25 悪役令嬢、勧誘を受ける。(☆)
「……義姉上」
「どうしてこんな事態を招いたのかは知らないけれど、これに懲りたら人前でディナエルは出さないことね」
何か言いたげなコンラートを制し、ディナエルを返す。
ルブローデの民がぬいを持ち歩くことの正当性(但し嘘)は、この件でほとんどの学生に知れ渡っただろう。私がクマッティとフォルッツを連れているのを見つかったとしても言い訳が立つし、コンラートには貸しを作れたし、一石二鳥、いや、三鳥くらいにはなっただろうか。
「さ、行くわよコン、」
「ルブローデにそんな素敵な慣習があったとは知りませんでしたわ!」
そしてコンラートを促して去ろうとしたその時。
人垣の中から声が上がった。
誰だ?
〝変人〟扱いされたばかりのぬいぐるみ持ち歩きを〝素敵な慣習〟と嫌味ったらしく言い切る奴は。
まさかついて早々嘘と見破ったのだろうか。ルブローデ関係者で入学したのは私とコンラートだけだから絶対にバレないと思っていたのに。
声がしたほうを振り返る。
人混みを掻き分けて現れたのは、会話のたびに引き合いに出していた幼馴染みの侯爵令嬢、コーネリアだった。
「……ごきげんよう。まさかコーネリア様とこんなところでお会いできるとは思いませんでしたわ」
彼女も入学していたのか。
クリストファーがいるのなら彼女もいるだろうとは思っていたが……私は今来た廊下に目を向ける。
が、騒ぎが起きる前に立ち去ったのか、クリストファーとマツリカの姿はなかった。
もし遭遇していたら、クリストファーは彼女にも〝真実の愛〟を紹介していたかもしれない。
そうなれば確実に修羅場る。
他人の修羅場ほど面白いものはないが、だが、そのキューピッド役が私だなどと知られた日には、飛び火どころか炎上するだろう。それは避けたい。
「お体はもう大事なくて?」
「ご心配には及びませんことよ。それより私、感動致しましたわ!」
コーネリアは頬を紅潮させて私の両手を握る。
大丈夫だと言っているが熱があるようだ。数ヵ月前のお茶会で体調を崩したきり、まだ完全には回復していないのだろう。
試用期間でしかない学園など来ずとも、領地で静養していればいいものを。
「ぬいちゃんたちは大事なお友達だなんて台詞を、まさかマルグリット様の口から聞ける日が来るなんて! しかもルブローデのあの厳つい方々が皆してこっそりとぬいちゃんを持ち歩いているんだって思ったら、幸せで溶けてしまいそうですわ!」
「……溶けるって……かなり熱があるのではなくって?」
「いいえ! 私はこのとおり健康体でしてよ!? ねぇ、そちらの……ええと、コンラート様と仰ったかしら。も、ぬいちゃんを持ち歩いているくらいですもの。当然マルグリット様もお持ちなのでしょう?」
見たいのだろうか。
思えば彼女の最近のマイブームは半オーダーメイドのカスタムドール。
勝手に居座っているぬいと数万するドールでは同じと称するのもおこがましいが……いや、もしかしたらこれは彼女流の日頃の苛めの〝お返し〟なのかもしれない。
花にもドレスにも興味がないと公言しているヒネくれた悪役令嬢が、実は持ち歩くほどのぬいぐるみ好きでした♡、なんて暴露されれば、それはほぼ公開処刑。
だがコーネリアは善意のつもりなのだ。
苛められたから苛め返してやろうと言う負の感情から出た〝お返し〟ではなく、『あなたにも苛められる喜びを実感してほしいの!』と思っているだけ。
私は別にM気質ではないのだから、そんな〝お返し〟をされても嬉しくないのだけれど。
「お、お見せするほどではないわ」
あんな大嘘をついたばかりで持っていないとは言えない。実際、フードの中にはクマが二匹、現在進行形で入っている。
しかもその一匹は無類の若い女好き。
ぬいの存在に肯定的なコーネリアを前にして黙っていられるだろうか。正面切って動き出しでもしたら、さすがに誤魔化しようがない。
だがコーネリアは私の懸念を謙遜と取った。
「わかるわ。古いぬいちゃんはヘタってみすぼらしいから見せたくないのでしょう? でも大丈夫。そのヘタり具合がいっぱい愛情を注がれて来た証だってことくらい、私もぬいママ会のメンバーも知っていましてよ」
「……ぬいママ?」
数時間前にペトラから聞いたばかりの単語を耳にし、私は思わずコーネリアを見返した。
ドール好きな彼女ならぬいも好きだろうし、同好の士で集ってもおかしくはない。
ないが、つい今しがた『ぬいを所持しているのは変人』と言われていた場所で『ぬいママ会』なんて単語を発すれば、彼女も〝変人の仲間〟と噂されかねない。
あれか?
M気質だから〝変人〟は罵倒どころか賞賛の言葉になるのか!? 言われてみたいのか!?
「ええ。マルグリット様もコンラート様も歓迎するわ! 今度、お茶をご一緒しましょうね!」
「歓迎するわ、って。ちょ、」
だがしかし。
嵐のように約束を取りつけると、コーネリアはヒラヒラと手を振り、友人を引き連れて去って行った。「変人」と罵倒する隙もなかった。
あの友人がぬいママ会なのだろうか。
と言うか、引き籠り悪役令嬢に、他のお嬢様がたと一緒にぬい談義(それもきっと〝ぬいちゃんかわいー♡〟的なことしか言わない)をさせるつもりか!?
さすがコーネリア。
私が嫌がりそうなことをよく知っている。こうでなくては。
「……義姉上。あの、そろそろホールのほうに行きましょうか」
気がつけば日焼け男との騒ぎで集まっていた人々も何時の間にかいなくなり、廊下には私とコンラートだけが残されていた。
「新興宗教の勧誘みたいでしたね」
「うむ。出かけて行ったらクソ高い壺を買わされる奴じゃな。しかしマルグリット嬢をギャフンと言わせるとはあの女子、強いのう」
「コーネリア様はお嬢様と唯一わたりあえる猛者ですから」
「ぬいにも理解があるし、踏んづけたり投げたりしなそうだし、あっちが悪役令嬢のほうがよかったのう。そうは思わんか? フォルッツ」
「いやあ……ははは」
背後では紹介してもらえなかった鬱憤を晴らすように、クマ二匹が好き勝手なことを言っている。




