35 悪役令嬢、奮闘する。
しかし、周囲はそれを許してはくれなかった。
「マルグリット様? 先ほど『殿下』だの『嫁』だのと仰ったのは何のお話ですの?」
このまま呪いの人形にまつわる話が続きそうなところを踏み止まったのはさすがと言うべきか。遠慮しつつも、『必ず暴いてやるぜ』的な面持ちでコーネリアが声をかけてきたのだ。
兄と人形の乱入で虚を突かれたものの、あれだけパワーワードを乱発されれば気にならないはずがない。しかも〝殿下〟。貴族令嬢にとってそのワードで想像することはひとつしかない。
「……その話はもうおよしになって」
面倒くさいがもうちょっとだけ頑張れ、私の演技力と社交性!
心の中で私自身を激励しつつ、彼女から顔を逸らし、肩を震わせる。
これで少しは婚約破棄されて傷ついているように見えるだろうか。勝手に勘違いして、気を遣って、引いてくれればいいのだが。
後は……婚約破棄を提案したのが私から、と言うことを知っているのはこの場では義弟だけだけれども、奴は乞われてもいないのに説明を始めることはない。しかも初対面の相手に。
と言うことで、隠し通せる。絶対に!
とにかく殿下=クリストファーの図式は絶対にコーネリアにだけは知られてはならない。
知られれば、『初心者だから放った魔法がついうっかり逸れ』たその先が、マツリカから私に変更になる。私はまだ死にたくはない。
「え、あ、ごめんなさい。私ったら」
案の定、コーネリアは私が断られた側だと思ったようだ。
王家からの打診なのに実際に会ったら断られた、なんてどれだけ地雷物件なの私、と苦笑してしまうけれど、令嬢の中の令嬢たるコーネリアが他人の不幸を吹聴して回ることはない。
よく頑張った私! と安堵する暇もなく。
「クリス様、ご紹介してほしいでするん!」
今度はマツリカがクリストファーを引き摺るようにしてやって来たのだ。
その後ろからはカジウラまでもが付いて来る。
『パーティは団体行動するのが基本。演習は待機している今から既に始まっているのだよ!』と思っての行動……とは、コーネリアを野放しにしていた時点で違うだろう。
きっと面白そうだと思ったから来ただけだ。
なんせ『面白いものを見せてやる』と言う名目で誘われて此処にいるのだから、言った本人が動けば奴ももれなく付いて来る。
が、何故来た!
いや、来た理由は今しがた並べ立てたばかりだけれど、だからと言って来ていいとは言っていない。
特にマツリカ。貴様は駄目だ。
思えば兄登場時からナントカの騎士とか叫んでいた。義弟の氷だか黒薔薇だかの異名と同じジャンルから出て来たっぽい名を。
そこから考えるに、兄が例の乙女ゲーム系ストーリーで攻略対象だった可能性は非常に高い。
義弟を最推しと言い切った以上、マツリカが兄ルートを選ぶことはない。
しかし例の攻略対象あるあるでいけば、彼らはヒロインと結ばれなくてもヒロインの味方をすると言う。
兄が敵に回るのは、出会って日の浅い義弟が寝返るよりもずっと不利だ。それは避けたい。
「こちらは?」
兄は笑みを湛えたまま私を見る。
第三王子の顔を知らないはずはないから、聞いているのは間違いなくマツリカについてだろう。
悪役令嬢の私がヒロインと攻略対象との仲を取り持つことになるとは。複雑極まりない。
「……ヨルム男爵令嬢マツリカ様ですわ」
「男爵令嬢?」
兄は笑顔のままだ。
が、声のトーンが下がった。
『男爵令嬢の分際で何故王子と腕を組んでいるんだ? どの令嬢にも引けを取らないかわいい妹との婚約を破棄してまで付き合っているのがこの非常識女なのか?』と思っている、とは私の希望的観測。
攻略対象らしく『男爵令嬢なら王族より俺の方が釣り合うぜ? YOU、乗り換えちまいなよ』と策略を巡らせているかもしれない。兄はそんなキャラではないけれど、長い都会生活と乙女ゲームの強制力を侮るのは危険だ。
どうしたらいい。
どうしたら兄がマツリカに興味を持たないようにできる?
「私は聖女マツリカでするん! で、こっちがクリストファー殿下でするん!」
疲労で動かない頭を絞っている間にも、マツリカはズイ、と距離を詰める。
ああその位置。〝うっかり転んだら攻略対象の胸の中でした♡〟な位置じゃないか。
駄目だ。せめて盾になって邪魔しないと。
「知っています」
「ほぁぁぁあああ! ユリウス様がリカのことを個人的に知っているって、うひゃぁぁぁあああ!」
マツリカは奇妙な雄叫びを上げ、小躍りする。
何処ぞの少数民族(狩猟系)が火の回りで踊っていそうな動きだ。腕を掴まれたままのクリストファーが振り回されている。
待て。
兄が『知っている』と言ったのはあくまでクリストファーのことだろう。
庶民ならいざ知らず、第一王子の護衛が第三王子の顔を知らないはずがない。なのにわざわざクリストファーを紹介してきたからそう言ったのだ。
よくよく見れば、あの顔に本音を出さない兄の眉間に、皺が一本増えている。
第三王子を差し置いて男爵令嬢が先に名乗った時点で(令嬢にあるまじき奇怪な踊りも含め)、兄の好感度は激下がりしたと思われる。
変な雄叫びを上げている場合ではないですわよ?
とは、彼女の好感度が下がったところでミリほども関係ない私は言わないが。
「ユリウス様はぁ、クリストファー殿下のことはどう思ってるんでするぅん?」
マツリカは鼻にかかったような甘え声を上げる。
男と腕を組みながら他の男に媚びを売るなんて、そのチャレンジ精神には敬意を表したいくらいだ。
だが、気力MAXな時なら『見苦しいですわ!』と悪役令嬢らしい台詞のひとつも吐いてやったのだが、すまぬマツリカ。今の私にその務めは果たせそうにない。
私は黙ったまま成り行きに任せることにする。
しかしその問いは何だ?
初対面で『私のことをどう思う?』と聞くほどには自意識過剰でないのか、それとも後々に控えているイベントに向け、兄のクリストファーへの信頼度を知る必要があるのか。
マツリカが進めている乙女ゲームが〝|血塗られた叛逆〟に似ているとは言え、あくまで似て非なるもの。私の抗いの成果か元から違っているのか、あのストーリーどおりには進んでいない現状、マツリカの意図が読めない言動は酷くもどかしい。
「……何故そのようなことを?」
兄はマツリカに向けていた視線をそのままクリストファーに向ける。
余程冷ややかだったのだろう、「すまない! マツリカは貴族になって間がないんだ。大目に見てやってくれ」とクリストファーは土下座しそうな勢いで頭を下げた。
王族が女の尻拭いで辺境伯令息に頭を下げる羽目になるなんて、どれだけ女運がないのか。
令嬢キラーでモテモテなんだからもっとまともな女もよりどりみどりだろうに……これも攻略対象になってしまったが故の不幸なのか。
同じく攻略対象であろう兄と義弟はこの不幸を踏襲しないでほしいなぁ、なんて思いつつ、私は見守りに徹する。
すまぬ友よ、私のライフはまだ0だ。
「そうですね。私はいつも完璧な淑女である妹を見ておりますから、女性に対する評価も妹を基準にする癖がついているようです」
が。
どうやらそのあたりは心配する必要もなさそうだ。
クリストファーだけが不幸なフラグは立ったままだが、もうそれでいい。
「えー? リカが淑女? やだぁユリウス様ったらん♡」
流れる冷え冷えとした空気も読まず、マツリカは一人クネクネと踊っている。
兄の妹限定で腐る目にも、機会があれば妹を褒め殺しにかかる性格にも頭痛がするが、それよりも。
兄はマツリカが淑女だとは一言も言っていない。むしろ逆。どう聞いたらそう聞こえるのか、空気が読めないどころか国語力がなさすぎやしないか?
カジウラの言葉遣いの酷さと言い、彼らが元いた世界ではまともな教育すらさせてもらえなかったのだろうか。
……させてもらえなかったのだろう、ウツボだし。
褒めてもらったと勘違いしたであろうマツリカは私を見て「ふっ」と勝ち誇ったように笑った。
そして。
「ユリウス様には是非ともクリス様と仲良くなってほしいんでするん。これは聖女の命令でするん!」
「は?」
「マツリカ! 少し黙ってくれ!」
命令ときたよ。
失笑案件だが、クリストファーにしてみれば笑いごとでは済まない。
兄は第一王子が〝懇意にしている相手(意味深)〟。そこを声高に言いたくはないが、ただの騎士団員でも辺境伯令息でもない。クリストファーのほうが兄より地位が上だとは言え、ただの臣下扱いをすると少々面倒なことになる。
今頃クリストファーの心の中では彼女を『真実の愛だ』と触れ回ったことを後悔しているに違いない。
マツリカは自分がしがない男爵家の養女だと言うことを忘れているのだろうか。
聖女の肩書きがあれば万能だと思っているのだろうか。
……とんだ貧乏くじを引かされましたわねクリス様。
第三者からすれば面白いを通り越して同情したくなるほどの見せ物なのですけれど。
「一介の男爵令嬢が命令だなどと」
「ただの男爵令嬢じゃないでするん! 聖女でするん!」
「……お兄様。聖女とは回復魔法が使えるすっごい女性のことらしいですわ」
「ああ、だから天狗になっているのか」
すかさず「リカは天狗じゃなくて聖女でするん」と反論が上がるも、私も兄も聞き流す。
クリストファーのほうがいたたまれなくなって、「そろそろ順番だ。行こう!」とマツリカを引っ張って逃げるように去ってしまったほどだ。
「では私もこれで。ごきげんよう」
次いで、彼らと同じパーティのコーネリアが頭を下げる。
「今度ぬいママ会の招待状をお送りしますわ。是非ユリウス様、コンラート様といらっしゃいませ。婚約破棄なんて嫌なことは早く忘れてしまいましょうね」
「面白ぇ見せ物だったぜ」
カジウラも笑いながらその後を追うように去り、後には静寂が残された。
マツリカは、いい加減自分の言動が相手に不快感しか与えていないことを知ってもいいのではないか?
もしかして〝転移者だから無条件にモテる〟と思い込んでいるのか?
だとすれば本人に気付かせないまま放置しておけば勝手にざまぁ展開になりそうだけれども……ヒロインにざまぁ展開が起きるのは〝転移者が悪役令嬢として〟主役を張る場合で、今回は違うはずだ。
これではわざわざ〝ざまぁ〟されに来ているみたいじゃないか。
まさかマツリカもMなのか!?
「そろそろお兄様も戻られた方がよろしいのではなくて?」
ともかく面倒ごとは去った。
クリストファーたちが出立したのなら兄王子たちも手持無沙汰になるだろうし、戻ったほうがいいのではないですか? 護衛なんだから。と思いつつ振り返ると。
「で、もしかしてきみがコンラートかい?」
兄は新たな火種を撒こうとしていた。
マズい。
何がマズいって、コンラートの目がマズい。
私の時のように敵対心剥き出しかと思いきや、彼は毒気を抜かれたような顔で兄を凝視している。
その顔に嫌な想像が走った。
待て!!!!
まさかとは思うけれど、貴方も兄に妙な感情を持ったりはしませんわよね!?
共に暮らして数週間だが、コンラートに男色の気などない。
と言うか、ディナエル以外の他人に興味がない。
ディナエル(男)に執着している時点でその気があると言えるのではないか? と言われそうだけれども、あの執着は〝親友がクマにされたから助けてあげよう!〟的なもので決して恋愛絡みではないはずで。
だが兄には前科がある。
生まれてこのかた二〇年近くそんな性癖は皆無だったにも関わらず、兄王子二人をたらし込んだ前科が。
他人が向けて来る感情は自分で操作できるものではないが、その前科が真実なら兄はその手の魔性を”持っている”と言わざるを得ない。
コンラートが魔性に当てられて兄に特別な感情を持つようになれば、必然的にマツリカとのルートは壊滅するだろう。
破滅回避を思えば是非とも道を踏み外してほしいところだけれども、その場合、親に説明するのは事情を知る第三者な私の役目になる。それは嫌だ。
なのに。
「今からでもうちに来ていいんだよ? と言うか、王都に屋敷があるのにどうして寮なんかに入ったんだい?」
「そ、れは、」
「そう言えばテオルク様がきみのことを婿養s、」
「独立心を鍛えるためですわ! 貴族と言えど、やはり自分のことは自分でできるようになっておくべきだと思いますの! それ以外に他意はございません!」
慌てて話題に割り込む。
コンラートは入寮した理由を知らない。
よもや兄が恋人を連れ込んでイッチャイッチャする光景を見せたくない&感化されて道を踏み外されるのが嫌だから、なんて理由だとは思ってもいない。兄が懸念することに至っては私より先に否定するだろう。
だから。
婿養子かなんて聞くな! 逆に意識されるようになっては困る!!
「本当に?」
「本当ですわ!」
頼む。
誰か私に休む時間をください。




