46 悪役令嬢、ぬいママ会に参加する。(☆)
私ことマルグリット・ルブローデは今、城下町に来ている。
さすが王都と言うべきか、建物の階層も店や人の数もルブローデとは比べ物にならない。
これを見る前に、
『ルブローデもそれなりに発展しておりますわ』
とか言わなくてよかった。
自慢ではないが彼の地は国交の拠点。あのあたりで隣国に行くにはルブローデを通るしかないので人や物資の行き来も多く、決して田舎とは言えない。
でも此処は格が違う。
前述の発言も井の中の蛙、田舎者丸出しだと今なら言える。
「マルグリット様! 遅いですわ!」
私の少し先でコーネリアが振り返る。
ルブローデに比べると彼女の実家があるバルトガー侯爵領は結構な田舎、もとい田園地帯だ。肥沃で広大な土地のおかげで貧しくはないが、田舎度だけでいけばオーエンといい勝負。
しかしコーネリアは王都に馴染んでいる。地理にも詳しい。『生まれも育ちも王都』と言ってもおかしくないくらいに。
これは入学してからの一ヵ月、毎日取り巻きを連れて街に繰り出していた成果と言うだけではないだろう。生まれてから今日に至るまでの社交スキルの差が表れているのだ。
私が一ヵ月間、同じように街に繰り出したとしても、ここまで馴染むことはない。
「マルグリット様、マルグリット様! 此処がぬいちゃんカフェですわ!」
年頃の女子学生らしい笑顔を私に向け、コーネリアは一軒の店の前で手招きをした。
行き交う人々には私の名が周知されたことだろう。
とは言え、引き籠りの辺境伯令嬢の知名度は貴族の中でも底辺だから、庶民の皆様の中に『マルグリット』で私の素性を当てる者はいない。
逆に名乗ってもいないコーネリアは庶民の間でも有名人らしい。さすがに侯爵令嬢に声をかける度胸のある奴はいないようだが。
今日はコーネリア主催〝ぬいママ会〟の会合。
ぬいを持ち寄ってお茶をする、女子力の高そうな集まりだ。入学以来ずっと避けて来たけれど、先日、とうとう捕まってしまった。
店の外観は他の小洒落た店と大差ない。
ショウウインドウには季節感溢れるケーキが並び、その脇に小さな人形がめいめいフォークを持って立ってはいるけれど、ケーキを売りにしたカフェの飾りとしては普通だろう。
けれど中は違う。
決して多いとは言えないそれぞれのテーブルには堂々とぬいが居座っている。
壁紙はクマだし、壁際には座りきれなかったぬいたちがギュウギュウ詰めに座って私たちを監視する。カフェにしてはキラキラしいシャンデリアからはウサギが見下ろしている。
このカフェは〝人形と一緒にくつろぐ〟をコンセプトにしている。
ちなみに隣はコーネリア御用達のカスタムドール専門店。十中八九オーナーは同じだ。
〝一緒にくつろぐ〟だけあって人形用にサイズダウンしたメニュー(食べられる)があり、あちらこちらのテーブルでお嬢様がたが「あーん」させている光景が見られる。
言うまでもないが食べさせる真似をしているだけだ。クマッティたちのように本当に食べたりはしない。
店内の半分は人形サイズの街並みや部屋(各種背景と呼ぶらしい)が設えてある。
大の大人(もちろん子供も可)が人形片手にままごとに興じている。
カフェや大広間、寝室などの定番から、どんなシチュエーションを想定したのか、棺桶やアイアンメイデンの模型が並ぶ部屋まで。お嬢様がたはそんな背景に合わせ、自前でいろいろな衣装を持ち込んでいる。
ぬいのあの指すらない手に鞭を持たせるには、透明な輪で止めればいいらしい。勉強になる。
常駐している絵描きに頼めば、自分と人形の似顔絵も描いてもらえるそうだ。
一番人気は生きているように描かれた人形と自分との恋愛シチュエーション。通称〝夢絵〟。
……この界隈、奥が深い。
私たちが通されたのはそれらのテーブルとは距離を置いた半個室だった。
会合を開くのにちょうどいいと言うか、怪しい壺を売るのに最適と言うか、逃げられない空気を感じる。
「そうそう。これ、頼まれていた本ですわ」
席に着くなりコーネリアは一冊の本を取り出した。
見覚えがあるような、ないような、な皮張り装丁のその本は〝血塗られた叛逆〟。
正式には『愛と欲望の課外授業24時』と言う成人指定にしか思えないタイトルで、闇落ちしてラスボスになる数学教師が世界を滅ぼそうとするファンタジーだとは全く連想できない。
しかしこの本こそがフォルッツ曰く、マツリカをヒロインとする今回の展開に酷似した攻略本。今度こそは読み切らねば。
箔押しのタイトルを凝視しつつ意を決する私に、コーネリアは子供を見る親みたいな視線を送って来る。
「マルグリット様が興味を持たれて嬉しいわ。これも身近に素敵な殿方がいらっしゃるからかしら」
「素敵な殿方?」
〝素敵な殿方〟とは誰だ?
私の身近にいる”殿方”と言えば、怪しいクマと怪しいクマと純朴なクマ。ツンデレな義弟とサイコパスな兄。あとは仕事嫌いな三十路に脳内お花畑の王子に絶賛失踪中の勇者……と、どうにも〝素敵〟とは縁遠いのだが。
首を傾げる私に、しかしコーネリアは意味ありげな微笑を浮かべるばかりで。
「コンラート様もいらっしゃればよかったのに」
〝素敵な殿方〟が誰かを明かす気はないようだ。
さてこの場合、どう返すのが正解だろう。
『次は連れて来ますわ』
は、ごく一般的な模範解答。
M気質のコーネリアが喜ぶように、と考えれば
『こんないかがわしいタイトルを読むだなんていけない子ね。貴族令嬢として恥ずかしくなくって?』
くらいは言うべきだろう。
前後の文脈は全く繋がらないが、それを覆すSっぷり。
だが実技演習で気力を使い切ったまま未だ回復していない私にはその先の展開を予測することができない。
予測できなければ、かつてのお茶会の時のように落第点な返答で失望させるだけ。
それは避けたい。
不本意だが模範解答を舌に乗せる。
と、コーネリアはあからさまに気落ちした顔をした。
コンラートは今回、留守番をしている。
留守番と言っても大人しく寮にいるわけではない。調べものがあると言っていたから今頃は図書館にでも行っていることだろう。
一時的とはいえマツリカが学園を去り、カジウラも退学した今、攻略対象たるコンラートを終始目の届くところに置いておく必要もない。マツリカがいる神殿にさえ足を向けなければいい。
と言うことでの束の間の自由行動。
嫌味スイッチな義姉の顔を見なくて済む、と今頃は羽を伸ばしているに違いない。
代わりと言うわけではないが、私はディナエルを取り出した。
ペトラを前に暴走した前科のあるクマッティとフォルッツを、女しかいない空間に連れて来るわけにはいかない。
ので、彼らは前宣言どおりテオルクに貸し出している。
渡す時に、コーネリアとぬいカフェに行けるとウキウキ気分でいたらしいふたりが「えっ……」みたいな目を向けて来たけれど、私は何も見ていない。
「この子がマルグリット様のぬいちゃんですの?」
出すと、コーネリアは興味津々にディナエルを覗き込んできた。
ナイスだ過去の私! クマッティなら若い娘の顔が至近距離に近付いた時点で確実にボロを出していた。
「いえ、ディナエルはコンラートの、」
「コンラート様の代理ですのね。……よくいらしたお客人。我が家だと思ってくつろいでくれたまえ」
「ヨ、ヨロシク」
突然の振りにディナエルの胴体をペコっと曲げて挨拶を返したものの、これがデフォなのか!? このノリで数時間過ごすのは拷問なのだが!!(主に羞恥面で)。
わかる。ライフポイントがゴリゴリ削られていくのを感じる。
そんなコーネリアの手には何時出て来たのか、銀髪の人形がある。
先ほどの『よくいらしたお客人~』は彼の台詞だろう。
背丈はディナエルの倍はあるだろうか。兄が持っていた〝ランドルフくん(仮称)〟と同じ、顔がリアルなカスタムドールだ。
が、その顔にどうにも見覚えがある。
「……コーネリア様。この……子、の名前は、クリスくん、だったりしまして?」
カマをかけて尋ねると、コーネリアは耳まで赤くなった。
髪が赤茶でドレスがピンクだから、いい具合に赤系グラデーションになった。どうでもいいけれど。
「や、やぁだぁ♡ どうしてわかりましたの?」
そして有難いことにコーネリアが素に戻った。
とは言え、いつもの私に対するコーネリアではない。これは──。
「ええと、それ以外が思いつかなかったと言うか」
──これは、恋する乙女モードのコーネリアだ。
クリスくん。
そう。コーネリアのドールはクリストファーにそっくりだった。
辛うじて髪と目の色は違う。
けれど王族を模した人形を作るなんて不敬にもほどがある! と言われるのを回避するために色を変えているようにしか見えない。
この手の人形の髪はカツラのように頭に被せるだけだし、目は後頭部を外せば交換可能。
手間がかかるから頻繁に交換するのは現実的ではないけれど、長期休暇にバルトガ―侯爵領に遊びに行けば〝クリスくん(真実の姿)〟を拝めるかもしれない。
「ぬいママ会にマルグリット様が来るのよ、って言ったらクリス様がどうしても来たいって言うものだから♡」
そこはクリス様なのか!?
いや、何も言うまい。本人を前に「クリスくん」と口走る可能性は低いほうがいい。
それよりも「どうしても来たい」って、まさかとは思うが〝クリス様〟も喋るのだろうか。
実は人形として愛でるためによく似た誰かを魔法で人形に……って、そんな案件がいくつもあってたまるか!
脱線した。
『どうしても来たい』はコーネリアが勝手にそう思っているだけ。〝クリス様〟に意思はない。
そう思いたい。のに。
「ディナエルに会うために一番いい服を着て来たんだよ」
〝クリス様〟の手を振らせながら、コーネリアはまたしても〝クリス様〟に同化している。
今度はどう返せばいい!?
いっそのことディナエルに喋ってもらったほうが楽かもしれない。
が、
「ジークラム建国一〇〇年記念式典の衣装ですわね! とてもよく似合ってますわ!」
「神々しいですわ!」
私より先に、取り巻きのお嬢様がたが連れて来たお姫様と執事の人形が賛同の声を上げた。
お姫様はともかく執事のほうは男だが女言葉でいいのか!? なんて、どうでもいいツッコミが頭の中を横切って行く。
いい歳と身分のご令嬢方が恥ずかしくないのだろうか。
いや、この店ではこのノリが基準なのだろう。むしろ私のほうが浮いている。
現に他のテーブルに耳を傾けてみれば、似たり寄ったりの会話が弾んでいる。
コーネリアはこの店によく来るのだろう。
先ほどの『よく来たお客人』は考えて口から出た台詞には聞こえなかった。きっと瞬時に〝クリス様〟に思考が切り替えられるよう、相当な訓練を積んでいるに違いない。
なるほど。
典型的な貴族のお嬢様だったコーネリアが先日の実技演習で魔法攻撃に出たのも心の中の〝クリス様〟のおかげだとすれば、心の中にいろんな自分を住まわせてTPOに合わせて使い分ける、その新しい人格形成にぬいカフェは役立っているのかも。
例えば引っ込み思案な子や口より先に手が出てしまうような子の人格矯正にも……あれ、ちょっと金の匂いがしてきましたわ。
ちなみにクリストファー(本物)だが、マツリカが神殿に行ってからも真実の愛は未だマツリカであるようだ。令嬢キラーの異名が泣くぞと思いたくなるほど浮名を流すことがなくなった。
相変わらず女性には紳士だが、それだけ。
脈がないのが丸わかりだからか女性陣も無駄にアプローチしてくることが少なくなり、結果、彼の人生初と言っていいくらいに身持ちの固い生活を送っている。
暇すぎて護衛をしている兄に剣技を習い始めた、とも聞いた。
それが『女にうつつを抜かしていた第三王子が心を入れ替えた』と評価をさらに上げる結果につながっているのだから、人生どう転ぶかわからない。
〝何処の馬の骨ともつかない女と何時一線を越えるか知れない危険〟をヒヤヒヤしながら見守っていた上層部にとっても、彼の変化は好評らしい。
「それにしてもマルグリット様のぬいちゃんは作りの良い服を着ていらっしゃいますわね」
ハイティースタンドのケーキも残りわずか。『宴たけなわではございますが』なんて司会者が言い出しそうな頃合いに、コーネリアはしみじみとディナエルを見ながら呟いた。
「やはり戦場にぬいちゃんを持って行くルブローデには良い職人さんがいるのかしら」
実際には職人ではなくメイドだが。
しかし”クリス様”の建国一〇〇年衣装よりも、取り巻き嬢たちの姫と執事よりも、このテーブルに最初からいた片眼鏡のウサギぬいよりも、ディナエルが着ている魔法省ローブのほうがモノはいいらしい。
贔屓目ではなく、第三者の目を通しても。
コーネリアはディナエルとクリス様を交互に見、それから上目遣いに私を見上げた。
「その職人さんを紹介して、いえ、オーダーをお願いしたいわ。手間賃とデザイン料込みで十万でいかがかしら」
待て! 桁が違う!
さすが侯爵家、金に糸目を付けない。
けれど物には適正料金というものがある。
高値を吹っ掛けるのは簡単だが、後日必ずしっぺ返しが来る。
「十万は高すぎで、」
「いいえ! これはもう作品ですわ! 世の中には材料費だけで買い叩こうと言う不届きものがいらっしゃいますけれど、職人の時間と才能にこそお金を払うべき! そうでしょう皆さん!」
「ええ! 言い値でよろしくてよ!」
しかしコーネリアたちと私では価値観が違うようだ。
ガチ勢怖い。
賛同する取り巻き嬢も脊髄反射で頷いているわけではないようだが、この分だとぬい服で家が傾く悲劇を目の当たりにするかもしれない。
他家のことながら心配になって来る。
が、その反面、これなら本当にペトラに店を持たせてもいいかもしれないとも思う。
箱物を用意するのはそう大したことではない。
必要なのは販路、そして人脈。
ルブローデでもいいが、バルトガー侯爵家がついてくれれば無駄に嫌がらせをする同業他社への牽制にもなる。
「実はこの職人に店を持たせようかと検討しているところですの」
「まぁ! 本当に!? お店ができたらぜひ教えて頂きたいわ!」
と……当の職人の意思を確認しないまま新たな商売を打ち立てそうになったその時。
店の外が騒がしいのに気がついた。




