19 悪役令嬢、ビジネスパートナーを得る。(☆)
宰相の息子。
乙女ゲーム的に言えば限りなく攻略対象になりやすい肩書きだ。
クマッティの説明の中でも宰相など重鎮の息子は王子の友人キャラとして描かれることが多い、と挙げられていた。
テオルクは三十歳に手が届こうかというあたりだから、〝友人キャラ〟とは呼べないかもしれない。しかし宰相の息子ならクリストファーとも面識はあるだろう。
もし心の兄的な立ち位置にいるのなら、大雑把に〝王子の友人〟に含めたところで大した問題ではない。
攻略対象=ヒロインの下僕=悪役令嬢の敵。
だとすればテオルクも私の障害となり得る。
しかも制服こそ来ていないが、学生と同じ濃紺のローブを羽織っている。
テオルクは魔法省の関係者なのだろうか。
そんな男の前で国家をあげたプロジェクトの頓挫を期待した発言をしてしまうなんて……近くにいたことに気付かなかったとは言え、失言には変わりない。
「この学園システムは上手く運用すれば化けますよ。しかし今の魔法省と王家に化けさせる力があるかは別ですが」
敵か。
味方か。
無関係を貫く第三者か。それによって返答も変わって来る。
「魔法省と王家に化けさせる力があるかは別、と仰いましたわね。テオルク様はこの学園構想は頓挫する、とお考えですの?」
「私〝は〟ではなく、私〝も〟でしょう?」
将来性があるのでは? と見たテオルクから『同じ』と称されるのは光栄だが、腹の内が読めない。
世間一般のテオルクの評価は〝変人〟だ。
私の双璧に並び立つ人物かもしれない。
社交界にはあまり顔を出さず、出したところで談笑の輪に加わることもなく。
腰を落ち着けることなく各省庁を渡り歩いているせいで、役職としては下位。
ひとつの業務に腰を据えられない、落ち着きがない、宰相の器ではないとまで言われ。その歳なら既に結婚しているのが普通なのに未だにひとり身。
父である宰相が放置を決め込んでいるのは見限っているからだ、なんて噂も聞く。
が、本当にそうだろうか。
結婚しないのは他に集中するものが多すぎて家庭を顧みられないと自覚しているからではないのか?
各省庁を渡り歩いているのは、全省庁を通して全体を見ようとしているのではないのか?
いずれ宰相になることを見越し、現時点での出世にはこだわっていないのだとしたら……そこまで将来を見据えて動いているのだとすれば十歳以上年上であろうとも、どれだけ平凡な顔であろうとも、将来性はその辺の攻略対象どもよりずっと高いのではないか?
第一、政略結婚の相手なら十歳以上歳が離れた相手なんて珍しくもない。
数少ない(多分、攻略対象の中で唯一の)大人の異性。しかもインテリ系。
オジ専でなくとも、同年代が子供っぽく見えてしまうほどには違いを感じるに違いない。
「現在この学園を運用している人々には改築費や資材の購入で転がり込むマージン、そして多額の入学金にしか目が行っていないのですよ。自分の属している世界だけが全てだと思う」
テオルクも私と同様に二匹目のドジョウを狙っているのだろうか。
だとすれば、今の時点では勝てない。
私の影響力はせいぜいルブローデ領内。財源の確保もおぼつかない。
それにくらべてテオルクは宰相になる可能性が高い男だ。
投資目的で金を貸してくれる人物など山のようにいるだろうし、今まで各省庁を渡り歩いて培った人脈を駆使するだけでも、どれだけの人と金が動かせることか。
……普通に戦っては負ける。
私は掌を握り込む。
そんな私に気付いているのかいないのか、テオルクは楽しげに喋り続ける。
社交の場でほとんど口を開かない〝変人〟とは思えないほど饒舌に。
「つまり彼らは入学金すら払えない貧乏貴族や平民など最初から見えてはいないのです。そここそが未開拓市場だと言うのに」
しかしこれは〝大人の魅力〟に含めてもいいのだろうか。
ここまで堂々と金儲けを前面に出すのは、いくら他の攻略対象との差別化を図った結果だとしてもあまりに乙女ゲームらしくない。
まぁ未来の宰相を見据えているのだとすれば、この学園構想がどれほどのものかは理解できているだろうし、副産物として利権や金儲けが付いて来ることだって(多少でも興味があれば)気付かないはずがない。
彼は乙女ゲーム化する前から魔法省に籍を置いていたのだから、〝大人の魅力を持った攻略対象の演出のため〟にこの考えを持たされたわけではないだろうし──。
「──手を組みませんか?」
ニヤリと口角をつり上げると、テオルクは片手を差し出して来た。
「手を?」
「そうです。情報が欲しいと仰っていたでしょう? それは私も同じです。
学生の生の声が聞きたい。こちらが良かれと思って用意したものでも、学生からすれば不要、もしくは使いづらいものかもしれない。言わばモニター……この〝学園〟と言う商品を実際に使って頂いて、率直な意見をお伺いしたい」
「その代償として学園のデータを頂けると」
「これでも一応は学園プロジェクトの責任者ですからね。多少の融通はできると思いますよ?
新規プロジェクトを立ち上げたはいいが失敗した時に責任は取りたくないという連中に代わって押し付けられただけの何の権限もない役職ですが、窓口としていいように使ってください。備品が足りないとか、こんな問題が起きたとか、何でも」
何の権限もないと言うが、なかなかどうして役に立ってくれそうだ。
実際、問題が起きたところでテオルクが解決できるかどうかは別問題だが、何処にいるかもわからない学園長なんて肩書きの人よりもよほど使える。
しかし……話が美味しすぎる。
彼が攻略対象かもしれないと疑えば尚更。
「それならなおのこと、学園が失敗に終わるのはテオルク様的には良くないのではありませんこと?」
問題が起きた時に責任を押し付けられる役なら、事業が失敗したことも全てテオルクの采配が間違っていたせいだと言われるのではないだろうか。
下手をすれば学園責任者だけではなく魔法省職員の席も失いかねない。
『責任者とは名ばかり』と言うからには発起人やその賛同者は他にいるのだろうけれど、こんなところで彼らに難癖を付けている場合ではないのでは?
「構いませんよ。むしろ膿を出すために一度潰れてほしいくらいで。無論、責任は取らねばならないでしょうが、もともと失敗前提だからこその試用期間なわけですし」
いや。
悪いと言うのなら、いきなりの学園ドラマ化を推し進めてきたマツリカが諸悪の根源だろう。
学園も寮も制服も、突然降って沸いたネタにしては上手く都合をつけていると、むしろ当事者を褒めてやりたいくらいだ。
もっとしっかりと煮詰める期間があれば、膿を出すために一度潰すなんて荒療治をすることもなかった。
テオルクはそれをわかっている。わかっていて、ただ失敗の責を負わされる捨て駒ではなく、利を得ることができるように動いている。
「金など出世すれば幾らでも湧いてくるものです。身分に関係なく伸びる者は伸びる。人生の中の一点における金の有無で、将来性のある若者の芽を摘んでしまうのは国のためにはなりませんよ」
この国で魔法が使えるのは貴族のみ。
しかし平民の身分でも魔法が全く使えないわけではなく、稀に見つかる〝魔法の才能を持った子供〟は養子として貴族の身分を得ることができる。
が、それは運よく見つけて貰えただけのことで、実際の母数はもっと多いかもしれない。
学園が広く門戸を開けば、才能のある子供を見つけるのも容易くなる。
アイディアは早い者勝ちと言うが、自分よりテオルクのほうが練度が高い。
きっと学園の話題が降って沸いた時から考えていたに違いない。
そして学園運営のノウハウや、出て来るであろう問題点などを全て〝情報〟として集めるつもりで此処にいる。
責任者にしても、『押し付けられた』と言っているが、暗に『押し付けられるよう』動いたのではないか?
「ふっ……恐ろしい方」
「何か仰いましたか?」
「いいえ、何でもなくってよ」
いけない。無駄に悪役令嬢っぽい台詞を吐いてしまった。
いや、だって、何だか呟かないといけないような気がしたのだもの。
「喜んで協力させて頂きますわ。ジークラムの明るい未来のために」
「ははは。マルグリット嬢は食えない方ですね」
「賛辞と取らせて頂きますわ」
いつも孤立しているからとっつきにくいのかと思ったが、やはり彼は私と似ている。
きっと良い相棒になる。
背後でクマッティが
「攻略対象に気を許すのは危険じゃぞい?」
と呟いた。
テオルクがマツリカの手中に落ちた上であれなのか、まだ出会っていないのかは不明だが、腹の内が読めない男を信用するのは危険だろう。
それはわかる。しかし。
「私は利用できるものを利用しているだけのことよ?」
利権絡みのドライな関係のほうが、下手に感情で動く相手よりも、読みやすいし御しやすい。




