28 悪役令嬢、篭絡する。
しかしこの男、『乙女ゲーム』と言った。
その単語はこの世界にはない。と言うことはこの男──
「こらこら、レディに対してその呼び方はどうかと思うよ。単なる新入生のリク・カジウラ・エアハルトくん?」
──の名は、案外早くに知れた。
さすがは学園責任者。女性をクソ女を呼ばわりする礼儀のなってなさは看過できなかったと見える。
昼間は膿を出すために一度潰れたほうがいいと言っていたけれど、学生の質が悪い、品位を疑うなどと言う風評被害の果てに潰れては、二匹目のドジョウを狙うにもその風評が付きまとう。それは不本意なのだろう。
「単なる、だぁ? あんた俺を知らねぇのか?」
「知っていますよ。ちゃんと名前をお呼びしたでしょう? しかし学園内は平等。身分も資金も名声も、此処では何の効力もありません」
学園内は平等、とはクリストファーからも聞いた。
身分の低いゴビルンが不利な立場にならないようにそんな縛りができたのだろうと思っていたが……ゴビルンもたまには役に立つものだ。
転移してきてからずっと勇者補正でチヤホヤされてきていたから、まさか塩対応されるとは思っても見なかったのだろう。
カジウラはテオルクを睨みつける。帯剣していたら抜いていたに違いない。
「……ってこたぁ……あんたを敬う必要もねぇわけだな!?」
怨みを絞り出すようにカジウラは呟く。
剣がないなら拳で、と脳内筋肉の短絡的な思考ならなりそうなものだが、言葉で対抗しようとしたことだけは一〇〇歩譲って褒めてもいい。
が、それで勝てると思ったら大間違い。
生まれ落ちた頃から腹の探り合いなど日常茶飯事な貴族を舐めてもらっては困る。
「その結果、不利益を被るのはあなただと思いますけれどね」
「おいおいオッサン、平等に接するんじゃねぇのかよ」
「平等に接しますとも。でも伝えるべきことや渡すべきものを忘れてしまったり、評価の点数を一桁少なく書いてしまったりするうっかりはあるでしょう? 人間だもの」
「……てめぇ」
カジウラの言動を目の当たりにすれば生活態度の評価点は〝うっかり〟もなく低いと思うのだが、味方が出来たからと言って私が口を挟むことではない。
ただ目の前で繰り広げられる舌戦に内心で『いいぞもっとやれ』と思いながら、私はカジウラについての情報を引っ張り出す。
リク・カジウラ・エアハルト。
トラウラに召喚され、紛争を単身で平定し、エアハルト辺境伯の養子となった転移者。勇者カジウラの名だ。
まさか同い年だとは思わなかったが、主要メンバーがほぼ同学年で揃うのが学園もの。あの横柄な態度で上級生だったりしたらこの先の学園生活が暗澹たるものになっていただろうから、むしろ良かったと言うべきだろう。
敬うに値しない年長者を敬えと強制されることほど鬱陶しいものはない。
しかしそのカジウラが何故こんなところに?
いや、昼間に一度会っているから学生として此処にいることはわかっているけれど、あの時は〝勇者カジウラ〟だとは知らなかったし、彼の俺TUEEEなサクセスストーリーは既に結末を迎えている。せいぜいストーリーの途中でヒロインに手を貸してくれる謎の男A(ゲスト出演・一回きり)がいいところだろう。
なのに。
第二章・勇者学園編でも始まったのか?
それとも、最初から乙女ゲームの登場人物でもあったのか?
転移者の望みどおりに歪む世界だ。向こうの世界でマツリカが思いを寄せていたのなら友情出演もあり得ないことではない。
ともかく、カジウラが攻略対象のひとりなら厄介だ。
攻略対象の好感度が低ければ私の破滅フラグが立つ。
だがフラグ回避のためにこの男の好感度を上げなければならない、なんて冗談ではない。だったら死んだほうがましだ。
但し。
私が、ではなくカジウラが、だけれども。
そうだ。思えばクマッティから頼まれている転移者のチート能力消去も『持ち主ごと消してはいけない』とは言われていないのだし、さっくり消してしまえばいいじゃないか。
ただ、実行は計画的に。
世間はカジウラを〝紛争を平定して平和をもたらした勇者〟と言う噂でしか知らない。
抹殺したことが知られれば、勇者殺しの汚名を着せられて処刑台に上がるのは私だ。
「つか、俺はオッサンに用はねぇんだよ!」
カジウラは話を打ち切るようにテオルクに向かって腕を一閃すると、そのまま私に指を突きつけた。
「やあっと悪役の登場かと思いきや、あんたも悪役令嬢だけどナントカ系か? 自分の顔を見てから言いやがれ!」
何も言っていませんけれど?
と言いたいが、テオルクの煽りで赤々と燃え滾っている火に油を注いで風を送り込む行為だ。やめておこう。
ナントカ系。クマッティが言っていた悪役令嬢ものの派生──悪役令嬢だけれどもフラグをへし折って幸せになります系、と言いたいのだろう。
『悪役令嬢になりました。将来的に断罪されて処刑です』と言われて処刑を受け入れる者などいないのだから、〝ナントカ系〟を目指すのは当たり前の行動心理だと思うけれど、それを説明したところで事態がどうにかなるとは思えない。
さてどうするか。
テオルクに処して(それこそ学園にいられないようにして)もらってもいいのだが、その前にカジウラはディナエルから力を奪った張本人。その力は取り返さねば。
エアハルト領に送り返されてしまったら、チートクラッシャー発動どころか会うことも叶わなくなってしまう。
「破滅フラグ回避だか何だか知らねぇけど、全然悪役してくれない奴ばっかりで正直、萎えるんだわ。王子サマを言いくるめて、オッサンを味方に付けて、義弟とイッチャイッチャしてさぁ。あんたも逆ハーレムお友達エンドを目指す派なわけ? マンネリだってぇの」
この男は私が悪役令嬢役を割り振られたことを知っている。
悪役令嬢が何を意味するのかも知っている。
だが、私がそのことを知っている、とは知らない。
トラウラは私に『悪役令嬢になった』と言って来ただけで、悪役令嬢が何たるかまでは説明して行かなかった。
クマッティがこちら側にいることを知らなければ、私が悪役令嬢の意味やその結末について知っているとは思うまい。
先ほどから『フラグ回避』だの『お友達エンド』だのと言ってくるのは、私がその単語にどう反応するかを見ているのだ。
本当に悪役令嬢について知らないかどうかを。
「……何を仰っているのかさっぱりですわ」
私は困ったように眉を寄せ、首を傾げる。
マツリカの仲間かもしれない相手に手の内を明かすことはない。
何も知らないと舐めてかかってもらったほうが、こちらとしても対処しやすい。
「それより、かの高名な勇者カジウラ様とはいざ知らず、昼間は失礼を致しましたわ。
申し遅れました。私はマルグリット・ルブローデ。こちらは義弟のコンラートと申します。お見知りおき下さいませ」
『カジウラの言葉の意味は全く理解できない』と言いたげに。
「昼間、何かあったのかい?」
「取るに足らないことですわ。カジウラ様がルブローデの習慣を御存じなかったので教えて差し上げただけですの」
『早々に問題を起こしたのか』ではなく『面白いことがあったのか?』と言いたげな顔のテオルクに笑って答える。
『ルブローデでは誰もがぬいを持ち歩いている』なんて大嘘は面白いかもしれないが必要以上に触れ回ることではない。兄に筒抜けになる可能性があるなら尚更だ。
「気色悪ぃな。そうやって他の男どもは釣れたかもしんねぇけど、俺は無理だぜ」
「釣る? カジウラ様の功績はルブローデでももちきりですのよ。でも生憎と私、カジウラ様のお顔を知らなくて。
こうして出会えたのも何かの縁、これを機に辺境の防衛を生業とする家同士、是非とも情報交換の機会が頂ければと、」
「喋ることなんざねぇよ」
カジウラは吐き捨てるように言うが、ヨイショされて気分が悪いわけがない。
それを証拠に口角が揺れている。
「わかっておりますわ。カジウラ様のご活躍が私たちのような凡庸な者の参考になどならないことは。でも自分たちが決して成し得ない血沸き肉躍る冒険譚だからこそ聞きたいと思うものでしょう?」
さらに、自分を下げることも忘れずに。
自尊心が無駄に高い奴はそれで落ちる。以前に負けた経験がある相手からそう言われれば尚更、悪い気はしないものだ。
「あ、でも無理強いはいけませんわね。私ったら」
「あ! いや、どうしても聞きたいってんなら話してやらねぇこともねぇって言うか」
そして引く。
虚栄心を満たし損ねた奴は、これで必ず食いついて来る。
クマッティが言うには転生、転移をして来る者は大抵、元の世界では平々凡々な一庶民。だからこそチート能力で無双する勇者や聖女にになりたがるらしい。
彼らは賞賛を受けることに慣れておらず、だが、誰よりも受けたがっている。
だったら望み通り、褒め殺すくらい褒めちぎってあげようじゃないの。
「あら本当!? カジウラ様ご本人からお話を伺えたなんて、家に帰って両親に自慢できますわ!」
小首を傾げて上目遣い、と、どうにも私の性格ではないあざとかわいさを前面に押し出せば、カジウラはまんざらでもない顔をする。
ツリ目の悪役顔でも伯爵令嬢。
平々凡々な人生を歩んで来たのならなおのこと、身分の高い女にチヤホヤされるのは嫌いではなかろう?
「ま……あ、そこまで言うんなら喋ってやらねぇこともねぇって言うか」
「それじゃお食事をしながらゆっくりと。よろしくて?」
私はそう言いながら食堂に足を向ける。
心の中で『ヒャッハー! チョロすぎぃ!』と叫ぶ何かがいたかどうかは想像にお任せする。




