18 悪役令嬢、宰相の息子に出会う。
クマッティとフォルッツを掴んだまま寮を飛び出し、数分後。
私は教室棟の前にいた。
「おー! これが学びの園かの! うむ、この独特の閉そく感! 性欲を余らせた若者が屋上だの階段の踊り場だの掃除道具入れの中だのでイヤン♡な行為に、」
「ふけったりしません」
そして、相変わらず空気を読まないクマッティの声に我に返る。
何だよ掃除道具入れの中って。そんなところに入るシチュエーション、想像もできないわ。とツッコミたいのは置いといて。
まずはこの状況をどうにかしなければ。
いくら入学式がないとは言え、時間的には皆、そろそろ到着する時間。そんなところで両手でクマのぬいぐるみを持って突っ立ていたら何を言われるか。
〝いい歳をしてぬいぐるみを二匹も持ち歩く痛い女〟のレッテルが貼られることは間違いない。
私は昔から『他人とは違っている』と評価されてきたけれど、それは私の意思でやってきたことへの評価だから何を言われようとも痛くもかゆくもない。
けれど今回は私のせいではない。第三者に喋るクマの存在を知られてはいけないと思っての行動であって、むしろ被害者。
だからこそ、その評価を下されるのは納得がいかない。
「見る限り聖女っぽい娘はおらぬのう」
「そうですわねぇ」
クマッティに返事を返しながら、私はローブのフードに2匹のクマを放り込む。
クマを隠したところで、〝クマを持ち歩く痛い女〟が〝老人のような語尾の独り言をつぶやきながら歩く危ない女〟に進化するだけなのだが、それでもクマのぬいぐるみが喋るよりは誤魔化しもきく。
それにクマッティたちを喋らせなければ、そもそも発生しない。
「ついでに言えばコンラートもいないわ」
せめてコンラートがいれば、人間同士で会話しているように見せることができたのに。
と、この場にいない義弟の価値を改めて知ったところで都合よく帰って来てくれるはずもないのだが。
「まずいのう。モタモタしておるとマツリカと恋仲になってしまうかもしれんぞ?」
「いざとなったらふたりまとめて消すわ」
「おお! まるで悪役令嬢みたいじゃな!」
「あら。悪役令嬢ですわよ? 私は」
自認したくはないが、私=悪役令嬢は変えようのない事実。
むしろ否定し、事実から目を背けることで、破滅フラグを回避できなかったほうが詰む。
だったら悪役令嬢だろうが何だろうが自分の立ち位置をはっきりと認識し、降りかかるであろう火の粉をあらかじめ予測することが大事だ。
前にも言ったが、コンラートがマツリカと恋に落ちてくれても私としては邪魔するつもりなどなかった。と言うか、コンラートの相手など興味もない。
が、マツリカが求めるエンディングがわからない今、進展して欲しくないのも本音だったりする。
転移者は無駄に異性から好かれるらしい。
王子だの貴族の子息だのに囲まれて『私ってモテモテ~♡』がやりたいだけなら構わない。逆ハーレムの末席に義弟を加えたいと言うのなら喜んで進呈しよう。
しかしそれだけなら悪役令嬢などいらないのだ。
悪役令嬢とはかませ役。
ヒロインが優越感に浸るために攻略対象に捨てられ、足掻いても報われることなく破滅する役。
現状、私はクリストファーの婚約者ではないし、コンラートとも不仲。それ以外の攻略対象とは出会ってもいない。
だから破滅のしようもないのだけれど、それでは私にかませ役を期待している側としては不満だろう。婚約者だ義弟だと設定を無理やりねじ込んで来た前例を考えれば、なおのこと”何もない”では終わらないはずだ。
何を仕掛けて来るか。
催眠術にでもかけない限り私の感情に手を出すことはできないから、攻略対象が私に粉をかけて来るように仕向ける……のが最も手っ取り早い。
そして私がその気になったところで奪い返す。〝異性からモテる〟転移者なら朝飯前だろう。
だから『恋愛でも何でも勝手にやって』とは言えない。
私を破滅させるための駒にするつもりなら渡すわけにはいかない。
「大丈夫ですよ。そう広くもない場所ですし、義弟君もいい歳した大人ですし」
黙りこくっていたのを〝行方不明の義弟を心配している〟と取ったのだろう。おそるおそる、と言った感じでフォルッツの声が聞こえる。
試用期間の今は教室の数も少ないし、階が分かれることもない。一部屋ずつ探して行けばいずれ見つけられるだろう、と。
「そうね。此処にいても仕方がないし、教室を覗きがてら多目的ホールに行きましょう」
私は教室棟の入口に掲示されている学園見取り図を見上げる。
座学の教室が5つ。
多目的ホールがひとつ。
ポーション調合の授業でもするのか、実験室がひとつと準備室。
建物外には魔法省管轄のダンジョンまであるらしい。
今日はクラス分けと、学生同士の顔合わせと親睦会を兼ねた自己紹介会をする、と聞いている。
学生を一堂に集めるとすれば、多目的ホールが最適だろう。
しかしデビュタントを終えているであろう年齢を集めて、今更自己紹介もないだろうに、と思ったのは私だけではないはずだ。
注目を浴びるのはマツリカくらいだし、この自己紹介会もどちらかと言えば〝マツリカが攻略対象を確認するため〟が本来の目的かもしれない。
〝貴族の子弟ばかりを集めたのは乙女ゲームらしいキラキラした貴族ムーヴな世界を演出するためではなく、魔法が使えるのが貴族だけだから〟に似た強引な辻褄合わせを感じる。
「それにしてもこの学園、私がマツリカをを倒した後はどうなるのかしら?」
廊下を歩きつつ、教室を覗きつつ。私は呟く。
この突然の学園ドラマ化は転移者の影響で世界が歪んだ結果。
転移者を倒す、もしくはチートスキルを消して世界に影響を出せないようにすれば乙女ゲーム化も解けるはずだが、人々の記憶のように形のないものならともかく、学園や寮をなかったことにはできない。
「そのあたりの整合性は何とかなるから安心するが良い。おおかた〝試算していたほど成果が出なかった〟とか何とか理由を付けて翌年あたりに廃止になり、そのまま消えるのが関の山じゃろう」
「へぇ……そうなの」
「何じゃ? 悪役みたいな顔しよって」
「あら、悪役令嬢が悪役顔なのは当然でしょう?」
そうか。学園構想そのものが最初からなかったことになるわけではないのか。
これは上手く転がせばビジネスチャンスになるのでは?
今まで魔力の制御や魔法の使い方は独学(各家で独自に雇った教育係による指導)でどうにかしてきた部分が多い。今回、集められた学生らも、皆、魔法をそれなりに操る技術は習得しているはずだ。
そして〝試用期間〟だからこそ教師は高難易度魔法を教えるなんて冒険はせず、基礎魔法でお茶を濁すだろう。
つまり学生が目に見えて成長することはなく、〝試算していたほど成果が出なかった〟と評価され、〝翌年あたりに廃止〟になる可能性は非常に高い。
「いいわね。マツリカを倒す前に学園構想のデータをいろいろと頂いておきたいわ」
「ええー!? 学園が潰れた後釜を狙うおつもりですかぁ!? 国家規模のプロジェクトですよ? 廃止されたから私が、って名乗りを上げたところで誰も賛同なんかしませんよ!」
「それは好都合」
同じ穴のムジナがいないのならなお良し。
しっかりと構想を練り上げる時間があると言うことだ。
「それにデータだって、辺境伯令嬢とは言え一学生が手に入れられますかねぇ」
「〝ますかねぇ〟ではなくて〝手に入れる〟のよ。例え今回頓挫しようとも、基礎からきちんと教える教育機関には需要があるわ。特に──」
「──今回参加しなかった〝子弟を学校に送り出す余裕もない困窮した家〟には」
突然割り込んで来た第三者の声に振り返ると、ひとりの青年が立っていた。
中肉中背、薄い茶色の髪に美男とは言えないけれど醜いわけでもない平凡な顔立ちと言う、典型的な〝その他大勢〟顔だが、見たことがある。
彼は現ジークラム王国宰相の息子、テオルクだ。




