16 悪役令嬢、学園に到着する。
王立ジークラム魔法学園(仮)は魔法省の一角を間借りしている。
今のところは試用期間と言うこともあって、魔法省のワンフロアが学園仕様になっただけ。本格稼働することが決まれば専用に学舎を建てることになるそうだ。
いくら世界の歪みでも箱物を作るのは無理だろうと思っていたが、こんな裏技を使って来るとは。
〝あり得ない〟、〝時間的に間に合わない〟程度では不可能の理由になどならないことが証明されてしまった。
魔法省の一角、と言うことで、此処は王城に近い。
窓の外、一応は森のような植栽の庭園と何層にも張られた防御壁の向こう側ではあるが、城のシンボルでもある尖塔が見える。
だからと言うわけではないが、この学園の学生は貴族の子弟に限られている。
身元がしっかりしているからと言って善人とは限らないのだが(それどころか悪事に手を染めるのは権力を持った者ばかりなのが時代劇のお約束だったりするけれど)、多分、最もたる理由は〝それが乙女ゲームの仕様だから〟が正解なのだろう。
よもや転移者のせいで世界が乙女ゲーム化している、などとは知る由もない魔法省側は”この国で魔法が使えるのは貴族階級だから”と理由づけているけれど。
魔力が薄まらないよう貴族同士での婚姻を繰り返し、稀に現れる平民出身の魔力保持者をも養子という形で吸収してきた結果、この国では魔法が扱える者と言えば貴族を指す。
だから魔法省の言い分も間違いではない。能力のない者をいくら鍛えたところで0は1にはならないのだから。
まぁ、何処の馬の骨ともつかない平民階級の集団を、防御壁で仕切ってあるとは言え城の近くに置きたくない、と言うのもあるかもしれない。
決して背景に花が咲き乱れたり無駄にキラキラしている貴族ムーヴな世界が乙女ゲーム支持層に受けるからから、ではなく。
しかしよく考えれば、魔力を持って生まれればそれだけで貴族になれる、なんてガッサガサで問題が起きそうな設定に、何故今の今まで誰も何も言わなかったのか不思議だ。
ここ最近の怒涛の乙女ゲーム化を見るに、この設定自体、乙女ゲーム化の辻褄合わせのために過去に遡って書き換えられたのではないか、なんてことまで疑ってしまいそうになる。
まぁ、それはともかく貴族階級しか入れないとなると、ゲーム的展開では平民階級らしいマツリカも何処かの家の養女としてやってくる、と言うあたりが妥当だろう。
どの家の名を背負って来るかは知らないが、歴とした辺境伯令嬢の私でも普通ではないと言うだけで風当たりが強いのに……平民出身のマツリカなど最初から苛められるに違いない。
そしてそれを庇う攻略対象。
あ、今、乙女ゲーム的な図式が見えた。はっきりと。
「お嬢様ー。お茶にしましょう」
部屋の外からかけられた声に、私の意識は現実世界に戻された。
いけない。荷物を整理していたはずが、何時の間にやら手が止まっていた。
「……慣れないことはするものではないわね」
本来なら荷物の整理などメイドの仕事。
しかし学園には一人しか連れてくることができないとなれば、この程度は自分でしたところでバチは当たらないだろう。
と言うと何だかとても良い人のようだけれども、単にメイドにも触られては困るものがあるので自力で片付けるを得なかっただけ……いや、詳しくは不問としておこう。秘密があるほうが悪役っぽい。
私は箱から出した状態で止まっていた制服に袖を通す。
コルセットを締める必要がないのは平民出身のヒロインを意識してのことだろう。学園側が将来平民にも門戸を広げる予定だから、と言うのは貴族至上主義なこの国ではありえない。
ともあれ下着で補正せずとも良い体形を維持することが必須とは、乙女ゲームの世界はなかなかに強固な意志が必要なようだ。貴族な食事に慣れた我々とは違い、入学と同時に高カロリー食漬けになるであろうヒロインは早々のサイズアップが見込まれる。
そう言えばクマッティ曰く、昨今は差別化をはかるためにヒロインに美を求めない──ぽっちゃり体型だの地味顔だの──設定も多いそうだが、この世界に限ってそんなイージーモードはないだろう。なんせ攻略対象のクリストファーからして面食いなのだから。
女性には分け隔てなく紳士なはずのクリストファーから面と向かって『好みではない』と言いきられた数週間前を思い出し、私は腰を上げた。
「あら! あらあらあら、とってもお似合いですわお嬢様!」
食堂を兼ねた居間に行くと、メイドのペトラが満面の笑みで出迎えてくれた。
「ちょっと派手ではないかしら。子供服のようだわ」
褒められて素直に喜べないツンデレ気質も悪役令嬢……いやいや、生地も縫製も普段着ている服より劣る既製品なのだから学生の半分は同じ反応をするはずだわ、と心の中で思いつつ、私はペトラが引いてくれた椅子に腰かける。
「学生さんは皆様これを着るのでしょう? 派手だなんて誰も思いませんわ」
ジークラム王立魔法学園(仮)の制服は鮮やかなスカイブルーのワンピース。男子学生は同色のジャケットとグレーチェックのスラックス、と遠目からでも随分と目立つ意匠をしている。
肌寒い時はその上に濃紺のローブを着る。
これは魔法省職員と同じもので、袖口や裾の金糸の刺繍はただの飾りではなく、簡単な防御魔法が施してあるのだそうだ。
雨に降られても短時間なら濡れないという程度の、本当に簡単なものだけれども。
ともあれ、この制服は(ローブを着たとしても)かなり目立つ。
これまで領地で過ごしていた多くの学生が久しぶりの王都に羽目をはずすことがないよう、浮足立った気分を抑える目的だと来る途中で耳にしたが、あながち間違ってもいないようだ。
「奇抜な衣装もみんなで着れば怖くない、ってことね。でも貴族令嬢に足を露出して歩くデザインを採用した方の顔は卒業までに一度は拝ませていただきたいものだわ」
制服はふくらはぎが隠れる程度のミモレ丈。
ドレスに比べたら格段に動きやすいが、貴族令嬢は普通、この丈は着ない。この丈はメイドや販売員など所謂、働く女性が履くものと言われて来た。
なのに貴族の子弟ばかり集めたはずの学園でこの丈が採用されるとは。制服の採用担当者はかなり前衛的な考え方の持ち主か、平民階級の出か、異世界の服装に精通しているかのどれかだろう。
「あらぁ、慣れればドレスなんかよりずっと楽ですよ? 何より動きやすいです。学園では魔法や剣技の授業もあると聞いておりますし、お嬢様もきっとその良さを実感なさいますって」
「そう願っておきたいものね」
以前、コーネリアに押し付けられた〝巷で流行っている少女小説〟では王女がドレスを翻して剣を振り回していた。
フリルが何層にもなった重いドレスで飛び跳ねるなんて人間業ではない、と設定のガバガバさを鼻で笑ったものだったが、剣や魔法の実技授業があることを考えれば、確かにドレスよりもこの制服のほうが理に適う。
異世界も少しはいいところがあるじゃないの、と思いつつ──
「コンラートは?」
──私は義弟の部屋に繋がる扉に目を向ける。
「早々にお出かけになられましたわ」
人の気配はない。
お茶の準備は私の分だけ。
嘘をついたところでペトラには何の益もないから、コンラートが既に出かけてしまっているのは本当なのだろう。
「お時間はまだあると思っておりましたけれど、もしかしてお嬢様ももう出かけられます?」
ペトラは時計に目を向ける。
「お茶くらい頂く時間はあってよ」
私も倣うように時計を見……そのままぐるりと居間を見回した。
断罪されなければ、破滅しなければ、途中で乙女ゲームのエンドを迎えることがなければ、今後二年は此処が私の城になる。
そんな私の城──私に貸し与えられた寮室──は、この居間の他に私室が四つと水回り(厨房や浴室関連)が付いている。本来なら魔法省職員宿舎(妻帯者用)になる予定の建物を、急きょ学生寮に転用したらしい。
この間取りは学生寮の中でも数部屋しかなく、学生同士でルームシェア──要するに兄弟姉妹で入寮する場合のみに借りることができる。
つまりは私とコンラートは姉弟だから同じ寮室に放り込まれた、と言うわけだ。
以前フォルッツに男女で相部屋にはならないと宣言したけれど、個々の私室にはそれぞれ鍵がかけられるようになっているのだし、これは相部屋ではない! 断じて!
とまぁ、それは置いといて。
ひとりで来ている寮生の部屋は此処よりもずっと狭いらしい。
従僕を一人連れてきているから実質ふたり部屋、と言っても、単純に考えて此処の二分の一。実家やタウンハウスと比べても圧迫感が半端ない。
感じの悪い義弟と同居だとしても、広い寮室を宛がわれたのは運が良かったと言うべきなのだろう。
しかし兄弟姉妹なら男女であっても間違いが起きることなどないだろう、と思っているのだとしたら、魔法省上層部は何処までおめでたいのか。
私室には鍵がかかるから、と言う問題ではなかろう。事件は現場でだけ起きているわけではない。
それとも、世の中には血を分けた兄弟、さらには同性であっても間違いが起きてしまう系の恋愛話が量産されているのに、現実は『そんなもの所詮は作り話。ファンタジーですよ』で済むレベルなのだろうか。
だったら兄たちのアレこそ作り話なファンタジーじゃないのか?
まぁ、不純異性交遊に繋がりそうな事例を幾つ上げたところで、私とコンラートはその辺にごまんといる実の兄妹とは比べ物にならないくらい仲が悪いから、間違いなど起きるはずもないわけで。
それだけは魔法省上層部のおめでたい理論を後押しするようで癪だったりする。
「コンラート様ってあまり顔に出ないからわからなかったんですけど、学校に行くのが待ちきれなかったんですねぇ。友達一〇〇人できるといいですねぇ」
微笑ましい、と言わんばかりに頬に手を当ててペトラは笑う。
ああ、奴がそんなほのぼの路線だったらどんなに良かったか。
「あれがそんなかわいいタマだと思う?」
違う。
残っていれば私と一緒に登校する羽目になるから先に行っただけ。
全く。目の届かないところでマツリカと出会うかもしれない行動は慎んでほしいのに。
私は窓から教室棟を見やる。
今日は入学初日と言うことで、開校式とクラス分けがある。
貴族の学園らしく華々しいセレモニーでも執り行うのかと思っていたが、そう言うものはないらしい。
卒業する時はパーティするのに? と思うところだが、乙女ゲームなストーリーでは、ヒロインたちは”学園に入学済”の状態から始まる。
だから入学に関する一連はそもそも描写がない。
だからこの世界でも何もないのだ。
何処までも鉄板展開に忠実な親切設計。
乙女ゲームなり乙女ゲームを題材にした小説なり、マツリカが参考にしている〝原作〟があればもっと先の展開がわかりやすいのに、と思っていたが、なくてもどうにかなりそうだ。




