43 悪役令嬢、襲われる。(☆)
「──義姉上、ディナエルとフォルッツ、見つかりましたよ」
行方をくらませていたコンラートがクマを二匹抱えて戻ってくる。
思えばトカゲが倒れてから存在感を消していた。どうやらクマたちを探しに行っていたらしい。
まさかディナエルたちが上からトカゲの目を狙うなんて思ってもいなかったから慌てただろう。
敵を欺くにはまず味方からと言うし、クリストファーたちがいる前で堂々とクマに指示するわけにもいかなかったし、第一、義弟が知ったら反対するのは目に見えていたから、あえて黙っていた部分はあるけれど……
「全く、なんてことをしてくれるんですか! これでトカゲの下敷きになったら!」
……せっかく上がりかけた好感度はまた下がりそうだ。
「グッチャグチャにしたってノーダメージじゃない。フォルッツなんて鍵刺さってたし」
「動いているところを見られたら」
「私が魔法で投げつけたことにするわ」
「見つからなかったら、」
「放っておいても自力で帰って来るわよ。子供じゃないんだし」
「それに、」
「ディナエル! ディナエルって思い出したぞ! それじゃそのクマがあン時の、」
延々と続きそうなコンラートの苦情は、だが、カジウラの声に遮られた。
「そうか、だからか! だから俺は!」
奴の中で何がどう繋がったのか。
先日、コンラートから奪ったぬいをディナエルだと認識していなかった時点で、カジウラはクマ化したディナエルを見る前に立ち去っていたと思われた。
ディナエルが力を奪われた際、トラウラは白いクマのなりをしていたはずだ。
それを思うと瓜二つのディナエルを見て本当に何も思わなかったのかがとてつもなく疑わしいのだが、実際、気がつかなかったから今になってその台詞が出てきたわけで。
どうせ『他の冒険者は皆俺様のために力を提供する宝箱のようなもの』的な認識でいたから覚えていないのだろう。
そのあたりはカジウラの注意力が散漫なせいだから私にはフォローのしようもない。する気もない。
が。
「畜生! 急に媚びてきやがったのはやっぱ裏があったんだな!」
おとなしく救援隊に運ばれるのを待つばかりだったカジウラは、彼らの手を振り払って掴みかかってきた。
ディナエルとコンラートにではなく、私に。
虚を突かれた救援隊の皆様が、我に返り、慌ててカジウラを引き剥がしにかかる。
その間もカジウラは私の胸倉を掴んだまま声高に罵り続けている。
「俺の破滅の雷槌を返しやがれ! それだけじゃねぇ、他の力も全部! だから俺は! あんな爬虫類なんかに!!」
盗ったのではなく取り返しただけだし、そもそも最初に他人のものを盗ったのは貴方だし。ついでに言えば貴方の破滅の雷槌は不発だったから、私はどんなものかも知らないし。
名前を商標登録していたのなら盗ったと言えるかもしれないけれど、名前以外の部分はどう考えたって悪いのはカジウラだ。経緯を知れば、皆そう言うだろう。
けれどそれを説明するには、クマ化しているディナエルを公にしなければいけない。
動くぬいを前に私やコンラートのような反応をするほうが稀。
大半は悪魔だその傀儡だと拒絶するか、どうやって動くのだと解剖したがるかの二択だろうし、結局最後は私を魔女として断頭台に送って終わりにするのが目に見えている。
カジウラがディナエルを始めとする冒険者らにしたことが明るみに出ないのなら、命を賭けるだけ損とい言うもの。
だったら公になどしなくていい。
闇の仕置き人みたいに、私たちだけでカジウラに引導を渡せばそれでいい。
「あれは貴方のものではなくってよ?」
「俺ンだよ! ディナエルもロラウドもチャールズも、馬鹿雑魚どもに力なんざいらねぇんだ! 俺の引き立て役に甘んじていればいいんだ!」
ああ。これが転移者の考え方なのだろうか。
彼の世界では乙女ゲームに限らず、異世界に転生、転移して無双するストーリーが売れに売れていると聞いた。
当然マツリカも、そしてカジウラも自身がそうなると信じて疑わないだろうし、トラウラは無双させるべくチート能力を与えている。
〝元の世界では才能の欠片もない平々凡々な冴えない陰キャが、異世界に来ただけで何故かチート能力を手に入れ、性格も何故か一八〇度変わって俺様・女王様になり、今まで全くモテなかったのに何故か異性にモテモテ〟なんて全てを他人にお膳立てされたサクセスストーリーの何が楽しいのか知らないが、そのためにこの世界の住民を蔑ろにしようなんざ虫唾が走る。
「その馬鹿雑魚の力で無双するしか能のない寄生虫が何を偉そうに」
私の声にカジウラの顔が火がついたように真っ赤になり、それから青く、そして黒くなった。
強い以外に価値のない男にとって、その〝強さ〟までもがハリボテの偽物だと他人から指摘されたらどうなるか。
〝力が偽物だったと知る者を消す。〟
『力がないなら奪えばいいじゃない』方式で生きて来た男にとって、その結論に達するのは容易すぎたし、それ以外など思いつきもしなかったのだろう。
「死ね死ね死ね死ね死ね!」
カジウラは拳を握ると殴り掛かってきた。
力を失ったとは言え、男の拳と力と至近距離からの攻撃。当たれば痛いでは済まされない。
だが、拳が私に届くことはなかった。
「ぎゃああああああああ!」
手首から先を失ったカジウラが、トカゲの咆哮に引けをとらない叫び声を上げる。
あの先には拳があった。
あの先は何処へ行ったのか。
何処へ行こうが私の知ったことではないが。でも。
私の耳に冷え冷えとした声が聞こえたのはその時だった。
「……手はね、女性を殴るためにあるんじゃないんだよ?」
振り返れば、剣を鞘に戻しているのは、数刻前、ヒロイン顔負けの謎属性で兄王子たちの心臓を止めていた兄。
「そんな手はいらないね」
何時の間に来ていたのか、どうして此処にいるのか。そんな疑問に答えが出ることもなく。
兄は冷徹な目をしたまま足下に転がっている手首から先を拾い上げ、カジウラを羽交い絞めにしたまま固まっている救援隊のひとりに手渡している。
「きみの素行の酷さはテオルク様から報告を頂いている。それとは別に、きみのここ数年間も調べさせてもらったよ。きみと組んだ冒険者が何人も行方不明になったり遺体で見つかったりしているそうだね」
「おっ、俺が知るかよ!」
「ディナエルにロラウドにチャールズ。皆、行方不明や遺体で見つかった者の名だ。知らないわけないよね。さっききみが叫んでいたばかりだし」
受け取ったはいいが、救援隊も困るだろう。
だがそれを指摘して手首が私に回って来ても困る。
そして何より。
「……今、俺の妹に何をしようとした?」
兄の声がいきなり低くなった。
怒っている。
これはどれだけ空気を読まないカジウラでもわからないほうがおかしい。
「話は後でゆっくりと聞かせてもらうおう。まぁ、その時の相手は俺じゃないけど」
その声を皮切りに、救援隊が再びカジウラを拘束する。
私に掴みかかる前までは〝単身モンスターに挑んで皆を守った勇者〟みたいに扱われていたのに、一転して罪人のようだ。
行為だけ見れば一辺境伯令嬢に殴り掛かった、と言うだけなのにこの扱いになるのは、兄の言う〝冒険者の失踪・死亡事件〟が弁明の余地もないほど裏が取れてしまっている、と言う証だろうか。
カジウラの話を聞く予定の〝誰か〟とは懺悔を聞く神官か、もしくは死刑執行人かもしれない、なんて怖いことを考えてしまう。
「あの、お兄様? どうして此処に」
だがそれよりも。
何故兄が此処にいるのだ。
兄王子たちが『自分たちもやってみたーい♡』なんて我が儘を言い出したのか!?
しかし物理突破の私はともかく、兄たちまでもがあの謎ポエムを解けなかっただなんてあり得ない。第一、あの厳つい双子顔は見当たらない。
「ああ、クリストファー殿下の暗殺が企てられているおそれがある、ってことでね」
「暗殺ー!?」
ちょっと待て。本当に暗殺なのか!?
数刻前の兄王子たち暗殺疑惑は十中八九兄のせいだけれども! 少し前の暗殺疑惑は私の憶測でしかなかったはずだけれども!
もしかして本当にカジウラが関わっているのか!? だからあの扱いなのか!?
いやでも、カジウラはどちらかと言えばクリストファーを守っていたはずだ。見た限りはそうだった。それでは!?!?
思わずカジウラが連れて行かれたほうを見るも、カジウラは既に連れて行かれた後で。
怒涛の急展開に脳内処理が終わらない妹を見て思うところがあったのか、兄は私と同じようにカジウラの去った方を見、口を開いた。
「……彼は暗殺とは関係ない。今のところは、だけれども」
兄曰く、クリストファーたちから私たちまでが連続で消息を絶ったことで、急きょ捜索隊が入ることになり、それに同行して来たのだと言う。
「消息を絶っただなんて大袈裟な」
おおかた『弟が間違えるはずがない!』と言う兄王子たちと『妹が間違えるはずがない!』と言う兄の声が大きすぎたのだろうと邪推する。
捜索隊の皆様とテオルクに申し訳が立たない。
「そうですよ。ただ単に物理でゴリ押しして失敗しただけです」
「……コンラート」
余計なことを言う義弟をひと睨みするも、義弟はそっぽを向く。
ディナエルを危険にさらしたことを根に持っているのだろう。大人げない……ではなく。
ただ単に続けて失敗しただけだ。失敗するはずがない、と高く買ってくれているのは有難いが、度が過ぎた期待は居心地が悪い。
兄はそんな私たちに軽く眉を寄せた。
しかしそれとは違うことを口にする。
「いや、失敗時の敗退ルートは別にあるんだ。此処はまだ調整が終わっていない未踏ダンジョンの一部でね。こちらに飛ばされるよう、最終トラップに何らかの仕掛けが施されていた」
「仕掛け」
何だろう。
クリストファー暗殺が俄然現実味を帯びて来た。
そうか、あの謎ポエムは正解だろうが不正解だろうが、此処に飛ばす仕様になっていたのか。
それじゃあ私の物理も正しかっ……
「物理でどうこうしようと言うのは仕掛けに関係なく間違いですからね」
……が、即座に否定された。
何故だコンラート。何故私の心が読める!?
義弟の謎能力に半歩遠ざかるも、当の本人はそっぽを向いたままで。
そして、そんな私たちを見る兄の目が怖い。
そう言えば、クリストファーはトカゲを『魔法省の子飼いだから大丈夫』だと言っていた。
『カジウラがいるから』とも。
兄の話からすると、此処に最初に来たのはクリストファーたちのパーティ。
つまりわざわざ道を外れて此処まで来たのは彼らが最初と言うことになる。
順路どおりに進まない時点で評価が下がると言うのに、何が出るかも知れない穴の先など普通は行かない。
コーネリアとマツリカがいる時点で、令嬢キラーなクリストファーが危険を冒しに行くはずがない。それこそ危険を上回るメリットがない限り。
とすれば。
此処に来ればメリットがある、とクリストファーに教えた者がいる。
『カジウラがいれば大丈夫だ』と。
そしてそれができるのは、クリストファーのパーティメンバーだけ。だからカジウラの関与も『今のところは関係ない』と濁されたのだろう。
でも誰が?
マツリカとクリストファーの関係に悲観したコーネリアが心中を謀ったのか?
それともカジウラがクリストファーの力をも手に入れようと画策したのか?
マツリカは……奴が暗殺だなんて高度な計画を練られるとは思えないが、コンラートや兄とハッピーエンドを迎えるためにはいずれクリストファーは邪魔になる。そう考えれば動機はある。




