47 悪役令嬢、追放劇を目の当たりにする。
騒ぎはちょうどぬいカフェの前。向かいの酒場兼食事処で起きたようだ。
冒険者なのか、古ぼけたマントを羽織った青年が店の前に座り込んでいる。
その青年の前に、ちょうど店から出て来たのであろう別の青年が立ち塞がっている。乳を強調した衣装の女がふたり、その青年に貼りついている。
「何でしょう、あのいかがわしい服装は」
コーネリアの呟きが聞こえたがわからなくもない。
男はともかく、女の衣装は露出が酷く多い。鎖骨、上乳、下乳、腹、二の腕、太もも、背中…と、夜の街角で客を引く娼婦だってもう少し布は多いだろう。典型的な貴族令嬢のコーネリアが眉をしかめるのも当然だ。
が、女冒険者の衣装は総じてここ数年そんな感じ。いや、それどころか年々布面積は小さくなる一方。
魔法や魔道具の性能が日進月歩の今、あの布面積でも防御がおろそかになることはないのだろうが、乳や腹などの致命傷になりやすい部位をわざわざさらして歩く必要性は何処にあるのだろうか?
人間の女の肌を見てモンスターが弱体化すると言う学説が唱えられたわけでもなし、怪我をしたり毒などを浴びるリスクのほうが高かろうに。
冒険者界隈は男性が多いから男受けのいい衣装のほうがメリットが多い、なんて頭の悪そうな理由だとしたら、自らの能力で勝負しようとしない彼女らの冒険者としての程度まで窺い知れる。
現に目の前の女ふたりも青年を挟むようにしてべったりと貼りついている。
鎧のほうは剣士、ローブのほうは魔法使い(攻撃か回復かは不明)のようだが、対等な冒険仲間なら乳を擦りつける必要などない。
が、そう言う役目で採用されているのなら……納得できなくもない。
カジウラを思い出す。
他人の力を奪い取って無双していただけのエセ勇者だが、能力の出所はともかく実績を出していたのは本当だ。
さぞかし言い寄る女は多かったことだろう。
さて、彼女らの目的はカジウラだったのか、それともカジウラの持つ名声と金だったのか。
他の冒険者を害した罪で投獄されて以降、無罪を主張する女性がひとりも現れなかったと聞くと、後者だったのかもしれない。
口を噤んでしまったのは女だけではない。
彼を養子にしたエアハルト伯はどう思っているのか。
噂ではカジウラを養子にした覚えなどないと言っているらしいが、エアハルト伯本人が言ったのか、噂が独り歩きしているだけなのかは定かでない。
投獄理由を聞けば切り捨てたくなる気持ちもわからなくはないが、こちらもカジウラの才能を買ったのではなく、勇者を輩出した家と言う看板が欲しかっただけなのかと邪推してしまう。
「イグニート! 貴様はクビだ!」
回想にふけっている間にも、女を両脇に侍らせた青年は偉そうに言い放っている。
どうやらマント青年はイグニートと言うらしい。
「何時も何時も後ろから口を出すだけで、戦いは俺たちに任せっぱなし。そんな無能、いらないんだよ!」
「……これは追放モノですね」
「追放モノ?」
聞こえないくらいの小声でポソッと呟いたディナエルに耳を傾ける。
彼が言うには冒険者界隈では今このような追放劇が流行っているらしい。
それこそ乙女ゲームのように、異世界では追放モノも流行っているのかと思うほどの量で。
その多くは後衛の男性冒険者を追い出すと言うもの。
後衛と言うことは回復、防御、もしくは戦闘補助魔法の使い手だろう。長期戦ではどれも必須の職業だが短期戦での出番はほぼないと言っていい。
彼らがこれまで何をしてきたかは知らないが、短期でケリのつく戦いばかりをしてきたのなら、そしてこれからも短期戦しかしないのなら『いらない』と思っても仕方がない。
実技演習時のマツリカではないが、戦闘に参加さえしていれば経験値が入るこの世界。ずっと寄生されているままでは、経験値を稼ぐ側も追放の二文字が頭の中に点滅するようになる。
さらに冒険者パーティには報酬も発生する。
むしろその分配率のほうが──口先だけの後衛に金を渡したくない、など──原因のような気もする。
「巷じゃあ、追い出された奴が実は規格外の能力者で、追い出したパーティがズタボロの転落人生を歩む~って話が多いけどな! お前もそう思ってんだろ? 腹ン中じゃ〝追い出されてラッキー☆彡 これで俺も勝ち組じゃ~ん☆彡〟とか思ってんだろ? なぁ」
「そうなの?」
「ええ、鉄板並に多いんですよ。実は~っての」
そして鉄板並の結末として、追放した側のパーティはボロ負けし、転落していく。
1:追い出した後衛が実は防御力を上げていました。
2:実は攻撃力も上げていました。
3:実はダメージを肩代わりしていました。
4:実は黙ったまま回復していました。
5:実はパーティが不慮の攻撃を受けないように無休で警戒していました。
6:実はとんでもない幸運体質で、放っておいても良いことしかおきません。etc.……と、経緯は様々ながら、人を見る目がなかったが故に〝ざまぁ展開〟のオンパレードになるのだそうだ。
が、こうして羅列してみると、本当に見る目がないだけだったのかが疑問だ。
もし追放された側が仲間に黙ってこっそりそれらを行使していたとしても、当人の職業──〝防衛者〟、〝施療師〟、〝付与術師〟など──は仲間なら知っている事実。
その事実ををスカッと忘れ、さらに最近多いと言う〝追放した側の鉄板なざまぁ展開〟まで知っている上で『俺たち実は(こいつがいなくても)強いんじゃね?』と言う発想に至るだろうか。
当人が黙っていたとしても、そもそもその能力を買ってパーティに入れているのだから戦闘でその力を使うのは当然。
戦いやすくなった、怪我しなくなったのは後衛の彼がいるからだと思わないか?
黙っているから何もしていない、なんて思うだろうか?
第一、カジウラのようにいちいち技名を叫ぶ奴のほうがこの世界では珍しい。
また、仲間に知られないように補助魔法を行使していたとして、その意図は?
自分を追放させるために、追放した後の彼らが転落していくのが見たいがために黙ってそれらを行っていたのだとしたら、私はそんな奴こそ仲間にしたくない。
「どうせなら追放された奴らでパーティでも組んだらどうだ? 最強になれるんじゃねぇ?」
青年はそう言い捨てると、踵を返して店の中に戻っていった。
女ふたりもイグニートを一瞥し、青年に続く。
「……確かに」
「ははは」
イグニートもそうかは知らないが、パーティが組めるほどの人数が〝追放されたけれども実は能力が規格外〟だなんて、後衛担当は実力を隠しておくのが冒険者界隈でのデフォなのか!?
実力を隠している──無能にしか見えない奴とパーティを組もうと思う奇特な冒険者はそんなにも多いのか!?
後衛職の全員が実力を隠しているから誰を選んでも同じ、とか?
そんな博打を打つくらいなら攻撃特化の前衛を選んだ方が確実じゃないか。
この展開、どうにもカジウラ、マツリカに続く異世界転移第三弾のような気がして来た。
クマッティは『他の世界から人を連れて来るのが神々たちの間での流行り』と言っていた。
言葉どおりに取れば第二、第三~第十のトラウラが今も誰かを召喚し続け、この世界のあちこちで〝乙女ゲーム〟や〝俺TUEEE勇者〟や〝追放されたけれども実は最強〟が爆誕しているのではないか!?
カジウラのサクセスストーリーに私が直接かかわらなかったように、イグニ―トのストーリーも私の関係ないところで勝手に進んで行くだろう。むしろその率が高い。
が、こうも〝鉄板化したナントカ〟がいろいろ出て来ると、転移者よりも先に神々をどうにかしたほうがいいような気がして仕方がない。
「私、〝悪役令嬢〟よりも〝神殺し〟の異名をとってしまいそうだわ」
「……何を考えていらっしゃるのか、とてもよくわかる気がします」
思わず呟いた呪いの言葉に、ディナエルも深く頷く。
お互い、転移者とそれを連れて来た神のはた迷惑な俺様ストーリーに巻き込まれた身。理解できるものがあるのだろう。
そうこうしている間にも、座り込んでいたイグニートはゆらりと立ち上がった。
宿に帰るのか、パーティ解消をギルドに報告するのか、悲しみのあまり街を出るのか。
トボトボと歩いていく後ろ姿には哀愁が漂う。
騒ぎに集まっていた人々も、新たな展開がないと知ると散り散りに散っていく。
窓から固唾を飲んで見守っていたお嬢様がたも、自分たちの世界に戻っていく。
〝パーティを追い出されたのは気の毒ではあるけれど、自分とは関係ない。〟
大方のスタンスはそうだろう。
私だって、転移者かもしれないと思うと素直に同情などできない。
それに私は悪役令嬢。困っている人を助けるのは聖女の仕事だ。
ちょうど神殿にいることだし、困っている弱者に手を差し伸べるがいいマツリカよ。聖女らしいことは何もしていないのだし、少しは働け。
そう思って戻ろうとした私とは逆に、コーネリアは扉を開けて外に出て行く。
「仲間を大事にしないだなんて酷い方ですわ! きっとあの半裸女性たちを独り占めしたいがためにあの方を追い出したに違いありませんことよ!」
あの一連を見て、彼女は追放した青年が全面的に悪いと思ったようだ。
そう思うのもわからなくはないが、ちゃんと追放理由まで聞いていらっしゃいましたかコーネリア様? 冒険者は慈善事業ではないのです。役に立たないくせに口ばかり出す奴を仲間にしておくメリットなど、あの女連れの彼にはございませんことよ?
万に一つの可能性としてあの追放された彼が仲間に黙って強化魔法か何かで貢献していたとしても、それはこっそりひっそり貢献していた彼の落ち度。人間、言わなければ伝わらないものですわ。
と……言わなければ伝わらないのは私も同じ。コーネリアには届かない。
「弱者に手を差し伸べるのは貴族の務め! ごきげんようマルグリット様、次回のぬいママ会でお会いしましょうね!」
「次回!?」
次回があるのかーー!?
言葉の衝撃につい愕然として、彼女が出て行くのを見送ってしまった。
後れを取った、と慌てて追いかけた時には既にコーネリアはイグニートを連れて立ち去ろうとしていて──。
コーネリアのことだ。〝職にあぶれたかわいそうな冒険者〟をバルトガー家の兵士あたりに推薦して衣食住の世話をしてやるとか、考えているのはその辺だろう。
共に出て行ったふたりの取り巻き嬢はコーネリアの友人兼護衛のような立ち位置だし、隠れるようにして本物の護衛も付いている。
ちなみにこの体制は実技演習での教訓を生かしたもの。
勇者と第三王子と聖女が一緒にいながら彼女が失神する羽目になったことをバルトガー侯爵家は重く見て、以来、決して護衛がコーネリアから離れることはない態勢を作り上げたらしい。
この警戒態勢にしてからまだ数週間。慣れ過ぎて護衛がザルになるには早い。
戦闘に不向きな後衛職の男を連れて歩く程度で心配することなどないほどに、彼女の防御は完璧だ。




