12 悪役令嬢、第三のクマに会う。(☆)
コンラートは開け放たれている扉からツカツカと部屋に入って来ると、如何にも『誰かを探しています』と言わんばかりの顔で見回した。
説明しておくと、何故開け放っているのかと言えばフォルッツがいるからだ。
これはフォルッツに限ったことではなく、父であろうとも異性が部屋にいる時は扉は開けておくきまりになっている。
言い換えれば、扉が開け放たれているからと言って『ご自由にお入りください』と言っているわけではない。
コンラートの生家でもあるオーエン家はルブローデに比べると、領地も財力も影響力も押し並べて規模が小さい。貴族と領民の差も少なく、地域全体がひとつの家族のようだと聞いている。
だから未婚女性の部屋に入るのにそんな決まりがあることなど知らないのだろうが……だが養子に入った以上ルブローデを名乗るのだ。知らなかったでは済まされない。
そう! 躾は最初が肝心なのよ!
「コンラート、」
しかしコンラートは口を開きかけた私の前をすり抜け、菓子まみれになっているクマッティを掴み上げた。
「あ、そ、それはお嬢様がかわいがっている人形で! ほら、ままごとであるじゃないですか、人形に食べさせるふりをする……」
菓子クズが大量に付着した人形を前に、フォルッツが微妙な言い訳を並べる。
仮にも神を名乗るクマを乱暴な目に合わせるのはよくない。しかし身を挺してまで守る気はない、と言う中途半端さが透けて見える。
が、待て。
その言い訳では私がいい歳をしてクマ相手にままごとをする痛い女にしか聞こえないじゃないの!
確かにそれ以外に説明のしようがない状況ではあるけれど。
私はサイドテーブルの上に食べ散らかされた焼き菓子の屑やクマッティの汚れた口元に、小さく舌打ちをする。
ぬいぐるみがものを食べるなんてメルヘンだが、実際にいれば呪いの人形だし、共にいた私たちも悪魔崇拝を疑われる。
『脅されて嫌々ながら食べ物を与えていたんです』と涙ながらに訴えたところで、私は悪役令嬢。断罪・処刑ルート(数ヵ月後に執行)が魔女火炙りの刑ルート(即日)に変わるだけだ。
コンラートはそんなフォルッツと私を交互に見、「ふぅん」と呟いた後、クマッティの両腕を掴んで左右に引っ張った。
さらには頭と足を持って上下に伸ばしたり、団子のように丸めたり、力まかせに揉みしだいたり。普通のぬいぐるみでも綿が偏って酷い有様になりそうなことを無言のまま続ける。
「ちょ、」
クマッティがどうなろうが知ったことではないが、さすがにこれは看過できない。
そんなにグッチャグチャにしたのでは骨があったら全身骨折は免れないし、内臓があったら破裂して……って、ぬいぐるみだけど。でも食べていたからには内臓はある、のよね?
って、怖いこと考えた!
血みどろのクマなんて見たくない!
いや、ぬいぐるみから血が出ていたらそれこそ悪魔を疑われる!!
「どうかしましたか義姉上」
「あー……ええと、そのクマはフォルッツが大事にしていてー」
フォルッツが「えっ!?」と言わんばかりの顔を向けたが、少なくとも私よりは大事にしているだろう。創造神〝サマ〟だし。
だがコンラートは手を止めない。
「先ほど義姉上がかわいがっている人形だと聞いたばかりですが」
「そうだったかしら」
どうでもいいところはきっちり聞いているのね、ではなくて。
義姉が大事にしているとわかっていて何故その仕打ち。
こ奴には人の心がないのか?
まさかの悪役令息登場なのか!?
そりゃあ中身はムカつく爺だけれども。
他人の手を借りずとも私がこの手で引導を渡してやりたいと思ったことも1度や2度ではないけれども!
でも、そのクマを私の目の前でスプラッタにするな! グッチャグチャの遺体など見たらご飯がマズくなるし、何より、部屋が汚れる!!
私はクマッティを凝視する。
今のところはまだ出血していない。
「このクマ、本当は、ただのクマのぬいぐるみなんかじゃないんでしょう?」
コンラートは確証を得ている。
両親と共にコンラートが部屋に来た時はとっさにクッションで隠したけれど、やはり見つかっていたらしい。
おのれクマッティ。あの時『悪役令嬢には義弟が必須』とか何とか叫ばなければ、って、よく考えればこの事態を招いたのはクマッティ自身じゃないか。諦めてもらおう。
結論が出たところで。
クマッティは自業自得だが、私に飛び火されては困る。
悪魔だの、その傀儡だのと疑われる前に神だと教えれば多少はいたぶる手が緩むかもしれないが、しかし、あのクマッティがあれだけ痛めつけられてもぬいぐるみのふりをしているのはコンラートに対して神だとカミングアウトするつもりはない、と言う意思の表れだろう。
尊重しないほうが天罰が下る。
しかしだ。
どうせ天罰が下ったところでその対象はコンラートだし、だとすれば自業自得でしかないけれど、もし後で”ただのクマでなかったことを私が知っていた”と知られたら『どうして教えてくれなかったんだ』と逆恨み的に恨まれることは必至。
そうなればただでさえ低い好感度は一気に下がり、義弟ルートの破滅フラグが乱立するだろう。
ああ、いや待て。
天罰が下ってコンラートが退場してくれれば、実際問題、攻略対象がひとり減るじゃないか。
=悪役令嬢の破滅フラグが減る、と言うことだ。
なら、見て見ないふりをしたほうがいい──?
そんな逡巡が伝わったのか。
「私、クマ嫌いなんですよね」
クマッティを両手で握り潰したまま、突然、コンラートは呟いた。
『まぁ奇遇ね! 私もそのクマは常々握り潰してやりたいと思っていたわ!』と余程言いたかったけれども、言ったところで事態は変わらないし、言えばクマッティの私に対する好感度は確実に悪化する。
沈黙は金なりと言うし、ここは様子を見よう。
オーエン領はかなり風光明媚なところで、主要産業は農業。当然、野生動物による農作物の食害も多いと聞いている。
さすがにコンラート自身は畑仕事とは無縁だろうが、領民が食害に苦しんでいればその対象──クマが嫌いになってもおかしくはない。
でも、だからと言って他人の持ち物だとわかっているぬいぐるみを、本人の目の前でグッチャグチャにしてもいい理由にはならないはずだ。
これはまるで私に対する宣戦布告ではないか。
脳裏に例の夢の光景が浮かぶ。
コンラートはフォルッツ同様、何時敵になってもおかしくない。
それどころか敵が大事にしているものだからこそグッチャグチャにしてもいいと思っている可能性が……何だそれは。
ちょっと、いや、かなり怒りが沸いた。
こっちは破滅フラグに繋がる義弟ポジションだから、兼、親兄弟と別れて養子に入るのはこの歳でも少しは不安があるかも、兼、これからは仲良くやっていこうぜ姉弟的な、まぁ、私にしてみればかなりの接待モードで接したつもりだったのに。
それを!
売られた喧嘩は何時でも買、いや我慢我慢。クマが嫌いなのには理由があるだろうし、それを聞いてからでも遅くはない。
いきなり喧嘩を売って修復不可能な傷になったら、やっぱりフラグが立つ。
コンラートはそんな私を一瞥すると、吐き捨てるように言い放った。
「私の友人が、クマにクマにされたんですよ」
「……はい?」
クマにクマに?
大事なことだから2回言ったわけではないようだが。
ええと、クマ(加害者)が友人(被害者)をクマにした、と? 人類皆クマ化計画でも始まっているのか!?
理由があるだろうとは思ったけれど。でも。
「何でも力を吸い取られてクマのぬいぐるみになってしまう呪いをかけられたそうで。その呪いをかけた相手と言うのが、こっっっっっんな感じの白いクマのぬいぐるみでっっっっっ!」
ああ。
そう言うことをしそうなクマに思いっきり心当たりがある。
私はコンラートの手の中で毛玉と化している自称・創造神に目を向ける。
異世界から人を連れて来る力があるのなら、人をクマに変えることくらい雑作もない。
そして奴自身、『力を使い果たしてクマの姿になってしまった』と言っていた。
と言うことは。
この世界では力を失うとクマになるのか? 神も人も。
そんな事例は聞いたことがないけれど。
「そのご友人は」
「かわいそうに、親からも認めてもらえず、それどころか汚いぬいぐるみだと焼却処分されそうになったので私が引き取りました。──ディナエル」
ディナエル?
何処かで聞いた名前だと思う間もなく、コンラートの肩からピョッコリと白いクマのぬいぐるみが顔を出した。
なんかもう……怒涛の非常識展開にツッコミが追いつきません。
此処までコンラートはぬいぐるみを肩に乗せて歩いて来たのだろうか。
このディナエルと呼ばれたぬいぐるみは登場シーンが来るまで隠れていたのだろうか。
呼ばれたら颯爽と出て来られるように背中に貼りついて待機していたとか、何それちょっとかわいい。
ではなくて!
「……貴方、今しがたクマは嫌いだと言っていなかったかしら」
聞いたばかりの矛盾を突くのは意地が悪いけれど、生憎と私は脅しに屈するようなか弱い令嬢ではない。
目には目を、歯には歯を。嫌味には嫌味を。
こうしてわざわざ出向いてきたのもディナエルの悲しい過去を聞かせるためではなく、何らかの用があってのことだろうし、だったら〝他人にものを頼む態度〟と言うものを教えてやるのも義姉の務めと言うものだ。
コンラートはぐっと詰まったものの、ディナエル(クマ)に肩を叩かれ、仏頂面のまま口を開く。
「私の友人、ディナエルです。彼は農夫の家の出ですが、冒険者として実績を積めば騎士団の入団資格を得ることができると聞いて、鍬を剣に持ち替えました。苦労の甲斐あって冒険者レベルはAになり、今春の入団試験を受けることになっていたのです」
思い出した。ディナエルとはカジウラに功績を全て奪われた彼のことだ。
私はクマッティから聞いた話を思い出す。
あの時は全く関係ない話だと思っていたが、ここでこう繋がって来るとは。これが所謂〝伏線〟と言うものか! でもなくってぇ!!
「しかしその結果がこれです。義姉上もご存じでしょう? 勇者カジウラ。とあるダンジョンで奴に出くわしたディナエルはカジウラの手下のクマに力を吸い取られ、こんな姿に……っ」
知っています。きっとあなた以上に詳しく。
そのクマとは考えるまでもなくトラウラのことだろう。
『カジウラを勇者にすべく、トラウラは他の冒険者の能力を奪っていたカジウラに与えたのだろう』とクマッティは言っていた。
まさかディナエルの力を奪った当時、既にクマ化していたとは思わなかったが。




