13 悪役令嬢、配役に不満を持つ。
コンラートはクマッティを掴んだままの拳をグン! と私に向かって突き出した。
間違いない。これは挑発だ。
例え寸止めにするつもりだろうとも、女の顔に拳を向けるなんて……だが、ただの女なら委縮するだろうが、そんな威嚇は私には通用しない。
「この手はどんな意味かしら?」
私は突き出された拳を片手で叩き落とす。
喧嘩を売っておいて買われるとは思わなかったのか、コンラートは一瞬呆気に取られた顔をしたものの、すぐにその表情を消した。
「……ディナエルが言うにはそのクマはこのようなぬいぐるみの形をしていたとか」
あくまで敵対姿勢は崩さないスタンスらしい。
そんなコンラートの頬をペシペシと叩いたり、こちらを見ては申し訳なさそうに頭を下げる肩の上のぬいぐるみを見るに、本クマはそんなこと思ってもいないようなのだが。
「ぬいぐるみのクマなんてどれも似たような顔ではなくて? それこそあなたのディナエルともそっくりだわ」
「何処が同じなんです? 義姉上の目は節穴ですか?」
いや、あなたの目のほうが節穴ですって。
私はコンラートの肩の上でオロオロと私たちを見比べるディナエルに目を向ける。ぬいぐるみが動くことに何の違和感も持たなくなっている自分の適応力が怖い。
ではなくて。
似ている。
クマッティは奴の手の中で毛玉になってしまっているから並べては比べられないが、あの色、毛足の長さ、黒目ビーズの大きさなどなど、記憶の上では完全に一致している。
まぁ考えてみればどちらも同じメーカーなのだから、似ているのが普通だろう。だから私が正しい。
「でもね。もしそのクマがディナエルをクマにした張本人だとしても、私とは一切関係なくってよ? 私がそのクマと出会ったのは昨日ですもの」
「自分と同じ衣装を着せ、同じ部屋で寝食を共にする仲の義姉上が何を言われようとも証言にはなりません」
「ほう?」
口角が引きつりそうだ。
どうやらコンラートはクマッティを〝友人をクマに変えたクマ〟と、そして私を〝友人をクマに変えたクマの親密な仲間〟だと思っているらしいが、誤解も甚だしい。
クマッティの衣装を作ったのはメイドで、私は頼んですらいない。
菓子を持って来たのはフォルッツで、私は持ってこいと言った覚えもない。
全く関係がないのに何故どれもこれも私のせいになるのだ!? これも悪役令嬢だからか!?
「私がそのクマを庇って嘘を言っている、と?」
「そうでしょう?」
なんて面倒な。
苛めていないから敵対心を抱くこともない、性格が歪むこともないと甘く見ていたが、出会う前から歪んでいたら同じじゃないか。
これも悪役令嬢の仕様……いや、性格は生まれ育った生家の環境のせいだろう。悪い所ばかり私のせいにされては困る。
「私はこれでもジークラム第三王子クリストファー様から婚約の打診を受けて、お断りしたことがあるのだけれど」
「それが何か」
「つまり! あのクリストファー様の妻に相応しいと思われたほどのハイスペックな私が、そんな貧相なクマと関係を持つはずがないでしょう? 私だって相手は選ぶわ」
正確に言えばクリストファーが私に打診してきたのは、ひとえに乙女ゲーム化しようとする世界の歪みのせい。
正常のままなら私が候補に挙がることなどなかった。
が、それをわざわざ教える必要はない。
と言うか、ぬいぐるみと関係を持つって何だ。
自分で言っておいて何だが結構なパワーワードを発した気がする。
「いいこと? このクマとディナエルを変えたクマは別者。そして私は、詳しくは語れませんがカジウラとは敵対するであろう立場です」
カジウラは転移者(この世界の人間ではない)だの、もうひとりの転移者のせいで悪役令嬢役に抜擢されただの、コンラートのこの態度を見る限り、説明したところで信じてはもらえないだろう。
ディナエルならわかってくれそうな気もするのだが、コンラートは駄目だ。聞く耳を持たない。
「だから共闘しろと?」
「共闘? あなたじゃ後ろから刺されて終わりだわ」
私はマツリカと戦わねばならない。
男どもがマツリカと絡むたびに乱立する破滅フラグをへし折って回らなければならない。
フラグが立たないように先回りもしなければならない。
義弟と言う名のポッと出の他人と遊んでいる暇などないのだ。
「私が言いたいことはただひとつ。〝邪魔をするな〟。以上よ」
「そうじゃ! マルグリット嬢はカジウラのクマ──トラウラからディナエルの力を取り戻すことができる唯一の者。お主も馬鹿でなければどちらの味方に付くのが得策かわからないこともなかろう!?」
私の声にコンラートの手の中の毛玉が声を上げた。
自分の手中にあるぬいぐるみが突然喋り出したら驚いて手を離すのが普通だと思うのだが、ディナエルで耐性が付いているのだろう。コンラートは顔色ひとつ変えない。
「取り戻す? どうやって」
「マルグリット嬢はスキル・チートクラッシャーを持っておる!」
聞き慣れない、しかし”チート”の冠が付いたスキル名に、コンラートとディナエルから疑いと畏敬が混じった視線が飛んでくる。
『馬鹿馬鹿しい』と一蹴されないで済んだのは、これでも人間がクマのぬいぐるみにされたと言う非常識を実体験しているからだろう。
「それでトラウラ、いや、トラウラから力を譲り受けているであろうカジウラから力を奪い返せばいいのじゃ!」
「「は?」」
しかし。
続いた声に、私とコンラートの声がハモった。
コンラートが怪訝そうに私を見たが、私だって初耳だ。聞き返す権利はある。
チートクラッシャーは転移者のチートスキルを壊すもの。
チートスキルは転生・転移してくる際に神から貰うもの。
私はそうクマッティから聞いている。
だがディナエルは転移者ではない。だからどれほどチートに見えたとしても、それは彼の天賦の才、もしくは後発的な努力の賜物であって、チートスキルとは別物だ。
その力をトラウラに奪われたとして、けれどチートクラッシャーの仕様では奪い返すことなどできないのではないか?
奪われる側からすれば壊されようが奪われようが、手元から失う、と言う意味では同じだけれども、〝奪う〟ことを〝クラッシャー〟とは言わない。
「……義姉上にそんな力が?」
「できる!」
なのに、頭の中でひとりで問題提起している間にクマッティが断言してしまった。
いやおかしいでしょその理屈。
ディナエルは実は転移者でした、か、名前の響きがいいからチートクラッシャーと名付けただけで本当は壊す仕様じゃないんです♡ でもなければ辻褄が合わない。
でも確か『チートスキルをブッ壊す』とクマッティ本人の口から聞いた気が。
「今すぐにとは言えぬが必ず力を奪い返すと約束しよう!」
年寄りあるあるな忘れっぽさのせいだろうか。
そのボケ老人はと言えば、何時ぞやのエビ反りのように得意げに上体を反らせている──とは言え毛玉なのは変わりないので『反らせているつもり(だろう)(きっと)(多分)』──わけで。
お前が約束してどうする!!!!
実践するのは私だ! クマじゃない! 自分は何もしないくせに安請け合いするのはやめろ!! と言いたい。
あれか?
転移者のチートスキルをどうにかするのは私の破滅フラグを消した後、と言ったから先手を打って、消しにいかなければいけない状況を作ったつもりか!?
コンラートのこの性格なら何時までも待ったりはしない。
ディナエルの力を取り戻すのはまだですか、まだですか、まだですか、としつこく、それこそ明日からでも言ってくる可能性が高い。
「へぇ」
コンラートがニヤリ、と口角を上げる。
でもそれは決して私の価値を見直したわけではない。
どうにもならないと諦めていたディナエルの再人間化に一筋の光が見えた喜びでもない。
これは私が失敗することを期待している笑み、もしくは面白い玩具を前にした時の笑みだ。
やる。
こいつなら明日と言わず、今日の午後からでも言ってくる。
「……いいでしょう」
悪役にしか見えない笑みでコンラートはそう告げると、私に向かってクマッティ(だったもの)を投げて寄越した。
ボロ雑巾、いや、埃塗れの毛玉のようだが、メイドたちの手にかかれば前以上にキラキラフワフワになって帰って来ることは間違いないから、そのあたりは何も心配していない。
しかし私に無理難題を押し付けたクマがひとりだけキラキラフワフワになるのは腑に落ちない。
それこそ何時ぞやのディナエルの両親のように、綺麗さっぱり燃やしてしまいたいくらいだ。
「時間はまだいくらでもありますし、せいぜいお手並み拝見といきましょう。それでいいな、ディナエル」
コクコクと頷くクマが愛らしい。
何故私のところに来たクマは爺さんなのに、コンラートのクマはあんなにかわいいんだ。中身は筋骨隆々とした冒険者(予想)のくせに。
「ああ、そうそう。義父上からの伝言です。学園に出立するのは明後日、入寮手続きも終わっているから何時でも入れるそうですよ。
私は荷解きすらまだしていない状態ですから生家から持って来た荷物をそのまま持って行けば良いようなものですが、義姉上は荷造りからしなければならないでしょう? 従者と喋っている暇があったら準備に取り掛かったらいかがです?」
此処に来た本当の理由らしき父からの伝言を言うと、コンラートはくるりと背を向けた。
クマッティへの疑いが(半信半疑だけれども)晴れたことで、此処にいる理由もなくなったのだろう。
部屋から出て行くその背で、ディナエルが申し訳なさそうに小さく頭を下げる。
本当に。
コンラートとディナエルで中身だけ替わってくれないだろうか。義弟にするなら断然あっちがいい。
そうすれば今頃は”何の因果か、いい歳をしてクマのぬいぐるみを持ち歩かなければならない同志”として好感度も爆上がっていただろうし、悪役令嬢が主人公ものの義弟ルートなら恋愛フラグだって立っていたのに。




