閑話 男たちのクマ三昧・3。(コンラート視点)
夜。
私の部屋ではクマたちが円座になって菓子を貪っている。バリバリと音とを立てて貪る様はとてもぬいには見えない。
しかし非常識でしかないこの光景も見慣れてしまったし、何よりディナエルに理解者が増えたのは喜ばしいことだ。
理解者。同類と言うべきか。
同じ境遇だからこそ分かり合えた、もしクマ化しなかったら接点すらなかった。そう思うと人の縁とは不思議なものだなんて爺むさい感想すら抱いてしまう。
「義弟君もこっち来て食べません?」
「……生憎とこんな時間から食べたら太る体質なので」
「人間って面倒だよねぇ」
しかしそれはあくまでディナエルに関してのこと。
私はディナエルほど彼らと馴染めずにいる。いや、ああして輪に入れてくれようとしているのにひとりで壁を作っているだけなのだが。
主の義弟と言う立場もあってか、彼らも私には無理強いして来ない。
だから馴染めない。
馴染めないけれど……開始三〇分で四袋目を開けようとしているフォルッツを見ると、馴染めないほうがいい気もして来る。
「クマいいですよクマ。体が綿になったみたいに軽いし、痛みも感じないし血も出ないし」
「若いおネェちゃんからモテモテだしのう」
「わ、私はそんな邪な理由で推しているわけではないですけどねっ!」
……堕落している。
元・義姉の護衛騎士と現役創造神の会話を聞いているとそう思わずにはいられない。
いずれディナエルもこうなってしまうのだろうか。
私もクマ化したらこうなるのだろうか。
いや。
これはクマ化は関係ない。
私は乙女ゲーム化した世界でのヒロイン──マツリカの最推しらしい。
だったら外見には気を遣っておいた方がいいだろう。
マツリカは性格にはやや難があるけれど、もれなくアウリ麦を独占販売する権利が付いているし、何より〝ヒロイン〟。人生の勝ちが約束されている存在だ。親しくしておけばかなりの恩恵を享受できる。
そしてそのためには〝彼女が好む私〟でい続ける必要がある。
と、思っていたのだが。
「でも意外ですね。マツリカ嬢が神殿に行っちゃったら学園はどうなるんですかね?」
彼女は実技演習での行動が不正とされ、神殿送りになってしまった。
第三王子クリストファーをも巻き込み、懸念されていた王子暗殺の重要参考人とも親しい。本来ならば犯人が見つかる見つからないにかかわらず謹慎、もしくは退学して領地に戻るのが筋のところ、〝聖女で回復魔法が使える〟という自称に神官長が興味を持ち、〝神殿で行儀と回復魔法の使い方〟を学ぶことになったのだ。
何時かは戻ってくるが、何時になるかは決まっていない。
攻略対象が此処にいる限り、彼女は戻ってくるだろう。卒業してしまってからでは私との接点はなくなる。
だが。
「うむ。これは第二章:神殿編が始まったと見て良いじゃろう」
もし神殿に新たな攻略対象がいたとしたら?
思えば先日の説明会でのマツリカは、私を見もしなかった。クリストファーにべったりだった。
もしかするとあれはマツリカの心が私から離れたことを意味していたのかもしれない。
私は彼女の〝推し〟ではなくなったと、クリストファールートか神殿の男ルートが濃厚になったと、そう言う意味かもしれない。
「神殿編? って第二章って何です? そんなのがあるんですか?」
「あるかどうかはマツリカのみぞ知るところじゃが、話の途中で舞台が変わることはよくあるじゃろ。今までのが学園を舞台にした第一章:学園編、で次が神殿編ってことじゃ!」
円座のほうではクマッティの一言にフォルッツが難癖を付けている。
腑に落ちないと言いたげに乱暴に五袋目を開け……そのせいだろう。失敗して噴水のように菓子が吹き飛んだ。
「自分で掃除して下さいよ」
菓子の粉を撒き散らされるわけにはいかない。
私はフォルッツを鷲掴みにすると窓を開け、もう片方の手で体中に付いた菓子の粉を叩く。
此処に来て一ヵ月、既にこの作業が手慣れたものになっている私を誰か慰めてほしい。
「えー? ぬいは箒なんて持てなァい♡」
「……このまま捨てても良いのだが」
「やだなぁ、冗談ですよ義弟君ィ! 明日には新居に引っ越しなんだからちょっとくらい汚したっていいじゃないですかァ」
「ほう。ルブローデではゴミを散らかしたままで去るのが普通なんですかそうですか」
「義弟君だってもうルブローデの人間でしょうに」
「一緒にするな」
……本っっっ当に堕落している!!
私はフォルッツを床に戻すと、やり場のない怒りを箱詰めにする衣類に向けて、どうにかこの場をやり過ごす。
私が興味をなくしたと思ったのか、説教は終わったと思ったのか。円座はすぐに賑やかさを取り戻した。
「で、神殿編って、それじゃ私らはどうなるんですか」
「どうもせん。普通に食って寝て起きてを繰り返すだけじゃ」
確かに物語の途中で舞台が変わることはよくある。
自分に当てはめてみても、オーエン、ルブローデ、学園と既に三回変わっている。
この世界はマツリカの影響で乙女ゲーム化しつつあるそうだけれども、その前に(自分たちにとっては)普通の世界だったのだから、マツリカがいなくなったからと言ってこちらの時間が止まることはない。
ただヒロインが関わるイベントが一切起きないまま、文字にもならないような淡々と穏やかな学生生活を送るのだろう。
その間、神殿ではマツリカを中心にしていろいろとイベントが勃発するだろうが、それでフラグが立った立たないと一喜一憂するのは悪役令嬢たる義姉だけで、私たちには影響しない。
……そもそもクリストファーとの婚約が白紙に戻っている今、義姉が断罪される要素が見つからないのだが。
「つまんないなー。それが得なの創造神サマだけじゃないですか」
「何で儂だけ。戦士の休息だと思ってフォルッツも惰眠を貪るが良かろう」
「あのね。私は一刻も早くお嬢様を断罪されるかもしれない心労から解き放って差し上げたいんですよ。そりゃあ創造神サマは演習の間もずーーーーーーーーーっとグースカ寝てるくらいですから嬉しいでしょうけど。って言うか寝すぎですよ。脳が溶けますよ」
「大丈夫じゃ。綿は溶けん!」
「偉そうに言わないで下さい!」
フォルッツの嫌味にも動じないクマッティの声を聴きながら、私は荷造りの手を進める。
クリストファーの護衛をすることになった義兄との同居のため、僅か一ヵ月で再引っ越しすることになった。
此処よりさらに大人数向けの部屋になるため、共同──居間や食堂、水回りなど──も今より広くなるのはいいのだが、クリストファーの部屋と扉一枚で繋がっているなんて、プライバシーはどの程度考慮してもらえるのだろう。
何よりあの義兄は(主にぬい関連での)信用に足る人物なのか。それが気になる。
剣の腕は確かなようだし、王族、そしてテオルクの信用も厚い。
さらにはあの義姉が距離を置こうとするくらいの人物だ。
これを機に義姉の暴走が減ってくれればいいのだが……どうにもそれ以上に厄介ごとが付いて来る気がしてならない。
「あの……義姉上はどうしてあんなに義兄上との同居を拒んでいたのでしょう」
「苦手なんすよ。お嬢様はラスボスになれそうなほどいろいろ超越しちゃってる人ですけど、ユリウス様はその上をいきますからねぇ」
「ラスボス?」
「そうっすよ。なんせルブローデの領主になるべく、お小さい頃からずーっと鍛練して来ましたもん。私も何度殺されかけたことか」
「そうじゃな。儂も初対面で燃やされそうになった」
口をモゴモゴさせながら喋っているので聞き取りづらいことこの上ないが、言っていることと聞き取ったことにそれほどの差異はないだろう。
ともかく、今の義姉が口先だけで『領主になる!』と言っていないことは確かなようだ。それはほぼひとりでクラスレグルスを倒した実績からも窺える。
その義姉の上をいくのか、あの義兄は。
こっちは自称引き籠りの義姉が実は社交性バリバリな上に剣も魔法も使えると知り、劣等感が半端ないのに。
「……それなら私を養子にせずとも義姉上がルブローデを治めればいいのに」
そんな思いがつい口をついて出る。
今頃言うのも反則だが、私はもともと養子縁組には興味がなかった。
オーエンの上に位置するルブローデを自由にできればオーエンに有利だろうと、せいぜいその程度。
義兄となるユリウス・ルブローデが継承権を放棄して娘だけになり……未だ男子が継ぐのが当然と言われている貴族の慣習に則って男子の自分を養子に迎えたと、そう思っていた。
嫁に出すつもりで育てていた娘に辺境の領地経営は無理だから、と。
「お嬢様なら良い領主になれると思いますよ。なにより強い」
しかし義姉はそんな甘い想像をはるかに超えて来た。
剣の腕だけでなく、聞いた話では既にルブローデ内で医療に重点を置いた施策を手掛けているらしい。最も身近な場所にいる護衛騎士の目から見てもラスボスと言われるほどの義姉に、性別だけで自分が勝てるとは思えない。
「そうじゃのう。お主がルブローデに来たのは、世界の歪みが作用した結果と言うか……攻略対象(悪役令嬢の義弟)になるためだからのう……」
「攻略対象」
「でも、ま、マツリカが誰とエンドを迎えたとしても、それでいきなり養子縁組を解消して放り出すようなことにはならないじゃろ。お主はお主のしたいようにすれば良い」
クマッティの言葉にフォルッツとディナエルも無言で頷く。
世界の歪みがなければ私は今でもオーエンにいた。
語尾がおかしなヒロインに、会うたびに奇声を上げられることも、思ったままに行動する義姉に振り回されることもなかった。その義姉が数ヵ月から数年のうちに断罪・処刑されるかもしれない未来を考えることもなかった。
義姉曰く、フォルッツとディナエルもマツリカの攻略対象になる可能性は残っているらしい。
が、当人たちは彼女にそれほど興味を持ってはいない。わざわざクマ化を解いて攻略対象入りを確定させようと思わないほどに。
だからこのメンバーの中では唯一私だけがマツリカの標的になっているようなもので、彼女の奇行を何度も目にしているが故に私に同情している部分も大きいのかもしれない。
しかしだ。
「……そうですね」
『したいようにすればいい』と言っておいて、私がマツリカと組むことで義姉が破滅への道を歩むことになったら、それでも許せるのか? 違うだろう?
心の中に浮かんだ暗い感情を押し込み、私は荷造りを再開する。
それからさらに数日後。
リク・カジウラ・エアハルトが牢から姿を消したとの一報が届いた。
彼が本当にクリストファー暗殺を企ててたのかは、今となっては杳として知れない。
マルグリットが義兄と同居したがらない理由は、クリストファーが持って来た「義兄と兄王子たちとの関係」の噂のせいなんですが、フォルッツはそれを知りません。
ので、「苦手だから」だと思っています。




