートと駆け落ちしてしまったのですわ!」
「待って。詳しく」
オリヴィアとソフィアが言うには、イグニートに助けてもらったことでコーネリアは完全に彼に陶酔してしまったらしい。
『恋する乙女は命がけで助けに来る男に弱いのよ』と言ったばかりだが、鉄板が過ぎる。
巷で流行っている恋愛絡みの物語ではそんなヒロインのことをチョロインと呼ぶらしいが、これはクリストファーへの片想い期間が長かった上に何処の馬の骨とも知れない女にあっさり奪われた反動だろうか。
もちろん侯爵は反対した。
オリヴィアたちも、護衛さん'sも反対した。
バルトガー家の使用人までもが総出で反対した。
それがかえってコーネリアに火を点けたのか、彼女は部屋の窓から出て行ってしまったらしい。時同じくしてイグニートも姿を消し……これだけ揃っていてはふたりが別行動を取っているとは考えづらく、『駆け落ちしたのではないか?』と推測されても、まぁ仕方ないと言えよう。
あの令嬢オブ令嬢なコーネリアがそこまで大胆な行動に出るなんて、心の中の〝クリス様〟のせいなのか、恋は人を変えるのか。
ともかく最近のコーネリアはイグニートを贔屓しすぎるせいで身持ちの軽さを疑われている。
駆け落ちしたなんて世間に知られたら嫁ぎ先すらなくなる。
「でも何故私に?」
しかしだ。
そもそもそう言うことは一介の引き籠り辺境伯令嬢に言うよりも、バルトガー侯爵家の優秀な護衛さん'sで対策を練るか、私兵を動かすか、数時間前にお世話になったばかりの警備隊に相談するかetc.が妥当だと思うのだが。
私が吹聴して回らないと何故言える?
強請りのネタにしないと何故言える!?
私、これでも悪役令嬢ですのよ!?
「マルグリット様はコーネリア様の親友ですもの。きっとお力を貸して下さいますわ!」
何故!!!!
私はオリヴィアとソフィアの陰りのない目を避けるようにそっと視線を背ける。
今ばかりは純粋な信頼が辛い。
これも世界の歪みの影響なのだろうか。
乙女ゲームや勇者の無双物語に限らず、少年少女が心を躍らせる創作物は大抵、本来の立場に関係なく理不尽に登場人物をイベントに引っ張り出す。
そのせいで公爵令嬢だ王子だ宰相の息子だと言ったそうそうなる面々が探偵のように歩き回って謎を解いたり、犯人がアジトにしている一軒家に忍び込んだり、海賊船に乗ったり、角材で殴り合ったり、性別を偽って違法賭博の会場に潜入したりするのだ。
その間、その手の専門職は何をしているんだよ、と思いたくなる勢いで。
だからきっとこれも同じだ。
誰のストーリーかは関係ない。ただ、そのストーリーに私が強制参加させられているのは間違いない。
「そうね、これも──」
「義姉上、まさかお引き受けするつもりでは? 名指しで助力を頼まれれば力を貸したくもなるでしょうが、自分の力量を越えた案件は首を絞めるだけですよ」
しかし。
「乗り掛かった船」と言いかけたところで、後ろで黙って聞いていたコンラートが口を挟んで来た。
此処にまで付いて来たのはこうなることを予測していたのだろう。それらしいことを口にしていたし。
「酒場でのことを忘れたわけではないでしょう?」
私が怪我もなく帰って来られたのは偶然でしかない。
オリヴィアやリカルドの負った怪我は一歩間違えば私が負うものだったかもしれない。
あのまま男どもの慰み者になっていたかもしれない。
それはわかっている。
私だって好き好んで厄介ごとに首を突っ込んでいるわけではないし、むしろ正義の味方役はヒロインたるマツリカに任せたい。
けれど、そうも言っていられないのだ。
理由は長々と並べた後だから端折るけれど。
「コンラート。私の身を案じてくれるのは嬉しいのだけれど」
でも初対面であれだけ敵対してきたあのコンラートが私を心配する日が来るなんて……この胸にこみあげて来るものは感無量とかいう感情だろうか。
どうせ本当に心配しているのはディナエルで、コンラートはそんなディナエルの不評を買いたくないから一緒に心配してみせているってだけだろうけれど、でも──。
「いえ。私が義姉上の暴走を止められなかったと義兄上が知ったら、今度こそ命がない気がするので」
「……そっち?」
しかし。
あっさりと理由を暴露したコンラートに浮かれかけた気持ちは一瞬で落下し、粉々に砕け散った。
どうも義弟の関心は私よりも兄らしい。
いや、関心と言っては語弊があった。苦手、もしくは勝てない、無視できない相手と言うべきか。
自分はそうではないのに相手は自分を目の仇にしている。だからこれ以上嫌われないようにしたい。できれば関わりたくない、そっとしておいてほしいと言う感情が透けて見える。
「とにかく一刻も早くコーネリア様の身柄を確保するのが先決ね。オリヴィア様、ソフィア様、コーネリア様の行き先に心当たりはあって?」
「話聞いていましたか義姉上!!」
だが許せ義弟よ。
私はこのイベントに関わらなければならないのよ!
「そのことなのですが」
オリヴィアたちは、つい、とソファから立ち上がる。
立ち上がり、窓の外を指し示す。
「有力な助っ人を外に待たせておりますの。マルグリット様にも一度お目通り頂きたく」
「助っ人?」
「ええ。イグニートの動向に、多分誰よりも詳しい方ですわ」
陽の落ちかけた外は黒ずんだ橙色。
指し示した先にいるであろう人も、此処からは見えない。
正門の外に出ると、あたりは夕と闇が混ざり合った微妙な明るさに満ちていた。
王城に近いこのあたりは貴族の屋敷が多いせいか、肉を焼く匂いがあちこちから漂って来る。夕餉の支度をしているのだろう。
だが闇に閉ざされるのは時間の問題。
そうなれば兄も帰って来るわけで。学園の敷地内に入って来られない〝誰か〟と会っているところなんか見られたら、またしても機嫌を損ねることは間違いないわけで。
私はオリヴィアたちに促され、すぐ近くの路地を曲がる。
と、イグニートを追放した例の青年&あの時も両脇にいた半乳の女冒険者ふたりが待っていた。
「……俺たちの昔の仲間がとんでもねぇことをやらかしてくれたみたいで申し訳ねぇ」
「えー、アロイスは何も悪くないじゃーん!」
開口一番、謝罪を口にして青年は私に頭を下げる。
その青年の腕に貼りついた女たちは、しかし、青年が九〇度近く腰を曲げても微動だにしない。
もしかしたら彼女らは彼の腕から生えているのかもしれない、なんて怖い想像が頭をよぎった。が、しかし、本当に怖いのはそんなものではなかった。
「挨拶とかは道中で話す。行くぞ」
アロイスと呼ばれた青年は私たちが合流したと見るや歩きだしたのだ。
半乳も、オリヴィアたちもその後に続く。
「え、ちょっ」
自己紹介も、何処へ行くつもりかも、何をするつもりかも説明なし。
それどころか考える暇すらない。
「早くしねぇとそのお嬢様、外国に売られるかもしれねぇ」
「はあ!?」
ちょっと待て!
人身売買案件ですか!?
そんなものは警備隊にお願いするほうがいいのではありませんか!?
一介の辺境伯令嬢と伯爵令嬢と子爵令嬢に何ができると言うのですか!!
どうせ強制参加されられるのなら率先して参加したほうが、と言ったばかりだが、さすがに引く。
これは万が一にも私たちも商品になる可能性がある。
実はアロイスは今でもイグニートの仲間で、コーネリアを餌に、その友人たる世間知らずな貴族令嬢を数人捕まえるつもりで。
まぁこちらは非力とは言えない武闘派女子ばかりだから無抵抗とはいかないけれど、それでも現役冒険者を三人(もしくはイグニートを含めて四人)相手にするのは分が悪い。
「「行きましょう! マルグリット様!」」
けれどオリヴィアたちは行く気満々だ。
まぁ、悪役令嬢がこんな中途のイベントで退場することはないから私は無事だろうけれど、これはちょっと良くない流れではないですか?
「待って下さい。私も行きます」
路地を出たところでコンラートが私たちに追いついてきた。
応接室を出たところから姿が見えなかったのは私の鞄を部屋に置いてきたからだろうか。手には何も持っていない。
口をついて出た台詞はオリヴィアとソフィアの意気揚々とした様と戸惑う義姉、そして見覚えのない男女三人と言う組み合わせに警戒の色を濃くしてのものだろう。
手ぶらだがポケットにはディナエルが入っているだろうから、そう思えば心強い。
でも。
「帰りなさいコンラート。危ないと言うのならディナエルだけ貸してもらうわ」
コンラートを混ぜる気はない。
今現在、ルブローデの跡取りはコンラート。兄ほど剣の腕が立つわけでもない義弟をこんなよくわからないイベントに巻き込むわけにはいかないのだ。
クマは不死身だし悪役令嬢は最後に断罪されるまで死ぬことはないけれど、攻略対象は簡単に死ぬのよ!?
ああ美しき姉弟愛!
義姉の配慮がわかったのならディナエルだけ置いて去れ! そしてバルトガー侯爵家とうちの兄に連絡を入れてくれ!
だが。
「女性三人を得体の知れない冒険者に預けることなんかできませんよ! それも外国に売られるって、そこまで聞いて義姉上が動く義務あります!?
いいですか、義姉上みたいな気位ばかり高いくせに手の付けられない暴走女にもコアな需要はあるんです! 売れるんです!!」
義姉の心義弟知らず。
キレられた。
ついでにさらっと失礼なことを言われた。何故だ。
挿絵は神崎柚様(https://www.pixiv.net/artworks/55065953)のフリー線画素材をお借りして着色だけしたものです。




