22 悪役令嬢、元婚約者を言いくるめる。
「マツリカを苛めるのはそれくらいにしてくれないか?」
そしてやっぱり、そんなマツリカに助け舟を出してきたのはクリストファーだ。
こうも度々追撃の邪魔をしてくれると、むしろ助け船要員として同行しているのではないか、なんて気さえしてくる。
当然の如くマツリカはそそくさとその腕に縋りついた。
陰から覗くようにして私を見る様すら忌々しい。
「マツリカにも口にできないことのひとつやふたつはあるんだ。きみも身に覚えがあるだろう?」
「ふぇぇん、マルグリット様怖いのでするぅぅぅぅ。リカのことを嘘つきだって言うでするぅぅぅ」
言っていない。
言っていないが、努力もなしに手に入れた力は所詮偽物だと思っているから、ニュアンスは混じっているかもしれない。
けれど。
最初に聖女だと言ったのはあなた。
だったら設定くらい詰めておいたらどうなの!? 耳慣れない職種を名乗られたら、九割がたが『それはどういうものなの?』と聞いて来るものでしょう!?
しかしそんな鋭い指摘が届くような相手ではない。
うるうると目を潤ませて見上げて来る様に庇護欲を掻き立てられたのか、クリストファーは私に対し、今すぐにでも断罪を言い渡しそうなほどの険しい目を向ける。
クマッティが「悪手を打ったのぅ。これだから考えなしにポンポン喋る女子は」とぼやいた。
『攻略対象からの好感度を下げれば破滅が近付くだけなのに』と言いたいのだろうが、助言らしい助言もせず、それどころか事あるごとに私の足を引っ張り、さらにその悪意のある物言い、お前はどちらの味方だ? と問いたい。
だが。
私は悪役令嬢。攻略対象からの好感度は及第点ギリギリで構わない。
そして今はクリストファーよりもマツリカだ。奴が私の口撃でメンタルを減らしているうちに引き出せるものは引き出しておきたい。
攻撃は傷口を抉るようにダメージを重ねたほうが傷も深く、治りも遅い。
こちらに余力がある以上、『今日のところはこの辺で許してあげましょう』と言う選択肢は何処にもない。
「ええ、わかっておりますわ。でもこれもジークラムのことを思えばこそ」
だがクリストファーを好感度が下がったまま放置するわけにもいかない。
しおらしく言えば、険しい顔をしていたクリストファーもやや眉を下げた。
チョロい。とは貴族令嬢らしからぬ表現だけれども予想通りの反応で嬉しいわ、クリス様。
女性に対して紳士な振る舞いを忘れない令嬢キラー、クリストファー。これまでの経験上、たとえ『好みではない』顔であろうとも、性別が女なら無下にはできないことを私は知っている。
「……マツリカがジークラムと何の関係が?」
「マツリカ様が殿、いえクリス様の〝真実の愛〟であるのなら、未来の国母になる可能性をも秘めていると言うことはおわかりです?」
「国母?」
クリストファーは何を言い出すのだ? とばかりの顔をする。
国母とは通常は王妃を指す。
しかし兄がふたりもいればクリストファーの王位継承権など名前だけ。周囲どころか本人も王になれると思ったことなどないはずだ。
だが、それは今までの話。
「考えて下さいませ。クリス様のお子は未来の王になることが決まっておりますわね?」
例の婚約騒動の時にクリストファーが持って来た話が確かなら、兄王子たちは世継ぎを残すことはできない。
だからクリストファーは〝世継ぎだけ〟期待されているのだが、まさか言われるまま、子作り装置で終わるつもりではあるまい?
「生まれると同時に兄王子殿下夫妻に取り上げられ……クリス様がたは実親と名乗ることもできず、取り立てられることもなく。その経緯はいくら緘口令を敷こうとも全国民の知るところとなります。クリス様と奥様がおかわいそう! と国民は皆思いますわ」
「そ、それは予知なのか?」
私は微笑するだけで誤魔化す。
兄王子夫妻が閨を共にしない(であろう)ことも、だから子供などできるはずがないことも、クリストファーの子を召し上げる手筈になっていることも、流出しないかもしれないし流出するかもしれない。その可能性は同率だ。
が、予知と思ってくれるなら誤解されたままのほうがやりやすい。
「国母とはジークラム国民全ての母。尊敬と信頼を集める象徴です。しかしそんな状況で兄王子殿下のお妃様を国母と呼べまして? どう考えてもクリス様の奥様──マツリカ様を国母に、と呼ぶ空気になりましょう。そうなれば自ずとクリス様を王に据えなければいけない空気になりますわね」
「わ、私は王になるつもりなど、」
クリストファーは口籠る。
そうだろう。今まで考えもしなかったことに加えて、そんなことを口走ったら最後、暗殺、良くて生殖能力だけ残して廃人に、なんて未来がやって来かねない。
まぁ私も無理に野心を抱けと勧めはしませんが。
「その国母が神と対話までできるとなれば、諸外国への圧力にもなります。神が後ろ盾になっているようなものですもの。ねぇ」
クマッティに毒されている私にしてみれば神は神でも疫病神なのだけれども、他は違う。
神と言うモノに(全く願いなど叶えてもらっていないにもかかわらず)そこそこ有難みを感じる者は多い。ジークラムばかりではなく、諸外国も。
「ですが、もしそれが嘘なら。
マツリカ様が王族を謀ったと言うばかりではなく、クリス様がた王族も口車に乗せられて踊る愚か者のレッテルが貼られ、ジークラムの名は失墜しますわ。
だってマツリカ様は『神のお告げだ、私は聖女だ』と簡単に口になさるわりに、どうやって話すのかは一切答えて下さいませんでしょう?
私だってマツリカ様と同じように公にできない隠しごとを持っている身ですから、言いたくても言えない立場はわかります。けれど他の方ではそうも参りません。口先だけで済まそうとすれば詐欺を疑う者も現れますし、その数は増えはしても減ることはございませんわ。……私の懸念、わかって頂けますかしら」
「そうか……そうだな」
クリストファーは感銘を受けたかのように目を見開いて、しきりに頷いている。
第三王子と言う立場もあって出世欲など皆無に等しかった彼だが、やはり子作り装置扱いは腑に落ちないものがあったと見える。
美味しいとこ取りをする兄王子たちに一泡吹かせたいと思う気持ちが一片でもあれば尚更、私の言葉は聞き流せないだろう。
「よくわかった。きみがそこまで私とマツリカを、いやジークラムのことを考えてくれていたとは」
「国を守る立場としては当然のことですわ」
クリストファーの好感度がぐーんと上がった!
なんて文字は何処にも出ないけれど、上がったのはわかる。私を見るクリストファーの目が違う。
そうだ。攻略対象の好感度はなにも恋愛感情で上げる必要などない。
前の悪役令嬢たちが選んだと言う破滅回避のための全員お友達ルートは、いわば悪役令嬢版逆ハーレム。
しかし王子に宰相に辺境伯、なんて普通ではない男どもを集めた逆ハーレムなんて、成立当初はいいかもしれないけれど後々私の奪い合いで血を見ること必至だし、下手をすれば国が滅びかねない。
傾国の悪女(決して美女ではないことは自認している)なんて後世に語り継がられたくもないし、そもそも私の性分でもない。
私は慎ましく辺境の女領主として暮らして良ければそれでいい。
「しかし君がそんなことまで考えていてくれたとは」
「あら、私はずっとクリス様の幸せを願っておりましてよ?」
とりあえずクリストファーは方が付いた。
あとは彼からマツリカに『聖女である証明をしてみせろ』と言ってくれれば良いのだが。
「聞いたかいマツリカ。やはりきみは私の〝真実の愛〟で間違いない。言ったとおりマルグリットも了承してくれたろう? 私のために、いや、ジークラムのためにも傍にいてくれるかい?」
和気あいあいとした空気が流れかける。
が、
「ちょっ、だってクリス様は! 最後は、」
そんなクリストファーにマツリカは何か言いかけ、はっとしたように口を押さえた。
最後は?
やはりマツリカはこの乙女ゲーム的ストーリーの結末を把握しているのか?
マツリカの言い方から推測するに、マツリカがこの世界で目指している結末はクリストファーとのハッピーエンドではない。
彼女の中ではクリストファーの婚約者は私。なのに真実の愛だと言われてイチャついているのだから奪い取るつもりはあっただろうけれど、だけど、結婚する気はない。
どういうことだ?
本命は他にいるのか?
でもそれならなぜ真実の愛だのと言われて甘んじている?
クリストファールートに入るつもりがないのなら最初から真実の愛など断ればいいものを……もしかしてハーレムルートを目指すつもりなの?
それとも、ヒロインがクリストファーと別れたことで発生する別ルートでもあるのだろうか。
「わかっているよマツリカ。きみと私では身分が釣り合わないと言うのだろう? でも大丈夫。皆きみが僕の真実の愛だとわかってくれているからね。何も問題はいらない」
だがしかし。クリストファーはマツリカの言葉を都合よく解釈したようだ。
おおかた『身分の差がありすぎるから結婚などできない。だから国母にもなれないとか、言いたいのはそのあたりだろう。なんて謙虚なんだ!』と、脳内のお花畑でスキップを踏んでいるに違いない。
幸せすぎて羨ましい。
「何度も言うがマルグリットと私は婚約などしていない。それどころか今の話でわかっただろう? マルグリットは私たちを応援し、将来の心配までしてくれている。マツリカの味方にもなってくれるよ。そうだね?」
最後の「そうだね」は私に向けたものだ。
「勿論ですわ!」とは死んでも言いたくないので、またしても曖昧に笑って誤魔化す。
クリストファーは私が味方になると解釈してくれたようだが、何でも笑って有耶無耶にその場を収める貴族の習慣、便利すぎる。
そして味方と認識すれば、懐の内をさらけ出すのも早いもの。
まして、それが訳ありなら。
「そう言えばきちんと紹介していなかったね。彼女はヨルム男爵の……養女で、」
養女。
つまりは例の乙女ゲーム展開のとおり、彼女の出自は平民、と言うことか。
クリストファーが『身分違いを気にしている』と思うはずだ。
ヨルム男爵と聞いて記憶の棚をひっくり返してみたが、若くして奥方を亡くされ、後妻も取らずにいる、と言う情報しか引っ張り出せなかった。
子供もいないからいずれは養子か養女を取るつもりだっただろうし、だとすれば親族の中からか、もしくは魔力のある平民の子供をピックアップ、となるのはこの世界の常識。
どうせ養女になるのならもっと上を目指せばいいものを、とも思ったが、〝男爵の養女〟が決定事項なら私が何か言うものでもない。
「貴族社会を知るために、あえて風当たりの強いであろう此処に来たんだ。とても向上心の高い女性だろう? だからマルグリット、同じ寮生活仲間として良い見本になってくれると嬉しい」
そう言ったクリストファーは今度はマツリカに向き直す。
「マルグリットはちょっと変わっているけれど、決して悪い奴ではないんだ。彼女の助言がなければ私たちは出会うことすらできなかったかもしれないのだし、今回のことは僕たちを慮ってのことなんだよ。気にしないでおくれ」
声の調子が私の時よりかなり糖度が高い。
乙女ゲームの攻略対象がヒロインに吐く台詞なのだから、これで妥当なのだろうが……コンラートを始めとする他の連中もマツリカを前にするとこうなるのだろうか。私はそれをいちいち見せられるのだろうか。背中を芋虫が這い回りそうだ。
が、それは置いといて。
「は?」
「あ、いや。きみにはきみの良さがあるのは承知しているのだけれど、ええと」
『変わっている』と言ったことを聞き咎められたと思ったのだろう。クリストファーは慌てて弁明する。
しかし私が聞きたいのはそこではない。
「同じ寮仲間、ですか?」
マツリカは寮生なのか。
確かについ最近養女になった身の上では、いきなり貴族の屋敷で貴族令嬢として振る舞えと言われるより寮暮らしのほうが気楽だろう。
それに学生寮なんて学園ドラマ外の設定、ヒロインが関わらなければ話にも出て来ない。
寮がある=マツリカは寮生、と言われていたようなものだ。
「そうなんだ。でも学園も初めてなら貴族の子弟が寮生活というのも初めての試みだし、何かと不備があるんじゃないかと思ってね。マルグリットなら機転でどうにでもできるだろうが」
機転って。
あなたは私を何だと思っているのですか。




