20 悪役令嬢、聖女に会う。(☆)
テオルクと別れ、私たちは多目的ホールに向かう。
「……商談が成立した闇の商人みたいな顔をしておるのう」
「あら、私は生まれ落ちてからずっとこの顔でしてよ?」
相変わらずクマッティが嫌味を言ってくるが気にしない。
今回は久々に手ごたえを感じた。
あれでマツリカにも同じことを言っているのなら別だが、表向き、テオルクの私に対する好感度はかなり高いと思われる。
あとは唯一好感度が低迷しているコンラートをどうにかすれば、悪役令嬢が主役を張るストーリーで攻略対象全ての友好度を上げると発生すると言われている〝友情エンド〟だって狙えるだろう。
悪役令嬢などと言う意味不明な役回りを押し付けられた日にはどうなることかと思ったが、うすぼんやりどころか何も見えなかった断罪回避が俄然現実味を帯びて来た。
それに低迷してるとは言え、義弟には攻略法がある。
ディナエルだ。
義弟はディナエルを蔑ろにする者を敵視する傾向が見られる。
〝将を射んと欲すれば先ず馬を射よ〟と言うように、コンラートの好感度を上げるには先ずディナエルの好感度を上げるのが重要。
好感度の上がったディナエルが事あるごとにを称賛してくれれば義弟も私の良さをわかってくれるなんて考えは甘すぎるけれど、それでも態度くらいは軟化する。
そうなればV字回復も夢ではない。
「攻略対象はクリストファー、コンラート、テオルクで三人か。あと数人はいそうなんじゃが」
「ディナエルとフォルッツを入れれば五人になるわ。攻略対象の数としては十分ではなくて?」
「ええ!? 私はマルグリット様一筋ですが!」
私とクマッティの会話に、フォルッツが反論の声をあげる。
が、あの夢の中でフォルッツは、断罪される私を見て手を叩いていた。
マツリカが〝異性から無駄にモテる〟のなら、彼女に出会った後でもフォルッツが今と同じ考えでいられる保証など何処にもない。むしろ掌を返して断罪を喜ぶ姿のほうが自然に思えてしまう。
ディナエルはディナエルで、〝勇者になる直前で希望を踏みにじられた悲しい過去持ち〟だなんて、ヒロインが癒すのにピッタリの人材だ。
それだけの過去を背負ってその他大勢に甘んじるなど、私が許しても乙女ゲームな世界観が許さないだろう。
ただひとつ言えることは、この二人はクマ化していて、余程のことがない限りマツリカが恋愛の対象として見ることはない、と言うことだ。
彼女の性癖が人間の男性よりも綿が詰まったぬいぐるみと言うなら別だが、そんな性癖の持ち主は極少数だろう。
彼らがクマ化を解くにはチートクラッシャーが必要……奪われた力をカジウラから奪い返すにも、預かった力を返すにも、〝私の〟力が必要になる。
言い換えれば、彼らは私の知らないところで好き勝手に人間に戻り、マツリカと恋に落ちることなどできない。
攻略対象でありながらヒロイン争奪戦からは既に脱落している。そう考えればフォルッツの言い分もあながち間違いではない。
「お、そう言っている間にも新たな登場人物じゃぞい」
クマッティの声に廊下の先を見れば、一組の男女が人目もはばからずに寄り添っているのが見えた。
男のほうはジークラム第三王子クリストファー。
しかし女には見覚えがない。
恋人同士にも見える親しさだが新しい婚約者だろうか。
もしそうなら王子の婚約者たる”悪役令嬢”の称号もクリストファーに添えて進呈するのだが。
「マルグリット!」
そんな感情が顔に出ていたのだろうか。
つい数日前に婚約を申し込んで断られた相手だと言うのにクリストファーは破顔した。それはもう嬉しそうに。
あんまり嬉しそうなので、
『何の関係もない相手を呼び捨てるのはマナー違反ですわよ? もしこれでクリス様と私がただならぬ関係だ、などと噂でも立ったらどうなさるおつもりですの?』
と、舌の先まで出かかった忠告が、砂糖菓子のように溶け消えてしまったほどだ。
さすがは歩く令嬢キラー。あの笑顔を向けられて落ちない女はいない。
って、それじゃお前も落ちたのか? と尋ねられれば、悪役令嬢としては否と言いたいのだけれども。
「見てくれマルグリット! きみの言った通り、私は真実の愛を見つけたんだ!」
クリストファーはそう言いながら傍らの女性の手を取る。
人前だと言うのに見つめ合うふたり……を見せつけられている側としては爆発しろと言いたいけれども、一国の王子を前にそれは言えない。
だが。
早すぎるだろう!?!?
さすがは歩く令嬢キラー(二回目)。
本気になれば女を落とすなんて朝飯前なんだろうけれど、でもね、あなたは〝真実の愛〟かもしれなけれど、お相手もそうだとは限らなくってよ!? 彼女の前で他の女を呼び捨てて、浮気を疑われても知りませんわよ!?
と、溶けた矢先に新たな忠告がムクムクと。
いや、クリストファーが新しい彼女と修羅場ろうが私の知ったことではないし、忠告など私の性分には合わないし。
『真実の愛を探せと言ったのはマルグリット』とクリストファー本人も言っているから、感謝こそすれ、恩人の私を修羅場に巻き込むことはないと信じたい。
「おめでとうございます、ジークラムの輝ける星、クリストファー第三王子殿下。国王様もお兄様がたもさぞお喜びでしょう」
「殿下、じゃない。クリスと呼べと言ったはずだ心の友よ」
「………………クリス様」
ともかく。
これで兄の罪も少しは忘却の彼方に飛んで行ってくれただろうか、と一抹の不安を抱きつつもとりあえずは祝福する。
の、だが、
「まさか本当に見つかるとは、と皆喜んでくれた」
クリストファーの返しに、新たな不安が。
皆? まさか『真実の愛が別にいる』を国王たちにも語ったのか?
私に予知能力があるなどと言うホラ話も?
どうしよう。知らないところで国家の重要人物に認定されていますか私。
クリストファー自らが遥々ルブローデまで迎えに行って、それで手ぶらで帰ってきたのだから、納得できる理由を話す必要はあったと思うけれど、って重要人物ならそう簡単に処刑されないわよね? もしかして破滅も回避できる?
でもそれでホラがホラだと知られたあかつきには王族を騙した罪で断罪に。結局断罪されるんかーい! と……いや、その話は置いといて。
ああ、数週間前に婚約していたら、と思うとぞっとする。
あの時、もし流されるまま別の未来を選んでいたら、クリストファーはこんなに晴れやかに紹介などしてこなかっただろうし、『婚約者がいる身で他の女にうつつを抜かすなんて』と周囲も好意的な目でなど見てくれなかっただろう。
そして非難されることに慣れていない彼は、私を悪く言うことで己の正当性をアピールしようとしてくるかもしれない。
なんせ私は悪役令嬢。何もしていなくても私のせいにされる宿命の女。
けれど、今! 運命は変わった!
私はただの辺境伯爵令嬢。クリストファーが誰と愛を育もうが、誰と破談になろうが一切関係ない!
「あのー」
「──はい?」
クリストファーとの和気あいあいとした会話に恐る恐る入り込んで来たその声の主に、私は解放感を笑みの下に隠したまま目を向ける。
「あのー、マルグリット様はぁクリス様のぉ婚約者です、よ、ねぇ?」
声の主は言うまでもない。
この場にいる私でもクリストファーでもない三人目。他称〝真実の愛〟だ。
「いいえ?」
「え? でもぉ」
語尾を伸ばす喋り方は幼いと言うよりも、王子を交えてのこの場ではあまりに場違いで、申し訳ないが空気が読めない馬鹿っぽさすら感じてしまった。
本人はかわいいつもりなのかもしれない。
気の置けない友人同士なら、そんな喋り方でも許されるのかもしれない。
ただ貴族の子女の間ではそんな喋り方をする者など──あれだけ流行に敏感で、自身を愛らしく見せることに余念のないコーネリアですら──皆無だが。
「……こちらは?」
「ああ、そうだ。マルグリットからも言ってくれないか? 私とマルグリットは婚約しているんだろう、とマツリカはずっとこの調子で」
「真実の愛だとお認めになって下さらない、と」
「あ、いや、そんなことはないのだけれどね。でも婚約者がいるんだろうって」
……要するに二股を危惧されているわけか。
婚約者がいるのに運命だなんだと迫られれば、そりゃあ簡単に首を縦には振れなかろう。
が。
マツリカ。そうかこの女が〝マツリカ〟か。
舞台も揃ったしそろそろ、とは思っていたが……もし彼女が単なる第三者なら、悪役令嬢の称号も破滅フラグもまとめて進呈するつもりだったのに、ヒロインではそう言うわけにもいかない。
私は改めて〝マツリカ〟と紹介された彼女に目を向ける。
〝異性にモテモテ〟の転移者なら二股されずとも婚約者(この場合は私)から奪い取れるだろうに、何をこだわっているのやら。
いや、この馬鹿っぷり共々、演技かもしれない。
私は軽く首を振る。
世の中には釣った魚に餌をやらない御仁も多い。『はい喜んで!』と交際を承諾するよりも焦らしてみせたほうが貢物の量は格段に増える。
目指すエンドに達するにはあらゆる策を講じて来るだろうし、だとすればこの態度も私を油断させ、また、攻略対象の庇護欲を煽って思いどおりに動かすため、と考えられる。見た目で判断しては駄目だ。
私は悪役令嬢。
ヒロインの希望どおりに踊る義理はない。
「……マツリカ様と仰いますのね。でも残念ながらクリス様の仰るとおり、私たちは何の関係もございませんのよ?」
婚約の件に関しては申し込みに来た時点で蹴った。
王城やルブローデの幾人かは知ることとなったが、成立しなかった縁談を成立したかのように触れ回る者はいないだろう。
破談になった王族の縁談なら尚更。下手をすれば不敬罪、偽証罪で手が後ろに回りかねない。
「なのに、マツリカ様は何処でそのお話をお聞きになりまして?」
〝聖女〟の持つシナリオどおりなら、私はクリストファーの婚約者だった。
それを知るのは、私と神々の他にはひとりしかいない。
他の世界からやって来て、この世界を蹂躙しようとする〝転移者〟。それは。
「あ、え、ええと……その……」
マツリカは口籠りながらクリストファーを見上げ、それからふいに閃いた! とばかりに目を輝かせた。
「か、神のお告げがあったのでするん!」
「……るん?」
何だその語尾は。
これもかわいい演技の一環なのか?
それとも私が知らないだけで、巷では変な口調で喋るのが流行っているのか?
もしかして、〝聖女〟と言う特殊な職業だから語尾が『るん』?
いやいや、聖女だから『るん』って脈絡ないし。それなら語尾が『~じょ(聖女のじょ)』のほうが余程……ってそれも変すぎる!!
第一、ついさっきまで語尾は伸ばして喋っていたのに、何故いきなり『るん』!?
クリストファーの手前&マツリカがどんな女か確認させて頂く意味もあっておとなしくしているつもりだったのに、噤んだ口の中を毒舌が暴れまくる。




