15 悪役令嬢、提案する。(☆)
が、それで解決するだろうか。
何の前触れもなかったのに婚約者、義弟、学園と立て続けに乙女ゲーム化をぶつけてきた世界の歪みが、王都から遠ざけたくらいでフォルッツとマツリカの出会いをなかったことになどするはずがない。
彼らは必ず何処かで出会う。
そうしたら『朝起きたらおっぱいの大きいオネーチャンが隣で寝てたら~』なんて妄想をしてしまう彼女いない歴ウン十年の独身男など、あっという間にマツリカの下僕と成り下がり、私の前に立ち塞がるだろう。
フォルッツは私が悪役令嬢に選ばれたことも、世界が乙女ゲーム的に変わっていることも知っている。
敵に回せばコンラート以上に厄介な存在になる。
そう。言い換えればマツリカにこちらの手の内を明かすと同義。
敵に塩を送るどころか攻略本を渡すようなものだ。それは回避しなければ。
「わかってはいるのよ? あなたが煩く言うのはコンラートが私に危害を加えるかもしれないと心配してのことだって」
「そ、そうです! 義弟君はお嬢様に良い心証を抱いていないご様子ですし、」
掌を返したような猫なで声にたじろいだものの、フォルッツは食いつき気味に肯定する。
腹に一物抱えているのは確かだが此処は話の流れに乗っておこう、このまま売り言葉に買い言葉的に自分を残したまま義弟と楽しくランデブーされては困る……と、そんな思惑あってのことだろう。
間違ってはいない。
むしろその返しが来る前提なのだから、意固地にスルーされてはこっちが困る。
「けれど危害を加える可能性があるならなおのこと、手元に置いて監視すべきだと思わない?」
言いながら思う。
この可能性はコンラートだけでなく、フォルッツにも当てはまる。
つい今しがた『フォルッツは王都に留め置くよりもルブローデに置いて行った方が良い』と思ったばかりだが、もしルブローデに封じたところで意味がないのなら、王都に、それもできれば学園にまで連れて行くしかない。
煩くて鬱陶しいけれど、対処できる距離にいてもらわなければ。
だが連れて行く術がない。
学生にはなれないから、コンラートの従僕枠を使うのが最適だろうか。
そうすればもし男子寮・女子寮、と建物から分かれていたとしても、フォルッツにコンラートを見張らせることができる。
コンラートはルブローデに来たばかりだから連れて行く従僕にこだわりなどないだろうし、ディナエルのことを考慮すれば、ぬい化を知らない第三者よりも知っているフォルッツのほうが安心、と思うかもしれない。
「……それでひとつ思いついたのだけれど」
学園に行けば、コンラート以外にも見張らねばならない攻略対象の数が増える。
そんな中でフォルッツにまで気は回せない。
しかしふたりで住まわせれば、どちらからも情報は入る。コンラートも自分のことは話したがらないだろうけれど、フォルッツのことなら喋るだろう。
クマッティの説によれば、乙女ゲームの攻略対象たちはたとえ親友同士であろうとも、ヒロインに限っては互いに譲ったりはしないらしい。
譲らないけれども抜け駆けもせず、ただヒロインに選ばれるのを待つ。
そのせいで場合によっては攻略対象全員が均等にヒロインと親しくなる──親衛隊のようにヒロインに付き従う結果になる──こともあるけれど、奪い合いの修羅場展開には決してならない。それどころか、ひとりが選ばれれば残りは綺麗に身を引き、あまつさえ祝福までするのだとか。
イケメンが血相を変えて女を奪い合うのは美しくないからだと思われる。
だから揃ってマツリカに落ちたとしても、フォルッツがコンラートにマツリカを譲ることはないし、その逆も然り。
マツリカがだれかひとりを選ぶまで永遠に牽制しあっていてくれれば、こちらとしても注意を割かずに済む。
「学園にはね、私がメイドをひとり連れて行くように、コンラートは人間の従僕をひとり連れていくのよ」
「え、ええっと?」
唐突な話にフォルッツは目を点にし、それから挙動不審ぎみに目を彷徨わせた。
そう。学生が連れていける従僕はひとり。
私が連れて行くメイドは私の身の回りの世話をするため。コンラートはコンラートでひとり、彼の世話をする従僕を選ばねばならない。
もちろん連れて行かなくてもいいが、ひとり分の従僕枠があることは変わらない。
「……そしてそれは、決してディナエルではない。おわかり?」
コンラートは学園にまでディナエルを連れて行くだろう。
実の親にゴミ扱いされて燃やされるところだった友人を、誰ひとり知り合いのいないルブローデの屋敷に置いて行くはずがない。
だが、ディナエルは従僕扱いにはならない。
人間ではない〝物〟は従僕にはなれない。
だから彼はディナエルを持ち物のひとつとして持ち込むしかないわけで、結果としてコンラートの従僕枠は空いたままになるわけで。
「つまり、義弟君の従僕としてならついて行ってもいい、と」
フォルッツは喜色を浮かべる。
ああ面白い。思った通りの反応をするのね。
でも。
「何を言っているの? コンラートがたったひとりの従僕にあなたを選ぶはずがないじゃない。それこそ私の息がかかった者なんて」
コンラートは決してフォルッツを選ばない。
それなら従僕などいらない、と言うのが奴だ。
オーエンもルブローデ同様、いや主に経済力の問題でルブローデ以上に自分のことは自分で為す習慣が付いている土地だから、生活面で従僕がいなくても困ったりしない。
むしろ他人に世話されるほうが落ち着かないなどと言い出すかもしれない。
ましてそれがフォルッツだと言うのなら。
理由は言葉にしたとおりだから省略するが。
「そ、れじゃ……」
つい今しがたまで喜々として輝いていたフォルッツの目がドヨリと曇る。
絶頂から突き落とした時の落胆ぶりを見るのが楽しい、だなんて思う私はやはり悪役令嬢かしら?
本人に自覚はないけれど、彼は護衛騎士の〝責務〟に依存している。護衛騎士としていることが存在意義だと思っている。
ついて行けないと聞いて機嫌が悪くなったのも、自分が行けないのにコンラートが行けるなんて、と文句を言うのも全てこのせい。
これも全て幼少期に出会ってからずっと私の下僕となるべく躾けて来た成果だ。
だが、落ち込むのは早い。
行く道はまだ閉ざされてはいないのよ?
私は扇子をパチンと閉じる。
その音にフォルッツが顔を上げた。
心なしか、絶望に染まった瞳の中に小さく光が見える。
飼い主に気に入られなければ、と一縷の望みを託して命令を待つ犬のように。
「……だからね。あなたもディナエルみたいにクマ化すればいいと思わない? そうすれば心置きなくついて行ける。クマ化したって物を食べたり動いたり喋ったりできるのはクマッティを見ればわかるでしょ? 悪い話ではないと思わない?」
チラリとクマッティを見れば、腹を膨らませていびきをかいている。
一日中働きもせず、食べては寝、メイドにチヤホヤされる……フォルッツからすれば極楽のような生活を満喫している見本を目の前にして、どう思う?
いくらヒロインでもぬいぐるみと恋仲になることはない。
つまりフォルッツはクマ化することで攻略対象から外れるのだ。
どうせ監視しなければならないのなら、その対象は少ないほうがいい。
できればコンラートもクマ化したいところだが、入学して来なければ家に連絡が来てしまうから奴に手を出すことはできない。
でもフォルッツなら。
私が学園にいる間は仕事もないわけだし、山に籠って修行して来るとでも言えば数ヵ月~数年不在でも誰も不思議には思わない。
「え? クマ? でも……ええ……?」
「安心して。あなたの力を私が預かるだけ。クマのまま戻れないディナエルと違って、あなたは何時でも人間に戻ることができてよ?」
クマッティが言うとおり、チートクラッシャーに〝力を奪う〟仕様があるのなら。
だったらマツリカが誰かとエンドを迎えるその日まで、私がフォルッツの力を預かっておけばいい。
ディナエルはカジウラから力を取り返さないことには人間に戻ることはないけれど、フォルッツの場合は私。
望めばすぐに力を返すことができる。
さあ、どうする?
動揺を隠せないフォルッツを前に、私は目を細めた。




