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21 悪役令嬢、聖女に問う。


「そうなんだ。マツリカは一見ごく普通の令嬢に見えるけれど、実は違うんだよ」


 しかし私の心の叫びに回答を示して来たのは、マツリカではなくクリストファーだった。


「違う、と(おっしゃ)いますと?」


 まさかクリストファーに『私、異世界から来たんでするん』なんてカミングアウトしたわけではあるまいな? それを信じるクリストファーもクリストファーだけれども……って、シナリオ的にそれはない。

 ヒロインが異世界人であることをカミングアウトするのは物語終盤。最後まで明かさないことも多いと聞いた。異世界知識をさも自分の考え(アイディア)のように使って無双し、特別な存在であることを印象付けたいヒロインにとってカミングアウトはむしろ悪手。

 では?

 まさか伝説の少数民族〝語尾るん族〟の生き残りだった、とか!?


 が、そんな想像をクリストファーは越えて来た。


「実を言うと真実の愛を見つけるべく、魔法省の知人に頼んで召喚の儀式を行ったんだ」

「は?」


 召喚?

 真実の愛を?

 照れ照れと頬を人差し指で()きながら言う台詞(セリフ)にしてはいろいろと斜め上に吹っ飛びすぎてやしませんか殿下!?

 第一、マツリカをこの世界に呼び寄せたのはトラウラのはずでしょう!?

 あれか? トラウラは魔法省にいるのか? 神だから記憶操作など造作もないだろうし、入り込むのは楽勝だろう。


 でも。

 ……トラウラは今……………………クマのはず。


 怪訝(けげん)な顔をしてしまったのだろう。クリストファーは機嫌を損ねたように唇を(とが)らせた。

 その表情は男がするものではないと思うのだが、さすがは令嬢キラー。全く違和感がない。

 ないけれど、それで(ほだ)されるようでは悪役令嬢はやっていられない。


「だって真実の愛と巡り会う予定があるからきみと婚約しなかった、なんて言ったところで誰も信じてくれないじゃないか。連行してでも婚約するべきではないのか、って言う強硬派もいたんだよ? 

 私としてもきみの類稀(たぐいまれ)なる能力はジークラムのためになるとは思うけれど、でもきみはそのことを(おおやけ)にしたくないようだし、何より、きみは私の好みではないし」


 好みじゃないって何度も言わなくても!!

 と、それより。その言い方からすると、私の大嘘な予知能力を王城の主要メンバーはほぼ知っている、と受け取っていいのでしょうか。


 自分で()いた種とは言え、そこまで広がるとは。

 『ここだけの話なんだけど』に抑制力などなかったことが証明されたようなものだ。



「それで、真実の愛が本当に僕の未来に現れるのなら、いっそのこと呼び出そうということになって。きみの能力の真偽も確かめられるし一石二鳥だろう?」

「はぁ」


 未来に出会う予定の者を召喚するなんてことができるのだろうか。

 神なら可能だろうけれど、異世界からポコポコ人を呼び寄せてひんしゅくを買ったトラウラが、人間の社会に入り込んで彼らの前で異世界人を召喚するなんて……よほどの馬鹿でもなければしないだろう。

 となると〝魔法省の知人〟とやらはトラウラではないごく普通のその他大勢(モブ)と言うわけで。

 人間でも魔法省に入るくらい魔法に精通していれば可能なのか、世間に出回らないように隠している禁術のひとつなのか。いや、〝予知能力なんてどうせ(うそ)だろうから適当な儀式で失敗してみせて、『ほらやっぱり殿下は騙されたんですよ』とやるつもりだった〟あたりが妥当だろう。

 ……と思ったのだが。


「信じていないね。まぁ私も〝婚約逃れしたいがために(うそ)を言われたんですよ〟と言うオチを付けるためにここまで真面目くさった儀式をするのだろうと思っていたのだけれども」


 案外にガチだった。



 クリストファー(いわ)く、その儀式とは、彼に相応(ふさわ)しいとされる女性を精霊が連れて来るものであるらしい。

 身分が釣り合うか、才能はあるかなどを精霊が認め、()つ相手の女性が承諾することで初めて召喚が成り立つのだとか。ちなみに精霊が誰を選ぶかは決して教えてもらえないと言う、結構博打(ばくち)な召喚術である。


「で、その儀式の時、降ってきたのがマツリカなんだ」

「降ってきた? 空から!?」

「いや、木の上から」


 ……それは儀式とは関係ないのではないでしょうか。

 ツッコミどころが多すぎる。

 だが、この数百年誰も行ったことのない本の中にしかなかった召喚術で、相手がどんな風に現れるかを誰も知らなったことが……幸いしたのか、災いしたのか。

 が、もしマツリカが降って来なかったら私は王族を騙した罪で今頃は投獄されていたかもしれないのだから、安易にツッコむわけにもいかない。


 ああ。でも。

 婚約逃れのためについた(うそ)のせいで、乙女ゲームの鉄板(テンプレ)のひとつ、〝ヒロインは何故(なぜ)か学園の木に上り、攻略対象が通りがかると偶然(・・)落ちて来る〟イベントが発生するなんて!



「つかぬことをお(うかが)いしますが、召喚の儀式とマツリカ様が落ちて来た木は関係がありますの?」

「もちろんだとも! こうしてマツリカと出会えたのだから!」

「いやそうじゃなくて距離とか」

「その木の下で召喚の魔法陣を描いたんだ」

何故(なぜ)に木の下で」

「んー? 天気が良かったから、かなぁ」


 ピクニックじゃあるまいし、そんなわけないだろう!?

 魔法省も魔法省だ。他人(ひと)の目がある屋外でそんな(あや)しげな儀式をするなーー!!

 と言いたい。

 けれど言えない。

 何故(なぜ)なら、ことの始まりは私の(うそ)のせいだから!


「でもそのおかげで国王陛下も皆も、誰ひとり否を唱えることなくマツリカとの交際を認めてくれたし」

「………………その展開でよくお認めになられましたわね」


 これも世界の歪みが都合よく辻褄(つじうま)を合わせた結果なのだろうか。

 儀式が始まる前から木に登り、儀式が終わるのを見計らって落ちて来る身元不明の不審な女なんて、普通は問答無用で護衛に切り殺されるのがオチなのに。

 その場で切り殺されなかったとしても、国王を始めとする全員が手放しに交際を認めるなんてあり得ないのに。


 ああ、こんな展開になるとわかっていたら、コーネリアに教えてやればよかった。

 そうすれば今頃は彼女がクリストファーの真実の愛になっていた。

 そのためにクリストファーが通りがかる時まで何時間でも何日でも木の上で過ごす羽目になったり、悪役令嬢(王子の婚約者)の称号が付けられるかもしれないけれど、彼女なら喜んで木にも上るし悪役令嬢にもなるだろう。



 その時だった。マツリカが一歩前に出たのは。

 彼女は私の前に仁王立ちになると、得意げに胸を反らせた。


「私、聖女なのでするん!」


 威嚇(いかく)しているつもりなのか、少しでも背を高く見せようとしているのか。

 幼い子供がやったらかわいいと評価されるであろう仕草だが、生憎(あいにく)この数ヵ月で私の”マツリカ”に対する好感度はマイナス。

 この仕草も先ほどの『るん』からも、不自然なあざとさしか感じない。


「マルグリット様が何を言ったか知りませんけど、陛下は私が聖女だからクリス様との交際をお許しになったのでするん。他の女が降って来たって駄目でするん。わ・た・く・し・が! 特別なのでするん!」

「聖女、」

「そうでするん!」


 意外な展開だ。(みずか)ら聖女と名乗るとは。

 まぁ確かに『身分が釣り合うか、才能がある』者しか召喚されないはずなのだから、身分がなければ才能をアピールするしかないわけで。

 これは余程チートな能力を手に入れていると見た。


「……要するに、聖女だから神のお告げを聞くことができた。私とクリス様が婚約しているというのも神から聞いた、と言うことでよろしくて?」

「そうでするん!」

「で、聖女、とは何ですの?」

「え? だから、」

「ああ、もしかして聖女と言うのは何処(どこ)か外国の地名とか?」


 マツリカが続けて何か言う前に、畳みかけるように問いかける。


「先ほどの〝るん〟と言うのも聖女特有の話し方なのかしら?」


 この世界には聖女などと言う職業はない。

 伝説上では人々を救済した女性も幾人かいるけれど、『戦乙女(いくさおとめ)』だの『救国の白薔薇』だのと呼ばれていた。しかも名付けられたのは功績を()げた()だ。

 木の上から降ってきた程度で『聖女』だなんて二つ名を付けられることはない。せいぜい『木登り娘』か『落下令嬢』だ。



 私自身は、聖女が悪役令嬢と同様、乙女ゲーム内でヒロインに付けられる肩書きだと把握している。

 しかしそれは名前だけ。彼女の行動は私の命にかかわって来ると言うのに、『異性にモテモテ」『回復魔法の使い手』だけでは対策のしようがない。

 今できるのは、乙女ゲームシナリオで悪役令嬢に降りかかる〝定番の〟破滅フラグが立たないようにする対策のみ。マツリカがチート能力で仕掛けて来るであろう〝イレギュラー〟に関しては全くの手つかず状態だった。


 そこへきて当の本人が聖女だと名乗ってくれたのだ。しかも私の予知能力((うそ))に対抗する形でマウントまで取って。

 ならばそれを利用しない手はない。

 さあ! 存分に()めてやるから手の内を明かしてしまえ!



「私、田舎育ちで無学なものですから教えて頂けると助かりますわ。いえね、〝るん〟だなんて語尾、ジークラムでは聞いたことがなかったものですから、私、マツリカ様は何処(いずこ)かの少数民族の出身なのかと思ってしまいましたのよ。無知で恥ずかしいわ」


 背後で「無知だなんて思ってもいないくせに……悪役だのう」と呟く声が聞こえたが無視させて頂く。

 私は悪役令嬢で、そう位置づけたのは他ならぬマツリカだ。

 悪役令嬢の前で聖女だと名乗ったのだから、この程度の返しが来るのは想定内だろう。

 まぁ、万が一(・・・)、他の乙女ゲーム的なストーリーのどれにも『聖女とは何だ?』と尋ねる者などいなかったとしたら、こんな返しが来るとは考えもしないだろうけれど。



「せ、聖女って言うのは……回復魔法が使えるすっごく有難(ありがた)い女の子のことでするん!」

「ああ、お医者様のことですのね? それなら私も存じておりましてよ。なんせ辺境は怪我をすることが多いものですから彼らがいてくれて本当に助かりますわ。うちの騎士団にも医療従事資格を持つ者は二十人はいるかしら。

 王都はルブローデよりずっと人が多いから一〇〇人は(ゆう)にいるのでしょうね。ねぇクリス様?」

「え、あ、うん、一〇〇人くらいはいるかな。って、ルブローデにはそんなにいるのかい?」

「ええ。兵士の健康は士気にも関わってきますから、医学の知識は多くの者に学ばせるよう施策を取っておりますの」


 言いながらチラリとマツリカを見る。


「いずれは騎士団員だけでなく領民も、怪我や簡単な病程度なら自力でどうにかできるようになれば幸いですわ」


 ルブローデで二十人。王都で一〇〇人。

 ルブローデの人数が特殊だとしても、他の土地が皆無と言うことはない。

 医療行為を魔法として行う者は少ないかもしれないが、今は同じことが知識と技術で(まかな)える。施術される側からすれば、魔法だろうが技術だろうが治るのなら過程は問わない者が多いだろう。

 クマッティが言うには回復魔法でも蘇生まではできないそうだし、だとすればマツリカの価値は本人が言うほど高くはない。

 他の付加価値が──


「でも〝すっごく(・・・・)〟と仰るくらいなのですもの。聖女にはその辺にゴロゴロいる医療関係者以上の(・・・)価値があるのでしょうね。あとはどんなことができますの?」


 ──聖女にのみ与えられた力があれば別だけれども。


「……そう言えば先ほど神のお告げだと(おっしゃ)っていましたけれど、マツリカ様は神と対話できたりもするのかしら?」


 私は対話どころか壁に投げつけたり足で踏んだりもしているけれど。と、ついマウントを取りたくなってしまうが、一時(いっとき)の優越感のためにこちらの手の内を明かす必要はない。

 マツリカの背後にトラウラがいるかもしれないと思えば尚更、クマッティがこちら側に付いていることは言うべきではない。


「もしかして木に登って何時(いつ)通りがかるかも知れないクリス様を待っていたのも神のお告げですの? 下手したら木の上で何日も待つことになりかねないし、不審者として通報されるかもしれないことですのに」

「何日も待ってなんかいないんでするん! 私は召喚の儀式で、」

「そうでしたわね。マツリカ様が聖女聖女と(おっしゃ)るわりにその辺の小娘となんら変わりないから忘却の彼方に吹き飛ばしておりましたわ。

 そうそう、忘却の彼方と言えば先ほどお尋ねした問いも吹き飛んでおりましたわ。〝回復魔法が使えるすっごい女の子〟とはお聞きしましたけれど、それは〝神のお告げが聞こえる〟とイコールではございませんわよね。どのようにお告げを下さるのでしょう? 教えていただけませんこと?

 ああ、これは田舎者の単なる興味ですわ。でも私は神と対話なんてできませんもの、気になって気になって。それとも……」


 私は顔を真っ赤にして唇をわななかせるマツリカを見据える。


「王家に入られる女性が真に聖なる力を持っているのかが心配なだけの単なる一国民の願いなど、聖女様は叶えては下さらないかしら?」


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