39 悪役令嬢、謎ルートを発見する。(☆)
そうして意気揚々と進むこと数分。
あたりが暗くなるにつれ、高揚した気分も下がって来た。
「道、間違っていませんか? 義姉上」
「そんなことないわよ」
コンラートの問いに返しながらも、何となく一抹の不安と言うものがモヤモヤッと膨らんでいくのを感じる。
いや、だって鍵は差したし。通路も出たし。
間違っていたらそもそも通路など現れないはずだし。
「やはり物理で突破するのは駄目だったのではありませんか? きっと此処は解読に失敗した敗北者ルートなんですよ」
道は謎ポエムの前までに比べると段違いに暗い。
暗いと言うことはつまり、例の発光微生物が反応していないと言うことで。
言い換えれば、此処を通った学生の数が少ないと言うことで。
「でもダンジョンって奥に行くほど暗くなるじゃない? 暗いのはラスボス前の演出よ!」
なんて言ってみたところで、
「それも女の勘ですか?」
「初心者ダンジョンですから失敗したって出口には着けますよ。気を強く持ちましょう」
「今日はアップルパイを焼くってペトラさんが言ってましたから早く帰りたいですね」
物理で強行突破は間違いだった、と私以外全員が思っているようで……コンラートだけならともかく、フォルッツとディナエルまでもが『今回はもう終わりにしましょうね』的な面持ちで宥めてくると、どうにも反論しにくい。
が。
『ダンジョン攻略なんて攻略対象とヒロインだけでやればいいじゃない』、『クマだけでやればいいじゃない』と思っていた手前、言える義理ではないけれど、このままイベント終了するとなるとやり残した感が半端ない。
なんせクマたちに任せて何もしていない。
いや、省電力モードで彼らに任せておけばいいや、とは思ったけれど。
テイム使いを最下位クラスにはしないだろう、とも言ったけれど。
上位クラスなんて窮屈なだけだけれども!
けれど実際に下位クラスからそれを言ったところで、負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
こういう〝努力は嫌いなのよ系〟の台詞は、上位にいてこそ輝くもの。でも、今の私には上位に行く術が……能力と成果を見せるチャンスがない。
今までの判断が全て悪手に思えてくる。
マツリカのパーティにはカジウラがいる。
脱落する(かもしれない)私たちとは逆に、どんな時でも正解ルートを選ぶことができる〝転生勇者〟スキルを持った男がいれば、あの謎ポエムも正解しているだろう。
そうでなくとも勇者なら知力、体力、時の運も遥かに高い。
ディナエルの力を失ったとは言え、複数から力を奪っているカジウラはまだ〝一般人より高い能力・1〟も〝同・2〟も〝同・3〟も有り余っているだろうし、マツリカの力も未知数。
彼らが下位クラスに配されることは、このままなら『ない』と言っていい。
つまり、このままでいけば今後私は彼らから下に見られるわけで……。
乙女ゲーム的に言えば、このダンジョン攻略はヒロインと攻略対象が近付くきっかけのひとつでしかなかった。
さらにマツリカ曰く、最推しはコンラート。推測される次点は兄、ユリウス。
となれば、それ以外の攻略対象とのイベントなど何の意味もなく、
『クリス様はもうマツリカを〝真実の愛〟としては見ていないから同じパーティにいる必要はないわ』
と余裕をブチかました過去の私を張り倒したい。
少なくとも同じパーティにいれば、彼らより下になることはなかった。
あとはコーネリアに任せるしかないが、彼女が上手く立ち回ってマツリカから活躍の場を奪い取ったところでコーネリアの評価が上がるだけのこと。
マツリカは多少下がるかもしれないが、私が何もしていない事実は変わらない。
「私、悪役に向いていないのかしら」
「だから私に同意を求めないで下さいって」
義姉が思い悩んでいると言うのに、相変わらず義弟は素っ気ない。
こいつが親身になって相談に乗って来るほうが裏がありそうで気持ち悪いのだけれども、でも。
その時だった。
「向こうから声が聞こえませんか?」
とある分岐で、ディナエルが片手を耳に当てて、聞くポーズを取ったのは。
同じように耳を傾けてみたが、私の耳には何も聞こえない。コンラートとフォルッツも同様のようだ。
しかし常人には理解できない技の一つや二つや三つや四つは持っているディナエルの耳なら、私たちが捕らえられない極小な音も聞き取れるかもしれない。
「モンスター?」
「いえ……人の声みたいです、けれど、悲鳴? みたいな」
「悲鳴?」
悲鳴とは物騒な。
あとは出口に向かうだけの敗北者ルートに今更モンスターが出るはずもなし、何があったと言うのだろう。
「行ってみましょう」
魔法省謹製の障壁が壊れてモンスターが入り込んだのか、壊したところで運悪くモンスターとエンカウントしてしまったのか。
後者なら悪いのはその〝誰か〟だが、怪我人でも出ようものなら間違いなく学園計画は白紙撤回。責任者のテオルクの首が飛ぶことも間違いない。
「義姉上! 順路はこちらですよ?」
より一層暗い道に足を踏み入れようとした私とディナエルを遮り、コンラートは壁に大きく掲げられた『順路→』と言う看板を指さす。
初心者向けだから設置されているのか、敗北者ルートで通る者が少ないことを想定してのことなのか。矢印に『これ以上手を煩わせないでくださいね』と(いい笑顔で)微笑むテオルクが重なって見えるのは気の迷いだと信じたいが、今はそんなことを言っている場合ではない。
今度は聞こえた。声らしき音が。
「人命がかかっているかもしれなくってよ?」
「だからって素人が首を突っ込むのは迷惑なだけです。ここは救援隊に任せるべきでは?」
義弟の言うことは一理ある。
このダンジョン攻略は授業の一環。危険に対して何も配慮していないはずがない。言われるまでもなく既に救援隊はこちらに向かっていると思われる。
だが状況から推測するに、悲鳴の主は面白半分に、もしくは先ほどまでの私のように功を急ぐあまりに初心者ルートから外れ、対処できないレベルのモンスターに遭遇した可能性がある。
そしてダンジョン内にいる学生はパーティ単位で動いている。
素人を混ぜた戦闘は単身よりも負荷が増す。救援隊が到着するのを悠長に待っていては最悪、人死が出る。
「白紙撤回は免れなさそうね」
よもやこんなに早く学園計画が終了するとは。
一度頓挫した計画はそう簡単に復活しないから、私が学生らしい年齢のうちに再び学園ができることはないだろう。
ここで潰れれば当然のことながら卒業パーティは開かれない。
パーティが開かれなければ断罪もされない。
断罪が待ち構えている悪役令嬢としては願ったり叶ったりだが──。
「何故学園が終わること前提なんです? 悪役令嬢だの王子と婚約だの学園だのと無理やり乙女ゲームに沿うよう歪まされてきた世界が、この程度で終わるはずないじゃありませんか。テオルク様に全責任を押し付けて終わりですよ」
「それは困るわ。学園が残ってテオルク様が失脚だなんて、私の明るい将来設計が台無しよ」
学園が終わるのなら万々歳だが、学園が残った上で協力者だけ失脚だなんてことにでもなったら面倒どころではない。
テオルクも攻略対象かもしれないが、現時点では私のほうが好感度は上。つまり味方だ。
断罪回避に向け、味方を減らすのは惜しい。
それに今後、もしテオルクが掌を返してマツリカ側に立つことがあったとしても、今回の例を参考にすれば退場させるのは簡単だ。
〝学生の誰かが怪我をする。〟
配役が間に合わなければ私自身を使ってもいい。
不慮の事故は何時何処で起きるかわからない。貴族の子弟と言う立場を使えば、指先を切っただけでも学園の責任を追及することは可能だ。
だが、今はまだその時期ではない。
「だから、」
「悲鳴の主は自業自得でしょう? 悪役が正義面して助けに行くなんて血迷いましたか?」
悲鳴の主に私たちが合流すれば、初期魔法使いが増える。
一本の矢は折れても三本なら折れないように、初期魔法だって数を撃てば効果は見込める。こちら側に対策を練る余裕もできるだろう。
少なくとも的が多ければ敵を撹乱できる。
「テオルク様にもこの奥にいる彼らにも恩を売る絶好の機会だわ。それに」
私は数歩先で立ち止まり、私たちのやりとりが終わるのを待っているらしいディナエルを見下ろす。
「あの声はカジウラよ。奴に一泡吹かしてやれるチャンスではなくって?」
勇者が悲鳴を上げるなんて、どれほどの敵と遭遇したのか。
ディナエルの力ひとつ奪い返された程度で弱体化するはずもないのに。
あのパーティには『回復魔法が使えるすっごい女の子』もいると言うのに。
奴らの力が及ばない敵だなんて、ワクワクが止まらない。
「……先ほどの問いですが……義姉上は心底悪役だと思いますよ」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
私は薄く笑うとディナエルの後を追う。
しばらく進むとそれはあった。
無理やりこじ開けた穴。その先は真っ暗で、どう考えても今回の初心者向けルートではない。
「カジウラが穴を開けたのかしら」
「何のために?」
「勇者がモンスターを倒さなくてどうするのよ」
軽口で応戦しつつも不安は確信に変わる。
カジウラのスキルは〝転生勇者〟。ダンジョンの正解ルートを見つけることができるスキルだ。
つまり。このどうにも不正解にしか見えない通路こそが正解、に他ならない。
穴を覗き込めば案の定、向こうには空間が広がっている。
足下も均されていないし、何より障壁の向こう側。中級か上級……とにかく初心者向けではないことがうかがえる。
だが、此処こそが正解ルートなのだから躊躇する理由もない。
「行くわよ」
「待って下さい」
踏み出した矢先。コンラートに小声で止められた。
暗闇に目を凝らせば人影らしきものが見える。
人数で言えば四人ほど。
間違いなくカジウラたちだろう。
巨大なトカゲのようなモンスターに対峙してひとり前に立っているのがカジウラ。
その数歩後にいるのがクリストファー。
クリストファーの背に庇われるようにしているのがマツリカとコーネリア。
『いやぁん、リカ、怖いでするぅぅん』
とクリストファーの腕に乳を押し付けて媚びているのではと思ったが、マツリカは暇を持て余した顔で突っ立っている。
戦う気はないようだ。
”自分は回復要員”だと思っているのか、戦うのは勇者の役目だと思ってるのか。それとも空気を読んだのか、退けられた後なのか。
怯えた様子でも見せれば多少はかわいげがあるものを、もしかするとカジウラの敗北を足掛かりに華々しくバトルデビューする腹積もりかもしれない。
コーネリアは胸の前で杖を握っている。
カジウラやクリストファーの援護をしたいけれども、あまり役に立てていないと言ったあたりだろう。することがないなら『ついうっかり』、至近距離にいるマツリカにぶっ放せばいいものを。
後ろの三人はそれほどではないが、カジウラは絶体絶命のピンチといわんばかりに肩で息をしている。
王子と令嬢しかいないパーティだから自分が戦うしかないと思っているのか?
〝転生勇者〟スキルはルートがわかるだけでそのルート上の障害──排除できるかできないかに関わらず──までは考慮してくれないのか?
だとすれば。
「さすがは勇者ね。これでトカゲを倒せたら上位クラスどころか高い地位に登用してもらえるわよ? 倒せたら、の話だけど」
この惨状は、『ルートは正しい。但し、カジウラが倒せる以上の強敵がいた』と言うことか!
「義姉上」
思わず手を叩くとコンラートにたしなめられた。
彼はカジウラがズタボロになっている光景を前に胸が躍ったりはしないのだろうか。
「彼はあなたにとっても敵でしょう? この光景を見て喜べないの?」
「他人の不幸を嗤う人間にはなりたくありません」
「甘いわね」
綺麗ごとではディナエルは守れないし、貴族社会でもやっていけないわよ?
そんな目でコンラートを見るも、彼の「あ」と言う声に私の意識は再び目の前の光景に引き戻された。




