40 悪役令嬢、傍観する。
トカゲの攻撃に、カジウラの手から剣が離れた。
最後の自己主張とばかりにキラリと煌めき、弧を描いて落ちていく。
この暗い中の何処に反射するほどの光があるのか甚だ疑問だが、演出だと思っておくことにしよう。ツッコんではいけない。
と、私は剣を頭の端に追いやる。
今までの経験からいくと、完全に忘れてしまうと後で『あの時ああすればよかった』案件に発展するだろう。けれど、今問題にすべきは絶対に剣ではない。
空耳でなければ、剣が落ちたあたりで声がした。
剣に意思があって喋る機能でも付いていない限り、落下場所にはカジウラたち以外の誰かがいる。それも複数。
「……残念だわ。テオルク様、いい方だったのに」
壁を破壊した張本人か、野次馬巻き込まれ組か。
カジウラに加勢するでもなく座り込んでいる様子からして怪我を負っていると見受けられる。
もしこれで、
『俺たち一般人だもんねー! 戦うのは勇者の役目だもんねー☆彡』
なんてつもりで座り込んでいるのだとしたら、トカゲの前に奴らを一掃するところだが、さすがにその想像は悪意が過ぎるだろう。
「まだ失脚が決まったわけじゃないですから。って言うか、それを阻止したいんじゃないんですか!?」
「だってもう怪我人が出ているのなら手の施しようがないじゃない」
もし私が聖女なら回復しまくって証拠隠滅を図れるのに。
けれど悪役令嬢にそんな力はない。
この世界は〝悪役令嬢が主役を張るストーリー〟ではないし、主役はマツリカなのだ。
彼らが全員何処かしらに怪我を負っているのだとしたら、手持ちの回復薬では足りない。
しかしこの場で回復魔法が使えるのはマツリカくらい……となれば、『あの女に頭を下げるくらいなら潔く失脚してもらおう』と思うのは自然の摂理だと思いませんかテオルク様?
学園は一度は潰れたほうがいいと言っていたことだし、此処を離れて独自の観点で新たな学園を作って下さい。貴方ならできるわ!
と、心のテオルクを激励するに留め、私は穴の縁に足をかけた。
「義姉上! 考えなしに行動するのはいい加減自重しましょう!」
「コンラート、これはチャンスなのよ?」
義弟の制止を振り切り、私は歩を進める。
そう。全てにおいてこれはチャンスだ。
私の力を知らしめるための。
マツリカよりも上に立つための。
テオルクを失脚させないための。
カジウラを退場させるための。
王道展開なら一発逆転だか起死回生のナントカだかが起きて勇者が勝つであろうこの場面。
悪役を冠した令嬢なんて、『何故出て来た』と失笑されるレベルで瞬殺されて終わりだ。
しかし勇者にミラクルは起きない。
何故なら!
奴の中でメインを張っていたであろうディナエルの力は、既に奴の中にはないのだから!
穴の外からはよくわからなかったが、トカゲのいる此処は円形のホールのようになっている。典型的なダンジョンボスの部屋だ。
この手の部屋は冒険者が足を踏み入れると出入口が塞がってモンスターを倒さない限り出られない、なんて鬼畜設定だったりするけれど、入ってきた穴が塞がる様子はないようだ。
魔法省管轄だからか、ともあれ何かあれば逃げ出せる、と言うのは結構心強い。
「マ、マルグリット! どうして此処へ!?」
私の登場にクリストファーが真っ先に反応したのは、令嬢キラーとしてまぁ順当なところだろう。
質問の意図が『どうして此処へ!?』か『どうして(不正解のはずのお前らが)此処へ!?』かで今後の対応を考えさせて頂きたいが、それは此処を出てからゆっくりお伺いするとして。
「ごきげんようクリス様。と、皆様。悲鳴が聞こえたものですから素通りできませんでしたの」
あの程度の謎ギミックなど私の前では児戯も同然だと言うのに。自分以外は誰も正解ルートに辿り着けない、と思うだけの根拠でもあったのだろうか。
私は私の方を見もしないカジウラを一瞥する。
目を離した一瞬の隙が命取りになることくらいは、他人の力におんぶしていたエセ勇者でも知っているらしい。
彼は視線をトカゲに向けたまま、
「来てもらったところ申し訳ないけどな! これは俺の獲物だぜ?」
威勢のいい声を上げた。
先ほど見た時はひとりだけ満身創痍だと思ったが、声には随分と余裕がある。
女の前ではカッコつけたい男心かもしれない。その初々しさは尊重してやりたいが、しかし。
「獲物を前にして、あなたの〝得物〟がないのではなくて?」
「はっ! 勇者カジウラ様を舐めてもらっちゃあ困るぜ」
その威勢は何時まで続くことやら。
カジウラの剣は先ほど吹き飛んだ。
オーケストラでバイオリンの弦が切れた時のリレーのように、もしくは『新しい顔よー!』と剛腕と驚異のコントロールで投げ戻すように、剣をカジウラの手元にまで戻すファインプレイを観客らがやってくれればいいけれども、そこまで気が利く者はいない。
だが、そんな不利な状況にも腐ることなくカジウラは腰を落とし、指先を揃えて真っ直ぐに伸ばす。
「ってことだ。手出しすんなよ?」
負ける気などさらさらないらしい。
まさかとは思うが、自分の身の丈の倍以上あるモンスター相手に手刀で立ち向かおうと言うのか?
正義の味方によくいる、必殺技は最後にとっておくタイプなのか?
一発逆転なのか!?
その自信は何処から来るんだ!?
「破滅のぉぉお、雷、 槌 !」
カジウラはそう叫ぶと手刀を下から上へ、斜めに振り上げた。
……しかし、何も起こらない。
「ネーミングセンスがクソダサいわね」
「義姉上、そう言うことはご本人の前では言わないほうがよろしいかと」
いけない。どんな技だかさっぱりわからない謎の必殺技に少しは期待していたらしい。
期待していた分、反動で棘を吐いてしまった。
でもこれはカジウラが悪い。
第一、槌とはそもそも上から下に叩きつける道具なのに、何故下から上へ振り上げる!? 絶対にカッコよさそうな名前だからってだけで選んだでしょ? あなた。
「煩い煩い煩い! 今度が本番だよ!! 破滅のっ ! 雷 、 槌 !!!!」
クソダサい必殺技名が再び洞窟内に響き渡る。
だがやはり何も起きない。
起きるはずがない。
うすうす予想していたことだが、破滅の雷槌
はディナエルの力──素手で薪を作り出すあの技──頼りだったようだ。
二回も失敗したカジウラに、周囲が騒めき始める。
そうだろう。なんせトカゲをあっさり退治してくれると思っていた勇者カジウラに『もしかしたら負けるかもしれない』フラグが立ったのだから。
「俺の実力はこんなもんじゃねえ!! 剣だ! 剣があればっ!」
そんな空気が耐えられなかったのか、カジウラは叫ぶとクリストファーから剣を奪い取った。
王族の持ち物を奪うなんて不敬罪どころではない。
それでも、ちゃんとトカゲを倒せれば不問に付してもらえるかもしれないが──。
「破滅の雷槌!!」
──悲しいかな、手刀を剣に持ち替えたところで何も変わらない。
それどころか鱗に弾かれ、剣はポキリと折れてしまった。
……王族の、高そうな剣が。
「あああああああああああ! 母上に買って頂いた剣がぁぁぁぁぁああ!」
クリストファーの残念すぎる叫びが響き渡る。
いや、母上に買って頂いた剣って……言葉どおりなんだろうけれどマザコンっぽく聞こえるからやめてほしい。けれど時既に遅し。
『ハンマァァァァァ……』と『ケンガァァァァ……』がわんわんと響く。
トカゲまでもが煩そうに首を振っている。
その僅かな隙に、カジウラが走った。
目指すは先ほど弾き飛ばされ、転がったままの己の剣。
「どけぇ!」
と、座り込む学生らを蹴散らし、踏み潰しながら剣を取り返したカジウラは、トカゲを見上げて不敵に笑う。
勇者の剣だ。借り物の剣では実力が出せなかったが自分の愛剣なら、と言いたいのだろう。『こんなこともあろうかと』な魔力も仕込んであるかもしれない。
カジウラは仁王立ちで剣を振りかざした。
そして。
「轟・雷・剣っ!」
叫んだ。
沈黙が通り過ぎて行った。
「雷が好きなのね」
「義姉上ってば!」
やはり何も起こらなかった。
彼の〝勇者の力〟は複数の冒険者から吸い上げたものだと聞いていたのだが、ディナエル以外はカスだったのかもしれない。
「くっそぉ! 黄昏の狂詩曲!」
「殲滅の不知火!」
「絶っっっっ界っっ!!」
カジウラはその後も次々とカッコいい技名を叫んでいく。
名前からでは全く予想がつかない技ばかりだ。
どのあたりがカタストロフィでラプソディで不知火なのか是非とも実物を見たかったのだが、残念なことに、ひとつとして発動することはなく。
「何でぇぇ!? 何で力が出ねぇんだよ!」
カジウラは叫びながら愛剣をブンブンと振り回す。
瓶の底に残った水を振って出そうとしている様に似ているが、周囲の学生にとっては笑って見ていられる微笑ましい光景などではない。
雷は出なくとも、刃は付いている。
当たれば切れる。
ただでさえ動けなくて座り込んでいるのに、その至近距離で剣を振り回されては堪ったものではない。
「くっそテメェ! 危ねぇじゃねーか!」
と貴族らしからぬ暴言を吐く者。
「これだから平民上がりは嫌なんですよ!」
と貴族らしい嫌味は忘れない者と様々だが、阿鼻叫喚には間違いない。
なにこの地獄絵図。
そして。
トカゲだって何時までも受け身でいるわけではなかった。
ふいに片腕を横に振る。
その仕草は、幼児が目の前の気に入らないものを片腕で払う様に似て──。
剣に気を取られていたカジウラは、突然近付いてきた腕に初めて恐怖を浮かべた。
しかしそれも一瞬。
彼は逃げ遅れた学生もろとも弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
トカゲの一太刀が破滅の雷槌と同じ動作だったのは皮肉としか言いようがない。




