閑話 男たちのクマ三昧・2。(コンラート視点)
「お嬢様に愛いと言われた、だとぉぉぉお!?」
その夜。
義姉によって再び私の部屋に放り込まれたクマッティとフォルッツのせいで、私は睡眠不足を余儀なくされていた。
今日はいろんなことがありすぎた。
魔法学園などと言う得体の知れない施設に放り込まれた初日。
ガラの悪い男子学生にディナエルを奪われかけ、名前しか知らないこの国の第三王子に会い、自分を〝推し〟だと言う女に付きまとわれた。
義姉がいなかったらどうなっていたか。
『引き籠りの辺境伯令嬢』の設定は何処に行ったのかと思うほど義姉はよく喋り、よく動いた。
比べる対象が王都在住の話術に長けた人々だっただけで、実際はかなり社交的なのかもしれない、と思ってしまったほどに。
そればかりか、一時は無理だと思っていたディナエルの力まで本当に取り返してきた。
同じく引き籠りを自称しながら本当に社交慣れしていない自分とは大違いで、
『あなたも私の義弟となったからにはルブローデの一員。ゴビルンに手出しはさせないわ』
と言う台詞も実に頼もしく……ああ、いやいや、何をヒロインじみた発想に陥っているのだ。
義姉は自分の破滅フラグ回避とやらのために私との仲を裂こうとしているだけ。
私がマツリカと懇意になればクマにしてでも邪魔をして来るであろうことは、護衛騎士のフォルッツをあっさりとクマにしたことからも想像に難くない。
まさかマツリカがあんなにハイテンションな女性だとは思わなかったから、邪魔をしてくれて有難いと言う方向に感情が向いてしまっているだけで、ごく普通の令嬢だったのなら義姉の行為は有難迷惑でしかないのだ。
それを忘れてはいけない。
とにかく心身ともに負担が大きすぎたし、明日からは授業も始まるのだから早く休みたい。
けれどもクマたちは何処からともなく菓子類を持ち込んで、バリバリと大音響を響かせながら喋り続けているのだ。
「何でだよ! お嬢様から勧められてクマになった俺ですら〝愛い〟なんて言ってもらったことないのに!」
「それを言うなら儂だってそうじゃ! 白いドレスの時もフリフリの寝間着の時も制服ワンピースの時も奴は完全にスルーしおった! こんなにカワユイ儂のコスプレに心ときめかぬ娘がおるとは!」
いや、人間時の姿(しかもかわいいとは縁遠い男)を知っているフォルッツに向かって『愛い』とは口が裂けても言わないし、クマッティに至っては、爺の女装を見てときめく娘なんて存在しない、と認識を改めてもらいたい。
ツッコみたい。
でもツッコめば確実にあの輪に入らざるを得なくなる。入れば睡眠時間がさらに減る。
「でも本当にトラウラって人は何処にいるんでしょうね」
「フォルッツよ。トラウラは神じゃから人ではないぞ」
「わかってますよ。そんなベタなツッコミ、今どき誰も笑いませんよー」
しかし、いざ寝ようと思うと気になることを喋り始めるから性質が悪い。
自分たちが夕食会に出席している間、フォルッツとクマッティはマツリカの部屋に向かっていた。
目的はクマッティの元仲間でもある神・トラウラの所在確認。
義姉曰く。
トラウラが呼び寄せた転移者のひとりであるカジウラはこの世界での目的を果たしているから、今はもうひとりの転移者であるマツリカを手伝うために彼女の近くにいるはずだ。
が、彼女はぬいを持ち歩かない。
だからトラウラは部屋で留守番を言いつかっているのではないか?
……と言うことだが、トラウラに勝った経験を持つクマッティを向かわせている時点で『見つけたら消せ』と思っているに違いない、と邪推する。
だが、トラウラはマツリカの部屋にはいなかったらしい。
「しかしのう、トラウラの気配はするのじゃ。だから近くにはいるはずじゃ」
いなかったが気配はする。
これは問題ではないのだろうか。
要はこの近くにいるけれども姿は隠している、と言うことだ。
「もしかして俺たちが行ったのに気がついて隠れたとか、ですかねぇ」
トラウラに気付かれているとすればこちらの面子が知られるのも時間の問題。
義姉がカジウラから力を奪ったことを知れば、取り返しにも来るだろう。
エアハルト伯の養子におさまったカジウラは以前のように戦う必要などないし、今後必要となって来るのは領地運営や貴族の立ち居振る舞いと言ったスキルだが、辺境伯と言う立場上、武力が全くいらないかと言えばそうではない。
ましてや『一度手にした力は俺のもの。手にしてなくても俺のもの』などと言い出しそうだ。あの男は。
「ううむ。しかしあの人形の中にはおらんかったのぅ。ああ、あのセクスィ~なピンクちゃんがトラウラの化けた姿だったりしたら儂は悲しみのあまりハゲ散らかしてしまいそうじゃ!」
……どうでもいいことだが、〝ピンクちゃん〟と言うのはマツリカの部屋にいたピンクのウサぬいのことらしい。
ちなみにその名はクマッティが勝手に命名して呼んでいるだけで本人が名乗ったわけではない、とピンクちゃんの名誉ためにも言っておく。
しかし寸胴幼児体形のぬいの何処をどう見たら『セクスィ~』なのか、一言どころか三言も五言もツッコミたい。
が、言えない。我慢、我慢。
「でもお嬢様は凄いですよ。あの短期間で転移者ふたりの情報を集めて来るんですから」
その情報のほぼ全てがカジウラからのものだが。
私はモゾモゾと体を動かして耳を布団の外に出す。
大丈夫。これはただの寝返り未満。
灯りを煌々と点けた部屋で喋りまくるクマの横にいるのだ。身じろぎひとつせず眠っているほうが逆に怪しい。
第三者視点で語られるマツリカについては信用できるかもしれないが、カジウラ本人については盛っていると思っていたほうがいいだろう。
なんせ内容は勇者カジウラの武勇伝。
目撃者のいない話を自分に媚び媚びな女に聞かせるのだから、『スライム一匹倒した』が『ダークネスドラゴンの群れを殲滅させた』に代わるくらいの誇張はあって然るべき。
と、まぁ、それはさておき。
カジウラはマツリカと面識があるらしい。
但し、親しくはない。そこはかとない好意を向けられたこともない。
今回の入学はエアハルト伯からの勧めもあったが、加えて、マツリカから『面白いものを見せてあげる』と誘われたから、だそうだ。
面白いもの──誰と付き合おうが興味もない女が他の男とイチャついている光景を見せられたところで、それを面白いと思う男は少ない。
破局や修羅場のほうが面白いに決まっている。
とすればマツリカの言う『面白いもの』は義姉が回避しようとしている断罪シーン、もしくは悪役令嬢にふりかかる〝ざまぁ展開〟の数々だろう。
そんなもので誘うなんてマツリカの底意地の悪さが見えるようだが、だとすればカジウラが初対面の義姉を『悪役令嬢』と呼んだことも合点がいく。
義姉の誘いに乗ったのも、夕食会と言うイベントで〝ざまぁ〟が起きることを期待したのだろう。
結局、義姉の口車に乗せられて当初の目的を見失ったばかりか、〝ざまぁ〟はカジウラ自身に降りかかった。
当の本人はまだ気付いていないけれど。
「ともかく、学内では剣も魔法も使う機会はそうないからの。カジウラが力を失ったことを知るのはその実技演習中、と見ていいじゃろ」
「マルグリット様がカジウラの誘いを断ったのは正解でしたね。殿下と勇者のいるパーティなら何もしなくたって上位に入れるのに、って思ってたんですが」
カジウラは義姉を実技演習のパーティに誘っていた。
保留にされているロディールたちから出た『女なんてキャーキャー言うだけで何の役にも立たない』と言う不満に対し、『俺が二人分働けばいいだけじゃねぇか。あ、お前らの分も働いてやっていいぜ? 〝僕チャン役に立たない無能でちゅ~〟って殿下にアピールしたけりゃあな!』なんて男前な台詞を吐いていたのも、好感度の高さがなせる技だろう。
さすが勇者。神から貰った力と他人から奪った力で無双しているだけなのに素晴らしい上から目線。
断罪の日までこの茶番を続けずとも、あの場でマツリカを倒して悪役令嬢の断罪そのものを無に帰してくれそうな勢いだった。
「でも、それもコンラートを思ってのことなら」
「ちょっと待ったぁぁ! それはどういうことですか! 何があったってぇぇ!!」
が、義姉は断った。
ロディールたちに遠慮したのかと思いきや、『マツリカがクリス様と組むって言うのなら怪我を癒して好感度を上げるイベントが起きるはずだけど、組めないんじゃ邪魔する必要もないんだから、そもそも入る意味がないのよ』と。
邪魔者のいないところで攻略対象二名の好感度を上げられるのだから決して無意味ではない、と思うのだが、そのあたりにも何か考えがあるのだろうか。
『それに私が彼らと組んだら、あなたがあぶれるじゃない。〝あぶれた同士仲良くするでするん☆彡〟って誰かさんに来てほしかったのかしら?』
『マツリカ嬢は私とも組めない、と聞きましたが?』
『お互いに誰からも誘われなければ例外はあると思うわよ? マツリカがチート能力を持つ転移者だってことは誰も知らないし、だったら非力な女子学生と組んであげるのは紳士のマナーです、ってなるでしょ?』
〝マツリカに捨てられたクリストファー〟と〝マツリカに好意を持たれていないカジウラ〟はもう警戒しなくてもいい、と思っているのか?
乙女ゲームとやらの攻略対象はヒロインに捨てられても彼女の味方をし、彼女のために動く、と聞いている。
だとしたらクリストファーもカジウラも放置していい相手ではない。
しかし。
『だから私が組んであげます。あとふたりは適当にあぶれている人を探すか、まぁ、テオルク様は実力があればふたりでも構わないと仰っていたし、ディナエルやフォルッツを連れていくにも他人の目はないほうがいいわ』
『ついて行ってもいいんですか!?』
あの時のディナエルの晴れがましい顔……はいつもと変わらないけれど、晴れがましい声は覚えている。
自分としてもマツリカ、もしくは見知らぬ学生と組まされるよりは義姉やディナエルたちと組んだほうが気が楽ではあるのだが──。
『ええ。連れて行くなと言ったところで無理なのは目に見えてるんですもの。でも四人で組むところをふたりとなると、万が一にも危険が及ぶかもしれないわ。その時は義弟を守ってね』
『はっ! 命に替えましても! でも是非ともマルグリット様もお守りさせて下さい』
『嬉しいわ、よろしくね』
あの時も義姉はディナエルに私を守れと言っていた。
そう言えば聞いている私が絆されるとでも思ったのか、それともこの実技演習は〝私が危険に遭う〟イベントなのか。
それとも攻略対象である私がマツリカに堕ちることから守れ、と?
もしそうならマツリカに気があると思われたが最後、義姉は私を抹殺しようと考えるかもしれない。極秘裏にトラウラを消そうとしたように。
なんせ私はマツリカの攻略対象。
そしてきっと彼女が目指すエンドの相手。
さらに義姉からルブローデ領主の椅子を奪う敵。
どう考えても泳がせておく理由がない。
力を取り返してもらったことで、ディナエルは義姉に忠誠を誓ってしまっている。
彼女の頼みなら私を手にかけることも厭わない、かもしれない。
「……そう言えばディナエルは人間の姿には戻らないんですか?」
フォルッツの問いにふと思う。
そう言えば。
力が戻ったはずなのにディナエルはクマ化を解かない。
私とふたりきりになっても解かない。
何故だ? 無力なぬい姿で油断を誘っているつもりなのか、それとも……
「まさか、クマのままでいればまたお嬢様に〝愛い〟って頬ずりしてもらえるから!?」
「なにぃぃい! 見損なったぞディナエルっ!」
思わず跳ね起きる。
と、クマたちの視線が痛い。
「あ、やっと起きた。こっち来て座りなよコンラート」
ぱしぱしと綿の入った手で自分の隣の床を叩くディナエルと、
「聞き耳立ててないでさっさと混ざればいいのに、どれだけ陰キャですか義弟君」
「嬢ちゃんに頼んでフォルッツのコミュ力を分けてもらってきたらどうじゃ」
好き勝手なことを言うフォルッツとクマッティ。
何だ?
自分が起きて話を聞いていることを、こいつらはずっと知っていたのか?
「でも混ざったからってクマイエローにもなれるとは言ってませんからね」
「ならない!」
フォルッツの牽制を全力で否定しつつ、徹夜確定。
男たちの夜はまだ始まったばかりだ。




