27 悪役令嬢、誤解される。
何処までも対抗意識の強い男だ。
昼間、学のなさそうな不良から助けてもらったことは都合よく忘れているのか、それとも”あれはあれ、これはこれ”のスタンスなのか。
まぁ義弟の場合、掌を返してすり寄って来られても裏があるようにしか見えないから、変に媚びないでくれているほうが余計な勘繰りをせずに済む。
アウリ麦について話す言葉の端々からも感じたが、私の義弟となった今でも彼の第一はオーエンの発展であるらしい。
養子縁組の話を受けたのも、ルブローデの属領と言われ経済的発展で後れを取るオーエンの中だけで試行錯誤するよりもルブローデに入ったほうが、よりオーエンへの支援の手を厚くすることができると踏んだのだろう。
だから意のままに操りたいのなら、私に従うことがオーエンに利があるのだと思わせるしかない。
『マツリカは転移者で、野放しにしておけば私の命が危ないの』なんて情に訴えたところで奴の場合、信じるどころか逆にそれを利用して都合のいい展開に持ち込もうとするに決まっている。
「とは言え、現時点では不確定要素が多すぎますし、迂闊に近寄りはしませんよ。私もまだクマにはなりたくありません」
マツリカに付くか私に付くか、見極めてから決めると言いたいのだろう。
美味しい餌を前にしても飛びついて行かない慎重さは評価できるが、果たして現物を前にして同じことが言えるだろうか。
何と言ってもコンラートは攻略対象。ヒロインの〝異性にモテモテ〟スキルも第三者以上に作用するだろうし。
が、それはさておき。
「クマ?」
マツリカに近寄るとクマにされる、とはこれ如何に。
彼女もチートクラッシャーを持っているのだろうか。あれもチートスキルの一種だろうから、転移者のマツリカが持っていたところで不思議はないけれど。
クマッティが独自開発したような言い回しだったが、その実、開発チームが組まれていてメンバーの中にトラウラもいた、なんてことは新製品にはよくある話。さらに趣味で異世界から人を呼び寄せる奴らなら、性能テストを兼ねてばら撒く可能性だって無きにしも非ずだ。
けれど、私が知らず、クマッティもきっと知らないであろう〝マツリカがチートクラッシャーを持っている〟と言うその事実を、何故にコンラートが知っている?
「誰からそのことを聞いたのかしら?」
それか、トラウラに会ったのか。
トラウラはやはりマツリカの傍にいるのか?
「秘密です。私はクマイエローにはなりたくないので」
「クマイエロー??」
クマイエローって何だ!?!?!?!?
マツリカは既にかなりの数をクマ化しているのか? 適当な色名で振り分けるほどに。
ああ、そうか。
もしかすると私を置いて先に登校した時に、マツリカが誰かを襲っている場面を目撃してしまい、『このことを誰かにバラしたらクマイエローになってもらうんでするん☆彡』などと脅されたのかもしれない。
クマにされた上に〝クマイエロー〟なんてクマッティ以上にダサい名前で呼ばれるなんて嫌に決まっている。コンラートが黙秘を貫くわけだ。
おのれ。
「……安心してちょうだい。あなたも私の義弟となったからにはルブローデの一員。ゴビルンに手出しはさせないわ」
〝語尾るん〟のくせに私の義弟を脅して従わせようだなんて、そうは問屋が卸すものですか。
「おや、そこを行くのはマルグリット嬢。こんなに暗くなってから何の用かな?」
決意を新たにしていたその時、テオルクがやって来た。
残業だろうか。
昼間は靴を履いていたが、今はスリッパを引っかけている。そのせいで歩くたびにペタペタとだらしのない……いや、うら寂しい音がする。
「夕食会に向かうところですわ。クリス様主催の」
「ああ、そう言えばそんなようなことを言ってた、かなぁ?」
何となく研究職の人は職場に住んでいるイメージがあるけれども、スリッパなんぞで歩き回っているのを見るとあながちイメージだけではないのかもしれない。本当にそうならブラックどころではないのだが。
まぁさすがに王城の勤務形態に一介の伯爵令嬢が口を出すことはできないから、反面教師として、ルブローデに勤める皆は定時に帰れるように気を付けよう、と思うだけだけれど。
「そうして着飾ると貴族令嬢のようだねぇ。うん、葬式にも悪魔召喚の儀式にも使えそうな良いドレスだ」
「それは褒められていると思ってもよろしいのかしら」
殿方の、なのか、テオルクの、なのか、それとも魔法省職員独自の美意識なのか。『悪魔召喚に使えそうな良いドレス』ってどんなドレスだ。
そんな表現をされると、夕食会にこれを着て来たのが間違いのような気がしてきてならない。
「で、」
テオルクはすぐに私の隣に気付いたらしい。ヘラッと意味深に笑うと、
「そっちのは彼氏?」
と聞いて来た。
もし私がヒロインだったのなら、『どちらと付き合いたいか、今此処で決めてほしい!』なんてイベントが勃発するところ。
でも違う。
テオルクにとっての私はただのビジネスパートナー。彼からの好感度は恋愛感情で成り立っているわけではないから、私が誰と付き合おうが下がることもない。彼が女性と親しげに連れ立っていたところで、私が嫉妬しないのと同じように。
聞いて来たのも単なる興味、もしくは冗談交じりの挨拶でしかないだろう。
「ええ。と言いたいところですけれど、ただの義弟ですわ」
だから『実は彼氏なの♡』と嘘をついて恋の駆け引きを始める必要もない。
「弟? そういえば養子を迎えることになったとユリウスから聞いてたっけ」
テオルクは兄とも親交があるのだろうか。少なくとも養子縁組の話を直接聞くくらいには。
友人と呼ぶには年齢に若干の開きがあるし、インドア派とアウトドア派では生息地も違うが、かたや王城の各部署を渡り歩く宰相の息子、かたや入団僅かで抜擢された第一王子の護衛とくれば、全く会う機会がないわけでもない。
むしろその他大勢に溶け込みきれないその個性のせいで、知り合う機会があったかもしれない。
「ルブローデはマルグリット嬢が継ぐことになっていたんじゃないのかい? 妹君に領地を継がせれば何時でも好きな時に会えるよーってユリウスに教えてやった時は、良案だって喜んでいたのになぁ」
テオルクは首を傾げる。
どうやら兄に〝素敵な提案〟をしてくれたのは彼のようだ。今夜から魔法省に足を向けて寝るのはやめよう。
「ご心配なく。私はまだ領主の椅子を諦めてはおりませんわ。弟の養子縁組については両親が勝手に、」
「ああ! もしかして養子は養子でも婿養、」
「む、」
婿養子!?
とんでもない誤解に思わず否定の言葉が口をついて出そうになって……そこで、はた、と考える。
いや、ここは曖昧にぼかしておいたほうがいい。『仮初の姉弟だけれども実は~』なんて噂が広まれば、マツリカのコンラート攻略を牽制できる。
コンラートが彼女の本命なら死に物狂いで奪い返しに来るかもしれない。
しかしただの攻略対象のひとりでしかないのなら、無駄な労力を割くのは避ける。人間、どれだけ暇であろうとも興味のないものに時間を費やそうとは思わないものだ。
私はにこりと微笑んでコンラートの腕をとった。
「……ご想像にお任せしますわ」
「義姉上ェ!?」
「それよりテオルク様はまだお仕事ですの?」
コンラートが声を上げたが、無視してテオルクとの話を進める。
婿養子などと言われて不本意だろうが、私だって不本意だ。でもこれも、あなたをゴビルンの毒牙から守るためなのよコンラート。
だからそんなに必死になって腕を引き抜こうとするんじゃない! 嘘だってバレるじゃないの!
「責任者ってのは忙しくなくても忙しいふりをしていないといけないからね。帰らせてもらえないんだよ」
だが予想どおり、テオルクはそれ以上追及しては来なかった。
聞いてはみたもののそれほど興味はないのか、コンラートの言動に裏事情を察したのか。
『照れちゃって、若いね初々しいね』と年長者の余裕で生温かく見守ることにしてくれたのならいいが、嘘だってバレていたら意味がない。
「あんまり暇だから食事でもして時間を潰そうと思って来たんだけどねぇ……殿下が寮生と飯食うって言ってたの忘れてたよ」
でもこちらがわざわざ蒸し返すこともない。返せばボロが出るだけだ。
婿養子の件は流すに任せ、私は夕食会に思考を戻す。
「立食ですし、飛び込み歓迎とも聞いておりますわよ?」
「立食かぁ。ゆっくりできないなぁ」
そう。今回の夕食会は立食パーティ形式と聞いている。
学園の、とは言え、元を正せば魔法省の食堂。占有すれば当然、魔法省職員が食いっぱぐれることになる。立食はそれを配慮してのことかもしれない。
当の魔法省職員は歓迎していないようだけれども。
誘っておいてなんだが、テオルクがこの夕食会に参加するとなると、やはり彼は攻略対象のひとりと思っておいていいだろうか。
なんせこの夕食会は(表向きはどうであれ)”ヒロインが攻略対象と接する機会を増やす”ためのもの。テオルクとてマツリカに会えばどう転ぶか知れない。
先ほど『私がコンラートとどんな関係だろうがテオルクの好感度は変化しない』と言ったけれど、マツリカへの好感度がそれを抜けば、優先順位は入れ替わる。
魔法省職員、兼、学園計画責任者な彼を逃すのは大きい。
阻止するにはやはりマツリカと同じ土俵で戦い、蹴り落とすしかないのだろうか?
悪役令嬢の先達たちはそれを知っていたからこそ、〝恋愛〟で好感度を上げることに努めたのか?
「……とにかく他に食べ物はございませんもの。食べるだけ食べて、あとは空き教室で仮眠でもお取りになればよろしいわ」
いや。他の悪役令嬢にならできるかもしれないが、私には無理だ。
それに最初からビジネスライクな付き合いを前提としている私が下手に媚びなど売れば、仕事に女を持ち込むなんて、と不快感を抱かれるだけだ。
「んだねぇ。坊ちゃん嬢ちゃんのご機嫌取りは勤務時間内だけに留めたいし、食うだけ食って退散しますか」
「マルグリット嬢と一緒にご飯食べたって言ったらユリウスに殺されそうだ」と冗談なのか本気なのかもわからないテオルクを促し、私たちは改めて食堂に足を向ける。
その時だった。
「──おやぁ? そこにいるのは昼間のクソ女じゃねぇか。その面で男侍らせて、乙女ゲームのヒロインにでもなったつもりかよ」
……順序良く登場してくるのがあまりにもゲームっぽいけれど、皆、同じ場所に向かっているのだからただの偶然だ。
そう思いながら私は声の方に目を向ける。
「知ってっか? そいつ、心ン中では〝ヒャッハー! 男なんてチョロすぎぃ!〟って思ってんだぜ?」
襟をだらしなくはだけさせた、酒場の裏手あたりで女を囮に美人局をやっている輩にしか見えないこの男。
昼間、蹴りをお見舞いしてやったこいつも、この場にいると言うことは寮生なのだろう。




