26 悪役令嬢、宣戦布告を受ける。
と、言うわけで。
その夜、私はコンラートと共に学園の食堂を訪れた。例の夕食会のためだ。
はっきり言えばクリストファーやマツリカと顔を突き合わせて食事などしたくない。
週五シチューで構わない。
これに関してはコンラートも同意見だろう。
しかしクリストファーの側近は大変仕事の早い人だった。
私たちが登校している間に〝寮生全員で食事会〟は決定事項として連絡が回っていて……週五でシチューを出す予定だったペトラは大喜びでそれに乗ったらしい。
『王子様のご招待をお断りなんてできませんよー! いえね、もし私の手料理でお嬢様がたがおなかを壊すような事態になったらと心配だったんですけど、王城の料理人が腕を振るわれるのなら安心ですわ!
さすがはクリストファー様、自分の食事のみならず他の学生さんがたまで気にかけて下さるなんて、いいえ、学生さんだけではありません、毎日のメニューに悩む私たち従僕をも救って下さったのです!
さあお嬢様、ドレスはどうなさいます!? どう、と言っても選ぶほどの枚数は持って来ておりませんけど、でもその分、気合いを入れてお肌を磨きますし、足りないドレスは近日中に取り寄せるよう手配しておりますから安心なさってくださいまし!』
と帰宅早々もの凄い勢いでまくしたてられては、私も首を縦に振るしかできなかった。
さらに夕食会に行くと思い込んでいるから、私たちの分の夕食は仕込みすらされておらず。
退路を断たれた私たちは、食堂に来るしかなかったのだ。
「……ホント、困るのよね」
ペトラが用意した露出を抑えたAラインのドレスは、夜会の衣装としては華やかさに欠ける。
が、向かう先は学園内の食堂。目的はただ夕食を食べに来ただけ、とくれば、ドレスのほうが場違いだと嗤われるのは必至だろう。
だがこの夕食会にはクリストファーが同席する。
王族を前にして礼を尽くさない衣装などジークラム貴族にあるまじき行為……と面倒な葛藤の後に行きついた妥協ライン。それがこの地味──着る者によって地味にも清楚にも色気ダダ洩れにも変化する、着る者の手腕とセンスが問われる面倒な──ドレスだ。
ドレスが地味な分、ペトラが髪を巻いてくれたが、これが正解か不正解かは食堂の扉を開けるまでわからない。
せめてドレスコードがあればここまで悩まずに済んだ。
他の寮生だって、今なお着ていく服には頭を悩ませているに違いない。
「いっそのこと制服のほうが良かったのではありませんか? 制服を着て来る学生だって皆無ではありませんよ」
そう言うコンラートは略礼装の黒スーツに身を包んでいる。
王族に対面するにはこちらも微妙な線だが、そもそも彼が学園に礼装を持ってきているかどうかも怪しいし、今日のところは咎められはしまい。
「あなたは肉の臭いをプンプンさせて授業を受けるつもりなの?」
「一回くらいなら染み付いたりはしません」
「一度しか着ない前提なら、そもそも、その一度だって着る必要はないわ」
制服は冠婚葬祭の場ではフォーマルの代わりとされることもあるし、昼食時は皆、制服着用のまま食事を取る。
そう考えれば無難に制服を選択する者もいるだろう。その中にはきっとマツリカもいる。
彼女は今でこそ男爵令嬢だが、ヨルム男爵家自体、それほど裕福なほうではない。
あの女の性格からして、他の女子学生に比べてみすぼらしく映りそうなドレスを着るくらいなら制服を選ぶことは容易に想像できる。
どうせこの夕食会もマツリカの持つ世界観に沿ったものだろう。
クマッティが言っていたように『日常の接点の多さが好感度UPにつながる』のなら、『手の届かない攻略対象に近付くチャンスのひとつ』として食事くらい共にとるよう仕向ける。
そうでなければ〝同じ寮生〟と言う設定がほとんど活かせない。
しかしこの世界観には盲点がある。
乙女ゲームも乙女ゲームを題材にした物語も、その中で臭いを感じることなどできない。
食事会に制服を着続けた結果、『マツリカ嬢の制服はいつも肉の臭いがするね。なんてワイルドな女性なんだ』なんて言われることになるとは思いもしていないだろう。
「それに夕食会は学園生活とは無縁……一王子の思い付き突発イベント、少なくとも学園側は想定外のはずよ。今後も続くならドレスコードも決められていくでしょうけれど、今夜は〝クリストファー殿下主催の晩餐会〟の格で行ったほうが良いわ」
「しかし殿下は『学園内は平等』と仰ったのでしょう? その殿下の主催なら、」
「本人はそれで良くても周囲まで一緒になって乗るわけにはいかないのが伝統ある貴族社会なの」
そして忘れてはいけない。
私は悪役令嬢。
浮かれて制服で行って『クリストファーと王家を軽んじている態度をとった』なんて難癖を付けられてはたまらない。
「……いちいち面倒なことを考えてくれるものだわ」
クリストファー同席の夕食会で、まわりがドレスを着ているであろう中での制服着用。
ヒロインを貶めるイベントが発生するのは間違いない。
そしてイベントが発生すればフラグが立つ。
フラグが立てば私の断罪が近付く。
……迷惑な。
「そう思うのなら義姉上も制服で来ればよかったじゃありませんか。義姉上が制服を着てきたのなら、マツリカ嬢ひとりが悪目立ちすることも、陰口を叩かれることもないでしょうに」
「今までの話を聞いていたのかしらコンラート? クリス様主催の催しで、何故マツリカ嬢に合わせなければいけなくて? クリス様に失礼だわ」
本来なら寮生は各自、従者が用意する食事をとることになっていた。
それを王城から料理人を呼び寄せ、寮生皆で一緒に食べよう! なんて話にしてしまったのはクリストファーだ。マツリカではない。
「おひとりだけドレスで浮くかもしれませんよ?」
「構わないわ。王族に礼を尽くす家がルブローデだけだと証明されるだけですもの」
「義姉上は二言目には〝ルブローデ〟なんですね」
コンラートの上着のポケットが不自然にふくらんでいる。
十中八九ディナエルが入っているのだろう。
昼間、表立ってディナエルを持ち歩くなと言ったはずだが、ポケットに忍ばせていればわからないとでも思っているのだろうか。
ハッタリのおかげでぬいの持ち歩きを不自然に思う者は少ないだろうけれど、個人的には何処に行くにもぬいを持ち歩く男とお近づきになるのは遠慮したい。
「それが何か?」
「いえ」
その男に私はルブローデを取られるかもしれない。
マツリカはどう思うだろう、と考え、いや、語尾に変な『るん』を付ける女がそんなことを気にするはずもなかった、と瞬時にして考えを打ち消す。
かく言う私は大人だから、ぬいなど持って歩かない。
フォルッツが、『お守りできないなんてクマになった意味がありません!』と主張していたが、これからクリストファー&マツリカ&貴族の子弟の皆様と会食、と言う場所に堂々とぬいを持って行くほど私は非常識ではないつもりだ。
……と言うのは表向き。
この時間、フォルッツとクマッティにはマツリカの部屋の探索に行ってもらっている。
理由はただひとつ。トラウラだ。
カジウラの時に彼の傍で(ライバルの力を吸い取るなどの)手助けをしていたトラウラが、マツリカに手を貸さないはずがない。
しかし、そう考えれば学園にもついて来ているだろうのに、その姿は一度も目にしていない。
日中に出会ったマツリカはぬいを持っているようには見えなかった。
が、悪役令嬢たる私と再会する&他の攻略対象と出会う可能性が高いとなれば、今回は連れてくるかもしれない。
ドレスにはポケットらしいポケットなどないが、制服ならローブを羽織ることができる。ローブがあればぬいを隠し持って来られる。
そしてトラウラがマツリカに付いて来るのなら、この時間、彼女の部屋は留守になる。
付いて来ないのなら部屋で留守番を言いつかっているだろうから、やはりトラウラがいるかどうかの確認はできる。
クマッティに力を封印されてクマ化したとされるトラウラだが、クマ状態でディナエルの力を奪い取ったことを考えれば無力化しているとは言い難い。
できることなら邪魔をしてこないうちに消したいし、そうなってもいいように二匹セットで送り出した。
創造神と護衛騎士の二匹がかりで押し負けるようなら、今までダラダラと食っちゃ寝生活を満喫していた弊害だ。鍛え直さなければ。
「そうだ。いいことコンラート。マツリカ嬢が声をかけて来るかもしれないけれど決して懇意にはならないでね。二人きりなんてもってのほかよ」
コンラートとマツリカを会わせたくはないが、学生生活においてヒロインと攻略対象(複数)の出会いを全て阻止することは不可能に近い。
それならいっそのこと監視下で出会わせた方が策も取りやすい、とは此処に来る前からの私の持論。
私の知っている範囲でなら勝手に恋愛してくれて構わない。邪魔はしない。
けれど知らないところで破談になって、それを私のせいにされては困る。
私の知らないところで恋仲になって、ふたりして私の破滅を共謀されても困る。
「私が誰と親交を深めようと義姉上が口を挟む権利はないと思いますが」
そんな私をコンラートは少し目を細めて見下ろす。
「マツリカ嬢……と言うか、その背後にいるヨルム家に、ですが、目を付けている学生は多いですよ。
ここ数年で市場を席巻したアウリ麦はヨルム領産。今まではパッとしない土地でしたが、これから化けるでしょう」
「そうね。アウリ麦の小麦粉は昨年あたりからルブローデでも見かけるようになったわね」
ヨルム領は昔から小麦の生産を続けていたが、出来はあまりよくなかった。
長年の農耕で土地がやせたとも、天候不順の影響だとも言われている。
そんな中、突然現れた良質で生産高の高い小麦。
〝アウリ〟とは男爵の亡くなった奥方の名だとも、奥方の黄金のような髪色と小麦の色をかけているのだ、とも言われている。
ルブローデとしては応援する意味でも、同じく農耕で生計を立てているオーエン領の小麦を仕入れたいのだが、感情で商人は動かせない。
オーエン産よりも品質が良くて安いとなれば、そちらに群がるのは当然のことで。
「ただ、金になると知れば悪いことを考える輩が集まってきます」
それを見越してか、アウリ麦の種籾は流通していない。
他で作られて価値が下がるのを警戒しているのだろう。ヨルム領内で厳重に保管されていると聞いている。売る小麦も粉状態で出荷する徹底ぶりだ。
だからこそ種籾が入手できれば高く売れるし、そう思う者は少なくない。
「ヨルム領は急成長した分、防衛が弱い。隙をついて入り込んでくるコソ泥のような連中にまでは手が足りないし、男爵自身も温和と言えば聞こえがいいですが危機管理能力が低い。ルブローデの戦力は喉から手が出るほど欲しいでしょう」
「そしてアウリ麦をオーエンで栽培できるようにしたいわけね、あなたとしては」
ヨルム領は、金がない、ダンジョンもない、賊やモンスターもそれほど出ないと言う印象の薄い土地だったのに、アウリ麦のせいで注目を浴びてしまった。
いい意味でも、悪い意味でも。
「ルブローデにとっても価値はあるでしょう? オーエンを切り捨てるつもりがないのなら」
「方法はさておき、切り捨てられないよう努力を惜しまない姿勢だけは評価してあげても良くってよ」
何時の間に他家の事情まで調べたのやら。
ルブローデの跡継ぎとして養子に入ると決まってからだろうか。それともこの知識があったから、それを買われて養子に迎えられたのだろうか。
跡継ぎの椅子争いに関してはまだ対等に渡り合えると思っていただけに、後れを取った気がしてならない。
「でもマツリカ嬢はやめておきなさい」
「どのような理由で?」
「……女の勘よ」
マツリカはこの乙女ゲームのヒロイン。彼女とコンラートが結ばれれば、私は破滅を迎える。だから邪魔をしたい。……なんて言えるわけがないし、言ったところで同情が買えるとも思えない。
コンラートは初対面の時から悪意のほうが強かったし、だとすれば手の内を明かしたところでいいほうへは転がらない。
「それはまた、まるで根拠のない理由ですね。ひとつ言っておきますが、義姉上はただの辺境伯令嬢で、ただの義理の姉です。ほんの数ヵ月先に生まれたことい敬意を表して義姉とお呼びしてはいますが、私に指図する権限は何も持ち合わせていないことはお忘れなきよう」
「……宣戦布告と取って良いかしら」
「ご自由に」




