閑話 男たちのクマ三昧。(コンラート視点)
「それで……了承したのか?」
コンラートの部屋ではひとりと2匹が顔を突き合わせていた。
事の発端はコンラートがディナエルを連れて屋敷内を散策していた時に遡る。
到着してすぐ義理の両親に簡単に案内はされたものの、それで広い屋敷内が覚えられるはずもなく、自分の部屋が何処にあるのか……格好よく言えば散策だが、つまりは道に迷っていたコンラートは、廊下の先で見覚えのある白い物体と遭遇した。
その物体とは白いぬいぐるみのクマ。
形だけみればクマにされた友人・ディナエルや、ディナエルをクマにした敵、そして数分前に義姉の部屋で見たクマッティなるクマとよく似ている。
二本足で歩いているところからして確実にそれらのクマと同類だろう。間違っても普通のぬいぐるみなどではない。
これはあのクマか?
それともあのクマか?
あのクマとあのクマとこのクマ以外にまだクマがいるのか!? と、字面だけ見ると何だかよくわからないことになりそうなクマのオンパレードに脳内を浸食されながらも、どうにか捕まえ、話を聞いたところによると、今度のクマはフォルッツであるらしい。
待て。
フォルッツ、とは義姉の護衛騎士ではなかったか?。
しかもつい先ほどまでは人間だった。なのに何故こんな姿に?
もしかしてこれが素か?
人間が仮の姿なのか?
「ええと、ついさっきは人間だった……な?」
「はい」
「それがどうして」
まさか、と思って尋ねてみれば、クマにしたのは義姉だと言う。
確か、クマッティとか呼ばれていたクマが義姉にはディナエルのクマ化を解く力があると言っていた。解くことができるならその逆もできるだろう。
その場しのぎの言い逃れだろうと話半分に聞いていたけれど、こうなるとディナエルを人間に戻すことも俄然現実味を帯びて来る。
けれども!
それでめでたし、とは終われない。
人間を ぬい 化したんだぞあの義姉は! それも自分の護衛騎士を!
そんな、人間がすることではない。まるで悪魔か魔女の所業じゃないか。
もしこれが義姉の気に障る失態をした結果なら──。
嫌な汗が今になって背を伝う。
思えばあの義姉には初対面から反抗的な態度を取ってしまった。
長年連れ添った(であろう)フォルッツですらこうなのだ。知り合って数時間の自分など、何時クマにされてもおかしくない。
「やだなぁ。これは私が学園に行くためですよ。人身では制限のある場所でも、ぬいぐるみなら入れるのです。
これは自分のためにお嬢様が考えて下さった最善の策なのです!」
なのに当の本クマからはクマにされた悲壮感を全く感じない。
それが余計に一抹以上の不安を抱かずにはいられない。
「さすがお嬢様! 我々のような凡人にはない豊かな発想をしていらっしゃる!」
「違うと思う」
「何か言いましたか?」
「……いや」
寮に付いて行くのに人間のなりでは無理だから、なんてもっともらしい理由付けだけれども、フォルッツのためと言うのはきっと違う。
「自分はお嬢様の護衛騎士ですから、常に影となり日なたとなってお守りする使命があるのです!
ああ、此処に置いて行かれると聞いた時には、自分の存在意義がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえたものですが、」
仕事熱心なのはいいことだが!!
けれどこれは忠誠心をいいように利用されているようにしか見えない。
第一、その掌サイズで何ができる!?
ディナエルは力を奪われるまではAランクの冒険者だったが、クマと化してからはカジウラに歯が立たないどころか、ゴミとして燃やされるところだった。
お前だって私たちが先に見つけたからよかったものの、他の者だったらディナエルの二の舞になるところだったんだぞ!?
それともアレか? この家ではクマ化は日常茶飯事だから燃やされる心配はしなくていい、とでも言うのか!?
「守ると言っても他に方法があるだろう!? それが決して最善の策とは、」
諭しながらも考える。
きっとフォルッツは洗脳されている。
こんな姿になってまで義姉を妄信し続けていることが何よりの証拠。
それに、こんな姿にされた今だからこそ洗脳されていると気付かせることができるかもしれない。
だが。
「コンラート様は知らないからそんな呑気なことが言えるのです」
フォルッツは手強かった。
まるで聞く耳を持たない。
「いいですか? お嬢様はこの後、正義の悪役令嬢として、学園で悪のヒロイン・マツリカと戦う使命があるのです! 何でもマツリカはチートなる非現実的な魔法を使うとか。ならば自分がお嬢様の盾となってお守りしなくてどうします!」
「正義の悪役令嬢……?」
何だ正義の悪役令嬢って。悪役は悪いから悪役なんだろうに。
それにチート? 非現実な魔法?
あの義姉はいったい何と戦っているんだ!?
いや、何と戦っているかは問題ではない。
今後、敵に遭遇することが決まっているのなら、彼女とて戦える手段は欲しいだろう。そのために護衛騎士の能力を欲した、と言うのは考え過ぎだろうか。
彼女を妄信しているフォルッツなら、力を奪われたくらいで掌を返すことなどないし、むしろ『自分の力がお嬢様の中にっっ! 自分をお選び頂けるなんて光栄の至り、力くらいいくらでも差し上げますです、はい!』などと気持ちの悪い発想をしかねない。
「フォルッツはいろいろと間違っている。義姉上は、」
「昨日まで義弟でもなかったくせに、平然と学園に行く権利を手に入れている人に四の五の言われたくはありません」
どれだけ言葉を尽くそうとも、フォルッツは聞こうとしない。クマッティを疑うあまり義姉を敵扱いしてしまったせいだろう。
『聞きたくありません』とばかりにツーンとそっぽを向くクマがかわいい。
だが中身は護衛騎士フォルッツ。推定年齢十八歳(年上)。
「いや、私も好き好んで学園に行くわけでは、と言うか、学園があるとも行くとも初めて聞いたと言うか」
「ええ、ええ、そうでしょうとも。学園は世界の歪みによるものですからね。あの場所に行くと言うことはお嬢様が破滅に一歩近付いたと同義ですよ。なのに人間の身ではお守りすることもできない。どうしてくれるんです」
「どうしてって、それは私のせいでは、」
少なくとも昨日までこの場にいなかった私のせいではない。
絶対に。
その後、ここ数日の間に義姉に降りかかった不幸の説明を受けた。
身に覚えがない悪役に配され、身に覚えがないまま断罪される未来が決定づけられているとなれば同情もする。
そして彼女を悪役に配した転移者が自分たちの敵でもあるカジウラに繋がっていると言うのもどうやら本当のことのようだが、なにぶん、義姉を妄信的に崇めているフォルッツの言うこと。何処まで信じていいのかは微妙だが。
ともかく、自身をぬいぐるみに落とそうとも彼女の力になりたいと思う自己犠牲的な騎士道精神はわからなくもない。
が、しかし。
フォルッツは一〇〇歩譲ってまだ許す。
問題はやはり義姉だ。
フォルッツを ぬい 化することで彼の力は義姉に移動した。
『何時でも返す。返せば人間の姿を取り戻せる』と本人も言っていることだし、カジウラと違って敵対もしていないし、すぐ近くにいるし。
だからフォルッツも安心してクマでいられる。わけだけれども!
いいのか!?
本当にそれでいいのか!?
本当に返してもらえる確証はあるのか!?
「ほーんと、お嬢様ってばやり口が不器用と言うか、誤解を招きやすいと言うか。そう思うでしょ? コンラート様も」
「思わない」
「またまたぁ。お嬢様は悪役面だし、性格も言い方もキツいし、自分も殺されかかったこととか一度や二度じゃないですけどね。だからこそ素直に”ついて来てほしいの♡” なんて言ったって誰も信じやしないですよ? 罠だと思いますよ?
だから屈折したことしか言えないし、できないんです。ねえこれってかわいくないですか!?」
「かわ、」
「わかるー!!」
否定の言葉はディナエルに打ち消された。
「わかります! ツンデレっていいですよね! 素直になれないもどかしさ! 最高っっ!!」
「そう! わかるよなぁ! やっぱクマ同士気が合うと言うか、感性が同じなんだな、うん!」
違うだろう!!
コンラートは心の中でツッコミを入れる。
濁った目で見ればそう映るかもしれないが、あの義姉は違う。フォルッツをクマにしたのはきっと他に意図がある。
って言うかディナエル、お前喋れたのか?
話かけても首を縦に振るか横に振るか程度だったのに!
「感性が同じ同士、〝お嬢様を守り隊〟を結成しましょう! 自分がクマレッドでディナエルがクマブルーですよ!」
そして話は変なほうに向かっている。
何だこの疎外感。
私もクマになれば義姉のかわいらしさとかいうものがわかるように……いや、でもクマになるのはちょっと。
「あ、言っときますけどお嬢様の寵愛を得るためにクマになろうとか考えないで下さいよ?」
そんな考えを読んだように、クマが駄目駄目、と両手を振る。
「クマイエローの座はそう簡単には渡しませんよ!」って、何だよクマイエローって。
「そうでなくても義理の弟だなんて、フラグが立ったらどうしてくれる!」
「立たないから!」
ディナエルがあっさり義姉の信者に成り下がったのはショックだが、自分もその域に足を踏み入れるつもりはない。
どれだけ疎外感を感じようとも、ない。
それより、本当に他に理由はないのか?
第一、寮に連れて行くのなら私の従僕枠に彼を当てはめれば済むことだろうに。
義弟の従僕枠を横取りするのは申し訳ないと遠慮したのだろうか。あの義姉が? 否。
これは牽制だ。
歯向かえば何時でもクマにしてやると言っているのだ。代わり果てたフォルッツの姿を見せつけて!
二度あることは三度ある。
義姉の機嫌を損ねれば何時自分もディナエルやフォルッツの後に続くか知れない。
機嫌を損ねなくても、気まぐれでディナエルやフォルッツの後を追わされるかもしれない。
とんでもない魔境に来てしまった。
コンラートは頭を抱えた。




