38 悪役令嬢、謎を解く(物理で)。
何故止まっているのだろう。早く行こうと言ったのはコンラートなのに。
理由、そこに道がないからだ。
と言うわけで。
「あらぁ? 道を間違えたのかしら」
嫌味を投げたら、
「違いますよ。簡単なトラップです。まさかとは思いますが、私が行き止まりで手をこまねいているとでもお思いになっての発言でしょうか?」
倍になって跳ね返された。
「……そんなわけないじゃない」
「さすがです義姉上」
ちっとも「さすが」とは思っていない顔で、コンラートは腕が一本入るか入らないかの大きさの穴を指し示す。
ネチネチと揚げ足を取って来ないのはいいが、こちらが凹まされたまま反撃の機会を封じられるのは不愉快だ。が、それを言って狭量認定されるのも。
と言うことで私は気にしていない素振りのまま穴を一瞥する。
穴はちょうど目線の高さ。見落とすほうが難しい。
さらにその横には壁を掘って作ったと思われる、松明らしき棒を掲げた小さな女神像があり、床には無数の鍵が散らばっている。
じっくり見るまでもない。これで「何もなかった」と引き返すなら注意力散漫どころか視力低下を疑うレベルだろう。
「この穴の奥に鍵穴があるんですよ。そして鍵は此処に」
コンラートの説明を聞き流しながら、しばし考える。
もう少し捻った仕掛けなら鍵から作らせるところだが。
私は足下から数本の鍵を拾い上げる。
もしかすると無数の偽物の中から一本の本物を見つけ出す前準備作業でもあるのかと勘繰ってみたが、形も重さも違うようには思えない。
鍵山の下に正解の鍵の形をした穴が隠されているわけでもない。
いくら初心者向けとは言え馬鹿にしすぎじゃないのか?
しかしこれは魔法省側からすれば、〝初期状態に戻す手間〟がいらないと言うことでもある。
なんせ正解の鍵は捨てるほど置いてある。通路のほうを一組通り過ぎるか時間経過で閉じる仕様にしておけば、初期化要員を常駐させる必要もない。
「鍵穴に差せば、この壁がどうにかなるって寸法ね。簡単じゃない」
「そうでもないようですね。腕を目いっぱい伸ばしても届かない絶妙な長さの穴でして」
「ふぅん……此処で必要なのは知恵かしら。魔力かしら?」
私は腰に吊り下げた杖を取り出す。
入学時に学生ひとりひとりに一本ずつ配布されたその杖は、魔力を安定して出すためのものだと聞いている。
家庭教師の下で魔法を習っていた時は、杖など使わなかった。
これはルブローデが特殊なわけではなく、大半の貴族の子弟は皆そうだ。杖を使うのは魔術を生業とする者のみ──職業魔法使いや賢者、そして魔法省職員などに限られる。
それ以外が使ったところで特に問題が起きるわけではないのだが、『素人のくせにイキがって』みたいな目で見られることはある。
と言うわけで私たちが手にしたことのある〝杖〟は、流行りの物語の中で主人公が使っていた、なんて理由で販売されているおもちゃくらいだった。
だから配られた時には『本物の杖だ!』と教室中が沸いたことを覚えている。
その杖の出番がやっと回ってきたと言うことか。
「この杖の先端に鍵を括りつければ届、」
「……くだろう、なんて安易な考え方はしませんよね? そもそも接着剤もないのにどうやって付けるんだって話ですが」
相変わらずコンラートのツッコミが冷めていて辛い。
いや、私だって物理的に使うためのものではないことくらいわかってはいるわよ!
ちょっとウケを狙ってみただけよーー!
気を取り直して。
この実技演習は剣や魔法だけではなく知恵や運も見極められる。
これまでのモンスター戦が全て力で押し通せるものばかりだったから今回は魔法。しかも火球や氷槍のような捻りも何もない魔法ではなく、少々違う使い方を試されている、と見た。
「氷で固めるのはどう?」
ダンジョンは武力と魔力、そして知恵でくぐり抜けるもの、とは子供向け冒険譚のお約束の前にテオルクの談にもあった。
実際に冒険者になってダンジョンを彷徨えば、ダンジョン攻略が汚泥や砂埃にまみれて何時間も何日も歩くだけだったり、何も得るものがなく終わったり、モンスターに食われかけたり、と決して心躍るものではないとわかるのだが、此処は魔法省管轄。
まして貴族の子弟ともなれば今回が攻略初回と言う者も多かろう。
だから最後にこんなお遊び的なものを用意したに違いない。
「魔法属性が氷でない者は脱落しますね」
「あなた使えないの? 氷の貴公子なのに」
嫌味混じりにそう言うと残念そうな目をされた。
氷は水の派生。水魔法をある程度極めてからしか上手く行かない。
コンラートが言うように魔法属性が氷でもない限り、使える者は極端に限られる。
「残念ながら私は、」
「とにかくやってみなければわからないわ!」
氷が駄目なら他で。
ともかく喋っているだけでは何も起きない。
「それがわかるんですよ」
コンラートは溜息を吐く。
「見れば一目瞭然なんですが、この穴、真っ直ぐじゃないんです。鍵の長さを伸ばせば、なんて単純な発想では無理ですね」
「……あらそう」
先に言いなさいよそう言うことは。と、……この流れでは何を言ったところで注意力が足りないだの何だのと言われるのがオチだ。話題を変えよう。
「皆この謎はクリアしたのかしら」
「自称・初心者向けですし、ここまでお膳立てされて脱落するほうが難しいのでは?」
「うっ」
先にダンジョンに入って行った者は誰ひとり残っていない。
「とは言え、時間切れで強制終了ってことはあるかもしれませんね」
私たちの後にはまだ何組ものパーティが残っている。
彼らに追いつかれ、協同して解いたのでは、自力で解いたパーティとの間に不公平が生じる。だから追いつかれる前に解けなければ強制終了としてこの場から排除されるのでは? と言うのがコンラートの見解だが、私もほぼ同意。
この謎解きには制限時間がある。言い争っている場合ではない。
「で、此処に暗号らしきものがあるんですが……ええと……〝女神の悲しみは空を覆う暗雲よりも重く、松明で照らしたところで晴れるとは思えず〟とすると、この松明に何かすればよいのでしょうか。火を点けるのか、明るく照らせばいいのか――」
「フォルッツ。あなたなら這って行けば鍵穴まで辿り着けるわよね?」
「任せて下さい!」
暗号を読み上げるコンラートの横で、私は手にしていた鍵を一本、フォルッツに渡す。
その鍵を抱え、フォルッツは穴に飛び込んだ。
「ちょ、義姉上!?」
「そんな謎ポエムを解読せずとも、鍵を開ければいいのでしょう? ほら、今流行りのテイムよ、テイム」
「待って下さい! 謎ポエムには続きがあって、〝誤った道を指し示した者には制裁を〟って」
コンラートがそう言っている間にもフォルッツは鍵穴に辿り着く。
そして。
「馬鹿ね。誤った道も何も、指し示さなきゃ問題は起きないわ」
ガチャンと言う音と共に目の前の壁が消え、通路が現れた。
松明を灯すなら炎魔法、明るく照らすなら光魔法。
正解のアクションを取れば鍵が届くと思われる。
炎も光も魔法基礎学の最初で習うし、指先で灯す程度の大きさなら初心者でもそう難しいことではない。
が、これを作ったのがテオルクのような一筋縄ではいかない相手なら、松明に熱感知を付け、灯すか照らすかの選択を間違えれば〝制裁〟が下りる──ように仕込むだろう。
そもそも灯すか照らすかの二択なのかも、最後まで読んで解読しなければ確かとは言えないわけで。
だったら最初からどちらも選択しなければいい。
論文ならともかく、謎ポエムでは読む者によって解釈違いもある。私やコンラートのように日頃から斜め上に考える癖がある偏屈者ならなおのこと。
だから! 解読不要!
要は鍵穴にまで鍵が届けばいいのだ!
「それでは試験になりませんよ」
「テイムを使ってはいけない、とは誰も言わなかったわ」
コンラートがやれやれと言いたげに頭を押さえているが、世の中は正攻法ばかりで回っていくものではない。
ダンジョンだってそう。
同じように最奥に到達するとしても、正攻法で何日も歩いて辿り着く者もいれば、隠し通路を見つけてショートカットする者もいる。どちらも間違いではない。
間違いではないが、世間一般には近道を発見したほうが後々まで賞賛されたりする。
人間とは常に『楽がしたい』と言う発想から便利アイテムを作り、進化発展してきた生き物なのだ。
「学生の能力ならこれまでので十分サンプルは採れているはずよ? あれだけ戦わせておいて判断できないと抜かすんだったら、魔法省はとんでもない無能の集まりね」
「義姉上は戦ってすらいないじゃないですか」
「私は参謀なの」
「そんなことを言って、最下位のクラスに振り分けられても知りませんよ」
「その時は一緒ねコンラート」
私より先にフォルッツとディナエルが倒してしまうのは私のせいではない。
それに私ばかり戦わないと言うけれど、手を出す暇がないのは義弟も同じだ。
ふたり揃って何もしていないのにモンスターを倒した実績だけ残るのは魔法省の皆さま方や先生方を悩ませることになるだろうが、それこそテイムのように第三の戦力が片付けたと思われて終わりだろう。
それに。
「大丈夫。どれだけ平等を謳っていようと、此処は貴族社会のひとつ。辺境伯令嬢の私が下位のクラスに振り分けられることなどなくってよ」
「……世の中の汚いところを見せられた気がします」
「早めに知ることができて良かったわね。綺麗なところだけ見て生きていけるのは幸せな子供だけだわ」
クリストファーもテオルクも『学園内は平等』と言っていたけれど、此処が貴族社会の縮図になっていることは間違いない。
そして開校初日にテオルクが『膿が溜まっている』『一度潰れた方がいい』と言うくらいなのだから裏では家格で忖度する──家の恥にならないよう、高位貴族の子息に下駄をはかせるなど──動きがあるはず、と言うのが私の読みだ。
それに実際のところ、授業で習っていない魔法まで行使できる学生を最下位クラス送りにすることはしないだろう。
そんな不毛な口論が続く中、壁が消えれば穴も消える。
穴の奥にいたフォルッツは腹ばいの体勢のまま地べたに落下していた。
水面でも腹を打ったら痛いのに、硬い地べたならどれほどか! と思うのは痛覚のある人身の話。中身が綿のぬいには何の影響もない。
フォルッツはポテン、と落ちたあと、
「いやあ、腹に鍵が刺さっちゃいましたよー」
と人身だったらスプラッタな惨劇になりそうな台詞を吐きながら、むくりと起き上がった。
「こんな大怪我しても痛くも何ともないなんてぬいぐるみ最高ですね!」
「私に賛同を求めないで下さい」
コンラートは大袈裟に溜息をつくと、フォルッツを取り上げ、腹の鍵を抜く。
生身の女性には毒ばかり吐くくせにぬいぐるみには優しい男子ってどうなのだろう。ディナエルの不幸がトラウマって人間不信になっているのだとしてもちょっと引く。
「先を急ぎましょう。まだ上位クラスに入る可能性はありますよ」
上位に入ったところで、クリストファーやコーネリアのような階級もプライドも高い奴らばかりだから窮屈だと思うのだけれども。
だが、私としてもこんな薄暗い洞窟にいたいわけではない。
先を行くコンラートの後をついて私も歩を進めた。
※説明不要かとは思いますが、テイムとは動物やモンスターを手懐けることです。
作品内の定義としては、氷と同様、得意属性が深く影響してくる高位魔法(才能)なので誰でもは使えない、としています。




