17 悪役令嬢、ぬいママを知る。(☆)
「でも思ったよりよさそうな部屋で良かったですねぇ」
「そうね。ちゃんと壁も天井もあるし」
「いやですわお嬢様。なかったら野宿じゃないですか」
ペトラは笑うけれど、これは決して冗談ではない。
入学式関連のぞんざいな扱いを思うに、寮とは名ばかりのカキワリに通されるおそれもあったのだ。
乙女ゲーム的な世界では〝全寮制〟なんて設定がありながら、部屋割りは描かれないことが多い。
個別に主人公が日記を書いたり、勉強をしたりする〝机のある部屋〟と、友人を呼んでパジャマパーティをしたり、寝込んだり、はたまた押し倒されたりする〝ベッドのある部屋〟の描写はある。
しかしそれ以外……水回りや従僕のための部屋など主人公が使わない部屋は当然ながら描かれない。
昼食は学園の食堂で食べるシーンがあるが、朝と夜はない。
イベントが起きない日常シーンまで描いていては冗長になるから、と言えばそうなのだけれど、ストーリー内にないから省略された入学式を思うと、ほとんど描かれない学生寮がこうしてまともに部屋の形で存在してくれていることには心から感謝してしまう。
ただし部屋数に関しては不満が残る。
これは私だけでなく、全ての寮生が思うだろう。
実家で私室としてあてがわれていた部屋は数部屋。扉でそれぞれつながってはいるけれど書き物をする部屋と寝室は当然別だし、衣装部屋も別にあった。
学生のほぼ全ては貴族の子弟だから、どの寮生も似たような部屋数は持っていたはずだ。
不満を抱かないのは平民出身のマツリカか余程家計が火の車な貧乏貴族くらいだろうが……そんな貧乏貴族の皆様は試用期間の学園如きには少ないと聞いている。
いや。
もしかしたらこの部屋割りもマツリカ仕様なのかもしれない。
この寮の部屋割りは平民の家屋としては標準。新築だし、むしろ『ひとり一部屋あるなんてすごーい』レベルだったりして。
こんなところまで転移者の世界観に……ああ、頭が痛くなってきた。
「頭痛ですかお嬢様」
「……大丈夫よ。知恵熱みたいなものだわ」
マツリカならきっと荷物が片付かないなどと思ったりはしない。
しかし寮室の容積を見誤った私を含む貴族の子弟たちはそうではない。
床面積の半分をベッドが占める部屋に机と本棚、そして下着を含む衣類までをしまい込まねばならない難易度は人生経験上一、二を争う。
なのに!
あんなに苦労しても全然片付かないのに、この居間の昨日到着したとは思えない見事な片付きっぷりは何だ。平民は皆、パーフェクト片付けマスターのスキルでも持っているのか?
こんなことなら私の部屋も最初からペトラに任せればよかっ……
「!」
「どうしました? お嬢様」
私の目はとある棚の上で釘付けになった。
いかにも『昔から此処が定位置でした』とばかりに飾られているのは二体のクマのぬいぐるみ。
新たなクマの登場でなければ、あれはクマッティとフォルッツだろう。
しかし何故此処に。
実家の部屋サイズならいざ知らず、この狭さと、そしてフォルッツが増えたこともあって、『男どもは男子寮で仲良くやって。当然でしょう?』とコンラートの部屋に投げ込んでおいたのに、奴め、こんなところに置いていったらしい。
フォルッツはどうだか知らないが、クマッティは空気を読まずに喋り出す傾向がある。
しかもペトラはぬい服を作ってくれていただけあって、クマッティのお気に入りだ。
爺が若い娘と親密になろうと暴走すると、大抵ロクなことをしない。
何か口走る前にコンラートの部屋に戻しておかなくては。
「新築っていいですよねぇ」
私の不安に気付くことなく、ペトラは笑みを浮かべて居間を見回す。
彼女は此処を気に入ったらしい。ルブローデにしろ王都のタウンハウスにしろ、使用人は相部屋が基本だったから、一部屋貰えたのが嬉しいのかもしれない。
「お風呂はちょっと狭いけど、でもね、露天風呂があるそうですよ?」
「露天?」
露天風呂。
要するに大衆浴場。
前述したが、この寮は水回りが各戸に付いている。台所、浴室などがひとつずつ。
台所は主人は立ち入らないからいいけれど、浴室はそうもいかない。しかし従僕と主人が同じ湯舟を使うなんて、普通はしない。
下手をすると『従僕は濡らした布で体を拭くだけ』とか『何処かの川で行水』なんてことになる。夏だろうが冬だろうが。
そう思えば、露天風呂の存在自体は悪くない。貴族の子弟が人前で肌をさらして湯に浸かるなんてないから、ペトラの言う露天風呂は主に従僕たちの憩いの場となるだろう。
しかし露天風呂とは。
〝主従で同じ湯舟は使わない問題〟に突き当たったマツリカが考え出した苦肉の策なのだろうか。
それとも乙女ゲーム的な世界では標準装備なのだろうか。
学園ドラマには不必要な施設№1に思えるけれど、まさかまさかのお色気シーンのためだったり──そう、古の時代劇では必須だったらしい女優の入浴シーンのように──いや、それこそまさか。
今の時代、『ポロリもあるよ♡』なんてやったら学園責任者の首が飛ぶ。
「うむ! お風呂でちょっとエッチな展開は恋愛もののセオリーじゃからな!」
って、言った端から案の定!
クマッティーーーー!!!! 突然話に入って来るのはやめろーーーー!
ついでに言えば私が返事に困ることを言うな!
ぬいぐるみは喋らない。だから必然的に私が発したと錯覚される。それなのに!
その台詞はまるで私がエッチな展開に詳しいみたいじゃないの!
何だよ『ちょっとエッチな展開』って!
何時からこの世界は成人指定になった!!
「いいですわぁ。毎日露天風呂に入って、素敵なお店もいっぱいあって。さすが王都は違いますねぇ」
運の良いことにペトラの心はまだ見ぬ温泉に飛んでしまっていて、〝エッチな展開〟は右耳から左耳に流れていってしまったようだ。
助かった。〝エッチな展開〟だなんてフレーズ、聞かれていたら痴女の烙印を押されること間違いなし。
「そ、そうね。布を扱う店もたくさんあったわね」
私はさりげなく話題を変える。
嫁入り前の若い娘をお色気シーンの餌食にしてたまるか。他の家はともかく、ルブローデに雇われた以上、彼らの身の安全を守るのも主の務めと言うものだ! と、少々親目線な発想で。
「コーネリア様情報によれば王都の店の数はルブローデの比ではないそうよ」
ルブローデにいた頃、クマッティのドレスを短時間で仕上げた猛者はこのペトラ。
裁縫仕事は趣味を通り越して職人の領域だから、決して嫌いではないだろう。
そして私が撒いた餌に、ペトラはあっさりと食いついてくれた。
「ええ、とっても楽しみです! お嬢様のクマちゃんも何時の間にか二匹に増えたことですし、双子コーデとかいいかもしれませんわ。
そうだ! 私、お嬢様の制服に合わせてクマちゃんたちにも制服を作りましたの!」
言いながらヒラリと出されたのはスカイブルーのワンピース。+ローブ。
相変わらずの良い仕事だ。一人称儂のクマッティと数日前までどこからどう見ても男だったフォルッツがそれを着ると思うと、少し思うところがあるけれど。
「ステキー」
なので思わずお茶会でコーネリアに迎合するだけだったお嬢様がたの真似が口をついてしまった。
「そうでしょう? 気合い入れました!」
が、こうして口に出してみると相手を肯定するだけの返事って便利だ。
相手の機嫌も損ねないし、自分への心証も悪くならない。誰もが使い回して手垢のついた言葉だけれども、『相手の意図を汲み、且つ奇抜な返事を』と考えた挙句に滑ることもない。
こうして人は処世術を身につけ、大人になっていくのだろう。うん。
「あ、そうだ」
処世術と言えば。
私はこの場にいないもう一体のクマを思い出す。
「実はコンラートもクマを持っているの。時間があったらでいいんだけど、もう一着作ってくれるかしら。男の子だからローブだけでいいわ」
クマッティとフォルッツが着ていればディナエルだって欲しいだろう。
彼は元々私には好意的だけれども、コンラートに比べてそう見えるだけかもしれない。ならば、手懐けるには袖の下、と昔から決まっている。
彼が友好的かそうでないかでコンラートの取り扱い難易度はかなり変わる。好感度を上げておいて損はない。
とは言え、ドレスは駄目だ。
本人が希望しているならいざ知らず、自尊心を傷つけることになっては本末転倒。コンラートの騎士になることを目指して腕を磨いていた過去を鑑みれば、ヒラヒラを押し付けられて喜ぶとは思えない。
そしてこの場にはもう一人護衛騎士がいるのだが……そっちはドレス確定なのだが……喜んでいるみたいだし、まぁいいや。
私は妙に得意げなフォルッツに目を向ける。
そんな私の心ばかりの配慮をよそに、手際よくドレスとローブをクマに着せ終えたペトラは目を輝かせた。
「まあ、コンラート様がぬいパパだったなんて初めて知りましたわ!」
「ぬいパパ?」
なんだぬいパパって。
「ええ、男性だからぬいちゃんのパパでぬいパパ。マルグリット様は女性だからぬいママですわ」
「……それは世間一般の呼び名なの?」
ディナエルとコンラートの関係を考えれば正確にはぬいパパではなくてぬい友だし、私もぬいママではなく、ぬいご主人様が妥当だろう。
世界と同年齢の爺さんや、ましてフォルッツの母親になどなるつもりはない。
そんな、
「ママか! 赤ん坊プレイが滾りそうじゃな! バブー!!」
バァン!
またしても口を挟んで来たクマッティを即座に掴み、壁に叩きつける。
心を読むな! 何が赤ん坊プレイだ!!
赤ん坊プレイが何を指すのかはイマイチよくわかっていないけれども、先ほどの”ちょっとエッチ”のこともあるし、どうせろくでもないことに違いない。これだからエロ爺は嫌なのよ!
「そうですとも! おっぱい欲しいでちゅなんて破廉恥な!」
「あーーーー!!!! そろそろ行かないと遅刻してしまうわ!」
何が『おっぱい欲しいでちゅ』だ!!
私は押し潰したクマッティと、そしてもう片手でフォルッツを掴み、踵を返す。
この二体を残して行く選択肢は今しがた消えた。
置いて行ったらペラペラと何を喋るかわかったものではない。
全く。
ヒロインと攻略対象のみならず、仲間枠のクマまで私の足を引っ張りに来るなんて。
これも悪役令嬢の仕様、いや、これは私の人選ミスだ。私が悪役令嬢だろうとそうでなかろうと、こいつらが空気を読まないのは変わらない。




