14 悪役令嬢、ブチ切れる。
だが嵐はそれで収まったわけではなかった。
「寮ってなんですか!!」
夫に愛人がいることが発覚した妻みたいな叫び声を上げたのはフォルッツだ。
「学園!? 入学!? 聞いてませんよ!」
「そうね、言っていないもの」
おのれコンラート。最後の最後に荒らしていきやがって!
きっと今頃、廊下にまで響くフォルッツの叫び声を聞きながらほくそ笑んでいるに違いない。
学園の話はコンラートが到着した際に父に探りを入れて聞き出したくらいだから、フォルッツの耳にまで届いていなくても不思議ではない。
入学の話が届いていなければ、当然、入寮の話も届いているはずがない。
「で、何で寮!? 王都にタウンハウスがあるのに!? 意味わかんないですよ!」
ルブローデから王都までは遠い。
入学するとなれば当然、此処から通うことなどできない。
だから父が話を持って来た時に、寮に入ることを希望しておいた。
我が家は王都に別宅を持っているから、本当のところを言えば制限の多い寮に入ってわざわざ窮屈な思いをすることなどない。
なのに、あえて入寮を希望したのは──
「タウンハウスにはお兄様がいるんですもの。仕方ないでしょう」
「いいじゃないですかユリウス様がいたって! 実の兄とは暮らせないのに、出会ってすぐの義弟とはひとつ屋根の下で暮らせるんですかそうですか」
兄がいるからだ。
さすがにあんなことを聞かされた後で、兄と顔を合わせるのはきまずい。
「ひとつ屋根の下って言うのならタウンハウスでも同じじゃない」
「屁理屈です。それは屁理屈です。学生寮なんてものは昔から寝る用の部屋がひとつだけ、風呂は共同って相場が決まっているんです。そこに! 若い男女が!」
「話を聞きなさい。いくらなんでも男女で相部屋にはなりません」
コンラートも一緒に寮住まいにさせたのは、万が一兄の噂が本当だった場合、現場に出くわすことを避けるためだ。
よもや恋人を、使用人も多くいる家に呼んでイッチャイッチャすることなどないと思いたいが、兄にその気がなくとも相手もそうとは限らない。
そしてその相手は王族。
現場に直面したコンラートがあの不躾な態度で何かしでかしてからでは遅い。
もうひとつ。破滅フラグの対処遅れを防ぐため、と言う理由もある。
義弟はマツリカの攻略対象である可能性が高い。
彼女と恋に落ちるのは構わないが、私の目の届かないところで好き勝手に落ちられては困るのだ。
それにいくら制限があると言っても、仮にも貴族の子弟を迎え入れる寮の部屋が一部屋のみと言うことはないだろう。風呂が共用と言うことも。
もしそんな部屋割りだった日にはコンラートを追い出して、いや、それでマツリカの部屋に転がり込む事態になっては目も当てられない。
奴には玄関先で寝てもらおう。それなら監視できる。
そんなことを考えている間にもフォルッツの訴えは続いている。
「ユリウス様の何が嫌なんです! お小さい頃からかわいがっていただいていたのに!」
「あー……思春期の乙女心は複雑なのよ」
フォルッツは『妹大好き!』な兄しか知らない。
クリストファーが婚約を手土産に押しかけて来たのが兄のせいだと知ったら、同じことは言えまい。
兄王子と恋仲と言う噂は信じたくないけれど。
でも、仮にその噂が嘘だったとしても、婚約なんてした日には婚約破棄と断頭台行きがセットでもれなくついてくる中、空気も読まずに(まぁ兄は私が悪役令嬢になったことなんて知らないだろうけれど)そのきっかけをつくってくれたのは確実に兄なわけで。
そんな兄と今顔を合わせたら、ついうっかりグーで殴ってしまいかねない。
「意味が解りません! 出会ってすぐの義弟君なら一緒に暮らしてもいい、って思うんですか思春期は!」
「思いません」
「そりゃあ自分だって朝起きたら隣でおっぱいのでっかいネーチャンが寝てたらな、とか考えなかったこともないですけど、でも妄想で留めてますよ! 女は実際にやっちゃうんですか!?」
「しません。あのね、」
「オーエンはルブローデの属領みたいなとこですし、義弟君は生まれも今の立場もお嬢様より格下ですもん。何を要求されても断れないですよね。でもそれってさあ!」
「変な妄想しないでちょうだい!」
なのにこいつは何時までもネチネチブチブチと!
よく見ろ!
出会ったばかりの義弟と、しかも出会った当初から敵対心バチバチの義弟と同居したところでどんな間違いが起きると言うのだ!
互いに好意を持っていないふたりが同居した途端に恋仲に突入するのは、女性向け恋愛小説だけで十分!
どうせ相部屋を心配するなら、私が奴に寝首をかかれるんじゃないか、ってあたりを心配すべきでしょうに!
「そうね! 勝手な憶測でブチブチ文句を付けて来る護衛騎士に比べたら、コンラートのほうが楽しく暮らせそうだわ!」
「あ゛ーーーーーーー!! やっぱりーーーー!!」
コンラートにはもれなくディナエルが付いて来る。きっと学園にも連れて行くだろう。
そしてディナエルは私に対して悪意を持っていない。
持っていたとしてもコンラートよりはるかに少ない。
兄が私を褒めまくったせいで兄王子たちが私を〝クリストファーにふさわしい嫁候補〟と誤認してしまったように、ディナエルが連日私の良いところを訴え続ければコンラートが私を見直す可能性もないわけではない。
「顔もいいし、背も高いし、調教のし甲斐もあるし!」
うるさいフォルッツに応戦するために言っただけだが、いざ口に出してみると悪くない。
フラグ回避のためにマツリカにくれてやろうと思っていたけれど、世の悪役令嬢が何故フラグ回避を言い訳に揃いも揃ってヒロインより先に攻略対象の好感度を上げるほうに向かうのかが不思議だった。
が、少しは理解できた気がする。
美形ツンデレと純朴好青年(推測)に傅かれる生活。
いいじゃないか。私を破滅に追い込もうとするヒロインが攻略対象を奪われて、地団駄を踏んで悔しがると思えばなおのこと。
「と言うわけであなたの予想どおり楽しくやってくるから留守番お願いね!」
「待って下さい! やはり自分もお供します! 何処でどんな間違いが起きるか、」
「あーら、連れて行けるのはひとりだけなの。勝手な想像でうるさく騒ぐだけの護衛騎士なんて御免だわ」
そもそも学園は魔法省の一角を間借りする形で開校する。
そして魔法省とはあらゆる”魔法”カテゴリに入る力を研究する機関だ。
その中には当然、門外不出の禁術もあるわけで、だからこそセキュリティは各省の中でも段違いに強い。
加えて、学園に集められるのは貴族の坊ちゃん嬢ちゃんばかり。
『ごきげんよう』で始まり『ごきげんよう』で終わる環境で、護衛が必要になることはほぼ皆無。
そこに”連れていける従者はひとり”となれば、当然、護衛よりも身の回りの世話をしてくれる者を選ぶだろう。
無理にフォルッツが付いて来たとしても、彼は学園の敷居をまたぐことは出来ない。せいぜいタウンハウスに留め置きだ。
そして。
あの夢が確かなら、フォルッツもマツリカの攻略対象になる可能性がある。
タウンハウスに留め置くくらいなら、フラグを立たせないためにもふたりが出会う可能性を極力削る──最初から王都に連れて行かないほうがいい。




