42 悪役令嬢、トカゲを討ち取る。
トカゲはふらつきながらも動きを止めない。
よろけて壁にぶつかるせいで、先ほどからずっと土くれの落下が止まらない。
ただ、この状態に陥らせた私に狙いを絞ったのは確かだ。目がずっと私を追っている。
コーネリアはコンラートに任せているからいいとして、問題はカジウラだ。
トカゲの攻撃を受けることなく奴を回収するのは難しい。
いっそのこと放置しようか。
奴はディナエルの敵。奪った力は奪い返してやったものの、奴はそれを知らない。謝罪もなければ反省もない。
コーネリアに手綱を持ってもらったらと一時は思ったけれど、好意を抱いているわけでもなし、あんな産廃を押し付けるのは気の毒が過ぎる。
「クリス様、確認させて頂いてよろしいかしら」
先ほどのトカゲの攻撃からも窺えるように、黄昏の狂詩曲(仮)の効果は切れかかっている。
唯一の出口はモブ学生らに塞がれてしまっている。蹴散らして自分たちだけ逃げることは可能だが……。
悪役令嬢だから、と開き直ってもいいけれど、攻略対象たちからの好感度は一律に下がること間違いなし。
だったら、トカゲを討ち取ったほうが後々有利だろう。
まずはトカゲの関心を引き続けるべく、攻撃の手を止めない。
武器のないクリストファーには魔法で攻撃をしてもらう。そうして機会を待つ。
マツリカは……奴と共闘するくらいならひとりのほうがずっとましだ。
「何だ?」
「あの穴はどう見ても隠した痕跡がありましたでしょう? それに定められた順路からも外れておりますわね。なのに何故こちらに?」
「いや、だって此処は魔法省のダンジョンだから危険などないはずだろう? モンスターが出たとしても魔法省が飼っているわけだから人間相手なら手加減するだろうし」
「手加減した結果がアレですわ」
私はカジウラを指さす。
なるほど、最初から舐めてかかったと言うわけか。
言葉の通じる人間ですらあっさりと掌を返すことがあるのに、言葉の通じない爬虫類に手加減を期待するなんて何処まで脳味噌お花畑なのだろう。
兄ふたりに世継ぎが期待できなくなったからと言って、では第三王子に、とならなかったのは、クリストファーのこんな甘い考え方に因るものかもしれない。
今のこの状態も、トカゲの関心が私にある今はいいが、何時までもつことか。
カジウラがひとり放置されていることに、ひとりだけ取り残されるおそれに何時まで耐えられるか。
まぁ騒ぎ立てて美味しく頂かれてしまっても、それはそれで〝ざまぁ〟な展開だ。私は止めない。
が、今考えるべきはカジウラではなく、現状の打破。
それも良い方向に打ち破れなければ意味はない。
私はカジウラのことを頭の隅に押しや……ろうとしたけれども、いい加減置き場がないので、頭の外に放り出す。
これも今までの経験からすれば後で忘れたことを後悔するかもしれない。が、もともと私はカジウラどころかこの場の誰に対しても救助しなければいけない責を負っているわけではない。
もし負っていたとしても、カジウラの優先順位は最下位だ。
「手を貸して下さいな、クリス様」
「何をする気だ」
「とにかくトカゲを弱らせてなくては。本当は脱出したいところですけれど、」
チラリ、と入ってきた穴を見る。
モブ学生らが我先にと押し合いへし合いしているせいで肉の蓋が出来てしまっている。順序立って出て行けばもっと早く逃げられるだろうが、パニック状態になった人間に何を言ったって伝わらない。クリストファーが王族らしく命令したって聞かないだろう。
大丈夫。救援隊はじきに到着する。
それまで耐えろ。私。
「殿下はここから魔法を放って下さい。剣がなくてもできるでしょう?」
言いながら私はモブ学生が落として行ったらしき剣を拾い上げる。
愛剣に比べると大ぶりで重いが、使えないわけではない。
「義姉上! 思いつきで動くのはやめろとあれほど!」
「熟考したわよ当社比で!」
またしても説教をしてきそうな口ぶりの義弟を遮り、私はトカゲを見上げる。
「貴方は此処でコーネリア様たちを守ること。よろしくて?」
羽虫が顔の周りで飛び回るのが鬱陶しいように、私たちの小さな攻撃もそれなりに効果はあるようだ。苛立ったトカゲが尾を地面に叩きつける。
飛んできた瓦礫は、だが突如現れた土壁によって遮られた。
「きゃーっ! コンラート様がリカを守ってくれたでするんっ♡」
「貴女を守ったわけじゃありません!」
浮かれたマツリカの声から判断するに、この土壁はコンラートの仕業。彼の得意属性は土らしい。
何処までもオーエンらしいと言うか……氷魔法など使えないと言うはずだ。
「でかしたわコンラート」
「義姉上のためでもありませんから」
相変わらずのツンデレだが今だけは許す。義弟のおかげで動ける時間が増えた。
「クリス様」
土壁の陰からトカゲを注視しつつ、私はクリストファーに声をかける。
「ダンジョンに入る前、私たちは順路に沿って進めと言われましたわね。それに反して別の道に入り、そこで怪我をしたら、それは誰の責任になるのでしょう?」
またしても『順路に沿わない人がここにもいますけどね』と聞こえてくるが、気のせいだ。私は何も聞こえない。
クリストファーは所在なさげに視線を彷徨わせる。
「ゆ、勇者カジウラがいるなら大丈夫だと思ってしまったんだ。彼も任せろと言っていたし」
「私は今、責任の所在について聞いておりますのよ? 此処は魔法省の管理するダンジョン。探索をさせて頂いている私たちは、いわば他人の家に招待されているようなものですわ。
クリス様は他所様の家で飼われている犬を見て〝苛めても反撃してこないだろう、だってこの犬は人間に飼われているペットなんだから〟と思いまして?」
「いや、でも」
あくまでも自分の責任にはしたくないらしい。
が、その態度が自分の首を締めていると何故わからない?
責任を負わない権力者などただの暴君。彼が国王で私が領主の地位にいたのなら、独立を試みてしまいそうだ。
「まして同じように招待された客人が、苛められて前後の見境がなくなった犬に噛まれて怪我をして。なのに犬の飼い主が責任を取らされるのは理不尽な話ですわね。
それと同じ。貴族の子弟に怪我をさせたからと何の罪もない魔法省職員が責任を問われることになったら、誰も何も言わなくとも心の中では問題を起こしたカジウラ様と、見過ごしたクリス様を咎めますでしょう。そんなこと聡明なクリス様なら事前に察することができたと思っておりましたけれど」
「つまり、私に責任を取れとそう言いたいのか!? マルグリットは!」
クリストファーの言葉の端に怒りが滲む。
面と向かって「お前が悪い」と言われるのは、チヤホヤされるばかりだった王子様には辛いだろうが、事実を指摘されて逆ギレするなんて器の小さいことだ。
以前、忠誠を誓うと言ったけれども、私が領主になったあかつきにはジークラムから独立しよう。そうしよう。どうせ口約束だし証人もいない。
「……逆ですわ。誰も責任を取らないでいいように取り計らって頂きたいだけですの」
私はそう言い放つと、再び剣を握り直す。
マツリカやクリストファーを生かすために私が戦うなんて不本意すぎるが仕方がない。
今の私はまだ一介の辺境伯令嬢でしかないのだ。
「今から私がすることは犬を苛めるのではなく、正・当・防・衛・でしてよ」
クリストファーが頷くより前に地面を蹴り、近場の土壁を足掛かりにしてさらに飛ぶ。
「コンラート! 階段!」
私の指示にコンラートが何やら唱える。
と、さらに大小様々な土壁が現れた。
私はその壁を足掛かりに上へ、上へと駆け上がる。
「そこの勇者モドキ! よくごらんなさい!」
カジウラが見える。
何をするのだろう、と言う顔をしている。
「槌は、上から下に振り下ろすものよ!」
剣を上段に構え、そして。
「 破滅のっ 、雷槌!」
途端、狭い空間に雷鳴が轟いた。
次いで。
トカゲがどう、と倒れた。
「い、今の、マルグリットがやったのか!?」
「王族、そしてこの国の民を守るのはルブローデの名を背負う者として当然のことですわ」
オホホホ、と響く高らかな笑い声は、とてつもなく悪役令嬢らしい。
いや、悪役令嬢どころか悪の組織の女幹部でもいける。
行動自体は正義の味方と呼ばれてもおかしくないけれど、この笑い声を聞いた十人が十人、私を正義側とは思わないだろう。
カジウラが手も足も出なかったモンスターを私が一撃で倒したのが納得できなかったのだろうが、目の前にあるのは紛れもない事実。
正確には私が長々と喋っている間にフォルッツとディナエルにモンスターの頭上にまで登ってもらい、雷で誤魔化している間にトカゲの目に向かって飛び降りてもらっただけだが、わざわざ説明することでもない。
ただでさえ毛羽立っているのに此処まで歩きどおしで砂まみれになったぬいが目に入ればそれなりに痛かろう。
加えて、飛び降りる際、拳や剣を突き立てようが岩を抱えて飛び降りようが各個の自由としておいた。
地面を隆起させて転びやすくしたのはコンラート。
特に指示もしていなかったが、なかなかどうして、連携プレイは上手く行った。
救援隊がやっと到着し、穴付近に固まっていた学生らを運び出していく。
コーネリアも運ばれていった。
「殿下とマツリカ嬢には状況説明もして頂きませんとね」
と良い笑顔で言い放つテオルクが怖い。
もちろん私とコンラート、そして医務室に直行した学生らも例外ではないが、テオルクの物言いには”たとえ王族とヒロインでも、場合によっては情状酌量などしない”と言う意思が感じられる。
相変わらず権力にも世界の歪みにも左右されない人だ。表向きは。
クリストファーはトカゲに相対した理由を『魔法省の子飼いだから攻撃して来ないし、カジウラがいるから大丈夫だと思った』と言っていたが、その前にどうしてわざわざ順路から外れて此処に入り込んだのか、そのあたりは私も疑問に思っていた。
あの場にいた学生は私たちも含めて十一人。
途中でかち合うことがないよう間隔を空けて出発させていたパーティが、ルートから外れたあの場に四組も集まるはずがない。
私たちが合流しなかったら倒せないまま全員トカゲの腹の中におさまっていたわけで……私と同じように『悲鳴が気になって』ならまだしも、もしかすると『カジウラがいるから大丈夫』とかなんとか言葉巧みにクリストファーを誘い込んでトカゲに襲わせる〝第三王子暗殺案件〟が起きるところだったかもしれないわけで。
その辺も含めてきっちり聞き出してくれるだろう。
「嘘だ、何で勇者でもない女に」
救援隊の手当てを受けながら、カジウラが呟く。
素敵な名前の必殺技があれだけ連続で不発だったのだから、いい加減、力を奪い返されていたことに気付いてもよさそうなものなのに、未だ気付かないとは鈍いのか何なのか。
他人から力を奪い取ることができるのは自分たちだけ、と思い込んでいるのかもしれない。
予定では『俺の力を奪ったのかピギャー!!』と喚きたてるカジウラを前に『奪われたディナエルの気持ちを思い知るがいいわ!』と高笑いする予定だったのだが、まぁいい。
私は口角をつり上げた。
こういう時なんて言えばいいのか、私は知っている。
「あらぁ? 私、また何かやっちゃいましたぁ?」




