33 悪役令嬢、意気投合する。
実技演習は魔法省管轄のダンジョンで行われる。
ダンジョンと言っても魔法省の敷地内だし、中にいるモンスターも魔法省で用意したもの。
万が一学生に危険が及ぼうものなら、すぐに救援隊が駆けつける次第になっている。
そして今、私たちはダンジョンの前で待機していた。
五分おきに一組が呼ばれてダンジョンに入っていくのを、次は自分たちかと思いながら見送るのは案外心臓に悪い。それがどれだけ安全に気を遣った初心者向けだとしても。
「──ごきげんようマルグリット様」
同じように暇と不安と逸る気持ちとを持て余していたのだろう。コーネリアがやって来た。
珍しく取り巻きがひとりもいない。
彼女らはもう出立してしまったのだろうか。
「せっかくお茶にお誘いしようと思っておりましたのにあれ以来全然学内で見かけないのですもの。やっぱり寮生は駄目ね」
コーネリアは咎めるように口を尖らせる。
今まで学内で会う機会がなかったのは例の〝ぬいママ会〟に呼ばれるのが嫌で逃げ帰っていたせいだが、まさか本人を前にして正直に言うわけにもいかない。
今だって授業中だから『今からお茶をご一緒に』とはならないけれど、『放課後ご一緒に』とならないようにも気をつけなければ。
と……そんな警戒を滲ませつつ、私は半歩距離を置く。
いつも思うのだが彼女はパーソナルスペースが異様に広いのだ。それこそ『やっだ~○○さんたらぁ♡』が日常的に成り立つくらいに。
「ねぇ、どうして寮になどお入りになったの? ルブローデはタウンハウスもありますのに。学校と寮の行き来だけでは息が詰まってしまいますわよ?」
「私は大丈夫ですわ」
「全然大丈夫じゃございませんわよ。いいこと? 今は物珍しさが勝ってそうお思いになっているだけでしょうけれど、それは最初の一ヵ月だけでしてよ?」
コーネリアは拳を握って空を睨みつける。
空中に何かいるのだろうか、と思いたくなる仕草だが本当にいたら怖い。
「私、マルグリット様が王都に来たらあれをしよう、これをしようって楽しみにしていましたのに!」
「……それはどうも」
「もう! マルグリット様は流行に疎すぎますわ! せっかくぬいちゃんの愛らしさに目覚めたのですから、これを機にもっと女を磨かねば! お店もいくつか見繕ってありますのよ? ぬいちゃんのお店も私たち用のも!」
まさかとは思うがコーネリアはこの派手な水色の制服で街に繰り出しているのだろうか。
その輪に私も加わらせるつもりなのだろうか。
彼女の場合、最低でも五人は引き連れているから、どんな恰好で街を歩こうとも何とも思われさせないのかもしれないが、個人的にこの衣装で練り歩くのは勘弁してほしい。
「なのにマルグリット様ってば、」
「あら、コーネリア様はいつもクリス様にご用がおありのようだったから、お邪魔したら悪いと思って」
「えっ? あ、あれは……っ」
だが、少しだけ言い訳をさせてほしい。
放課後に会えなかったのは私が逃げたせいではあるけれど、コーネリアだって例のパーティ保留枠争奪戦を重視していたじゃないか。
あの夕食会の翌日、教師を通じてこの実技演習の件は全学生に通告された。
そしてクリストファー&カジウラのパーティに二名分の枠があることも瞬く間に周知され、結果、夕食会の再来とばかりにクリストファーの元へ希望者が殺到し……一限目の放課に声をかけられなかった者は二限目に、それが駄目なら三限目、四限目、翌日、さらに翌日、と何時までも彼の周りは人で溢れかえることとなった。
その中にコーネリアがいたことは確認済。
断られたのか保留なのかは遠すぎて聞こえなかったけれど、何度も足繫く通っていたことを私は知っている。
ちなみに同じパーティメンバーながら、カジウラに声をかける者はいなかった。
〝勇者カジウラ〟に声をかけるのは気が引ける、と言うよりは、あくまで第三王子に顔を売るのが目的か、もしくは初日に彼の粗暴さを目の当たりにしたせいで避けた者が多いのだろう。
奴のほうこそ軽くヨイショして虚栄心を満たしてやれば、簡単にパーティに入れてくれるだろうのに。
「クリス様から良いお返事は頂けて?」
その攻略法を私はコーネリアには教えていない。
彼女の恋路を応援したくはあるけれど、M気質の彼女の場合、モミクチャになって何度もアタックしては断られる、その過程こそが快感だろう。
それを証拠にコーネリアは頬を上気させた。
こんな時に快感を思い出して頬を染めるなんていけない子ね。なんて悪役令嬢な感想が首をもたげる。
「そうなの! 私、クリス様と組ませて頂きましたのよ」
「あら」
だがしかし。
どうやら過程だけではなく結果も手に入れていたらしい。
予想外と言うか、良かったねと言うか。彼女の場合、アタックが実らなかったほうが快感が……いや、どちらに転んでも私には関係のないことだ。
「ダンジョンなんて信頼している者同士でなければ怖くて進めませんもの。その点、クリス様がいらっしゃれば安心だわ。あとナントカって言う勇者」
祖王ヒャルターの再来と呼ばれた勇者カジウラを『ナントカ』で済ませる彼女は、確かに私の友人だ。
類は友を呼ぶと言うけれど、こういう部分は好感が持てる。とても。
「それにしてもこの学園は何を考えているのかしら。学生同士の団結力だか何だか知りませんけれど、そんなもののためにモンスターの出るダンジョンを歩かせるなんて狂気の沙汰ですわ。皆が皆マルグリット様のような野生児ではなくってよ? ま、私には無縁の心配ですけれど」
コーネリアがちらりと元いた場所を振り返ると、カジウラが視線に気付いて手を振った。
同じパーティなのだから既に面識も持っているだろうけれど、私の時とはずいぶん対応が違うんじゃありませんか勇者様? と嫌味のひとつも言いたくなるほど鼻の下が伸びきっている。
そんな顔のカジウラに、コーネリアはまんざらでもなさそうな、妙に悦に入った顔で手を振り返した。
「モテモテの私って罪作りな女♡」とでも言いたげに。
名前も覚えていないが勇者の肩書きが付いている男に好意を持ってもらっている、と思うことで余計に鼻が上を向くのだろうか。
カジウラの俺TUEEEな勇者の物語は既にエンディングを迎えている。後はストーリーにもならない余生を静かに暮らしていくだけなのだから、コーネリアのような高嶺の花を手に入れれば完全に勝ち組で人生を終えられるだろう。
全くの予想外だが、需要と供給の点でも彼女らはいいカップリングと言えるのかもしれない。
だが、そこで引っかかって来るのがコーネリアとクリストファーの関係だ。
少し前までの彼はマツリカがいたけれど、今は別れてフリー状態。パーティに加えたところからしてコーネリアに悪い気は持っていないことが窺える。
そして見てのとおり、カジウラもコーネリアに気がある。
と言うことは、これからダンジョン内で彼女を巡っての三角関係が勃発するのか!?
見たかった。
今になってカジウラの誘いを断ったことを悔やんでみるが、もう遅い。
と、そんなデバガメ思考は頭の隅に寄せておくとして。
あのカジウラがコーネリアの前では借りてきた猫のようじゃないか。今後何やかやと私たちに絡んで来そうな予感がするウザったい男がこちらの話に出張って来ないよう、彼女には是非とも手綱を握っていてもらいたい。
「カジウラ様は気さくな方ね」
それにはコーネリアがカジウラに好印象を持つよう仕向けなければ。
そんな期待を込めて心にもない賛辞を口にすると、
「ああいうのは軽いって言うのよ。いかにも〝女にモテたいから勇者になりました〟みたいな顔してるじゃない。あんなの、クリス様の足下にも及ばなくってよ」
けっ、と言いたげにコーネリアは顔半分を歪ませた。
……あれ?
期待していた三角関係勃発はあっさり不発に終わった。
まんざらでもなさそうな顔をしておいて、やっぱりカジウラは対象外なのか?
この顔、カジウラに向いている方は先ほどまでの笑顔のままなのだとしたら、その人間離れした特技は何処かで生かしてもらいたいものだが。
私は改めてカジウラを見る。
やっぱり鼻の下が伸びていて……現実を知らないって幸せね、と思ってしまった。
「あんな男にはね、クリス様に貼りついているあの女くらいがちょうどいいのよ」
改めて私に向き直し、コーネリアは吐き捨てる。
「あの女?」
さすが令嬢キラー。もう新しい〝真実の愛〟を見つけたのか!?
とクリストファーの姿を探すと……いた。彼にべったりと貼りついているマツリカが。
「え? マツリカ………………様?」
どう言うこと?
マツリカはクリストファーと組むことはできなかったのでは!?
最後まで誰とも組むことができずにいたせいで、『あぶれた子をパーティに入れてあげるのが紳士でしょう?』が発動したとか……いやその前にクリストファーのチームは応募者殺到のとんでもない倍率だったはずだ。そもそも『入れてあげる』枠がない。
シナリオの強制力が働いて、せっかく勝ち取った貴重な枠を譲った馬鹿がいたとしか考えられない。
しかし。しかしだ。
公衆の面前で浮気されておいて、数日も経たないうちに何故同じ鞘に戻れるのよクリス様。貴方にプライドというものはないの!?
これも乙女ゲームの攻略対象の性だと言うの?
でも!
『やっぱりリカにはクリス様しかいないんでするん☆彡』とか言われたとしても、それを本気にするなんて脳内お花畑を通り過ぎて愚かすぎるだろう殿下ーー!!
「噂では二人で掃除道具入れに入るほどの仲らしいですわ。破廉恥な」
絶句する私の横でコーネリアが吐き捨てる。
どうした令嬢オブ令嬢、……って、それは吐き捨てても当然な案件だ。むしろ淑女らしい反応と言える。言い方はともかくとして。
「掃除道具入れって、」
入学したての頃、クマッティが『掃除道具入れに籠ってイヤン♡な行為にふけるのが学園生活』だなどと嘯いていたが、よもや本当に実践する猛者がいたとは。
そして本当にヨリが戻るとは。
「どうして掃除道具入れなんかに」
「あの女が連れ込んだに決まっていますわ!」
コーネリア曰く。
最初の頃こそモテモテな自分に機嫌を良くしていたクリストファーだったが、何時からか、そんな状況に閉口するようになっていた。
それならさっさと決めればいいのに、と思うところだが男はバッサリ断れても女にも同じようには言えないのが令嬢キラーの弱いところ。
希望者とそのアピール合戦は日を追うごとにエスカレートしてゆき……そこへ居合わせたマツリカが掃除道具入れに身を隠すことを提案し、こともあろうに実行した、らしい。
「ああ、密室に男女二人きりで何もなかったはずもなく! クリス様は責任を取って関係を戻すことにしたのですわお可哀そうに!」
コーネリアはそう言うが……公然でこっぴどく振られた相手と密室にいたところでイヤン♡な何かが起きるはずもないだろうに。
と、思いかけた矢先。
「やはり学園を舞台にした恋愛ものは掃除道具入れが必須じゃな!」
声がした。
私ではない。
コーネリアでもない。
『じゃ』と言う爺特有の語尾。間違いない、クマッティだ。
「そうなんですの!?」
「え!? あ、いや、」
そして悲しいかな、コーネリアはその発言主を私だと思っている。
待って。それでも幼馴染なの!? 私は『必須じゃな!』なんて口調で喋ったことなんか一度もないわよ!!
と言いたい。
言いたいけれど、『それなら誰が』からの『クマが喋ったぁぁ!』となることは必然。
クマッティが呪物扱いされるだけならまだしも、持ち主である私まで〝悪魔憑き〟だの〝呪術に手を染めている〟だのとあらぬ疑いをかけられるのは困る。
そして悪役令嬢の私は確実にそのフラグが立つ。
「そ、そーんなトンチキな話もあったわね~と言っただけですわ。ほらよくあるじゃありませんか。ネタに全振りしているような荒唐無稽な話が」
私はクリストファーとマツリカを指さす。
人に指をさすんじゃありません、とか今はどうでもいい。コーネリアの関心を発言主から逸らさなければ!
「ほら、もしかすると平民の間では普通なのかもしれなくってよ? 私たちは掃除道具入れなんて縁もゆかりもないけれど、彼らは日常的に使うから……きっと小さい頃から掃除道具入れに隠れて遊んでいたとか怒られて掃除道具入れに閉じ込められたとか、そんな身近な場所のひとつで──」
「ああ」
コーネリアは嫌そうに、しかし納得した顔で首肯する。
「あの女もカジウラ様と同じ平民の出ですものね」
「そう! そうなの!」
「だったらカジウラと入っていればよろしいのに。非常識同士、お似合いだと思わなくって?」
ともかく、ああして貼り付いていると言うことはマツリカもクリストファーのチームなのだろう。
コーネリアにしてみれば長年恋焦がれた相手が別の女とイッチャイッチャしている様を特等席で見せつけられるわけで、だからその女に敵意を燃やすのは当然のこと。
彼女はMだから、それも快感なんじゃないの? とは聞くなかれ。私にMの気持ちはわからない。
「今はマツリカの顔を立ててヨリを戻したように見せているだけよ。あの女は王子妃の器ではないもの、心配する必要もないわ!」
「そうよね。語尾が『るん』な時点で無理よ」
乙女ゲーム的な設定では、攻略対象がヒロインに惹かれるのはその貴族らしからぬ奔放な言動によるところが多いらしい。
奔放……ゴビルンが奔放に該当するかは微妙だが、ともかく攻略対象はそれなりの教育を受けて来た婚約者を棄て、ヒロインをその椅子に座らせる。
だが、はっきり言って教育らしい教育をしてこなかったヒロインに婚約者の代わりが務まるわけもなく、攻略対象はヒロインもろとも転落の一途を辿る。
悪役令嬢ものと呼ばれるストーリーではそういう〝ざまぁ〟が含まれることが多いそうだ。
この世界もそうなら面白いのに。
でも転移者がヒロインの位置にいるせいで、その設定は採用されていないことが判明している。
似たような世界観の別設定――教育らしい教育をしてこなかったところは有耶無耶のまま、ただ〝ヒロインは攻略対象と結婚して幸せになりました〟なんて胸糞悪い脳内お花畑エンドがこの世界の未来だ。
「それにしても……あの女はコンラート様にも色目を使っていなかったかしら」
「使ってました」
しかしそのエンドの相手はコンラートのはず。
どうなっているのだろう?
コーネリアはマツリカを見やり、ふ、と鼻を鳴らす。
「とんだ尻軽ね。でもああしてクリス様の優しさに胡坐をかいていられるのも今のうちですわ」
「何か策でも?」
「策だなんて。私はクリス様の助けになるよう誠心誠意つとめさせて頂くだけのこと」
台詞のわりにとっても悪役令嬢っぽい顔ですわよコーネリア様?
クリストファーの好感度を上げることだけを執念のように続けて来た彼女だからこそ、邪魔者は消すと、どうにもそう聞こえるのだけれど。
「ただ、私たちは初心者ですもの。万が一戦闘になったら、味方の流れ弾に当たってしまう不慮の事故だって起きないとは限りませんわよ。ねぇ」
コーネリアの背後にどす黒いオーラが見える。
こうして見るとトラウラは配役を間違えたのではないだろうか、と思わずにはいられない。
いや、今からでも変更できないのか? トラウラが神の頂点だと言うのならともかく、クマッティなら変更するくらいの裁量が任されている気がするのだけれども。
「……そうですわね。モンスターなんて出たら怖くて手が震えて、とんでもないところに魔法を放ってしまうかもしれませんわ」
ともかく。
クリストファーからの婚約の打診を断っておいてよかった。
続けていたら彼女の殺意は間違いなく私に向いていた。
「でしょう? だって私たちは」
「「戦いに不慣れな貴族令嬢ですもの!」」
声がハモる。
私とコーネリアは顔を見合わせて、無言のまま頷いた。
以心伝心。貴族令嬢たるもの、身の破滅になりかねない話題は口に出さずに目だけで通じ合わせるものなのだ。




