29 悪役令嬢、ドン引きする。(☆)
「はわわわ~!! コンラート様が! リカ最推しの氷の貴公子コンラート様が目の前にっっ!!」
食堂の扉を開けた私たちを出迎えたのは、そんな浮かれた声だった。
見れば両手を口元に当て、目を潤ませたマツリカがこちらを(コンラートしか視界には入っていないことは丸わかりだが)見ている。
確かに昼間、マツリカ自身の口から『クリストファーは本命ではない』と匂わせる発言を聞いたばかりだけれども、その反面、彼女はクリストファーの〝真実の愛〟認定も否定してはいなかった。
とりあえず攻略対象はすべて味見するつもりなのか、クリストファーと別れることで発生するルートを目指しているのかのどちらか、とは思っていたけれど──。
マツリカの本命はコンラート。
これはもう確定したようなものだろう。
その本命に向かって『クマイエローにしてやるんでするん』などと鬼畜な脅しをかけたのは謎でしかないが、語尾るんな少数民族の告白や愛情表現はこの世界のものとはかなり違うのかもしれない。
が、それはともかく。
「リカは最初っからコンラート様一筋だったんでするん! コンラート様が好きって子は4章くらいからチラホラ出て来るんだけど、その辺のニワカとは年季が違うって言うか、あたしが特別だから、こうやって巡りあわせて貰えたって言うか!」
マツリカは早口でまくしたてる。
昼間会った時は歯切れも悪ければ切り返しも上手くないボンヤリした印象を受けたものだが、人が変わったようだ。
ボンヤリしすぎて転生者(魂だけで呼ばれた者)にでも乗っ取られたか?
それとも、最推しを前にして理性のタガが飛んだのか?
「これはもう運命なんでするんっ!」
そうこうしているちにマツリカはステップでも踏みそうな足取りで駆け寄り、両手を広げたまま義弟に体当たりを仕掛けてきた。
とっさに身をかわして避けられたせいでその腕は宙を掠め、支えを失った体はそのまま床にダイビング。
ベシャ、とカエルが潰れたような醜態を晒したものの、すっくと立ち上がり、何ごともなかったかのようにクネクネと身をくねらせているのは回復魔法の使い手たる聖女だからできる技だろうが……。
滑稽を通り越して怖い。
前世は蛇かウツボだったのか?
この倒しても倒しても立ち上がって来る体力全振りの敵と、私は戦わねばならないのか?
「わぁ! 近くで見るとコンラート様の髪って黒だと思ってたけどホントは紫が入ってるんでするん! すごい! すごい神秘的! しかもこの服! 5章の〝月下に咲く黒薔薇の貴公子コンラート・オーエン〟の衣装でするん! くぅぅぅ! これを直に見たのはあたしだけで、公式も神絵師も知らないってすごすぎるんでするぅぅ!」
凍りついた空気などものともせず、マツリカはひとりで叫びまくっている。氷なのか黒薔薇なのかはっきりしてほしいところだ。
コーシキだのカミエシだのと言うのは彼女の友人だろうか。〝氷の貴公子〟を義弟に持つ私の日々の平穏のためにも、彼女らがマツリカと一緒に転移して来なかったことを喜ばずにはいられない。
「あー! コンラート様の吐いた二酸化炭素だと思うと空気まで美味しいんでするぅぅぅん!」
「……コンラート、あなたオーエンのためなら本当にコレと付き合えるの?」
変態じみた叫びをBGMに意地悪く問いかけると、
「少し考えさせてください」
コンラートは振り返りもせずに即答した。
出会った当初からあまり表情の出ない男だが、〝氷の貴公子〟と言う素敵な異名は今此処で発生したのではないかと思うほどに冷え切った顔をしている。
自身のクマ化と引き換えにしても利用価値があると思っていた女の本性を目の当たりにして天秤が大きく揺れ動いている様が目に浮かぶようだ。
しかしコンラートが保留を示したところで、他はそうとは限らない。
「きみの運命の相手は私ではないのか!?」
ヒステリックに叫んだのはクリストファーだ。
令嬢キラーな紳士っぷりしか見ていない側からすると、この豹変は普通ではないが、わからなくもない。
なんせ今のマツリカはクリストファーの〝真実の愛〟。
過程を聞けば不発に終わった召喚の儀にタイミングよく現れることでその座を勝ち取っただけ、と素人でもわかりそうなものだが、それにしたって付き合っているのは間違いないし、少なくともクリストファーのほうはその気になっていた。
なのにその男の前で別の男を『運命』だなどと言えば、最初の男とは遊びだったのよ、と公言したようなもの。
いくら乙女ゲームの攻略対象たちが『ヒロインが他の対象とくっついた日にはそれを祝福する』のだとしても、目の前で乗り換えられても笑って許せるのは聖人君子くらいだろう。
「あ、ええっとぉ……うん、リカは聖女だからぁ、国を背負って立つクリス様のお仕事上のパートナーとしての運命、ってことでぇ」
のらりくらりと非難の声をかわしながらも、マツリカはチラチラとコンラートに視線を送る。
それがさらにクリストファーの神経を逆なでするとも知らないで。
「召喚の儀で私の前に降りて来たきみは、精霊が認めた私の〝真実の愛〟のはずだろう?」
「ええぇ~、でもクリス様とコンラート様のどっちかを選べって言われたらコンラート様一択なんでするん!」
いや。
本当に知らないのだろうか?
もし知っていてこの態度を取っているのなら、これは新たな〝イベント〟ではないのか?
ここまで破綻してしまったら逆ハーレムエンドは無理だ。
となると残るのはクリストファーと別れて別の攻略対象に乗り換えるパターン。彼と別れることを鍵に発生するであろう新ルートがあるのなら……マツリカは最初から逆ハーレムエンドもクリストファーエンドも目指していなかったのだとしたら。
公衆の面前でこっ酷く振る。誰からも顔を知られているクリストファーには耐えられない屈辱だろう。
当然彼はマツリカを怨むだろうし、下手をすれば悪役令嬢より先に断罪されかねない。
そんなリスクを冒してまで選び取ろうとするエンドはどんなものなのか。
クリストファーは唇を嚙み締めたまま私たちを睨みつける。
あ、マズい。そう言えばクリストファーに『将来、真実の愛と巡り合う』と教えたのは私だった。
意味不明に悪人に仕立てられてしまう悪役令嬢なだけに、マツリカのことも私のせいにされかねない。
だが。
「決闘だ! どちらがマツリカに相応しいか、貴族らしく決闘で決めよう!」
クリストファーの矛先はあくまでコンラートに向いた。
予知能力(嘘)の使い手を失うのは損失が大きいと考えたのか?
〝あらぬ誤解を受けやすい〟、〝他人のしでかした悪行まで悪役令嬢のせいにされる〟と言う乙女ゲームの仕様からは考えられないが、だからと言って安心はできない。
一族の連帯責任と言うことでコンラートを始末した後、地下牢にでも幽閉されて延々と予知能力を行使させられる結末が待っている可能性だってないわけではない。
まぁ……そうなったた嘘八百並べ立ててジークラムを裏から破滅させるだけだけれども。
しかし決闘とは。
ヒロインを巡っての争いは古くから恋愛ものの定番だからなるべくしてなったと言えなくもないし、出会って数ヵ月、その間嫌味しか言って来ないコンラートにかける温情も未練もないけれど、それが全てゴビルンのせいだと思うと腹が立つ。
それに相手はクリストファーだ。
コンラートは”ルブローデの養子”に選ばれたくらいだからそれなりに戦えるとは思うけれど、剣も魔法も国内最高級の教師に付いて学んできたであろう第三王子に多少魔力が多い程度で勝てるほど、人生は甘くない。
ワンチャン、世界の歪みのご都合主義が発動すれば勝てるかもしれないが、それだって確定ではない。
どうする?
クリストファーの標的はあくまでコンラート。コテンパンにのせば気分も晴れて、私までどうこうしようとは思わないかもしれない。
だが『ルブローデに籍を置いた以上は守る!』と偉そうに宣言した舌の根も乾かないうちに、義弟を差し出して終わりにするのも気が引ける。
それに、ここでコンラートが退場すれば、義弟ルートの破滅フラグは全て消える。が、コンラートを見殺しにしたとディナエルに暗殺されるフラグが新たに立つ。
もしクリストファーが退場することになれば(決闘を言い出したのはクリストファーなのだから咎められても困るのだけれども、それでも)今後、何かにつけて言われるだろうし、税収が上がるとか小康状態の隣国と戦争をおっ始めて無理やりルブローデを巻き込んでくるとか、そう言う嫌がらせを受けるかもしれない。
なんて面倒な。
「クリス様。今回の件に関して、義弟は何ら問題を起こしてはおりません。全てはマツリカ様が真実の愛であるクリス様がいるにもかかわらず、義弟に色目を使ったことが原因でございましょう?
義弟はこれでもルブローデの跡継ぎ。それを剣の錆にすると仰るのなら私は、いえ、ルブローデ辺境伯領として黙っていることはできませんわ」
「し、しかし」
「……決闘とは物騒だねぇ」
進言しかけた私を、だが、テオルクが遮った。
「殿下、昔から女心は変わりやすいことで有名なんですよ? たとえ真実の愛であろうとも、出会ったばかりでは強固な絆もないわけですし、そこにいい男が現れたら揺らぐのは当たり前ですって」
『食べるものを食べたらさっさと退散する』と言っていたが、開幕当初からずっと怒涛のマツリカのターンが続けば食べるどころではない。
多分に面白そうだと思って事の成り行きを眺めていたであろうことも予測がつくけれど……口を挟んだものの明快な落としどころが見つかっていない私にとっては、今はただ、彼がこの場にいてくれて有難いと思うばかりだ。
「それに学園内で決闘はご法度ですよ?」
「だがそれでは私の気が済まない! 私だって彼がよりマツリカに相応しいとわかれば潔く身を引……くつもり、では……ある、けれ、ど」
「おやおや随分と弱腰ですねぇ。決闘は殿下から言い出したことですよ?」
「そうなんだけれども! でも私は決してルブローデを敵に回したいとかそういう意味ではなく、えっと」
尻切れトンボの何処に潔さがあるのかはわからないけれど、今になってことの重大さに気がついた、と言ったところだろうか。
願わくば前言撤回して穏便に済ませて(ついでに尻軽な〝真実の愛〟は王城の奥に縛りつけて)おいてほしいものだ。
が、『身を引くつもりはある』と言質は取った。
此処に集う寮生全員が証人となれば、認めたくない結果に終わってもそれを理由に嫌がらせを振って来ることはないだろう。
テオルクは弟を見るような目をクリストファーに向け、それからマツリカに向ける。
表情が変わらないので何とも言えないが、王族を二股かけようとした頭も尻も軽い女狐を良く思っていない……のなら良いのだが。
「私は何も身を引けと言っているわけではないですよ? より彼女に相応しいのはどちらか、決闘以外の方法で決めましょう、と言っているのです」
「決闘以外?」
「そう。運よく一週間後、うちのダンジョンを使って実技演習の予定があるんです。剣と魔法と知恵と時の運、そして仲間を選ぶ能力。そのどれが欠けても優勝は難しい。それに勝てば聖女に相応しいと誰もが認めますし、マツリカ嬢も見直してくれること間違いなしですよ?」
「まぁ本人がコレ! と言ってるんだから周りが何をやっても無駄かもしれませんけどね」とボソッと呟いた部分には私も同意しかない。この対決の勝敗が結果に結びつくことはないだろう。
でもどちらかが大怪我、下手をすれば命を落とす決闘に比べれば、演習で勝負を付けさせるのは学園側らしい判断だと言える。
まぁクリストファーが勝ったところでマツリカがコンラートを諦めるかどうかは別の話だけれど、義弟が絶命せずに済めば〝ディナエルによる私の暗殺〟フラグも立たずに済むわけだし。
以前クリストファーは『マツリカのことは王城の皆が認めた』と言っていたが、その中にはテオルクも含まれていたのだろうか。
彼がクリスファー×マツリカ強火担のひとりなら、何やかやと言いくるめて彼らを元鞘に戻すことは朝飯前だろう。
とりあえず私に飛び火して来なければそれでいい。




