45 悪役令嬢、兄との同居が決まる。
「マルグリット嬢はもう少し自重することを覚えたほうがいいかもしれませんねぇ」
テオルクはそんな私たちに笑みを向ける。
もうずっと能面のように貼りついている笑みだけに、好意的なものは全く感じないどころかむしろ怖い。四徹後の社畜のような触れてはいけない何かを感じる。
こういう時はぬいのお腹を吸うとか、ぬいで鬱憤を晴らすとか(晴らし方の詳細は省く)でストレスを解消するといいのだ。
私は後者しかしたことはないが、前者も洗いたての洗濯物に顔を埋めて吸った時と同じくらいの効果はあると思われれる。
うん、後でフォルッツを貸し出そう。
前者のストレス解消法にならテロ行為でしかないけれど、テオルクにとっては中身が何であろうとも〝ただのクマのぬいぐるみ〟。癒し効果は得られるはずだ、多分。
「この数日でどれだけ私の寿命が縮まったことか。〝妹を危険にさらして!〟とルブローデ卿に首を絞められかけましたよ私は」
「……軽率な行動だったと自戒しておりますわ」
……クマッティも付けよう。
そう心に誓いながら、私は黙り込んでいる兄を再び窺う。
眠っているのかと思うほど微動だにしないが、これは決して寝ているわけではない。テオルクか、ツアーを発案したマツリカか、容認したクリストファーか、それとも無茶をした私にか。矛先が誰に向いているかは兄のみぞ知るところだが、わかる。これは自分を抑えている。
あの場所に何故兄が現れたのか。カジウラを捕えるためなら出口で待っていればいいだけなのにと思っていたが、どうやら私たちのことが外に伝わった時に兄が暴走したらしい、と言うこところまでは察した。
過保護すぎる保護者が立ち会っていたばかりにテオルクにとばっちりが行ったとは。申し訳ないが過ぎる。
学園など一度潰れてしまえばいいと言い放ったテオルクだが、さすがに学生十余名が死亡なんて理由で潰れることは望んでいないだろう。復活のハードルが高くなりすぎる。
勝手に立ち入り禁止地区に入った連中は自業自得だが、危険が待ち構えているであろうことを察しながら出向いた私も似たようなもの。無事に倒せたから良かったけれど、下手をすれば全員死亡──さらにその死亡者リストの末尾には私の名が加えられていたかもしれないわけで、ビジネスパートナーとしては迂闊だったと言わざるを得ない。
そして加えられていたら最後、リストの欄外に兄の字でテオルクの名も記されるに違いない。
「ですがあの場にマツリカ嬢がいなければ今頃私たちはクリストファー殿下を亡くしていたかもしれないわけで。その点だけは感謝しなければいけないのが辛いところですね」
「……わ、私は私にできることをしたに過ぎませんわ」
本っっっ当に申し訳ない!
つい悪役令嬢的上から目線な台詞を吐いてしまったけれど、心の中は謝罪で埋まっているから汲み取ってほしい。
正直に言えば、私はカジウラの悲鳴に〝ざまぁ〟を期待して向かっただけで、クリストファーを助けるためなんて考えもしなかった。
結果的に助けたのは確かだけれど、結果だけを見て『感謝なさい!』なんてとても言えない。
しかもこの台詞、期せずして先ほどのマツリカの台詞の主語を変えただけ。
案の定、隣から何か言いたげな視線が刺さって来る。
「まぁ、マルグリット嬢のほうは後でお兄様に処してもらうとして」
「処す!?」
「ええ、処す」
私の処遇については既に兄と話し合い済であるらしい。
何をどう処されるのかがとてつもなく不安だが、そのあたりはテオルクも、そして兄もこの場で告げる気はないようだ。
……もしかして兄が動かないのは今まさに私の処し方を考えているのだろうか。
タウンハウスの最奥に幽閉されて歪んだ愛を押し付けられるのか、逃げられないように標本か剥製にされるか。兄ならやりかねない。
戦々恐々とする私を見捨て、テオルクは意味深に話を切り上げる。
そして改めてマツリカとクリストファーに向いた。
「殿下。そしてマツリカ嬢。皆一緒と言う平等の精神は大変に尊いものです」
「でっしょお?」
「しかし片方が一〇〇満点、もう片方が一五〇満点では公正とは言えません。まして今回は学生個々の能力の判定──優劣を見るためのもの。平等に活躍できなかったから追加、なんてしたところで、そんなものは評価対象外ですよ? いわば、貴女方がやったのは不正です」
不正と言われてクリストファーが視線を逸らす。
〝勇者ツアー〟は経験値を稼ぐためだけなら良いが、評価が決められる場で使う方法ではない。先ほどマツリカが、
『クリス様は王族。絶対に上にいないと駄目なんでするん!』
と言ったとおり、〝ツアー〟がなければ自分たちの評価が低いままであることは自覚していたのだろう。
しかしマツリカは違った。
立ち上がると、
「ええー!? 全部カジウラ様が悪いのに、どうしてリカたちが怒られるんでするんっ!?」
と叫んだのだ。
ちょっと待て。
ついさっき、『勇者ツアーについて考えたのは自分だ』と言っていなかったか!?
『カジウラはきっかけの言葉を吐いただけで』って。『それが聖女の役目だ』って!!
だが、マツリカの怒声に動じることもなく、テオルクは淡々と続ける。
「もちろん貴女方おふたりだけが悪い、とは言いません。ツアーとやらに賛同した他の学生も同様です。内容を把握した上で話に乗ったのですから」
「でもでも、それはあの場所に飛ばされて活躍できなかったからでぇ」
「先ほど、クラスレグルスと戦うために行ったのか? とお聞きした時に否定しませんでしたよね?
詳しく話してはいませんでしたが、クラスレグルスのいる未踏地域に飛ばされたのは殿下たちからマルグリット嬢たちまでの計四組。最初に飛ばされた殿下たちを狙ったもの──他の三組は巻き込まれただけ──か、皆さんが共闘していたのか、それがわからないのでお呼びした次第でした。マルグリット嬢が巻き込まれ、いや、邪な理由でご自分から首を突っ込みに行ったことも判明しましたが」
「全部カジウラ様のせいでするん! だってこのツアーを言い出したのはカジウラ様だし!」
マツリカは、あくまで自分たちは被害者だと主張する。
カジウラの功績を横取りしようとしたら共犯にされそうになったので、今度は保身のためにカジウラを切り捨てる。とそんな思惑が垣間どころか堂々と見える。
「あの場所に飛ばされるように細工したのもきっとカジウラ様なんでするん! 勇者なら万能だし、できるでするん!!」
「そうですね。でも今はその話はしていません。ただ、どう見ても初心者向けではない場所に飛ばされて、出口を目指すのではなく他の学生より多く戦える場に行く。しかも最初から考えていたなんて確信犯ですよ? そうでしょう?」
あの謎ポエムはもともと正解・不正解ルートに分岐する仕掛けが成されていた、と兄は言っていた。
テオルクは『何処でもいい』と仕掛けについては不問にするつもりのようだが、その行き先を別の道に挿げ替えるだけでも本当は問題だろう。
術式の一部を書き換えればいいだけのことだが、一学生にそれをするだけの権限はない。
だがマツリカが言うようにカジウラなら──トラウラからその手のチート能力を得ていたのなら、権限を越えることも不可能ではない。
しかしそれはマツリカ自身にも言えるわけで。
「そうだ! カジウラ様があんな強いモンスターのいる場所に連れて行ったのは、モンスターにクリス様を襲わせて、事故で処理するつもりだったのかもしれないんでするん! だからカジウラ様が全部悪いので、」
「……それなんですけどね。あなた冒頭にも〝リク・カジウラ・エアハルトがクリストファー殿下を暗殺するつもりだった〟と仰っていましたよね」
『――私たちは〝勇者と一緒に経験値を上げましょうツアー〟のつもりだったのでするん。なのに、まさかカジウラ様がクリス様を暗殺するつもりだっただなんて……っ!』
「でもね、リク・カジウラ・エアハルトが捕らえられたのは他の冒険者の失踪・死亡事件の重要参考人だからですよ? 第三王子暗殺に関わっていただなんて誰か言いましたか?」
トカゲを倒して、救援隊と兄が来て。
あの時に兄はクリストファー暗殺の可能性があったことを仄めかしてはいた。
が、カジウラがやったとは一言も発してはいない。カジウラが捕らえられたのはあくまで冒険者の失踪・死亡事件の重要参考人と言うだけだった。
マツリカはあの時に私たちの話を聞いていたのかもしれない。
いや、確実に聞いていただろう。何と言っても推しが発する言葉なのだから。
カジウラの罪が決まれば彼はもう私たちの前には戻って来られない。
だったら他の罪も上乗せしてしまえばいい。
平民の命と言えど既に何人か奪っているのだから、第三王子を手にかけようと考えないとは言えない。牢の中から無罪を叫んだところで誰が耳を傾けるだろう。誰が無実を証明するだろう。
どうせ彼の物語は終わっているし、自分の物語で重要な位置を占めるわけでもない──。
そんな考えがマツリカの中にあったかはわからないが、もしそうなら奴はただの脳内お花畑な馬鹿ではない。
多分に詰めが甘いところはあるけれど、他人を貶める策を弄するだけの知恵はある。謎ポエムの仕掛けもマツリカの仕業だとしたら、危険度はさらに増す。
「カ、カジウラ様が全部、」
「マツリカ嬢、あなたの言葉には信憑性を欠くところがあります。聖女だと言うのも自己申告なだけで実際、何の奇跡も起こしてはいませんよね? お得意は回復魔法だとお聞きしておりますが、あれだけの怪我人がいたにもかかわらず誰の怪我を治すこともせず。それが義務だとは言いませんが、手放しであなたの言と人となりを信じるには少々足りないのですよ。
あと、クリストファー殿下の〝真実の愛〟とやらについても。
あの儀式をやったのは私の後輩ですけれど、彼、召喚魔法得意じゃないのにどうしてできたのかなぁ。あんな本の中だけの古い儀式、神官長でも成功するかどうかなのに」
テオルクがクリストファーのようにマツリカ至上主義にならなかったのは、彼女に出会う前からいろいろと不審に思う点があったからなのかもしれない。
本人を前にコロッと転がるには引っかかる部分が多すぎた。
同じ理由でコンラートや兄も……〝相手を信用していない場合は掌を返して下僕になることはない〟の実証になるのなら、この攻略対象だらけの環境にも少しは希望が持てるのだが。
「とは言え仕掛けが変更された件も放置はできません。こちらは目下術者特定中です。ですがその間、暗殺のおそれがあるかもしれない殿下にそのまま寮生活を満喫して頂くわけにもまいりません。
と言うことで今後、殿下にはルブローデ卿が護衛に入ります。で、そうなると学生用の部屋は手狭すぎますのでね、特別に上層職員向けの部屋のひとつを空けてあげました。ルブローデの皆さんでお使いください」
「へぁっ?」
だがしかし。
続いたテオルクの言葉に、変な声が出た。
兄が?
寮で暮らす?
ルブローデの皆さんで?
学生寮に学生以外が住むことについては、この場合は命を狙われていると言う理由での特例なのだろうけれど、その前に。
私は兄と会いたくないから寮を選んだのに!?
「ひとつ屋根の下で兄妹が別々に暮らすと言うのも妙な話ですしねぇ。あ、クリストファー殿下の隣の部屋ですから護衛する分には問題ありません。むしろクラスレグルスを倒したマルグリット嬢の実績を鑑みれば、殿下の護衛が増えるようなものですし」
しかも無料でクリストファーの護衛をすることまで期待されている!?
ちょ、女に、しかも貴族令嬢に王子の護衛なんてさせるんじゃないわよ。しかも無料!! (大事なことなどで二回言いました)
「きゃーん♡ リカ、ユリウス様とひとつ屋根の下なんでするぅぅぅん♡ どーしよぉ、ユリウス様とコンラート様と朝から晩まで一緒だなんてぇぇ♡♡♡」
鬱る私とは逆に、マツリカは浮かれた声を上げる。
今さっきまで不正だ何だと責められていたことすらスパッと忘れ切ったかのような顔だが、それでいいのか? さっきの話は不問になってはいなくてよ!?
これも世界の歪みの影響だろうか。
今の今までマツリカのほうが断罪処刑ルートに行きそうな展開だったのに、どう転んでもヒロインと攻略対象のイチャラブに結び付けようと言うのか?
兄の動向が知れるのはいいことだけれども──。
「あ、代わりと言わけではありませんがマツリカ嬢は神殿に移って頂きます。癒し手は希少ですし、神官長も聖女の魔力にはとても興味があるとか。せっかくの回復魔法も使い方をきちんと知らなければただの宝の持ち腐れですからね。〝国を背負って立つクリス様のお仕事上のパートナーとしての運命〟として頑張ってください」
「ええーーーー!?」
──違った。
テオルクに世界の歪みが通用しないのはほぼ確定らしい。
カジウラに罪を着せようとしたり功績だけ独り占めしようとしたり、彼女の言動には 聖女 と呼ぶには不審な部分が多い。第三王子の傍に置いておいて取り返しのつかないことになる前に様子を見ようと言う目論みもあるのかもしれない。
クリストファーをマツリカの毒牙から守りたいらしいテオルクたち上層部の気持ちはわかる。
でも。
断罪の根源になるヒロインの行動が見えなくなるのは明らかに〝良いこと〟ではない。
ルブローデ卿はユリウスの呼称です。
マルグリット父の呼称はルブローデ辺境伯です。
ユリウス卿(名前+卿)と言う呼び方は次男以下に使うらしいです。




