44 悪役令嬢、呼び出される。
後日。
私たちは魔法省の応接室にいた。
魔法を取り扱う部署と言うことで勝手に陽の射さない薄暗い部屋を想像していたけれど、此処は客を通すからだろうか。壁一面と天井に大きな窓があって、いい意味で魔法省らしくない。
その窓のどちらにも近くの木が枝を大きく広げている。
新緑の木漏れ日が部屋の中でユラユラと揺れ、適度に水分を含んだ風が心地いい。落ち着くを通り越して眠くなる。
が、寝るわけにはいかない。
今日集められたのは、先日の実技演習の状況説明。
要するに、『どうしてあんなところでモンスターと対峙していたのか』を根掘り葉掘り聞かれるためなのだから。
集ったのは私とコンラート、そしてクリストファーとマツリカ。
コーネリアはしばらくの間療養する必要があるそうで、今回は欠席している。〝血塗られた叛逆〟を借りるのは少し先になりそうだ。
言わずもがなカジウラは欠席。
そして学園関係者側席にはテオルクと兄がいる。
テオルクは計画責任者だからわかるけれど、何故兄がいるのだろう。
王子の護衛から出世して名代を任されるほどになっているのか? 〝信頼に足る家臣だから〟ならいいけれど、〝身内に等しい(意味深)〟だったら怖い。しかし確証があるでなし、ツッコんではいけない。
これは罠だ。聞いたら最後、惚気だの進展具合だのを聞かされるやつだ。誰との、とは言わないが。
そして今回も学園長はいない。
テオルクに任せきっているのか、多忙なのか。この程度で出てくる必要はないと思われているのか、といろいろ推測できるけれど、ここまで存在を消されていると〝乙女ゲーム仕様だから〟と言う理由が一番濃厚のような気がする。
乙女ゲームとはヒロインと攻略対象のイチャラブがメイン。
無駄に名のある登場人物を増やすとどれが攻略対象だかわからなくなるので、イチャラブに関係しない部外者は極力登場しない。同級生も、ヒロインらを直接教えているはずの教師ですらも。
そう考えると攻略対象でもないのに二つ名まで貰っている数学教師・〝血塗られた叛逆〟はかなり恵まれていると言えるけれど、あれはラスボスだし。
と、脱線は此処までで。
「私たちはカジウラ様に騙されたのでするん!」
説明会開始早々、マツリカが俺のターンを発動した。
「私たちは〝勇者と一緒に経験値を上げましょうツアー〟のつもりだったのでするん。なのに、まさかカジウラ様がクリス様を暗殺するつもりだっただなんて……っ!」
マツリカは俯いて肩を震わせる。
今まで散々暴走する彼女を見ている私からすれば演技っぽさすら感じてしまうのだが、男どもにはそれなりに効いたようだ。表情には変化がないけれど、空気が変わった。
さすがはヒロイン。
しかし実際、此処に集まっている男性陣は攻略対象ばかりで……悪役令嬢としては彼女に同情的になられて、いや、なったついでに好感度を上げてもらっては困る。
困るけれどもこの空気の中、彼女の一挙一動に目くじらを立てては、それこそ男性陣の不興を買うだけ。茶番と知りつつ見ているしかないのが悩ましい。
「〝勇者と一緒に経験値を上げましょうツアー〟」
「そうでするん」
首を傾げるテオルクにマツリカは畳みかける。
今しがたまで涙を流していたとは思えない変わり身の早さだが、それを指摘する者はいない。
それが無言の肯定に、先ほどの一瞬で全員がマツリカ肯定派になってしまったような居心地の悪さに感じる。
「初心者ダンジョンはモンスター少ないし、ほとんど何もしないで終わっちゃう子ばっかりでぇ。でもそう言う子は経験値も溜まらなければ評価も付かないんでするん。需要と供給が合ってないんでするん」
曰く、強いモンスターを倒せばかなりの経験値が入る。そしてその経験値は、討伐に参加した者全員が、それぞれの貢献度に比率して入手する。
つまり貢献度の大半をカジウラが稼いだとしても、討伐に参加さえすれば討伐初心者のモブ学生にも経験値が入って来る。火球を一発投げるだけでも、ちまちまと低級モンスターを狩るより遥かに多くの量が。
得た経験値が多ければそれだけ活躍したことになる。
評価も上がる。
せっかくの上位クラスになれる可能性を棄てるなんて馬鹿なこと。上位になれば親の体面も保てる。貴族社会でも大きな顔ができる。自分より下の奴に見下されるのは嫌でしょう──?
謎ポエムのせいで途中退場を余儀なくされた面々は、そんな誘い文句につられて集まったらしい。
ルブローデでも若い騎士団員の経験値を上げるために古参と組ませてモンスターを狩らせることはよくある。実際にダメージを与え、とどめをさすのは古参だとしても、一撃でも二撃でも与えれば与えた分だけ経験値として還元される。
これは自分たちの実力では到底倒せないモンスターをそうして倒すことで効率よく経験値を貯める技のひとつ。
クマッティが言うには、カジウラたちのいた世界で乙女ゲームと並んで流行っているらしい〝そしゃげ〟でもよく行われるそうだ。カジウラが知っていても何ら不思議なことではない。
「学園も学生の能力を過小評価しすぎて活躍できない子が出ちゃうなんて考えもしなかったんでしょうけどぉ。だ・か・ら、みぃんな一緒に経験値と評価が貰える方法を考えたのでするん!」
「ふむ。確かに過小評価していた部分はあったかもしれませんね」
「でっしょお? 私の家は男爵だからそうでもないけど、上の方の子たちは低い評価なんか付けられたら死活問題でするん。特にクリス様は王族。絶対に上にいないと駄目なんでするん!」
テオルクが珍しく賛同するような呟きをしたせいだろうか。マツリカは鼻を鳴らしてふんぞり返る。
如何にも学園側の不備を補う良策だと言わんばかりだ。
確かに今回の実技演習は初心者向けと銘打っているだけあって、通常のダンジョンに比べても遥かにモンスターが弱く、また少ない。そこそこに強い仲間がいるだけで活躍する機会が減るのに、途中でその攻略自体が終わってしまったとなれば尚更だ。
ディナエルとフォルッツに出番を取られて後ろから付いて行くだけだった私も身に覚えがあり過ぎる。
兄王子ふたりの尻拭いをさせられそうになっていたクリストファーならなおのこと、彼らに馬鹿にされそうな結果は避けたいだろう。
出来が悪いから世継ぎを作るくらいしか価値がない、なんて人権も何もない評価が下されたら最悪だ。
だがカジウラは一応は勇者と呼ばれた男。共に行けば活躍の場を取られるばかりだと言うことはわかりきっていただろうに。
最初から順番を決めるなりの対処法を決めておけば、〝平等に活躍する〟ことはできた。
マツリカの場合、〝演習外で強力なモンスターを倒す〟が対処法だったのだと言いたいのだろうけれど、後手──結果が出てしまってから対処を考えている感は否めない。
「ひとつ確認なんですが、そのツアーを最初に考えたのはカジウラくんではなく、マツリカ嬢なんですか?」
テオルクはさらに問う。
最初、マツリカは『経験値が稼げるとあの場所に誘ったのはカジウラだ』と言っていた。しかしそれにしてはマツリカが発案したようにしか聞こえない。
猜疑に溢れた私の耳だからそう聞こえたわけではなく、テオルクもそうだったらしい。
マツリカは唇に人差し指を付け、宙に視線を彷徨わせ、それから笑みを浮かべた。
片手を口元に当てて隠したつもりかもしれないが私は見た。
一瞬、口角がつり上がったのを。
「最初にモンスターを倒しに行こうぜ、って言ったのはカジウラ様だけどぉ。でもカジウラ様に倒してもらって皆で経験値を山分けしようって案はリカが考えたかな! だってみぃんなが幸せになる方法を考えるのは聖女の役目でするん。ねー?」
最後の「ねー」はクリストファーに対してだ。
実技演習以降、彼らは再び元鞘に戻ったのだろうか。今日も仲良く隣同士、それもかなり密着して座っている。
「そこまで考えていてくれたのか。凄いなマツリカは」
「聖女としてできることをしたに過ぎないのでするぅ♡」
褒められて恥じらうように笑う様だけ見れば、マツリカは『聖女』と名乗るに相応しい。
しかし違和感が拭えない。
先ほどの笑みのせいばかりではない。この場にはコンラートと兄がいるのに、マツリカは一度も彼らに媚びないし、目も向けていないのだ。
義弟や兄とエンドを迎えるために必要なイベントを取りそこなったから、攻略対象を変えました、と言われても納得できてしまいそうなほどに。
今度は何を企んでいるのだろう。
クリストファーに乗り換えただけで済めばいいのだが。
彼らがくっついてくれれば、私の婚約破棄~断罪を添えて~もなくなるし、義弟や兄を介してマツリカと義理の姉妹になるおそれもないし万々歳だけれども、でも一度は心が離れた相手とそう簡単によりが戻せるものなのか?
コンラート曰く『女の勘がない』私の推測できる範囲を超えている。
テオルクは手元の書類に何やら書き留めていた手を止め、ふたりの世界に入っているマツリカとクリストファーに目を向けた。
何か思うところがありそうな……〝今までの塩対応はツンデレの裏返しで、実はテオルクもマツリカが気になっていました〟なんて新展開は見たくないのだけれど。
でもそんなヒロイン至上主義がまかり通るのが乙女ゲームの世界なわけで、そう思えばクリストファーの変心も普通なのかもしれなくて。
「では、最初からクラスレグルス(トカゲの正式名称らしい)と戦うつもりであのルートに入ったと、そう言うことですね。マルグリット嬢たちもそうですか?」
「えっ!? え、ええと」
しかし発した言葉は全く色恋に縁がなかった。
それがテオルクらしいと言えばそうだし、(勤務時間内は)職務に忠実な彼がいきなり色恋に染まった言葉を発するほうが異常だけれども、急に話題を振られて、思わず口籠ってしまう。
悪役令嬢とは、あらゆる悪事の原因として糾弾される身。
他人に付け入られる隙を見せてはいけない。
なのに最も理論武装して攻撃してきそうなテオルクの前で、しかもどうにもマツリカに対する態度を改めてしまったようなテオルクの前で挙動不審に陥るなど、不覚どころではない。
しかも今回は何かがおかしい。
今まで仲間だ、相棒だと思っていたテオルクでさえ、何時敵にまわるか知れないような。
ああ、そうだ。
この世界で私は悪役令嬢。
もしかするとカジウラの共犯ととられて断罪されるルートが、今まさに口を開いて私を飲み込もうとしているのかもしれない。
「鬼神のようだった。喜々として戦いに身を投じていた、と言うコメントを頂いていますね。ダメージの大半と、あとトドメをさしたのもマルグリット嬢だったとか。不慮の事故で動けなくなったカジウラくんの代わりに入ったとすれば、マルグリット嬢にもかなりの経験値が入ることになるわけですが」
「ええと」
私たちは〝勇者と一緒に経験値ツアー〟に参加していたわけではない。
〝わけではない〟けれど、『戦うつもり』はなかった、とは言い切れない。
しかしどう言えばわかってもらえるだろう。
今の私は、〝戦う意思も勝算もあった〟と思われている。
あの、クラスレグルス相手に。
だが私より前にコンラートが口を開いた。
「いえ、義姉はマツリカ嬢やカジウラ様と仲良く共闘できるような性格ではありません。それどころか僅かでも彼らに経験値が入るのなら一切手は出さないでしょう。
義姉があの場に向かったのは、カジウラ様の悲鳴が聞こえたからです。取って付けたように〝彼らが危険に遭っているかもしれない。救援隊は間に合わないかもしれない〟と理由づけていましたから戦うつもりはあったかもしれませんが、決して彼らを助けるためでも経験値を得るためでもなく、カジウラ様が太刀打ちできなかった敵を目の前で叩き潰して高笑いしたいとか、そんな理由です。実際、〝彼の醜態が見られる〟と喜々として走って行きましたし」
コンラートぉぉぉおお!!
さりげなく義姉を売るんじゃなーーーーい!
いや、そうだけど。
間違ってはいないけれど。
でもそんな下種な考えで動いたように言わなくても!
説明会が始まってから一言も口を利かない兄をチラリと窺う。
何度も思うが一体兄は何のために此処にいるのだろう。
あんな顔をしているけれども中身はルブローデの男だし、私が剣を振り回すことに『令嬢らしくない』『粗暴だ』と文句をつけて来ることはないと思……いたいのだが、だったら何のためにいるのか。
まさか、断罪するためなのか?




