34 悪役令嬢、再会する。(☆)
その時だった。
「はわわわわ~!! ユリウス様でするん! 旋風の騎士ユリウス様でするぅぅぅん!!」
何処かで耳にしたことがある言い回しの叫び声が聞こえた。
出所は考えるまでもない。此処で語尾に『るん』をつけて喋る女はひとりしかいない。
が。
……ユリウ、
「マルグリット! 元気だったかい!?」
「ほわああ!」
〝ユリウス〟について考える暇すらなく、突然背後から抱きつかれた。
気配を全く感じさせることなく私の後ろを取るなんて、きっと名のある手練れ、などと推測を巡らすまでもない。
そんな者、私が知る限りひとりしかいない。
「お、兄様」
肩越しに振り返れば、小さい頃から全く似ていないと言われ続けた癒し系の顔が嬉しそうに笑っている。
ああ、私もこの顔に生まれたかった。
この顔なら悪役令嬢に抜擢されることもなかったどころか転移者を蹴落としてヒロインの座に君臨することも容易だったものを!
そう。彼はジークラム王国第一王子の護衛にして私の兄。ユリウス・ルブローデ。
今まで散々話題にだけは上げていたあの兄だ。
しかし。
「……何故こちらに」
気まずい。
非常に気まずい。
何故って、私は兄に会いたくないばかりに寮生活を選んだのだ。
兄は忙しい身だからタウンハウスと王城に近付かなければ接点はないと踏んでいたのに、よもや向こうから来るなんて。
『どうして寮に入ったんだ?』と聞かれれば答える準備はしてあるけれど、それで納得してくれるかどうかは別。
きっとなし崩しにタウンハウスに再引っ越しさせようとしてくる。兄はそう言うことにだけは知恵が回る。
「んー、ランドルフ様とアルノート様の付き添いでさ」
顎でしゃくった先を見れば、筋骨隆々とした肉体を白い軍服で覆った二人連れがクリストファーと談笑していた。
紅い飾りと青い飾り以外は軍服の意匠も顔も髪型も背格好も同じなあの屈強な男二人が、この国の第一王子ランドルフ殿下と第二王子アルノート殿下。
どちらがどちらか見分けがつかないのは、物語に関わって来ないからだと信じたい。
そんな兄王子たちの双子コーデに対して兄の軍服は黒。
三人並ぶと誰が主で誰が従だかわからないどころか護衛が一番目立つのだが……あえて兄王子たちを目立たせないよう視線誘導を狙っているに違いない。そう思うことにしよう。
しかしこんなところに王子がふたり揃って何しに来たのだか。
末っ子の晴れ舞台を見に来たとか? そんな、授業参観じゃあるまいし。……って。
「お兄様? 今更ですが、王子殿下二人を顎で指し示していませんでした!?」
「だって両手が塞がってるんだもん。しょうがないじゃない」
「『もん』じゃございませんことよ!? どれだけ親密な関係であろうとも不敬が過ぎますわ!」
これも兄が彼らの〝特別〟だからか!?
いや。何も考えるまい。
兄は私から腕を外すと、クルリと前に回る。
そして妙に儀式ばって私の手を取った。
「久しぶりだねマルグリット。実りの時期を迎えた麦の穂のように煌めく髪も、研ぎ澄まされた氷の如き瞳も、他に類を見ないほどに美しい」
「…………………………そんなことを仰るのはお兄様だけですわ」
麦も氷も今の私には地雷ワードなのだけれども、あえてそれを狙ったわけではないだろう。
が、それを置いても背筋が寒くなるような誉め言葉だ。長い都会生活で洗練された代償だろうか。
マクシミリアン様のマナー教育を受ける機会でもあって、クリストファー並のスケコマシ、もとい令嬢キラースキルを手に入れたのか。その手の台詞を聞かされる機会に恵まれ過ぎた(意味深)のか。
それを言う相手が私と、後はあの屈強な兄王子ふたりだけだと思うと、美丈夫と歯の浮く台詞の無駄遣いとしか言いようがないけれど。
「王都に来るって言うから一緒に暮らせると思って楽しみにしていたのに、顔も見せないまま学園に直行だなんてあんまりじゃないか。俺は何か気に障ることでもしたかい?」
ああ! 憂い顔まで麗しいっ!
そんな顔をしたら老若男女問わず全員堕ちますわ!!
と、気持ちの悪いことを言っている場合ではない。
これは兄の常套手段。この顔で、どんな時でも『私が悪かった』と言う返事を相手から引き出させるのだ。
昔からそのとばっちりは私に飛んできた。
かわいい、綺麗、癒し系な兄よりもツリ目で不愛想な妹のほうが悪く見えるのは当然のことだけれども、私への評価の三分の一くらいは兄が作ったと言っても過言ではないかもしれない。
そして、そんな一部は兄のせいでもある悪評から守るように、兄は私をかわいがるのだ。
自分だけが味方だと言わんばかりの顔をして。
「何が気に障ったかは胸に手を当てて考えて頂きたいものですわ」
「こう?」
照れ隠しに冷たい態度を取ってみるも、兄が素直に右手を胸に当てて小首を傾げる様を目の当たりにするとのた打ち回りたくなる。
何だその無条件愛され属性。マツリカよりずっとヒロインじゃな──
「兄上ぇぇえ!?」
──しかし私がノックアウトされる前に、突然響いたクリストファーの叫びが全ての煩悩を消し去って行った。
ありがとうクリス様、心の友よ! ではないけれど、何があった!? と振り返れば兄王子ふたりが鼻を押さえて倒れている。
敵襲か!?
暗殺者でも入り込んでいたのか!?
順番待ちが長すぎてだらけた空気が充満していた場に、一気に緊張が走る。
兄王子が二人とも暗殺されただなんて国家の一大事。
クリストファーの王位継承権が一気に繰り上がりました! これで世継ぎを産む産まないにかかわらず、彼と結婚すればもれなく王妃の椅子が付いて来ます! やったぜ玉の輿ィ!
と、そんなことを言っている場合でもなく!!
「ランドルフ殿下、ア、」
「大丈夫だよ」
動転してネタに走るばかりの頭を振り、それでも倒れている彼らに足を向ける。駆け寄ったところで何もできないのはわかっているけれど。
だが、兄に遮られた。
「お兄様!」
何故だ。
あなたはあの二人の護衛ではないのですか!?
「落ち着いてマルグリット。ランドルフ殿下たちは大丈夫。いつも日に数回、ああして倒れられるんだけど、すぐ元に戻るから」
「ええ!?」
『大丈夫』って、こういうのは慣れた時が一番危ないって言うじゃありませんか!
それも日に数回倒れるって、それって絶対に放置したら駄目な奴!! 精密検査が必要な奴ーー!!!!
ハラハラしつつも動けないでいるうちに、だが、兄王子たちはむくりと立ち上がった。
心配そうに取り囲む周囲に手振りで『問題ない』と言った彼らは、ちらりとこちらに目を向けて小さく手を振った後、何ごともなかったかのようにクリストファーとの会話を再開する。
「ほら大丈夫だったでしょ?」
「いや、でも放置するのは護衛としてどうかと思いますわ」
「ちょっと鼻粘膜が弱いだけだよ」
「鼻粘膜って」
鼻粘膜が弱い程度で倒れるはずがない。せいぜい鼻血を吹く程度だろう。
もっと他に原因があるはずだ。
いや。
ふと湧き上がったちょっとイヤンな疑念に私の頭は止まった。
まさかとは思うけれど……あの二人は兄の”胸に手を当てて~”を見て倒れたのではないだろうな?
耐性があるはずの私でものた打ち回りたくなったのだ。恋愛感情を持っている奴なら命を奪われかねないほどのダメージを受けるだろう。
しかも兄はあの症状を何度も──慣れ過ぎるほどに──見ている、と来た。
あの噂はやはり本当なのか?
兄は彼らのことを何とも思っていないようだし、その手の感情が向けられていることにすら気付いていないようだけれども、あの二人は確実に違う。
今はまだ事を起こしてはいないが、それも時間の問題。奴らが権力を盾に関係を迫ってきたら……って、兄なら確実に返り討ちにするけれど、それはそれでマズい。
たとえ非が向こうにあったとしても王族だ。お家断絶は免れない。
と、そんなことを考えている間にも。
「そう言えば殿下との婚約、駄目になったんだって?」
兄は私を拘束したまま爆弾を投下してくる。
まるで『俺がいるのに他人のことを考えて上の空になるのは許せない』と言ってくる束縛系彼氏のようなタイミングで。
「その腹いせで殿下ってば怪しい術に手を出して、嫁を召喚したって聞いたけど」
「……何も存じませんわ」
何処かで覗き見でもしていたのですか、と言いたくなりそうなピンポイントを突いて来るから返答に困る。
垂れ流したのはテオルクだろうか。
いや、”真実の愛”については私の予知能力(嘘)込みで王族の皆さま方は周知だろうから、兄に伝わるのも時間の問題だろう。
だが、この話題は避けたい。
特にコーネリアがいる前では!!
「それに殿下なら私など相手にせずともよりどりみどりですもの、もっと良い相手が見つかりましてよ?」
適当に流して適当に切り上げよう。
唯一の救いは兄も私も『殿下』としか口にしていないことだけ。この国に〝殿下〟は三人いる。第一王子か第二王子と話があった体で誤魔化すしかない。
大丈夫。現在進行形ならともかく破談になった過去だ。誤魔化しようはある。
「召喚術で?」
「運命の相手に出会い方は関係ないと思いますの」
早くこの話題から離れてくれ。
いや、私から別の話題を振ればいいのか。だが何を。
兄の近況? いや、うっかり兄王子たちとのイチャラブ話などが出て来ようものなら終わりだ。
「そんなことはないよ。この世界でマルグリットよりかわいくて聡明で王族の妃に相応しい女などいるものか!」
「お兄様は私に嫁に行ってほしい、と」
「えー! 何でそうなるー!?」
「それをランドルフ殿下たちの前でも言いましたでしょう?」
「え? 何で知ってるの? 予知?」
何でそうなるかは私の方が聞きたいですわよ、お兄様。
ともかく、クリストファーの嫁選びで私に白羽の矢が立ったのは絶対に兄の妹自慢のせいだ。確定した。
突然の兄の乱入にコーネリアもコンラートもただ唖然としている。
それだけではない。同じように順番待ちをしている学生らの視線も四方八方から突き刺さって来る。
そうだろう。こんなキラキラしたヒロイン属性の男がツリ目の悪役令嬢に抱きついているのだ。
そうでなくてもこの場にいるのは暇を持て余している者ばかり。珍しさでいけば兄王子たちの方が上だけれども、あちらは不躾に見たら首が飛ぶ。
「そう言えばルブローデに面白い習慣が出来たんだって? ランドルフ殿下とアルノート殿下が突然、人形を押し付けて来たから何ごとかと思ったよ」
「うわあああああ!」
例の〝戦場にぬい〟ネタは王城にまで届いてるらしい。
誰だバラしたのは。テオルクか!? クリストファーか!? って犯人捜しは後にするとして。
「え! ユリウス様もぬいちゃんを持ってますの!?」
「あー、ぬいちゃんって言うか……何か呪われそうな人形なんだけど」
食いつくなコーネリア!
お兄様も相手にするな!
だが、兄がポケットから出して来た〝人形〟を見て卒倒しそうになったのは私だけではなかった。
顔がやけにリアルなのは、コーネリアが前に言っていたカスタムドールの類なのだろう。それもモデルはランドルフ殿下とアルノート殿下。
『浮気をしたら許さない』みたいなしかめっ面をしているのが余計に呪いの人形を彷彿とさせる。
やめて下さいお兄様。私のライフはもう0よ!
……と実技演習が始まる前からそれでは困るのだけれども、今日はディナエルもフォルッツもクマッティもいる。ダンジョン攻略は彼らに任せて、後方でゆっくりさせてもらおう。
私は考えることを放棄して省電力モードに入る。
このところずっとなけなしの社交をフルに使って来たから弾切れ寸前。これだけの視線にさらされるだけでも、本当は引き籠り令嬢には辛いのだ。




